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第160話 未開拓地の果て

 未開拓地とは、人類が未だに生存圏を切り拓けない領域だ。

 その深部となれば、人類未踏の場所が多く存在する。

 呼吸するだけで、臓腑が腐れ落ちる瘴気を吐く、毒竜の棲み処。

 一度足を踏み入れば、二度とは外には戻れぬ未帰還の森。

 視線を向けるだけで、相手を石化させる蛇が這いまわる荒野。

 その他、常人ならば即死。ベテランの開拓者ですら、年単位の準備を重ねなければ侵入すら困難な領域が山ほど存在するのが、未開拓地の深部なのである。

 おおよそ、人の踏み入るような領域ではないのだ、本来は。


「ローラー作戦だ! サクサク攻略して、サクサク竜銀を集めるぞ!」

『『『了解!』』』


 そんな未開拓地の深部を、トーマとその仲間たちは尋常では無い速度で攻略していた。


『吾輩の神器にて、この瘴気を吹き飛ばす!』


 毒竜の棲み処は、アゼルの神器顕現により、地盤ごと吹き飛ばした。


「悪竜の気配を辿り、撃ち抜きます!」


 未帰還の森を完全にマッピングしたイオリは、的確に竜銀個体の息の根を止めて、竜銀を回収。惑わしの魔術すら最終兵器のイオリには通じず、あっさりと帰還した。


「悪竜と幾度も戦ったのです。今更、蛇如きの魔眼が通じるほど柔ではございません」


 石化の蛇が跋扈する荒野も、レオンハルトにとっては普通の道と変わらない。

 世界を滅ぼす悪竜の魔術に比べれば、石化の魔眼などあまりにも低次元の呪詛だった。


「はっはぁ! 進め、進め、進めぇ!!」


 そして、何よりもトーマが反則的だった。

 魔王を倒してからのトーマは、以前にも増して理不尽具合が上がっていた。

 即死の領域だろうとも、まるで痛痒に思わず散歩感覚。

 S級魔物が出てこようとも、基本的にはワンパンで粉砕。

 中には竜銀個体としてS級最上位の魔物ほど強くなった魔物も現れたが、今のトーマの相手にはならず、あっさりと急所を貫かれて即死。

 今や、未開拓地の深部に於いて、トーマという人間こそが食物連鎖の頂点に君臨していた。


「はーい、封印処理を施した竜銀は回収するよー。封印処理を施しても、一緒の場所に保管しておくと絶対によろしくないことが起こるから、別空間にしまっておくよー」


 ただ、トーマたちの目的はあくまでも、竜銀個体の処理に、竜銀の回収である。

 次々と集められた竜銀は、シラサワの手で適切に管理、研究されているものの、未開拓地深部は攻略をしても開拓はしない。

 何故ならば、トーマたちはあくまでも竜銀災害に対処するだけの人員でしかないからだ。

 ここで開拓まで進めてしまえば、かなり時間をロスしてしまう上に、開拓者たちの仕事を奪ってしまう。何一つ良いことが無い。

 従って、トーマたちの目的はあくまでも竜銀災害への対処のみ。

 未踏の深部を次々と既知のものしつつも、基本的には最低限の戦闘のみで切り抜けていた。


「…………うん?」


 だから、トーマたちが『その場所』に辿り着いたのは、あくまでも『順当な結果』であり、『意図せぬ結果』に過ぎない。


「なんだ、こりゃ?」


 未開拓地の深部のさらに深部。

 トーマたちは未開拓地をローラー作戦として、順番に攻略した結果、そこに辿り着いていた。

 過酷な荒野の果てにある、巨大なる白亜の扉の前まで。


「異界門にも似ているが……お前ら、こういうのに見覚えは?」


 トーマは謎の扉を前に、仲間たちに意見を募る。


「ふむ。空間転移を安定させるためのゲートだと思いますが、どこに繋がっているかはわかりませんね」


 レオンハルトは白亜の門の構成を解読し、その役割を解明して。


「異世界って感じはしないですね」

「んんー、元神人としては、こういうのは星間転移の時に使っていたタイプと似ているような感じがするなぁ」


 イオリとシラサワは門が繋げる先を推測して。


「――――まさか、ここにあるとはな。『根源の門』が」


 唯一、事情を知っていると思しきアゼルが、正解を告げた。


「『根源の門』? 何か知っているのか、アゼル?」

「…………【原初の黒】として、最初からある基礎知識程度だがな」


 アゼルはトーマの問いかけに頷き、語り始める。


「これは、この星の根源へと通じる門だ。この先には、星の記憶と運営を司る領域があり、そこに干渉するための【管理権限】がある。もっとも、セキュリティとして最古最強の魔物である竜王が君臨しているわけだが……ああもう、そこで目を輝かせるな、マスター」

