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第163話 メアリー・スークリムの試練

 ふと気づくと、メアリーは薄汚い路地裏に座り込んでいた。


「…………?」


 妙に視線が低い。

 首を傾げながら、メアリーは己の姿を見下ろす。

 小さな手。薄汚れた服。短い脚。

 この肉体は五歳ぐらいだろうか?

 メアリーは直感的に『なんで幼くなった?』と疑問を浮べたが、直ぐにその表情は困惑へと変わる。


「…………???」


 何故ならば、覚えていないからだ。

 何も覚えていないからだ。

 メアリー・スークリムという己の名前以外、何も覚えていないからだ。

 一応、『何かを集めなければならない』という意識はあるものの、それが何なのかも覚えていない。そもそも、この幼い姿にすら違和感を抱いているのだ。

 何もかもわからず、暗中模索。

 それが、メアリーが最初に自覚した己の状況だった。


「んんんー」


 何もわからないメアリーは、取り合えず、思いのままに歩いてみることにした。

 薄汚い路地裏を歩けば、聞こえてくるのは怒声と悲鳴。

 明るくて清潔な大通りとは違い、このストリートは生き馬の目を抜く生存の場である。

 本来、五歳程度の何の力も無さそうなメアリーなどは、とっくの昔に食い物にされていなければおかしいような場所だった。

 しかし、メアリーには誰も手を出さない。

 と言うよりも、メアリーの存在に誰も気づいていない。

 メアリーは存在感が極限に希薄なのか、誰の前を通っても、視線の一つすらメアリーの姿を追うものは無かった。


「…………あ」


 しばらく歩いて、メアリーは一つの煌めく何かを見つけた。

 ガラスの破片だろうか? それとも何かの金属片だろうか? それは鈍色の輝きを放ちながらも、妖しく人を魅了して。


「――――わ、あ」


 その魅了に逆らうことなく、謎の金属片を触れたメアリーの頭に、様々な情報が飛び込んできた。



●●●



 数十分前、メアリーは星の根源にて、竜王と対峙していた。


「お望み通り、来てあげたわ。さぁ、私に【管理者権限】を寄越しなさい。ここに潜む竜銀を全て根絶してあげるわ」


 圧倒的な存在感を放つ竜王を前にしても、メアリーの言葉は鈍らない。

 一切気圧されることなく、堂々と。

 【原初の魔物】だろうが、良くも悪くも所詮は魔物に過ぎない。

 そして、メアリーはテイマーである。

 S級テイマーの中でも、三強に数えられる凄腕のテイマーである。

 たとえ、魔物が神の如き力を持った存在だとしても、魔物に対して媚びへつらい、遠慮するような真似はしないのだ。

 それはメアリーだけではなく、他のS級テイマーたちも同様だろう。


「それとも、私に何か文句でもあるの?」


 威風堂々と問いかけるメアリーの姿に、竜王は『【くくくっ】』と上機嫌に喉を鳴らした。


『【文句は無いぞ、月の愛し子――我が加護を受けた子供よ。だが、こちらも役割があるのだ。いくらこの場に辿り着いたからといって、資格無きものは根源の記憶に触れただけで、瞬く間に発狂することもある。そんな者をこの先に通すわけにはいかぬ】』

「――――つまり?」

『【確かめさせてもらおう、メアリー・スークリム。貴様が本当に根源の記憶の閲覧に耐えうる魂の持ち主かどうかを】』


 かくして、メアリー・スークリムの試練が始まったのである。



●●●



「思い、出した……」


 メアリーは謎の金属片――存在の欠片を取り込み、状況を理解した。

 この場が、メアリーに課せられた試練の場であること。

 この試練の場は、竜王が構築した仮想世界であること。

 メアリーの目的は、この仮想世界に散らばった己の存在の欠片を全て集めきること。

 存在の欠片を集めれば、記憶と共にメアリーは完全に復活するということ。

 そして、この仮装世界で一度でも死を経験すれば、その時点で試練は失格だということ。


「なるほど、なるほど…………わかったわ」


 メアリーは頷き、改めて己の体を見下ろす。

 五歳ほどだったはずの肉体は少し成長し、現在では七歳程度のものになっている。

 また、記憶もメアリー・スークリムという人間の最低限の情報に、この試練に挑むことになった経緯も戻ってきている。

 己の為すべきことは理解した。

 ならば、後は行動のみ。


「要するに、面倒な自分探しをすればいい」


 記憶の大半を失い、肉体は幼く無力。

 従える魔物も居ない。

 用意された環境は劣悪。

 とある異世界――高度に発展した科学と魔術の混合世界は、国家よりも企業の方が力を持った社会背景の所為で、命の値段が異様に低い。

 さて、このような条件でも、メアリーは天才足りえるのか?


