第149話 手に入れたのは力ではなく
蘇生魔術は万能ではない。
まず、大前提として、蘇生させる対象の魂がそこに無ければ、どれだけ卓越した蘇生魔術の使い手であっても復活させることは不可能である。
そして、蘇生させる対象の肉体は破損していなければしていないほど、蘇生魔術の成功率は上がる。当然、死体が消滅してしまった場合は、蘇生が成功する可能性は限りなく低い。
何故ならば、蘇生魔術とはまず、死体を可能な限り健全な状態へと修復するものなのだから。
致命傷を負ったまま、無理に魂を戻したとしても、再び死ぬだけ。
故に、致命傷を消して、肉を取り繕い、骨を合わせて、精神を使って魂と修復した肉体を結びつけるのが蘇生魔術の基本だ。
では、モモエの場合はどうだっただろうか?
死体は焼かれていた。
灰の状態である。
魂も既に輪廻に還った状態だった。
完全な死亡から、何日も経っていた。
この状態で蘇生魔術を成功させることは不可能である。
毛ほどの成功率も無い。皆無。万が一にも、億が一にも成功しない無謀である。
ならば、リッチーと化したモモエは、そういう形をしているだけの偽物なのだろうか?
――――否、違うのだ。
リッチーと化したモモエの魂は本物である。
何故ならば、銀の結晶がモモエの魂を、輪廻の円環から無理やり引きずり出したのだから。
既に、輪廻に還った魂を呼び寄せる技術。
それは、このパラディアム王国には存在しないものだが、神人のアーカイブには『口寄せ』と呼ばれる憑依術の一つがあった。実在する技術ならば、それを再現することは容易い。
銀の悪竜がばら撒いた力の破片は、その憑依術によってモモエの死をキャンセル。
輪廻から魂を呼び戻し、リッチーとして構築した肉体にモモエの魂をぶち込んで蘇生させたのである。
ただし、そこにあるのは善意ではない、悪意だ。
モモエとテツヤに埋め込まれた銀の結晶は、まるで祝福のようにその膨大な魔力を貸し出すが、その対価として、徐々に使用者の心身を蝕むのだ。
最初は銀の結晶を使っていたはずが、いつの間にか銀の結晶に使われるようになる。
戦いの度に、モモエの知性と精神が人間らしくなったのは、単に銀の結晶が蘇生の際に封じていたモモエの情緒を少しずつ解放していただけ。
何度も戦闘を経験させ、銀の結晶を使わせる機会を増やすため、テツヤの動機となるような設定を作ったに過ぎない。
そして、テツヤは仕掛けられた悪意の通り、幾度も強敵との戦いを経験し、その度に銀の結晶の力で急成長を遂げて。
いつの間にか、思考に干渉を受けるほどに銀の結晶から浸食されていたのである。
あのまま戦い続ければいずれ、銀の結晶――それをばら撒いた銀の悪竜の都合の良いままに動く操り人形となっていただろう。
だが、既に銀の結晶は砕かれた。
イオリとトーマによって、機能を失うまで砕かれ、消滅した。
テツヤとモモエは、銀の結晶による干渉から解放されたのである。
しかし、それは必ずしも良いことばかりではない。
モモエは銀の結晶によって現世に繋ぎ止められ、リッチーとして活動していた魔物だ。
当然、銀の結晶が消滅してしまえば、モモエの魂は本来の定めに従い、輪廻に還る。
――――そのはずだった。
「へぇ、面白い個体だねぇ。奇しくも私と同じく、人間からリッチーになったタイプか。うん、これなら大丈夫だよー。なんとかやってやれなくもない」
S級魔物のリッチーにして、元神人の研究者。
シラサワが居なければ。
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「はい、これが朝起きた時に飲む薬。これが三食食べた後に飲む薬。これが、夜寝る前に体に塗る薬ね。毎日忘れず、ちゃんと使うんだよー?」
「めんどうくせぇ」
「馬鹿ぁ! モモエの馬鹿ぁ! すみません、お医者様。こいつ、馬鹿なんです!」
シラサワの研究施設の一角では、珍妙なやり取りが繰り広げられていた。
「だって、明らかに苦い。これ絶対、苦いって」
つい最近まで、血色は悪いが聞き分けの良いリッチーをやっていたモモエは現在、生前の性格の悪さというか、クソガキ要素を取り戻している。
「苦いくらいなんだぁ!? 飲まなきゃ死ぬって言われただろ、馬鹿ぁ!」
