第16話 先兵
巨大である、ということはそれだけで威を持つ。
学園を見下ろす巨大なゴーレムは、ただそこに存在しているだけで、D級トーナメントに参加していた者たちの戦意を刈り取るには十分な役割を果たしていた。
「来たれ、我が軍勢」
だが、イメイはそれで満足しない。
油断なく状況を『詰み』へと持っていくため、自らの手持ちを召喚する。
魔法陣を展開し、そこから自らが作り上げたゴーレムを呼び寄せる。
――――百体以上ものゴーレムを。
「人造魔物の利点は、レシピさえちゃんとしていれば量産が可能だということだ。しかも、いちいち絆を結ぶ必要も無い。彼らは元々が機械。こちらの命令に従順な機械生命体だ。十分に学習させれば、自己判断もしてくれる便利な奴らだ……こういうことに使うのにはうってつけなんだよ」
イメイは自らの成果を誇るように語り、その後、「いけない、いけない」と小さな声で己の傲慢を自戒する。
「今は僕のプレゼンの時間じゃなかった。さぁ、仕事の続きと行こう。大丈夫、黙って動かなければ、僕のゴーレムは誰も傷つけはしない」
召喚されたゴーレムたちは、授賞式に並ぶ学生たちの下に近づき、各々の武器を急所に向かって突きつける。
即ち、ここに百人以上の人質が発生したのである。
こうなれば、反撃の機会を伺っていた学園の教師陣も、動きを止めざるを得ない。
「さて、準備が整ったので、改めて自己紹介を」
ゴーレムの駆動音だけが鳴り響く状況で、首謀者であるイメイは表彰台の上から語り始める。
「聞け、王国民よ! 我らは『魔王軍』! パラディアム王家の治世に反旗を翻す者である!」
さながら、革命の輩の如く、大陸全土を支配するパラディアム王国へと、反逆の意思を露わにした。
紛れもなく、自らの罪を重くする言葉を、威風堂々と宣言したのだ。
まるで、王国へと本気で敵対しているかのように。
「こちらの要求は一つ! 要求を行う対象は一人! メアリー・スークリム! 貴方の身柄をこちらで確保させていただきたい!」
イメイは物怖じすることなく、テロリストとしての声明を終えた。
手足に震えは無い。
学生だというのに、この状況に興奮するでもなく、酔うでも無く、ただ、己の為すべきことを見定めている。
その時点でもはや、『妄想癖を持った学生の犯罪』という説は消えた。
単なる突発的な犯罪や、小さな犯罪集団による脅迫と判断するには、あまりにもこの場に用意された戦力は大きく、イメイが毅然とし過ぎていた。
「…………私一人のために、随分な真似をしたのね?」
やがて、学生集団の中から、メアリーが抜け出てくる。
背後に武器を突き付けたゴーレムに、その一挙手一投足を観察されながら。
「イメイ、貴方がテロリストになるとは思わなかった」
「いやいや、メアリー。僕がテロリストになったわけじゃあない。僕は最初から、あの学園に入学する前からずっと魔王軍だったんだよ」
「なるほどね。それで、その魔王軍とやらは何故、私を必要としているの?」
周囲を人質にされ、自らの身柄を要求されたとしてもメアリーに動揺は無い。
揺らぐことのない碧眼でイメイを見据えて、問いかけている。
「魔王様が君を必要としているのさ。S級テイマーとしての君の実力を。そして、月の愛し子としての君の宿命を」
「魔王様って誰? 人をスカウトしたいのなら、直に来るのが礼儀じゃない?」
「あははは、ごもっとも! 先兵程度がスカウトに来てごめんね? せめて、幹部の方々が来れば恰好は付くんだろうけど――――ほら、配慮って奴だよ。魔王様曰く、連れてくるのなら同世代の子供が誘った方が怖くないだろうって配慮」
「こんなことをしておいて?」
「ああ、こんなことをしておいて。本当は君を穏当に説得できればよかったんだろうけど、少しの間でも同じ学生として生活したからわかる。君は絶対に、言葉じゃあこちら側に転がらない。日常に対して、何かしらの確固たる『楔』があるように見える。こういう、脅迫でもしなければ、まともに話も聞いてくれなかっただろうさ」
イメイとメアリーは互いを見据え、言葉を交わし、緊張感を保っていた。
「そして、今もこうして僕の隙を狙っている」
「…………」
「悪いけれど、僕に油断は無いよ。あの巨大なゴーレムは僕の最高傑作さ。いかに君の手持ちと言えども、一瞬で消し飛ばすってことは不可能だろ? いや、不可能だ。そのためにいくつも細工を重ねている……流石に、まともにやれば負けるかもしれないけど、こうして人質がたくさんいる以上、君は動けない…………よね? 流石に彼らを見捨てないよね? 一応、心配だったから、君にもゴーレムを付けたわけだけど」
「…………」
「無言だけど、その反応はイエスってことでいいかな? とりあえず、今は大人しくこっちの指示に従ってくれるということでいいかな?」
「…………」
「返事は?」
