第150話 王命
それは元々、地中を蠢く一匹の地虫に過ぎない存在だった。
魔物としての等級はⅮ級最下位。
ただ、土を耕すように動くだけの魔物。
ジャイアントワーム。
図体ばかりがでかく、他の魔物と争わないために地中から滅多に出てこない、最弱の魔物の一つ。
そのはずだったのだ。
――――銀の光が、地中にまで突き刺さるように降って来なければ。
【喰らえ】
銀の光を得てから、地虫は膨大なる魔力を得た。
ただの巨大なミミズに過ぎなかった肉体は、細胞単位で全てが変貌していた。
【喰らえ】
鋼鉄の刃も通さない表皮。
空を行く鳥よりも早く、地中を動くための筋肉。
喰らいついた者の魔力を奪う、固有魔法。
でくの坊に過ぎなかった地虫は、空から降って来た銀の光によって力を得たのだ。
革命のように、何もかもが変わったのだ。
【喰らえ】
けれども、その代償として、その魔物は本来要らないはずの飢餓を植え付けられた。
地面の中に虫や、雑草や木の根を食べるだけで生きていけるはずだった地虫は、血肉を求めるようになってしまった。
それも、単なる血肉ではない。
強者の血肉である。
【喰らえ、全てを】
地虫は喰らった。
森に住む動物たちの命を。
本来は、敵うはずのない魔物たちの命を。
森の王と呼ばれる、A級相当の大狼ですら、地虫は喰らって見せたのだ。
【喰らい、強くなれ】
地虫は命を喰らう度に強くなった。
肉体はより強靭に。
精神はより獰猛に。
地中の中で隠れ潜んでいた、臆病者の魔物は既に居ない。
【超越者を殺せるほどに】
居るのは、強者の血肉に憑りつかれた、獰猛なる殺戮者だ。
この欲望を止めることは出来ない。
銀の光が途絶えぬ限り、地虫は竜すら喰らう怪物として動き回る。
新たなる血肉を求めて、魔物が住む森から外側に出て行く。
目標は人間の街。
棲み処だった森から遠く離れた場所であるが、今ならば何の憂いも無い。
食料となる『生き物』はたくさんいる。
沢山殺していれば、その内、『強い生き物』も現れるはずだろう。
それを殺せば、更に地虫は強くなる。
銀の光が降り注いでから、この方法で失敗したことは無い。
殺せなかった生き物など無い。
故に、その地虫は驕り高ぶったまま、堂々と人間の街へと潜り込んで。
「ビル、ヌー。撃ち抜け」
魔弾によって撃ち抜かれ、その肉体が弾けて絶命した。
当然の死だった。
突然与えられた力で暴走し、暴虐の限りを尽くした愚者が、冷静沈着な狩人に仕留められるという、当たり前の流れがあった。
「…………ふー」
S級相当の魔物となって暴れていた地虫を殺した狩人――シュウゾウ・ダンマは、目標の沈黙を確認すると大きく息を吐く。
「最近、この辺りを騒がせていた魔物の排除は完了した……だが、これは」
死体であっても油断なく近づいたシュウゾウは、死体に奇妙な物体が埋め込まれているのを発見する。
それは銀の結晶。
ある日突然、誰かに力を与える悪意の塊――竜銀と呼ばれる物体だった。
「…………これはやばいな」
まるで誘うように怪しく光る竜銀に、シュウゾウは触れない。
手を伸ばそうとすらもしない。
脳髄を直接掴む誘惑は、竜銀自体が他者に寄生するため、魅了の魔術を発動しているからに他ならない。
「危険物だ、お前らも絶対に触れるなよ」
魅了を強靭な精神力で弾いたシュウゾウは、鋭く竜銀を観察した。
冷たいほどの銀色をした結晶であるというのに、時折、どくんと鼓動を鳴らすように蠢いて見えたのだ。
単なる結晶であるはずが、シュウゾウにはまるで、結晶を装った『他者の心臓』に見えた。
「王都に緊急連絡を行う。王都の特殊処理班が来るまで、周囲から隔離。誰にも触れさせないように……いや、可能な限り人の目にも晒さないように対処する」
従って、対応は最大警戒。
シュウゾウは己が持てる権限の全てを使い、この竜銀を隔離したのだった。
これにより、王都は竜銀の存在と、その恐ろしさを知ることになった。
●●●
「戦争が終わったばかりだというのに、頭が痛すぎる事件だ」
アルスは王城の執務室にて、額に手を当てて深々とため息を吐いた。
「今回の件、例の銀の悪竜の仕業で間違いないか?」
「ああ、少なくとも俺はそう思う」
アルスの問いかけに応えたのは、竜銀に関わる事件の当事者であるトーマだ。
東部に戻って学園生活を満喫していたものの、竜銀が発見された件について、アルスへ報告に来ていたのである。
「破片程度で、ただの一般人をS級魔物に変化させるほどの力、そんなものを景気よくばら撒ける存在なんて、俺はあいつしか知らない」
