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第144話 二年生

 トーマ・アオギリは英雄である。

 名実ともに英雄である。

 魔王軍と王国の戦争に於いて、多大な戦果を挙げたのだから当然だ。

 トーマが居なければ、魔王を倒すことは出来ず。魔王を倒せないということはつまり、王国が滅んでいてもおかしくはない。

 従って、トーマは救国の英雄である。

 しかも、若干十四――数か月前に誕生日を迎えたので十五歳の英雄だ。

 最年少の大英雄だ。


 ビジュアルは美形と呼ぶほどのものではないにせよ、顔の片側に刻まれた傷跡は、死闘を連想させるもの。

 周囲から舐められるよりも、畏敬の念を抱かれる条件は揃っている。

 その上、王国はトーマを大々的に英雄として押し上げた。

 戦争後、地方が不穏な動きをしないため、トーマという極大戦力を用いてけん制するために。

 結果、トーマの人気は物凄いことになった。

 具体的に言うのならば、トーマが所属するミッドガルド魔法学園の入学希望者が、例年よりも三倍以上の数まで膨れ上がったのである。

 増えた人数のほとんどが、トーマが目的の入学希望者だ。

 トーマを目的とする理由は人ぞれぞれであるものの、もはや、トーマは良くも悪くも学校生活で注目を受けざるを得ない立場になったのである。

 すると、どうなるのか?


「えー、トーマ君。貴方には悪いですが、二年生からは先生とマンツーマンの授業になります。貴方一人だけの学級です。不平不満はあると思いますが、どうかご勘弁を」

「…………はい」


 今まで通りに他の学生と共に授業を行うと、トーマの存在の所為で学生たちが騒ぎ、上手く授業が進まなくなってしまう。

 故に、トーマは二年生になってから少し経った後、特別にトーマ専用のカリキュラムに変更となった。

 そう、他の生徒たちと共に勉学に勤しむのではなく、生徒一人、教師一人のマンツーマン授業となったのである。


「あぁ……普通の男の子に戻りたい」

「トーマ君。先生が記憶している限り、貴方が入学してから普通であった時間はありません」


 とはいえ、超越者の力を持っていようとも、トーマは未だ思春期真っ盛りの子供。

 友達と引き離されてのたった一人の授業は、中々に寂しいものがあったという。



●●●



 トーマは即座に対処法を考えた。

 そう、英雄として人目を集めすぎる対策である。

 王国の広報により、トーマの外見は既に大勢の人間に割れている。王国全土の人々が知っている。その上、成し遂げた偉業が偉業だ。見かけてしまえば、ついつい興味を向けてしまう人々が出てくるのも仕方がない。

 故に、トーマは外見を変えることにした。

 変装である。

 とはいっても、実際に髪色を変えたりするわけではない。

 幻術のガワを被り、自身を人畜無害な少年――茶髪でモブ顔の少年――に変えて、己の気配を抑え込んだのだ。

 するとどうだろうか?