ゴーレムの駆動音が響く中、イメイは鋭くメアリーへと問いかける。
「ふふっ」
だが、窮地に陥っているはずのメアリーは、その問いかけに対して微笑みを返した。
―――否、ついうっかり笑ってしまったのだ。まるで、目の前で起こっている滑稽な様子に耐えきれなくなったように。
「何がおかしい? いや、本当になんで笑う? ちょっとその感性が良くわからないんだけど? 普通に怖いんだけど?」
イメイはそんな態度に眉を顰めるが、メアリーの笑い声は止まらない。
この場にそぐわない、可憐で和やかな笑い声が数秒間、周囲をあっけにとるように流れて。
「イメイ。貴方、運が悪いにもほどがあるわ」
次の瞬間、喝采の如く、数多の破砕音がこの場に鳴り響いた。
無論、警戒はしていた。
何せ、S級に相当する魔物を手持ちにしているテイマーだ。
最大警戒対象のメアリーほどではないにせよ、常に注意を向けて警戒を怠っていなかった。動こうとすれば、手持ちのゴーレムが素早くその急所を貫くはずだった。
だが、その想定はあまりにも甘かったのである。
史上最年少のS級ウィザードにして、人間災害。
トーマ・アオギリの動きを止めるには、あまりにも足りなかったのである。
「ば、馬鹿な……っ!」
イメイは目の前の光景に驚愕していた。
たった一瞬。
文字通りの瞬き一つ分。
それだけの時間の間に、巨大ゴーレムを除いた全てのゴーレム――学生たちを人質に取っていたものが、一体も残らずに破砕されていたのだから。
「こんなこと、あり得るはずが無い!」
悲鳴のように現実を否定するイメイの言葉は、確かにその通りではあった。
百体以上のゴーレム。
しかも、一つ一つがC級以上の性能を持ったものが、たった一瞬で破壊されたのだ。
それも範囲攻撃というわけでは無い。人質ごと薙ぎ払ったわけでもない。風の如く人と人の間を駆けまわり、的確にゴーレムだけを殴り砕いたのである。
こんな真似が人間に――否、人間ではなくとも、たとえ、S級に相当する魔物だったとしても、出来るわけがない。
だが、それでも、これは紛れもない現実だ。
「残念だぜ、イメイ。お前とは、友達になれるかもしれなかったのに」
現実離れした現実が、どうしようもない理不尽が、イメイの前に立っている。
ほんの少し前までは、表情台の隣に居たはずだというのに、いつの間にかイメイの前に居る。
ゴーレムを百体以上殴り倒し、次はお前だと言わんばかりにイメイを見据えている。
「――――っ!! アトラスぅ!!」
『【おおおおおおおおおおおおおっ!!】』
明確な敗北のイメージが頭の中に刻み込まれたイメイであるが、対抗のための言葉はとっさに口から出ていた。
この規格外の理不尽、トーマの正体はわからない。そこは見えない。
だからこそ、自らが持てる最高戦力にして、最高傑作をぶつけなければならない。
イメイはそう判断し、トーマを粉砕するため、人質にしていた学生が巻き込まれることなどまるで気にせず、気にする余裕も無く、機械仕掛けの巨人へ命じる。
トーマという理不尽を破壊せよ、と。
「トーマばかりに働かせるのも難よね」
だが、機械仕掛けの巨人――アトラスはその命令を実行することは出来なかった。
――――ドオンッ!!!
何故ならば、飛んだからだ。
学園の頭上、遥か高くまで弾き飛ばされたからだ。
いつの間にか、巨人の足元まで忍び寄っていた、これまた巨大な水色の塊――スライムによって。
「ナイストスよ、マレ」
空高々と弾き飛ばされたアトラスに向かって、メアリーは人差し指を向ける。
すると、メアリの背後から魔法陣が出現し、その魔法陣から一つの顎――赤竜の顎が姿を現した。
「一欠片も残さずに消し飛ばしなさい、イグニス」
『承知した』
そして、次の瞬間、紅蓮の閃光が空に向かって放たれた。
余波だけで、周囲の学生たちが転がるほどの威力のドラゴンブレス。それは、雷の如き速度で空を駆け上がり、未だ上昇を続けるアトラスを飲み込んだ。
巨大なはずのアトラスを全て飲み込み、部品一つすら残すことなく消し飛ばしたのだ。
「そ、そんな、こんなことが……っ! アトラスだぞ!? 僕の最高傑作だぞ!? 耐性に耐性を重ねた一級品の装甲だぞ!? S級にも匹敵する戦力だぞ!? それをこんな、こんなあっさり――――」
悪い夢でも見たようなイメイの叫びは、トーマの当身によって途切れた。
「へっ、そんなの当たり前じゃんか。だって、あいつは俺のライバルだぜ?」
気絶したイメイを抱きかかえ、トーマは半ば独り言のように呟く。
その視線の先にあるのはイメイではない。
赤竜を従え、今さっき、学園の危機をあっさりと解決させて見せた幼馴染。
「ふふっ、露払いご苦労様、トーマ。お礼にキスしてあげるわ」
可憐に微笑む美少女にして、S級テイマー、メアリー・スークリムの姿しか、今のトーマには見えていなかった。




