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第156話 もしもお前に力が無ければ

 青桐あおぎり 斗真とうまは、現代日本に住む、ごく普通の男子中学生だ。

 趣味は育成ゲーム。

 魔物同士を掛け合わせて、より強い魔物を生み出したり、魔物を牧場で育てたりするゲームが大好きな男子中学生だ。

 その手のソシャゲにはまり過ぎて、両親から携帯端末の所持を一時的に禁止された男子中学生だ。

 もっとも、それはガチャ費用のために破産したわけではなく、単に攻略検証のために何時間も気の遠くなるほどのゲームプレイを行い、中間テストの結果が悲惨になったが故の結果である。


「はぁー。俺からゲームを取ったら一体何が残るんだ……」


 斗真はうんざりした顔で溜息を吐く。

 中学校を終えた後の下校時間。普段ならば、これからゲームに熱中できると心を躍らせている時間帯だというのに、今の斗真にとっては憂鬱しかなかった。


「斗真はゲームやり過ぎなんだよ。普通、そこまでやらないというか、楽しいか? 敵データの検証とか、効率の良い攻略法を見つけるまで何度も試行錯誤を繰り返すとか」

「超楽しい」

「そ、そうか……」


 斗真の隣を歩く男友達は、斗真のゲーム中毒な精神性に少し引いている。


「最強の育成方法とか、運営が想定していない組み合わせのコンボとか、そういうのを見つけてネットに上げる時、俺の心はこれ以上なく満たされるんだ……」

「ま、まぁ、ほどほどにな? それでテストの点が悪かったから怒られたんだろ?」

「そう。ソシャゲも含めて、ほぼ全てのゲームの禁止……家出してやろうかと思ったぜ、まったくさぁ」

「お前、本当に育成ゲームが大好きだよな……あ、そうだ」


 斗真に呆れつつも、男友達は何気ない口調で提案する。


「じゃあ、ゲームができない分。代わりに現実の方で何か生き物でも育てればいいんじゃないか? なーんて、流石にそれは違うよな――」

「いや、ありかも?」

「ありなのか?」

「野生の獣を捕獲して、育てて、互いを戦わせるような施設を作れば……」

「おい、やめろ。動物愛護法とかその他諸々をぶっちぎる考えを即座に改めろ」


 ただ、その冗談を斗真は思いの外、真剣な目で検討していた。

 斗真ならば本当にやりかねない、そう思わせるに足る目をしていた。


「まぁ、流石に冗談だぜ、冗談」

「だ、だよなぁ? 流石にな?」

「なんの訓練も受けていない男子中学生が、野生の獣を捕まえられるはずもないし」

「うわ、真剣に検討した末の結論だ」

「保健所から犬を引き取った後に、そういう教育を施すのも流石に倫理がね?」

「うわ、外道の方法を検討した末の結論だ。良かった、お前が道徳の授業に出てて」

「義務教育が役だったぜ」


 斗真と男友達は、共に並んで帰路を歩く。

 二人が歩く道は、どこにでもあるような地方の街中だ。

 田舎と呼ぶほど寂れてはなく、けれども都会と呼ぶには垢ぬけていない。

 そんな中途半端な地方の街並みこそが、二人が暮らす環境である。

 都会に憧れつつも、今では何もかもがインターネットで繋がったグローバル社会。

 多少の不便さを覚えつつも、今時の若者二人は地元をそこまでは嫌っていなかった。

 何故ならば、手元の携帯端末を使えば、いつでも世界全体へと繋がれるのだから。

 もっとも、斗真の方は携帯端末が禁止されており、世界と繋がれる感覚も断たれて、良く言えばデジタルデトックス。悪く言えば、暇を持て余す状態になっている。

 だからかもしれない。


「あれ?」


 斗真がそれを見つけたのは。


『グギャギャギャ……』


 それは斗真たちよりも背丈が低い、幼児のように小柄な人型だった。

 そう、人型であり、けれども人間では無い。

 何故ならば、人間の肌はあのように緑色ではない。腐ったどぶの色をしていない。


『グギャ!』


 その緑色の小さな人型は、粗末な腰巻と、粗雑なナイフといういで立ちだ。

 初めて見るはずなのに、どこか既視感を覚える格好だ。


「…………ゴブリン?」


 斗真は思わず、口に出してその存在を認知した。

 まるで、斗真がやっている育成ゲームに出てくる存在が、いつの間にか眼前まで近づいて来ていることを理解した。


「え、なにあれ? 何かの仕掛け? 質の悪い動画配信者のドッキリ?」


 斗真に続き、男友達は困惑と共に周囲を確認する。

 どこかでカメラを構えた人間が居ないか、と。


『ギギャガッ!』


 しかし、それは緑色の小さな人型――ゴブリンの前では致命的な行動だった。

 ゴブリンは奇声を上げて襲い掛かってくる。

 当然だ。これから狩ろうと思っていた相手が、間抜けに隙を晒してくれたのだから。

 人類の敵対種族として設定された存在が、そんな隙を見逃すわけがない。


「えっ?」


 だが、男友達はその殺意に反応できない。

