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第146話 災厄の芽

 学校の廊下を歩いている最中だった。

 もちろん、偽装魔術はかけたままだ。

 大抵の学生は、トーマの存在に気づかない。見覚えのない茶髪の少年になど、一瞥もせずにすれ違っていく。


「トーマ・アオギリ先輩ですよね?」


 けれども、その後輩はすれ違うことなく、一目でトーマの正体に気づいた。

 親しい関係でもないというのに、トーマの偽装を看破したのである。


「ああ、その通りだが……お前は?」


 偽装を看破されたことに興味を抱き、トーマは好戦的な笑みを浮かべる。


「テツヤ・ホンジョウジ。テイマー科の一年生です」


 その後輩――テツヤは敬語を使いつつも、敬意をまるで感じさせない口調で答えた。

 きっちりと制服は着ているものの、どこか似合っていない。制服に着せられている印象を抱かせる。

 黒の髪色に、長すぎる前髪から覗く濁った眼。

 全体的に陰気で、覇気が欠片も見られない――ただ、どことなく油断ならない気配を感じさせる少年だった。


「英雄トーマ。俺と戦ってください……アンタには挑戦に応える責務があるはずだ」


 テツヤは自己紹介を終えると、慇懃無礼にトーマに挑戦の言葉を投げつける。

 そこにあるのは胸を借りて挑むような謙虚さではなく、格上の相手を倒そうとする、不遜ながらも飢えた闘争心だ。


「いいぜ、やろう。というか、英雄だの責務だの、仰々しい前置きなんて必要ないぜ? 俺たちはこの学校の学生なんだ――――お互いを高め合う試合は、むしろ望むところだ」

「…………そうですか」


 機嫌良く語るトーマとは反対に、挑戦者側のテツヤの雰囲気は暗いままだ。

 そこには挑戦者特有の緊張も興奮も無い。

 ただ、闘争心と呼ぶには薄暗い感情が見え隠れしているだけ。


「さぁ、やろう。昼休みの時間はあまり長くないんだ」


 トーマはそんなテツヤからの敵意を知りながら、平然と受け入れる。

 あっさりと空間転移を使い、テツヤと共に学園内の模擬戦闘用施設に転移する。

 噂の一年生の覇者が、どれだけの実力を持つのか試すために。



●●●



「ふざけているんですか?」

「いいや、真面目だぜ?」


 敵意を剥き出しにするテツヤと、偽装を解除したトーマが戦闘用施設で向かい合っていた。

 既に戦闘空間は構築済み。

 S級の魔物だろうとも、いくら暴れても問題ない。

 準備は既に整えてある。

 しかし、テツヤの顔は不服そうだ。


「手持ちは三体居るでしょう? 全部出してください……手加減のつもりですか?」

「手加減のつもり、ね? それを言うのなら、お前だってS級の魔物が一体だけじゃないか」


 テツヤの前には、学校の制服を着た少女型のリッチーが一体。

 トーマの前には、メイド服を着た少女型の生物兵器――イオリが一体。

 数の上だけで考えるのならば、対等な戦闘条件だった。


「モモエは――俺のリッチーは特別性だ。交流会でも、この一体で他の全員を倒した。手加減されるほど、俺たちは弱くない」

「そうかよ。んじゃあ、俺もこう返そう。後輩からハンデを貰うほど俺たちは弱くない」


 からかうように言うトーマに、テツヤは敵意を強める。


「……わかりました。じゃあ、さっさと倒して、次は三体全部揃った状態で倒します。そして、最後には――――英雄トーマ、アンタ自身を倒す」


 テツヤの物言いは不遜であり、傲慢であるが、けれどもそこには自信というものが欠如していた。

 強い物言いなのは、自身が溢れるというよりは憎悪が溢れているもの。

 トーマは『さて、何か恨みでも買ったかね?』などと思考を巡らせるが、直ぐに止めた。

 どちらにせよ、戦えばわかるのだ。


「んじゃ、やるか」


 思考の時間を割くに値する相手かどうか。




 リッチーは魔術の扱いに優れた魔物だ。

 S級相当のリッチーともなれば、その魔力量は人間が持つ量を優に超える。

 更には、外見は人間と似通っていても、人間とは異なる脳の構造になっているため、情報の処理速度が極めて速い。

 故に、リッチーとは基本的に、魔術を扱う魔物なのだ。


『【光線】よ、貫け。【隕石】よ、落ちろ。【嵐】よ、吹き飛ばせ。【獣】よ、喰らえ』


 そして、モモエというリッチーは魔術の発動が極めて速い個体だった。

