第151話 銀を砕くための開拓
竜銀にはいくつかの特性がある。
生命体に寄生し、その能力を大幅に高めること。
帰省した生命体の思考を誘導し、力と闘争を求めさせること。
そして、竜銀は集まれば結合し、より大きな結晶へと姿を変えるのだ。
当然、その分だけ竜銀から得られる恩恵も強くなる。
つまりは、竜銀を持つ者同士が争えば、勝利した方が、敗北した分の恩恵を横取りすることが可能となるのだ。
『ゴルルル……ッ!』
『グワァウッ!』
竜銀を持つ同士の争いは、既に起こっている。
その争いが顕著なのは、未開拓地の深部だ。
銀の悪竜によってもたらされた銀の流星は、未開拓地の深部にも降り注ぎ、多くの個体に寄生し、強化した。その結果、魔物同士の喰らい合いへと発展したのである。
『ゴル!』
『グゥルルルッ!』
竜銀を宿した、地竜と大狼も喰らい合いも、その一つだ。
元々、深部ではさほど強くない魔物だったもの同士だが、互いに竜銀による強化を受けて下剋上を繰り返してきたのだろう。
そして今、互いが集めた竜銀の恩恵を奪い取ろうと殺し合う。
地竜は鋼すら溶かす息吹を放って。
大狼は空間すら砕く牙で噛みついて。
互いの命が削り合う音が聞こえるような闘争が始まった、次の瞬間。
『――――きゃはっ♪』
どちらの巨体も、弾けた。
まるで、強い衝撃を受けた水風船の如く、血肉を撒き散らしながら。
『アタシの小手調べにも耐えられなかったんだぁ、ざぁーこ、ざぁーこ♪』
二体の魔物を屠ったのは、一体の小柄な魔物。
煽情的な風体の少女の姿を模倣した、人型の魔物――――サキュバス。
本来、強い戦闘力など持たぬはずの個体が、並大抵のA級を凌駕するほどの力を持った魔物たちを二体、瞬く間に屠ったのだ。
『さぁて、ご褒美タイム。あーん♪』
サキュバスは魔物の残骸から竜銀を取り出し、それを菓子の如く口内に放り込み、飲み込む。
『あ、ふふぅ……力が、湧き上がって来ちゃう……』
二体分の竜銀の強化を得たサキュバスは、恍惚な表情で歓喜の声を上げる。
『この調子なら、直ぐにその時が来ちゃうなぁ♪』
既に、サキュバスはこの深部に於いて、十七体分の竜銀個体を狩っていた。
数多の下剋上を繰り返し、闘争に勝利して来た。
人間相手の搦め手を得意とする個体が、戦闘特化の魔物たちを凌駕して来た。
その理由は、偏に執念である。
『私の妹を殺した……折角のダンジョンを攻略せずに、外部からぶち殺した忌まわしきあの男を、骨抜きにして、食べちゃうその時が……』
血を分けた姉妹を殺した相手に、下剋上をかまして勝利する。
そのために、サキュバスは今まで何度も死線を乗り越えてきたのだ。
『ふふ、うふふふふ……ああ、想像するだけで蕩けちゃいそうだよぉ』
だが、その行動原理は復讐ではない。
愛憎が混じった、性欲だ。
『感じる、感じるよぉ……あいつが近くまでやってくる気配が』
サキュバスという種族は、怒りよりも快楽を優先する特性がある。
そして、サキュバスにとっての快楽は、主に凌辱と捕食だ。
人間を凌辱し、捕食する。その行為こそが、サキュバスという種族の本能である。
特に、この個体は竜銀による思考誘導の結果もあるが、自身の妹を殺した相手を凌辱することに、強い執着を覚えていた。
そのためならば、自身の魂すらも犠牲にしていいと思えるほどに。
『アタシのサキュバス殺法で、あいつを骨抜きにして、思う存分蹂躙してあげる。ふ、ふふふふふっ。人間に特化したアタシの力、思い知るといいよぉ♪』
サキュバスはその時を夢見て、恍惚に表情を歪める。
妹を殺した相手。
エロでトラップなダンジョンを、一歩も踏み入れずに破壊した相手。
トーマ・アオギリという強者を、この手で下し、凌辱するその時を。
『よく来たね、トーマ・アオギリィ! アタシの愛で性欲で、歓迎するよっ! 盛大に!』
「せいっ」
『おぼばっ』
なお、トーマは異常耐性モリモリの上に、つい最近、死闘を越えて強くなったばかりの超越者なので、出会い頭にワンパンでサキュバスは殺されてしまった。
いくら下剋上を繰り返しても、力のリソースを増大しても、ある一線を越えられる素質が無ければ、及ばない相手も居る。
サキュバスの敗北は、その教訓を深部の魔物たちに知らしめる結果になったのだった。
●●●
「ふぅ、とりあえずはこんなもんか」
トーマは未開拓地の深部で活動していた、竜銀個体の排除を終えた。
おおよそ、半日ほど戦いっぱなしではあるが、トーマの横顔には疲労の一つも見当たらない。
曲がりなりにもS級に相当する魔物を、百体以上刈り取ったというのに、今のトーマにとってはそんなことは大した経験値にもならない雑務の範疇らしい。
「暴れている奴を処理は出来たが、問題は潜伏している奴だな。竜銀は俺を殺すことに思考を誘導するっぽいが、それでも理性が無くなるわけじゃない。意志の強い個体や、狡猾な個体は、俺から逃げ隠れして、この場をやり過ごそうとするだろう……つまりは、これからが一番面倒な時間か」
