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第15話 幼馴染

「アゼル」

「う、うむ」

「真体の解放は遠慮してくれって、俺、言ったよね?」

「うむぅ」

「D級トーナメントの設備では、アゼルぐらい巨大な魔物が戦えるスペースもないし、広大な対戦結界を敷かないといけないから、本当にやめてくれって言ったよね?」

「そ、そうだが、その、あれだ。ちょっと……興が乗って」

「興が乗って? 興が乗って反則負けになりかけたの? ねぇ、どういうこと?」

「……ごめんなさい」

「いや、謝って欲しいわけじゃなくてね? テイマーとして知りたいわけ。アゼルが、【原初の黒】ともあろう方が、俺との契約を違えそうになった理由を」

「なぁ、マスター? ひょっとして、凄く怒ってる?」

「怒ってないように見える???」


 決勝戦後、アゼルはトーマによって説教を受けていた。

 トーマは本気で怒っている時は笑顔になるタイプの人間らしく、満面の笑みでにこにこしながら、アゼルを詰めていた。


「大体、ちょっと傷を負ったぐらいで真体を解放するのってどういうわけ? もうちょっと、人間の形態で頑張ろうと思わなかったの?」

「つ、つい、かっとなって」

「試合しているんだから、自分が傷つけられる想定ぐらいしてないの?」

「……まさか、吾輩を傷つけられる人間が居るとは思わず、ついはしゃいでしまった」

「そんなに人間に傷つけられるのが好きなら、もう一回戦おうか? この後、真体のお前と戦ってあげようか?」

「いや、マスターは人間枠には入らないから」

「ああん!?」

「だって、全力の吾輩を単独でボコボコに出来る奴って、もはや人間扱いできないもん! 人型の災害みたいな感じだもん!!」


 アゼルは地面に正座の状態で、軽く涙目になっていた。

 有史以来、【原初の黒】が説教で涙目になるのは、これが初めてのことだった。


「…………はぁーあ。とりあえず、今後は反省するように。今回の場合は、相手が先に降参してくれたから助かったけど、あのまま続けていたら多分、俺とアゼルの言い争いでろくな試合にならなかっただろうから」


 涙目になっているアゼルの前で、トーマは思い出す。

 エンチャントを重ねて威力を増大させた投石、それを受けてもなお、まだ主力の人狼を残していた対戦相手の姿を。

 それでいてなお、冷静に戦力差を見極め、降参を選んだジークの潔さを。


「決勝戦の相手、ナナ・クラウチとは違っていたけれども、あれも信頼し合ったテイマーと魔物の関係だった。一切の無駄なく行動し、こちらに対して一撃を食らわせた。俺の投石という、横入りに対しても、二体の魔物を犠牲にして、主力の一体を守り抜くという対応を見せた」


 トーマは決勝戦の内容を思い出し、歯噛みする。


「戦力ではこっちが上だったけど、テイマーとしてはあっちの方が格上だった。俺は未だ、たった一体の魔物すら御しきれていないのに」

「安心しろ、マスター。貴様との戦いで、吾輩の心は完全にへし折れているから、貴様の命令には可能な限り逆らわぬぞ」

「信頼関係じゃなくて、力による従属関係になってるじゃん! せめて、契約による信頼関係になりたいんだけど!?」

「すまぬ。たった一人の人間にボコボコにされたショックがでかすぎて、吾輩ってば貴様に対しては畏怖が先立つ」

「おいこら、【原初の黒】! ドラゴンの始祖がそれでいいのか!?」

「吾輩、こうしているとつくづく思うんだが、実は大したことのない存在だったのかもしれない。所詮、力は力によって覆されるのだ……ふふふ、無様!」

「…………今後の課題が、また一つ出てくるとは」


 妙に卑屈に笑うアゼルに、トーマは額に手をやってため息を吐いた。

 戦力は圧倒的。

 英雄個体以上のトーマに、S級の上澄みであるアゼル。

 この二人の進撃を止めるだけの戦力を持ったものは、世界全土と言えども数は限られるだろう。だが、戦力がいくら圧倒的だとしても、問題はある。


「夢見たテイマーへの道は、まだまだ遠いなぁ」


 使役する魔物とテイマーが信頼関係を結べていないこと。

 テイマーに於ける基礎であり、もっとも重要な屋台骨とも呼べる要素が足りていない。

 トーマは今更ながら、そのことを思い知ったのだった。



●●●



「トーマ」


 授賞式の前、メアリーがトーマに話しかけてきた。

 背後に学生たちの姿は無い。どうやら、一人だけで抜けてきたようだった。


「D級トーナメント、優勝おめでとう」

「……ああ、ありがとう」

「うん? 何か、浮かない顔ね?」

「まぁ、その、あれだ…………いまいち、こう、格好いいところというか、テイマーらしいところを見せられなかったから」


 優勝を祝ってくれるメアリーに、トーマは苦笑交じりの言葉を返す。


「一回戦でやらかしてから、準決勝前までは不戦勝。準決勝は良い試合が出来たと思うけど、俺はほとんど指示も何もしていない。決勝戦ではご覧の有様……お世辞にも、胸を張れる戦果じゃないさ」