「大丈夫。私なら出来る。だって、きっと×××なら…………んん? よくわからないけど、同じ条件でも『朝飯前だ』とか言って、あっさりクリアしそうな人が居ると思うから。きっと私もなんとかなる」


 それを証明するために、メアリーは今、進み始める。

 竜王が作り上げた、過酷なる試練の世界を。




 仮想世界の時間で一週間後。


「…………ふぅ。大体取り戻したわね、自分って奴を」


 メアリーは十四歳ほどの姿で、悠々と高層マンションのスイートルームで寛いでいた。

 その傍らには、この仮装世界で従えた魔物や精霊、あるいは改造人間たちがわいわいと騒ぎながら侍っている。

 そう、路地裏のストリートチルドレンスタートのメアリーだったが、たった一週間で存在の欠片の大半を取り戻し、行きつくところまで成り上がっていたのだ。


「しかし、もっと厳しい難易度設定かと思ったのだけれども。ううん、何故かやたらと、私に親切な人が多かったおかげで、あっさりとここまで来てしまったわ」


 しみじみと呟くメアリーだが、その破竹の成り上がりにはもちろん仕掛けがあった。

 メアリー・スークリムという少女の根底にある性質は『月の愛し子』である。

 その効果は、ありとあらゆる魔物から慕われる、規格外の魔性だ。たとえ、誰かの手持ちの魔物だとしても、メアリーを前にしていれば良くも悪くも平常では居られない。たとえ、人を喰らう魔物だとしても、メアリーを前にしたら食欲よりも親しみが湧く。

 ちょっと異常なまでの魅了こそが、メアリーという少女の根底にある性質だ。

 そして、この仮装世界は竜王が作り上げたものである。

 当然、竜王の意志によって様々な干渉が可能だ。

 ――――魔物である竜王の意志に、影響される世界なのだ。

 ならば、竜王自体が既に、メアリーの『月の愛し子』の効果範囲内にあったとしても、おかしなことは無いだろう。


「これ、本当に試練の意味があったのかしら?」


 結果、メアリーは試練の大半をほとんどイージーな難易度でクリアした。

 竜王としては、メアリーの体質にも気を付けて、贔屓しないように設定難易度は高めにしたつもりだったかもしれない。

 だが、その仮装世界が竜王の意志によって左右されるのならば、その難易度設定は無意味だ。

 何故ならば、意識的に何か贔屓せずとも、無意識下では『月の愛し子』の効果の所為で、勝手にメアリーに対して、『偶然の幸運』が続くようになっていたのだから。


「ともあれ、ここで手を緩めたら本当に意味が無いし……最後のピースを埋めに行くわ」


 メアリーは幸運の加護を受けつつも、一週間の間に積み上げた。

 テイマーとしての知識と指揮能力を使い、存分に企業の暗闘が繰り広げられる大都市の中で、地位と戦力を積み上げた。

 今では、『都市最強』とされている企業の私設軍隊と同等以上の力を持っている。

 故に、メアリーは満を持して勝負に出た。


「目標はアカザワ商会本社ビルの最上階。通称、『眠れる姫』の拠点。そこに、私の最後の欠片が眠っている――――恐らく、大切な、大切な欠片が」


 残り一つの欠片。

 最後にして最大の大きさを持つ存在の欠片。

 未だ、手に入らないメアリーが一番欲している×××の記憶。

 それを手に入れるため、襲撃を仕掛けんとしているのである。


「これが最後なら、もうなりふり構っていられない。持てる全てを使って、私は私を取り戻す。そして、試練を越える。さぁ、この世界最後の夜を始めるわ」


 メアリーはこの世界で手に入れた全ての戦力を注ぎ込み、目的の場所へと進む。

 途中、大型パワードスーツを纏う警備隊に絡まれても、凱旋一蹴。

 企業が飼う最強の存在、超常の魔法を扱うドラゴンすらも即殺して。

 メアリーはあっさりと、肩透かしするほど簡単にその場所まで到達した。



「悪いが、ここから先には行かせない。俺のお姫様が、お休み中なんでね」



 この仮装世界最強の存在――――否、メアリーが思う最強の存在。

 メアリーが失った存在の欠片に付随する、一種の最強の認識。

 ×××――――トーマ・アオギリが守護する場所へと。


「…………なる、ほど。見直したわ、竜王。これは確かに、私にとっての試練よ」


 試練が始まる。

 メアリー・スークリムにとっての試練が始まる。

 相対するのは最強の超越者。

 乗り越えなければならないのは、己の中の最高最強。


「問題は、突破できる可能性が限りなくゼロに等しいこと」


 故に、メアリーは思わず笑みを零した。

 生まれて初めて、絶望の言葉の意味を実感したのである。

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