ただ、そんなトーマでも体力が無尽蔵にあるわけでは無い。
向かってくる相手を倒すだけならばまだしも、隠れ潜む相手を見つけるのは苦労するのだ。
特に、トーマは戦闘力が高くとも、探索能力はそこまであるわけでは無い。
無論、S級ウィザードらしく、魔術である程度の探知は可能であるが、問題はそれすらも潜り抜ける個体が深部には潜んでいることだ。
「シラサワ、竜銀を探知する装置とか作れないか?」
「んんんー、私の専門は生物だからちょっとねー? あ、でも、イオリちゃんの機能を増設する形なら、あるいは出来るかも?」
「イオリ、行けるか?」
「任せてください、マイマスター。この身は悪竜を滅ぼす兵器でありますので」
故に、トーマが選んだ方法は、素直に仲間を頼ることだった。
元神人の研究者であるシラサワ。
銀の悪竜に滅ぼされた世界の最終兵器であるイオリ。
対竜銀の調査に於いては、この二体ほど頼りになる魔物は中々居ないのだ。
『マスター、ここら辺一帯の主とは話を付けて来たぞ。やはり、あちらも竜銀に関しては警戒しているようだった』
そして、原初の黒であるアゼルにも、重大な役割がある。
それは、トーマの戦場に他の魔物が入ってこないように、周囲の魔物を誘導すること。
S級最上級のアゼルだからこそ、威圧で弱い魔物は遠ざけて、強い魔物とは対等に交渉することが可能になるのだ。
これはアゼルの格の高さ故に、未開拓地の深部でも通用しているのである。
シラサワやイオリの場合では、強さは分かりやすいものの、知名度不足。
トーマはこの世界の魔物に根本的に嫌われているため、交渉が不得手。
必然と、この役割を果たせるのはアゼルしか居なかったのだ。
「助かった、アゼル。俺も生態系を変えるほどの虐殺は望んでいない。竜銀個体以外が、むやみにやたらに突っ込んできても困るからな」
『竜銀の他に、貴様自体が新しい災害扱いされる可能性もある。吾輩に交渉を任せたのは、悪くない手だったぞ』
アゼルの交渉の甲斐もあってか、トーマに近づく魔物たちはほとんど皆無。
未開拓地の深部でありながら、そこは一種の安全圏となっていた。
「しかし、妙だな」
だからこそ、トーマとその仲間たちは休憩を取りながら言葉を交わしているのだ。
「竜銀自体は多いが、強化された個体がそこまで強くない。どれも力だけある粗製だ。多少、竜銀を集めた個体は歯ごたえこそあるが、逆を言えばその程度。俺をどうにかするには程遠い戦力だ。力のリソースだけあっても、俺は粗製のS級魔物に負けるつもりは無い……そして、それは俺と戦った銀の悪竜が、一番良く知っているはず」
竜銀をばら撒いた張本人である、銀の悪竜の意図を探る言葉を。
「んー、何かしらの実験の一つとか?」
シラサワの意見は実に研究者らしく、妥当なものだった。
トーマを直接倒す目的ではなく、己の力の欠片とトーマを使った実験。
だからこそ、竜銀の数は多く、様々な生命体に寄生するようになっているのだろうと。
「あの悪竜のことです。絶対に、マスターを殺すための布石です、これは。竜銀によって育った強き者の中でも、更に強き者を集めて支配し、マスターへぶつけようとしているのかもしれませんよ?」
イオリの意見は、故郷の世界を滅ぼされたからこそ、油断無いものだ。
今はトーマの足元に及ばない程度の戦力しか出てきていないかもしれない。
だが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるの理論で行けば、中には竜銀で強化された結果、トーマと同格の力を持つまで成長する個体も居るかもしれない。
そのことをイオリは危惧しているのだ。
『あるいは、貴様をこのように悩ませること自体が目的かもしれんな。派手なことをしておいて、これ自体が単なる目くらませ。本当の企みは水面下で進めている、なんてな』
アゼルの意見は、最も銀の悪竜らしいものだった。
自らの力や魂をばら撒いたのだから、必ず何か意味があるはず。
そういう前提に囚われている限り、辿り着けない考えだった。
「…………なんにせよ、この竜銀の災害を放っておくことは出来ない。可能な限り対処しつつ、銀の悪竜の狙いを探って行く。気づいた時には手遅れ、なんてならないように」
トーマは仲間たちの意見を受け止めつつ、今できる最善を選んだ。
何にせよ、竜銀の対処は行わなければならない。
特に、未開拓地の深部はトーマが対処を行わなければ、竜銀が固まり過ぎて何か災厄を引き起こすためのトリガーになってもおかしくない。
銀の悪竜にどんな狙いがあろうとも、トーマは今できることをやるしかないのだ。
「あるいは……いや、これは言っても仕方がないか」
最悪の可能性――銀の悪竜が姿を現した時点で、既に『詰み』の状況に陥っているという可能性が頭を過ったとしても。




