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第154話 銀の災害

 大抵の場合、竜銀に手を出すのは低級の魔物である。

 弱者である。

 狩られる立場にあり、即物的な力を求める魔物である。

 何故ならば、そうしなければ明日を生きられないかもしれないからだ。

 たとえリスクがあろうとも、安易な判断であろうとも、低級の魔物は目の前に絶好のパワーリソースがあれば手を出す。

 その結果が、未開拓地の深部で起こっている、竜銀による魔物の生態系の大混乱である。

 本来、狩られるべき魔物が逆に、格上の魔物を狩り返して、竜銀個体同士が殺し合いを行うため、そこにあったはずの自然の秩序は崩れ去っているのだ。


 そして、上級の魔物は竜銀には手を出さない。

 何故ならば、明らかに怪しいからだ。

 怪しいと判断できるだけの知性があるからだ。

 大抵の場合、上級の魔物はそれに見合った知性が存在する。竜銀によって成り上がった粗製のS級などとは異なり、きちんと知性と実力を兼ね備えて強くなった者が多いからだ。

 だからこそ、上級の魔物は竜銀の異変を正しく察知した。

 あれは関わっても一利にもならない、ただの害悪であり、災厄の一種なのだと。


 だが、物事には例外というものが付き物だ。

 上級の魔物の中にも、まともな知性を持たぬ者も居る。

 その圧倒的なまでの戦闘力故に上級としてカウントされているものの、行動原理はほぼ獣。まるで知性などを感じさせない。そんな厄介者も存在するのだ。

 つまりは、そんな厄介者ならば、上級の魔物であっても竜銀に手を出す可能性はある。

 ただ、今回の場合は竜銀に手を出す、出さないの問題というよりも。


『ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』


 それはそもそも、竜銀の存在を認知しないまま、取り込んだのだ。

 竜銀を宿した魔物ごと。

 魔物が隠れ潜んでいた森ごと。

 地形そのものを引き剥がし、喰らったのだ。


『ゴゴゴゴゴゴゴォオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』


 唸る声は、さながら暴風の如く。

 空を泳ぐ巨体は、さながら入道雲の如く。

 何もかもを喰らうその口は、さながらブラックホールの如く。

 それは――S級最上位の魔物、『大喰らい』。

 巨大なる、空を泳ぐ魚の姿をした魔物である。

 未開拓地の奥地を主な生息地として、何か月かに一度、地形ごとあらゆる生命を喰らい、糧とする魔物である。

 従って当然、竜銀は意図せず、大喰らいの内部に溜まった。

 それも、一つや二つではない。

 大量の竜銀が、大喰らいに寄生し、その能力を急激に高めて。


『ゴゴゴゴォオオオオオオオオッ――――クキャッ』


 その結果が、変貌だ。

 巨大なる魚の姿をしていたはずの大喰らいはその肉体が変形し、さながらイソギンチャクの如き、触手がたくさん付いた怪物――否、怪獣へと変貌する。


『クキャキャキャキャキャッ』


 元々、食欲以外の全てが欠如しているような個体ではあったものの、変貌してからの大喰らいは更にその貪欲さが増した。

 口だけではなく、それ以外の無数の触手からも、あらゆるものを喰らおうとするようになったのである。


『クキャキャキャッ』


 奇声を上げて伸ばす触手は、触れるだけであらゆる物を喰らい、吸収する。

 その上、本来の口は更に物を吸い込む力を向上させ、今では空に穿たれた巨大な穴の如く、何もかもを吸い込み、吸収してしまっていた。

 元々、S級最上位の力があった上に、そこに大量の竜銀による能力向上。

 今の大喰らいは、未開拓地深部に棲む魔物たちですら、易々と手が出せないほどの存在となっていた。

 竜銀の力を振りまく、一つの災害へと。


『グルルルッ』


 だが、そんな災害を許さぬ存在がここに一つ。


『クキャッ!?』


 黄金の軌跡が、空高く飛ぶ大喰らいの触手の一部を切り裂いた。


『グルルルァ!』


 大気を鳴動させる咆哮が放たれ、大喰らいの目の前には、一体の黄金の獅子が立ち塞がっていた。

 敵意と殺意を剥き出しに、その存在を許さぬと言わんばかりに。


『クキャキャッ』

『グルルルル』


 大喰らい。

 黄金の獅子。

 二体の魔物は今、互いの存在が気に食わぬとばかりに殺し合いを始める。


『クキャキャキャ!』


 大喰らいが動かす無数の触手は、触れるだけで万物を喰らう暴食の権化。

 竜銀によって顕現したそれは、無数の一撃必殺となって黄金の獅子を襲う。


『グルルルゥ!』