 同時に四つの大魔術。

 しかも、種別が異なる魔術を放ち、戦闘空間の内部を己が魔術で埋め尽くす。

 さながら、単独で戦闘用空母の如き働きを見せているのだ。

 並大抵のテイマーが相手ならば、百人がまとめて魔物をぶつけて来たとしても、蹂躙することが可能な性能だろう。


「マスター、貴方の技をお借りします」


 そう、相手が並大抵のテイマーだったのならば。


「女給武装が一つ、鋼鉄の拳」


 イオリは迫り来る魔術を、鋼鉄の手甲を装備して迎え撃った。


「ご無礼」


 それはさながら、爆発の如く。

 空間すら打撃するイオリの拳は、迫り来る魔術を全て打ち消した。

 ぱぁん、という軽快な打撃の音が花火のようにいくつもなり響いて、モモエが押し付けるはずだった理不尽は、更なる理不尽によって殴り返された。


「んなぁ!?」


 これには、流石のテツヤも陰気を覆して驚愕する。

 避けるでも耐えるでも、他の魔術で対抗するでもなく。

 単なる拳の技術で、モモエの大量の魔術を処理されるとは思わなかったらしい。


「ちぃっ! モモエ!」

『…………【幻惑】よ、在れ』


 しかし、そこは一年生の中で覇者になったテツヤだ。

 直ぐに冷静さを取り戻し、攻撃魔術ではなく幻惑系の魔術の発動を指示する。

 形のある魔術が殴り飛ばされるのならば、形の無い魔術で対抗する。

 それが、テツヤが一瞬の内に考え出した対策だ。


「底上げだ、呪い殺せ!」


 更には、過剰な魔力を供給させることによってモモエの性能を強化。

 形無き魔術の中でも、呪いに分類される遠隔攻撃を指示する。


『【怨嗟】よ、縛れ』」


 幻惑の霧の中、モモエは呪詛を放ってイオリを攻撃した。

 されど、イオリはトーマの戦闘経験を取り込んだ生物兵器である。

 因果に関わる固有魔法を扱う、トーマの知識を取り込んだ生物兵器である。


「温いです」


 故に、イオリにとって呪詛を打撃することは容易いことだった。

 幻惑の霧を見通す心眼など、とっくの昔にイオリは習得していた。


「では、お返しでございます」


 そして、イオリは生物兵器だ。

 滅びた世界の最終兵器だ。

 トーマの真似事だけが性能の全てではない。

 鋼の手甲を変形させ、片手ほどの大きさの銃器を瞬時に作り上げたイオリは、正確無比の射撃を行った。

 己が魔力を込めた弾丸を、モモエに撃ち込んだ。


「モモエ!」

『――――っ!』


 テツヤは即座に反応。

 モモエに防御の指示を出し、モモエも弾丸が撃ち込まれるよりも前に魔力障壁の展開に成功した――のだが。


『がふっ』


 弾丸は容易くその障壁を貫いた。

 大量の魔術を発動させ、単独で物量作戦が出来るほどの魔力を持ったリッチーの魔力障壁が、容易く貫かれたのである。


「うーん?」


 これに疑問を抱いたのは、魔力弾を撃ち込んだ張本人であるイオリだった。


「マスター、何か違和感があります。私の弾丸が良く効きすぎています」

「…………そうなると、嫌な予感がしてきたな」

「同感です」


 イオリとトーマは優勢でありながら、警戒を強めた。

 この戦闘に関することではなく、戦闘以外の不確定要素を警戒して。


「モモエ! モモエ! 俺は……俺は、またお前を…………いや、違う! 強くなった、俺は強くなった! これからも、もっと強くなるんだ!」


 一方、テツヤの方は様子がおかしい。

 モモエが傷ついてから狼狽したかと思えば、突然、声を張り上げて魔力の供給量をさらに引き上げた。

 己の魂が悲鳴を上げるほど、魔力を練り上げた。


「おい、後輩」


 無理無茶無謀はお手の物なトーマであるが、流石に模擬戦闘で相手が命を賭けるのは御免だ。

 故に、制止の声を掛けようとして。


『あ、あぁあああああああああっ!!』


 モモエが上げた叫び声が――――その胸から貫くように突き出た、銀色の結晶の存在が、制止の声を中断させた。


「――――銀の悪竜の気配、だと?」


 何故ならば、たった今、異常な魔力と共に変貌を遂げようとするモモエからは、忌々しい宿敵の気配がしたのだから。


 かくして、災厄は芽吹く。

 銀の悪竜が世界中に仕掛けた悪の種が、芽を出し始める。

 全ては、トーマ・アオギリという好敵手を追い詰めるために。

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