 当然だ。男友達は平穏な世界の住人である。なんの訓練も受けていない男子中学生である。

 相手が敵意満々のゴブリンでなくとも、単なる野生動物であったとしても、まともに反応出来たのかは怪しい。

 従って、ゴブリンが持つ粗雑なナイフは、男友達の首元に吸い込まれるように振るわれて。


「せいやぁ!」


 ――――『設定』の確認を終えた斗真……もとい、トーマが、振るわれたナイフを蹴飛ばした。なんの戦闘経験も無く、格闘技もろくに習っていない、素人丸出しの蹴りだった。


『ギャッ!?』


 しかし、それでもゴブリンの手から武器を弾き出すには十分な威力があったらしい。

 ゴブリンは混乱した様子で、慌ててトーマを獲物から敵対者へと脅威度を格上げさせる。


「チュートリアルか? 中々に親切だな、レオンハルトも」


 もっとも、その時には既に、トーマの蹴りがゴブリンの首に叩き込まれていたのだから。


『ギッ!?』


 ごきん、と音を立ててゴブリンは首が折れて即死する。

 ただの男子中学生の筋力でも、思いっきり力を込めれば、自分よりも体格の低い相手の首を折ることぐらいは難しくないからだ。

 少なくとも、トーマにとっては造作も無いことだ。

 たとえ、『何も特別な力も無い男子中学生』として設定されていようとも。


「お、消えた」


 ゴブリンの死体は光の粒子となって消え去り、残ったのは小石程度の大きさの赤色の鉱物が一つ。

 まるで、ゲームのようだな、とトーマは付与された設定の内容を思い出して苦笑する。


「と、ととと、斗真、これは一体!?」


 一方、男友達――設定されたNPCはまるで本物の人間のように狼狽し、トーマにリアクションを促す。

 もちろん、トーマはこのシミュレーションの中で、メタ思考でいきなり語り出すような無粋はやらない。

 ただの男子中学生、青桐斗真を装ってロールプレイを再開する。


「…………わ、わかんない。だけど、もしかしたら……何か、凄く大変なことが起きているのかもしれない……」


 平穏な日常が崩れ去り、波乱の未来を予感させる言葉を紡ぐ。

 薄々、レオンハルトがこのシミュレーションの中で、何をさせたいのかを予想しつつ。



●●●



 トーマは知識として知っている。

 数多に存在する異世界群の中には、魔物が存在しない世界も存在することを。

 魔力も魔術も扱わず、科学の力だけで文明を発展させる世界も存在することを。

 トーマが青桐斗真というキャラクターとして設定されたのも、そんな世界がモデルとされていた。

 しかも、そんな世界の中でも、青桐斗真は平穏な国家の、荒事に縁が無いような『普通』の家庭の出身である。

 戦うための才能も、知識も、精神性も培われていない。

 どこにでも居る、普通の男子中学生。

 トーマが割り当てられた設定というのは、そのようなものだった。


 そして、そんな青桐斗真が暮らす平穏な国に、異変が起こる。

 魔物が発生する異空間――ダンジョンが発生したのだ。

 そのダンジョンの中からは、科学とは異なる力を扱う魔物たちが、ほぼ無尽蔵に溢れ出て来る。それを止めるためには、直接ダンジョンの中に入り込み、ダンジョンのコアを破壊するしかない。

 しかも、このダンジョンは一つだけではなく、無数に存在するのだ。

 平穏だった国は未曽有の混乱に陥り、一気に戦乱の世へと早変わり。


 そんな激動の時代の中、ただの弱者に過ぎない青桐斗真がどう生きるのか?


 これは、そういうシミュレーションである。

 生まれながらの強者が、ごく当たり前の弱者としての立場になった時、どのような行動を起こし、どのような結果を出すのか?

 レオンハルトは、それが知りたかったのだろう。

 悪辣なる世界破壊者に対抗するべく、トーマの精神性を改めて確かめたかったのだろう。

 だからこそ、力を取り払い、弱者の立場になった状態で見定めたかったのだ。

 普段のやり方が出来ない状態で、確かめたかったのだ。

 圧倒的な力を持つ銀の悪竜を前にして、果たしてトーマはそれでも抗えるのか? 

 そういうことを確かめたかったのだろう。

 ――――だが、レオンハルトはあまりにも、トーマのことを知らなかったのだ。


「…………ふぅ。本物のあいつよりも、大分弱かったな」


 シミュレーション時間は、ダンジョンの発生から一年と三十六日。

 終了条件の一つである、ダンジョン発生の黒幕である『銀の悪竜のコピー』の討伐を達成。

 これにより、トーマは見事にレオンハルトが課したシミュレーションを乗り越えた。

 何の力も無い、ただの弱者の状態から這い上がり、成り上がり、超越して見せたのだ。

 さながら、トーマ・アオギリという存在の本質は、力では無くその意志にあるかのように。

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