 だが、黄金の獅子は捉えられない。

 空を割くように黄金の軌跡を描き、次々と触手を切り裂いていく。


『グルァ!』


 更には、生命力を徴収する領域を展開。

 大喰らいの動きを鈍らせるため、殺す勢いで生命力を奪い取る。


『クキュルルル?』


 だが、大喰らいの生命力は徴収できなかった。

 大喰らい事態の能力による防御ではない。

 あまりにも多すぎる竜銀が、自然と黄金の獅子の魔術を打ち消しているのだ。


『クキュルル!』


 更には、大喰らいの触手が復活する。

 莫大な魔力によるリソースがあるため、今の大喰らいには不死に近い回復力があるのだ。

 故に、どれだけ触手を狩ろうとも無意味。

 仮に重傷を負わせたとしても、次の瞬間には即座に完全回復しているだろう。


『グルルル……』


 つまりは、大喰らいを屠る方法はただ一つ。

 ――――一撃必殺。

 大喰らいの巨体を消し飛ばすほどの威力を持った一撃を、叩き込むこと。


『…………』


 黄金の獅子は触手の間を掻い潜りながら、思案する。

 可能だ。

 黄金の獅子には、大喰らいを屠るに足るだけの一撃を放つ力がある。

 ただ、当然ながら、それだけの一撃を放てば、黄金の獅子は消耗してしまう。それも、今後の『計画』に支障を出しかねないほどに。

 従って、黄金の獅子は数秒の間、どうするべきか思案して。


『グルゥ!』


 覚悟を決めた。

 どの道、どれだけの竜銀を放置することは出来ない。

 故に、黄金の獅子は決断したのだ。

 たとえ、今後の計画に問題が生じようとも、大喰らいはここで倒すと。


『グルルル……ッ!』


 黄金の獅子は、己の内側から力を溢れさせる。

 今まで溜めて来たリソースを解放し、自身を強化していく。

 何度も、何度も、重ね掛けで強化し続け、大喰らいを確実に屠るだけの威力を出すために、黄金の獅子は超越者級の力に至ろうとして。


「助太刀するぜ」


 それよりも前に、上空から到来したトーマの蹴りが、大喰らいの肉体の一部を穿った。


『クキュルルル!?』


 大喰らいは悲鳴を上げながらも、即座に回復力を発揮して、元の肉体へと修復しようとして。


『クキュ?』


 そこで気づいた。

 トーマから受けた傷は、何故か回復しないという事実に。


「魔王との戦いで会得させてもらったぜ。回復封じの攻撃」


 殴る。

 蹴る。

 穿つ。

 吹き飛ばす。

 打撃の嵐が、大喰らいを襲い、その巨体を次々と削って行く。

 S級最上位を越えるほどの力を持つ大喰らいを、一方的に追い詰めていく。

 相性はあるものの、今のトーマはそれだけの力を持った超越者だった。

 魔王との死闘を経て、この世界では無双と言っても過言ではない力を得ていた。


「――――今だ!」

『――ッ!』


 そして、ついに巨体から岩石ほどの大きさの竜銀が露出する

 突然のお膳立てとはいえ、その瞬間を逃すほど黄金の獅子は愚鈍ではない。


『グルルルァ!』


 吠え猛り、駆け抜け、穿つ。

 黄金の軌跡は、竜銀を確かに砕き、微塵に消し飛ばした。

 残った大喰らいの巨体ごと、欠片一つも残さずに。




 戦いは終わった。

 大喰らいは跡形も無く吹き飛び、竜銀は塵も残っていない。


「…………」

『…………』


 戦いが終わった後、トーマと黄金の獅子は静かに対峙していた。

 互いに視線を合わせているが、以前のような緊迫感は無い。

 ただ、互いの実力を認め合うような意思疎通は、そこにはあった。


「話を聞いて欲しい。俺と共に栄光の頂点を目指す話もそうだが、何より、あの銀の悪竜に対抗するための戦力として、お前が欲しいって話も聞いて欲しい。時間は、あるか?」


 トーマは静かに切り出す。

 焦らず、変に踏み込まず、仲間たちから散々注意を受けた点を修正して、改めて、黄金の獅子への交流を試みる。


『…………グル』


 黄金の獅子はしばらくの沈黙の後、応じるように低く唸り声を上げて。



「――――時間、もちろんありますとも。自分もまた、貴方にお話を聞きたかったところです」



 次の瞬間、黄金の獅子の姿が変わった。

 四足歩行の獅子から、二足歩行で燕尾服を纏った紳士――顔だけ獅子の形のまま、それ以外は偉丈夫の紳士の姿へと変じたのだ。


「改めてまして、こんにちは、トーマ・アオギリ。自分はレオンハルト。銀の悪竜を追い、討ち果たさんとする異界放浪者です」


 黄金の獅子――レオンハルトは、知性を伴った言葉で、トーマに語り掛ける。

 対話に値する、とその強さを認めたが故に。

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