「如何にも凄そうな魔物が君臨しているのなら、挑むのがモンスターテイマーだ」

「仮に竜王を倒した場合、強制的に貴様がこの星の管理者となって、ありとあらゆる権能と知識を押し付けられて、まともに人として生活できなくなるが、それでも?」

「…………何でもかんでも倒すのは良くないよな!」

「理解してくれてありがとう、馬鹿」


 ウインクと共にサムズアップを決めるトーマに、大きくため息を吐くアゼル。

 出会ってから一年以上経つというのに、二人は相変わらずのやり取りを重ねている。


「ともあれ、この先には面倒ごとしかない。余計な手間がかかるだけだ。さっさと無視して竜銀の回収を続けるぞ」

「ん、了解…………しかし、竜王か。竜の王か……面倒な特典さえなければ……」

「ほら、さっさと行く! 仕事をしろ、マスター!」

「――――申し訳ございません、アゼル先輩」


 アゼルがトーマの手を掴み、ずりずりと引きずって行こうとしていたその最中、申し訳なさそうにレオンハルトが口を挟む。


「この先に、かなり巨大な竜銀の気配が感じられるのですが」

「「…………」」


 考え得る限り、最悪の事実を添えて。



●●●



 それは暗黒の空間だった。

 一切の光が存在しない、真なる暗黒。

 だが、その暗黒を駆け抜けた先には、光の瞬きがあった。

 それも一つではない。

 無数に存在している。

 そう、空に浮かぶ無数の星々にも似た光が、暗黒の空間を抜けた者たちを出迎えているのだ。

 そして、足元は灰色の地面。

 ――――否、月面。

 遥か昔、この星から別たれた衛生の表面にも似た、凸凹とした月面がそこにはあった。

 さながら、地表から月まで転移したが如き光景ではあるが、この場所は宇宙ではない。

 むしろ、内側だ。

 星の最も内側。

 根源に近い場所。

 星の記憶、アカシックレコードと呼ばれる領域がある場所。

 そして、この星の管理者である資格を得るための【管理者権限】が眠る場所だ。

 本来、人類が数多の年月をかけて到達すべき領域である。


「お邪魔しまーす」


 そんな領域に、トーマは単独で踏み込んでいた。

 単独の理由は、偏に『そちらの方が安全だから』だ。

 何があろうとも、トーマ単独ならば生還は可能だが、他の魔物たちが傍に居る状態では、どうしても様々なロスが生じてしまう。

 故に、トーマは単独で星の根源へと踏み込んだのである。


『【来たか、超越する者よ】』


 そして、トーマの頭上から重厚な声が降って来た。

 だが、それは音による声ではない。

 直接、トーマの脳内に響かせるような思念波だ。


『【貴様の持つ超越の理を、この根源に刻ませるわけにはいかぬ】』


 レオンハルトの気配を越えるほどの、強者特有の威圧感。

 それを感じたトーマは、静かに見上げて……見抜く。

 瞬く星々の中に隠れた、一つの巨体を。


『【貴様の理は人を強くするだろう。だが、貴様の理はこの世界に留まらぬ。やがて、人々を数多の世界へと羽ばたかせるだろう。侵略の翼を広げるだろう】』


 それは、未開拓地の深部に居た大喰らいよりも巨大だった。

 トーマが知るどんな生物よりも。

 山よりも。

 海よりも。

 それは巨大な存在だった。


『【人に強さを強いて、争いを呼ぶ貴様の理をこの根源に刻ませはせぬ】』


 月と同等以上の大きさの、竜だった。

 真っ白な鱗を持つ、光り輝く巨大なる竜こそが、最古にして最強の魔物。

 竜王と呼ばれる存在だったのである。


『【故に、ここで滅びろ! トーマ・アオギリ!!】』


 そして、竜王は吠える。

 並大抵の生物ならば、魂が潰れるほどの思念波を放つ。

 神にも等しい力を持つ存在が、たった一人の人間に対して敵意を向けている。

 トーマ・アオギリ。

 あまりにも強すぎる人の歩みを止めるためだけに、存在全てを賭けて戦いに挑もうとしているのだ。


「……あー、その、ね?」


 ただ、その咆哮に対して、トーマは気まずそうに曖昧な笑みを浮かべて。


「俺、別に【管理者権限】とか要らないんだけど?」

『【――――は?】』


 冷や水をポンプ車でぶち込むような勢いで、竜王の戦意を萎えさせる言葉を告げたのだった。

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