「破片程度で、か……トーマ。お前の感覚だと、この竜銀はどれだけの数がばら撒かれたと思う?」
「最低でも数万。最悪だと数千万……いや、億単位は行くかもしれないな」
「…………は?」
トーマの予想に、アルスの脳は理解を拒んだ。
「待ってくれ……ええと、つまりは、あー、一般人をS級魔物に変化させる級の代物が、世界中に最低でも数万単位でばら撒かれていると? というか、最悪でも数億ってなんだ? そんな事態になったら世界は終わりだろ」
「そう、終わりなんだよ、アルス。本来なら、銀の悪竜が到来した時点で、その世界は終わる。そういう存在なんだ、あいつは」
苦々しく顔を歪めながら、トーマは説明の補足を始める。
「世界を滅ぼそうと思えば、すぐにでも滅ぼせる。今、この世界が滅んでいないのは、俺という遊び相手を見つけたから。逆に言えば、遊びが無ければ俺でも奴による世界の滅びは避けられない。何せ、通常攻撃のノリで世界を滅ぼせる攻撃を放つんだぞ? 正直、この世界中の戦力を全てかき集めても、あの銀の悪竜は蹂躙して勝利するだろうな」
「……そんな存在を、よく倒せたな?」
「前回は撃退。今回は、わざと砕けたから倒せたわけじゃない。こういう事態にするために、俺の力を利用しただけだ…………こういう事態になって、何がしたいのかまでは流石にわからないが」
銀の悪竜。
世界を渡り、世界を滅ぼす、災厄の如き存在。
抗うことは不可能。
抵抗も無意味。
仕掛けられた悪意は逃さず世界を蝕み、滅びに陥れる。
そういう存在なのだ。
立ち向かうとか、倒すとか、本来はそんな思考を持つこと自体が間違いな存在だ。
故に、撃退だけでも為せたトーマという超越者が異常なのである。
「確実なのは、絶対に俺が嫌がることをするってことだけ」
とはいえ、トーマは万能ではない。
戦闘力でどうにか銀の悪竜を撃退できたとしても、その悪意による策略を完全に防ぐことは出来ない。それはトーマの得意分野ではない。
対抗するには、銀の悪竜に匹敵する知性か、悪意の持ち主が必要となるだろう。
「トーマの周囲に精鋭を集める案はどうだ?」
「駄目だ。ヨハンや魔王みたいなクラスの強者でなければ無意味」
「ハードルが高すぎるな」
「ああ。だから、いざとなったら俺が別世界へ旅をすることで、この世界へのヘイトを下げようと思っても居たが……その場合、この世界を完全に征服してから、最悪の嫌がらせをしてきそうなんだよなぁ」
「…………今は、地道に竜銀を処理するしかないか?」
「恐らくはそれすらも銀の悪竜の想定通りだろうが、まぁ、やらないよりはマシだ。というか、やらないと世界が滅ぶ」
アルスとトーマは揃ってため息を吐く。
最良の策が出なくとも、その場の最善を貫くしかない。
そうしなければ世界が終わるのだ。
そのことを知っている二人は、両肩に圧し掛かる重圧を感じながらも、話を先に進める。
「至急、S級を動員して、竜銀の確保、破壊に向かわせる。国内への注意喚起を行い、竜銀を使用すると死の危険性のあることを流布しよう。独自に竜銀を調べて、何かに利用する者は確実に出るだろうが、それでも情報を後悔しなければ被害は増える一方だ」
「俺はどうする? 国内を回って、竜銀の破壊に専念するか?」
「いや、王国内は僕たちで何とかしよう。代わりに、トーマには行ってもらいたい場所がある」
アルスは佇まいを正すと、真剣な表情で告げる。
「トーマ・アオギリへ王命として命じる。未開拓地に向かい、竜銀の影響を受けた未開拓地深部の魔物たちの対処を行うように」
「了解した…………ああ、なるほど。確かに、見知らぬ場所で、とんでもない怪物が生まれる可能性を考えれば、早期に対処した方が良いか」
納得したように頷くトーマ。
当然ながら、竜銀が王国内だけに散らばっているとは限らない。
未開拓地にも降り注ぎ、ただでさえ強い魔物たちが、より強く、そしてより凶悪になっている可能性が高いのだ。
この魔物たちの対処を安定して行える人材は、S級の中でも一握り。
人材の消耗の危険性を考えれば、トーマを向かわせるのが安定の選択なのだ。
「毎回、辛いことばかり頼んで申し訳ないが、頼むぞ、英雄」
「頼まれた。まぁ、流石に呑気に学園生活を楽しんでいる場合じゃなくなったからな……A級トーナメントまでには片付けばいいんだが」
王であり、友であるアルスの頼みを引き受け、トーマは小さく苦笑する。
かくして、僅かな平穏の時間は終わり、再び英雄の時間が始まった。




