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第161話 竜王

 竜王とは何か?

 その答えを簡潔に言ってしまえば、【原初の魔物】である。

 オリジンの中のオリジン。

 根源と接続されている存在。

 【原初の竜】たちのさらに根幹に位置する存在。

 ありとあらゆる魔物の王として、星の根源にて座する者。

 それこそが、竜王である。

 故に、その形も実のところは『竜』でなくとも構わない。

 不定形の泥だろうが。

 完全なる球体だろうが。

 実態を持たない半透明の霧だろうが。

 【原初の魔物】であり、星の守護者であることさえ確かならば、それは竜王という存在なのである。

 今、トーマの前に姿を現した時、純白の竜の姿をしていたのは単純に、後から形を整えただけ。『竜王と呼ばれる存在だから、まぁ、こんな感じだろうな』とイメージに気を遣って作り上げた姿に過ぎないのだ。


 ただ、その巨大すぎる姿には確かに、衛星一つ分の質量がある。

 膨らんだ風船のような見掛け倒しではない。

 ――――月と同等の存在。原始の時代に別たれたもう一つの衛生。

 それこそが、竜王なのである。

 最低でも衛星一つ分の質量、エネルギーを持つ絶対的な生命体。

 魔物の中でも、S級最上位ですら相手にならない、最初から神の如き力を携えた怪物。

 本来ならば、『戦う』なんて言葉が適用される存在ではない。

 海や、山、あるいは自然現象といったものと同等――否、それ以上の理不尽なのだから。

 だからこそ、竜王はこの星に於いて最強の守護者なのである。


 ――――超越者という例外を除いて。


 超越者は文字通り、理を超越した存在だ。

 既存の物理法則、魔法すらも超越する存在だ。

 通常の生命体はそのような暴挙は行えないし、そもそも理を越えようとした時点で死ぬものなのだが、超越者はそれを乗り越えてしまった生命体である。

 そういう概念を会得してしまった生命体である。

 故に、問題はエネルギーの総量ではなく、その在り方だ。

 存在そのものが、世界のルールを浸食する固有魔法。

 物事の道理が通じず、生死の境界すらも曖昧な存在だ。

 だからこそ、超越者たちは例外として、竜王とまともに戦える存在なのである。

 圧倒的な質量によるごり押しも、超越者たちは独自の理で超越してしまう。

 星の根源と繋がっているからこそ、無尽蔵な魔力でさえ、それすら凌駕する『惑星崩壊級の一撃』を繰り出すかもしれない。


 さて、そんな敵対に値する超越者――しかも、ついこの間、魔王という同格以上の超越者を殺し、更にその異常な強さを成長させた存在が、星の根源まで辿り着いた時、星の守護者たる竜王はどのような態度を示すべきか?

 ――――そう、敵対である。

 他の超越者ならまだしも、トーマ・アオギリという超越者は『強すぎる』のだ。

 折角、人と魔物が調和し、手を取り合いながら発展してきた星の歴史を崩壊させる可能性のある存在なのだ。

 故に、竜王は敵意と殺意を持ってトーマを相対した。

 たとえ、トーマと戦うことが守護者として設定された原初のルールに過ぎないにしても。

 今ある世界の在り方を失わせたくないという感情は、己自身の理由なのだと信じて。


「いや、要らない、要らない。世界の命運とか、神様になる権利とか。とても要らない。今、俺がここに来ているのは、ちょっとした保守点検というか。竜銀――危ない物体を回収しに来ただけだから。適当に放置で大丈夫だぞ、うん」

『【――――貴様ぁ!】』


 なお、肝心のトーマの方に戦意が全く無く、竜王の戦意は盛大に空回りしてしまったのだが。



●●●



 トーマは正しく情報を説明した。

 銀の悪竜の存在。

 世界中にばら撒かれた竜銀。

 竜銀の危険性。

 竜銀を処理するために今現在、トーマたちが行っている行動。

 その全てをきちんと説明した。


『【なるほど、理解した】』


 そして、竜王もその全ての情報を飲み込み、噛み砕き、理解した。

 そもそもが星の根源に位置する存在である。

 星の記憶に最も近い竜王にとって、トーマの情報が正しいかどうか、答え合わせするのは簡単なことだった。

 その上で、竜王はトーマの説明が全て正しいことを理解したのである。


『【だが、トーマ・アオギリよ。貴様をこれ以上、この領域に立ち入らせるわけにはいかぬ】』


 そう、理解した上で、竜王はトーマを拒絶したのだ。


「それは、竜銀に関しては自分で対処するから余計な手出しは断る、という意味か?」

『【いいや、生憎、私にはその竜銀とやらの気配は分からない。恐らく、その竜銀とやらは星の根源の一部に潜り込み、私の目を掻い潜っている。あくまでも、この星の守護者に過ぎない私では、竜銀の問題に対処は出来ないだろう】』