「ふぅん」

「え? 何その、呆れ果てたみたいな表情」

「トーマは全然わかってないのね?」

「えっと、何が?」


 だが、そんなトーマに対して、メアリーは毅然とした態度を崩さない。


「どんな内容だろうとも、結局は勝てばいいのよ」


 胸を張り、S級テイマーとしての言葉をトーマに告げた。


「えぇ……」


 当然、身も蓋もない言葉に、トーマは困惑気味にちょっと引いたのだが。


「だって、勝つということは先に進めるということだから」


 メアリーの思いほのか真剣な声色に、すっと意識が掴まれた。


「審判から違反や反則を言い渡されなければ、どんな行動だろうとも、それは作戦の一つよ。誰に恥じる必要も無いわ。胸を張って王道を進みなさい――――相手が弱すぎるから、気を遣うなんて真似が通用するのは、との道、下級のトーナメントだけだから」

「――――っ!」


 強い言葉だった。

 若干、十四歳にして魑魅魍魎の如きテイマーが跋扈する、S級トーナメントで戦う、プロの言葉だった。


「勝って、勝って、進んで、進んで、早く私のところまで来なさいな、トーマ」

「……メアリー」

「貴方が落ち込む暇なんて与えないぐらい、徹底的に敗北させてあげる」


 メアリーの言葉は、格下に向ける慈悲でも、見下しの発言でもない。

 ライバル、と認めている相手に向ける挑発だった。


「へっ、面白れぇ!」


 故に、トーマの心に火が点く。

 認められていることを自覚して、見据えるべき相手に気づいて、今までの悩みなんて焼き払うかのようなモチベーションが溢れてしまう。


「今に見てろ、メアリー! すぐに手持ちを三体揃えて! トーナメントを駆けあがって! お前の場所に辿り着いて見せる!」

「ふふっ、楽しみにしているわ」


 挑むように宣言するトーマに、それを笑みと共に受け入れるメアリー。

 ライバルと呼ぶにはまだ、等級の格差があり過ぎる二人であるが、どうやら心持ちだけはどこまでも対等であるようだった。


「それはそうと、トーマ」

「うん?」

「手持ちの仲間は出来るだけ、女の子タイプじゃない奴の方がいいわよ? S級テイマーであるライバルからのアドバイス」

「おう、わかった!」

「うん、良い返事。でも、知っているわ、私。トーマがやたらと良い返事をする時は大抵、内心ではそこまでわかっていないことを」

「いや、だって、仲間になってくれる魔物の性別とか選り好み出来る立場に居ないし」

「…………なんか、三体とも女の子を揃えそう」

「その前に、三体揃えられるかどうか難しいところだから」


 そして、仲の良い幼馴染として、二人はじゃれ合うように会話を続けていた。




 かくして、D級トーナメントの幕は下りた。

 優勝者であるトーマは、異例の不戦勝だらけの戦績となったが、それでも実力者であることには変わらない。明らかに、低級を超えた実力を持ったテイマーである事実に変わりない。

 従って、トーマの等級はDからCへと上がることは確定となった。

 後は授賞式を終えて、日常に戻るだけ――――そのはずだったのだ。


「うん? なんだ、あれ?」

「え? なんだよ? って、あ」

「おい、なんだか空が暗く……は?」


 授賞式の最中。

 優勝者から三位までのテイマーが、協会の担当者から表彰を受けるその直前、空が暗くなったことを多くの人間が認識した。

 そして、空を見上げて、誰もが目を疑った。



『【お、おおおおおおおおおおおおおおっ】』



 何故ならば、そこには巨人が居たからだ。

 空を覆うような巨体を持つ、機械仕掛けのゴーレムが学園を見下ろしていたからだ。


「あー、あー、皆さん、静粛に」


 そして、呆ける大衆へと声をかける者が一人。


「これからちょっと、『悪いこと』を始めるので、命が惜しかったらそのまま黙って動かないでいてください」


 D級トーナメント三位受賞者――――イメイ・ダヤードが、行儀の良い笑顔で『悪党』を始めた。

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