そんなクソガキリッチーの頭を掴み、必死でシラサワの前に下げさせているのはテツヤ。
つい先ほどまで、感動の再会をしていたばかりではあるが、生前とはまるで全然変わりないクソガキぶりを発揮する幼馴染にして手持ちの魔物を、必死に制御しようと試みている。
陰気で憎悪に満ちていた時とは打って変わって、すっかり苦労人のような有様だ。
「そうだよー。死ぬよー。少なくとも、魂がその肉体に定着するまで……大体一週間かな? それぐらいはきちんとやるようにねー?」
「はい! 絶対、やらせます! つーか、俺が付きっ切りできっちり確認します!」
「はぁ? それって体に薬を塗るところも含めてってこと? おいおい、エッチかぁ?」
「お前は! 絶対に! サボるから! 見てないといけないだろうがぁ!」
「別に、ちょっと塗るのをサボったぐらいで死にはしねーよ」
「死んでたんだよぉ! お前はつい最近までぇ!!」
一度死んだ癖に、適当な感性のモモエの肩を掴み、テツヤは全力で説き伏せる。
その必死な様相に、モモエも渋い顔をしながら「仕方ねぇな」と受け入れた。
概ね、これが大体テツヤとモモエの関係性である。
仲の良い幼馴染でありながら、大体モモエが馬鹿をして、テツヤが苦労するコンビなのだ。
周囲からは、テツヤは『女の子に苦労したい性癖の男子』として思われていたのだが、今のところ、テツヤはその残酷な真実を知る由もない。
「あの、ところでお医者様……治療とお薬の料金の方はいかほど……いえ、どんな金額でも、絶対に支払います。手持ちが足りなくなっても、後で働いて絶対に」
クソガキ幼馴染を説得した後は、シラサワに頭を下げるテツヤ。
大忙しであるが、その瞳は焦燥で濁ることなく、純粋な感謝の念が籠っている。
「んー、別にいいよー、お金なんて」
「いえ、そんなわけには!」
「いやいや、実のところ、君たちの治療をすること自体が、私たちのメリットになっているんだよ。治療や薬の料金なんて目じゃないぐらいにね? だよねぇ、マスター?」
シラサワが背後を振り返りながら問いかける。
「ああ、もちろんだ」
すると、今まで控えていたトーマが一も二も無く頷いた。
「俺たちは諸事情で、お前たちに寄生していた銀の結晶――『竜銀』の影響力を調べたいんだ。そのために、お前たちをきっちりと治療して、そのデータを取りたいわけだ」
「可能であれば、実物も欲しかったけど、マスターたちが一欠けらも残さずに消滅させちゃったからね!」
「あんな危険な物体、入念な事前準備が無ければ消滅させるしか方法が無いだろうが」
研究者からの文句に、実動員は肩を竦める。
短くない期間を共に過ごした仲間内だからこそ言える、誤解の生じない軽口の応酬だった。
「…………すみません、アオギリ先輩。こんなに良くしてもらっているのに、俺は……」
理想的な魔物とテイマーの関係性――少なくともテツヤにはそう見えた――を間近で見て、何かを悔いるようにテツヤは言葉を吐き出す。
「俺は、アンタに突っかかるような真似をして……力の差もわきまえずに、身の程知らずにもほどがある……っ!」
「別に気にしてないぜ、後輩。あれくらいの跳ね返りはむしろ可愛いもんさ」
そんなテツヤへ、トーマは気さくに慰めの言葉をかける。
「それに、お前は多分、あの竜銀の影響下にあった。その所為で、思考が誘導されていた可能性がある」
「……だとしても、俺は――」
「だぁああっ! 暗いんだよ、この駄目幼馴染がっ!」
「ごっふ!?」
鬱々と俯くテツヤのわき腹に、モモエが肘鉄を入れて文句を言う。
「いつまでも謝ってんな、馬鹿! こういう時は、『ありがとうございます! 次からは気を付けます! この借りは必ず返します!』だろうが! なーんで、謝ること優先してんの? このネガティブ馬鹿が!」
「ぐ、ごごご……その通りだけどぉ! テメェ、魔物の力で人間を殴るな、馬鹿!」
「ちゃんと手加減しましたぁ! お前が貧弱過ぎるだけですぅ!」
「お前の手加減なんて信用できるかぁ!」
そして始まる、幼馴染二人の口喧嘩。
その様子はまるで、子犬がじゃれ合うような微笑ましいもので。
「やれやれだ」
トーマはそんな二人のやり取りを、どこか満足そうに眺めていた。