「だったら――」

『【だが、それでも私は、竜銀よりも貴様の方が脅威だと感じている】』


 トーマがあまりにも強すぎる故に。


『【貴様の性格は善性だろう。それは間違いない。だが、危うい。あらゆる困難を打破し、超越する在り方はあまりにも危うい。貴様の在り方が星の根源に僅かでも影響を与えてしまったのならば、この世界は凄まじい戦乱の嵐に包まれるだろう】』

「え、そんなに?」

『【自覚せよ、トーマ・アオギリ。貴様の存在はもはや、銀の悪竜とやらと同じなのだ】』

「えぇ……マジかぁ」


 竜王の言葉に、トーマは露骨に肩を落とした。

 影響力のたとえとはいえ、宿敵である銀の悪竜と同じ扱いされたのが、よほどショックだったらしい。


『【故に、私は貴様を拒む。貴様をこれ以上、星の根源には近づけせぬ】』

「ぬぬぬ……」

『【後、単純に私は貴様がとても嫌いだ】』

「おいこら?」

『【貴様と戦う覚悟の中に、貴様をようやく屠れる歓喜もあったことも伝えておこう】』

「だから、俺のことを嫌い過ぎだろ! この世界の魔物は!」

『【強すぎる貴様が悪い】』


 戦意は無くとも、トーマがこれ以上進むことにはまったく交渉の余地を出さない竜王。


「……はぁ、仕方がない」


 故に、トーマは切り替えることにした。


「竜王、お前もまさか、このまま竜銀を放置していいとは思っていないだろ?」

『【ああ。だが、貴様は――】』

「俺じゃなければいいのか?」

『【む?】』


 自分が全て対処するのが最も安全性が高い。

 しかし、ここで竜王相手に余計な戦いをしてしまえば、星によろしくない影響を与えてしまう可能性がある。

 だからこそ、妥協案を口にしたのである。


「俺以外の誰かをこの領域に送って、竜銀の対処をさせることは可能か?」

『【…………可能だ。だが、凡愚の存在は認めぬ。そもそも、ある程度の意志の強さを持たぬ存在では、この領域に踏み込んだ時点で根源に意識が溶かされて死ぬ】』

「なら、教えてくれ。どの程度の存在なら、お前のお眼鏡にかないそうなのかを」


 トーマの言葉に、竜王は数秒の思案の後、答えた。


『【メアリー・スークリム。あの子ならば、私も認めよう】』


 トーマが竜銀災害に関わらせたくなかった、最愛の幼馴染の名前を。


「……………………」


 トーマは沈黙した。

 沈黙しながら、ぎゅっと拳を構えて竜王を見つめていた。

 どうやら、色々なリスクを飲み込んでも、このまま竜王を倒した方が良いかな? と思っているらしい。


『【トーマ・アオギリよ。貴様のそういう過保護が、あの子にとっては信頼されているかどうか、不安になる要素になっているのだ】』

「うぐっ」


 そして、竜王からその機微を見抜かれ、痛いところを突かれと表情を歪めた。

 星の記憶に最も近い存在であるが故に、竜王はトーマとメアリーの恋愛のあれこれも既に知っているらしい。


『【あの子は貴様と対等になりたいと努力を重ねているというのに、貴様という奴は心配が勝ちすぎて、結局、あの子のことを危険から遠ざけるような真似を――】』

「やめろぉ! 真っ当な説教はやめろぉ! 思春期の超越者を刺激するんじゃねぇ!」


 トーマは叫びつつ、この場の不利を悟った。

 何せ、どれだけ強くあろうとも、トーマは思春期の少年に過ぎないのだ。

 戦いならまだしも、人間関係のあれこれを圧倒的年長者から言われてしまえば、ろくな反論が出来なくなってしまう。


「ええい、わかった! わかったよ! メアリーには一度話を通す! それでいいんだろ!?」

『【貴様、あの子が断るように誘導するつもりだな?】』

「だって、心配だもん!!!」

『【あの子は強いぞ? 少なくとも、心は貴様などよりも】』

「知っているけどぉ! 知っているけど、それはそれだろうが!!」

『【もっとあの子を信頼しろ】』

「信頼した結果が、思わぬ死とかよくある世界だから、心配なんだろうが!」

『【だが、それは過保護の檻の中に仕舞い込むようなもので――】』

「いやでも、最近は俺も、自分の目の届かないところでも――」


 その後、トーマと竜王はまるで、思春期の子供と厳しい父親のようなやり取りを重ねた。

 両方とも、互いに『何をやっているんだ……?』と疑問を抱きそうになりながらも、どうにかこうにか、メアリーを呼び出す方向に話は纏まったらしい。


「じゃあ、傍に居る! 俺がメアリーの傍に居て、何かあったら対処する! これは絶対!」

『【貴様という奴は本当に……】』


 なお、最後の最後まで、トーマはメアリーの身を案じすぎて、竜王に呆れられていたという。

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