 トーマに声を掛けて来る人間は激減。

 新年度が始まってから、常に誰かしらの視線が合った学校生活が、今では誰もトーマに視線を向けない。注目を集めない。


「ふふっ、流石俺だな」


 トーマは自画自賛の言葉を呟きながら、学食でパスタと鶏むね肉のローストを食べていた。

 周囲から、『あれ? 英雄ってどこに消えた?』など言っている声も聞こえるが無視。

 英雄が英雄らしく振舞うのは有事のみ。

 平時の今は、変装をしてでものんびりと生活をしてメンタルを整える。

 特に、同格以上の相手との殺し合いを演じたトーマとしては、こういう何でもない日常をたっぷりと堪能して、戦争で擦れた精神を回復させようとしていた。


「やっほー、トーマ。なにそれ、イメチェン?」


 なお、関係性が深くて勘が鋭いものは、あっさりとその変装を看破して声を掛けてきたりするのだが。

 具体的に誰かと言えば、同学年のナナである。


「ん? うお、マジだ。目を凝らしてようやく偽装魔術に気づいたぞ、おい」

「英雄は色々と大変なのだろう……声を掛けても良かったのか?」

「あっ、そうだ。ごめんね、トーマ! ついうっかり!」


 その後、ナナと共に学食に来ていたヴォイドとジークもトーマの姿に気づき、普通に言葉を交わし始める。

 ここまで来れば、下手に惚ける方が余計に目立つだろう。


「いや、あくまでも見知らぬ大多数を避けるための変装だからな。別に、友達が声を掛けて来る分には構わないさ」

「そう? んじゃあ、遠慮なく!」


 ナナは肩を竦めるトーマの隣に座り、その後に続いて男子二人も近くの席に座った。

 大体、一年生の頃から良く絡んでいた面子にして、学生でありながら既にA級のテイマーとして活動している面子である。

 トーマの功績を除いても、この面子は控えめに言ってもエリートの集まりだった。


「やー、なんだかんだ、私たちの付き合いも長くなったよね。だって、一年生の最初の頃から知り合って、もう二年生だもん」

「二年生か……全然実感が無いな」

「一年生の最後は戦争に参加していたからな」

「ちなみに、一年中魔王軍がらみのトラブルに巻き込まれた俺としては、マジで全然二年生の実感が無い。なんなら、学園での記憶が薄い」

「「「トーマだからなぁ」」」


 しかし、エリートの集まりと言っても、中身はやはり十代の少年少女である。

 会話の内容は、一部を除いて大体が学生らしいもの。


「トーマって学生だけど、全然学生らしいことしてないよね?」

「そ、そんなことはない、はず……」

「じゃあ、部活には所属している?」

「…………部活?」


 ナナからの疑問に、トーマは首を傾げた。

 いや、意味としては理解できるのだ。確かに、ミッドガルド魔法学園には部活動がある。

 ただし、具体的にどんな部活動があるのか、さっぱりと頭に浮かんでこなかったのだ。

 何せ、トーマはずっとテイマーとして強くなることばかり考えていたので。


「すげぇな、ここまでの興味の無さは」

「一応、一年生への勧誘があったばかりなのだがな」

「…………実は俺、一年生の入学式とか、ここ最近の全校集会とか、全然出席してない。ちょっと俺の手持ちのシラサワが作った薬の商品化について、契約した企業と話し合っていたから」

「やっぱり学生じゃねぇよ、こいつ」

「学生の皮を被った英雄」


 ヴォイドとジークは、そんなトーマのことを冗談交じりに揶揄する。

 その冗談の中には、嫉妬やら羨望なども混じっていたが、トーマと一年近く付き合っていた二人は、それを上手く隠せる程度には自分の心に折り合いを付けていた。


「いやでも、テイマーとしての昇格を目指していると、どうしても学園に居る時間は少なくならないか!? 俺たちも次はいよいよA級トーナメントなわけだし。相応の実績が無ければ、このトーナメントに出場する権利は得られないだろ?」

「いや、その件だったらもう十分手に入れたというかね?」

「戦争に参加したA級テイマーは大体、その権利を手にしたぞ?」

「そういう説明があったはずだが?」

「えっ? 俺は知らな――ああ! なんかこう、アルスが色々言ってた記憶がうっすらと! 他に重要なことが多すぎてすっかり忘れていたけど!」


 ぽん、と膝を叩いて思い出すトーマ。

 そんなトーマの様子に、三人は『なんで王族とのホットラインを持っているんだ?』などと疑問を持ったが、余計なことは口に出さない。

 王国内の情勢が混迷としている今、余計な口出しはトラブルの元なのだ。


「じゃあ、実績作りよりも先に戦力強化するかな。魔王軍との戦いで色々と課題が見えたことだし」

「トーマは既に、S級テイマー相当の実力は持っているのに、まだ強化するの?」

「おうよ。備えあれば患いなし……それに、俺の目標はトップテイマーだからな」


 ナナの純粋な疑問に、トーマはにぃと笑みを浮かべながら答えて。


「…………まぁ、そのトップテイマーとは殺し合うことになったし、テイマー業界を追放された結果、繰上りで残りの三強の誰かがトップテイマーになりそうな現状にこう、複雑な気持ちを抱かざるを得ない自分も居るわけだが」

「それは……仕方ないよ、トーマ。だって、王様暗殺の協力者だし」

「強すぎるから処刑されないだけだよな?」

「俺はトーマが処刑人として、ヨハン・コリンズを殺しに行かないことに少し驚いている」

「いやいや、ジーク。俺も流石にね、自分と同じぐらいの強さの相手と何度も殺し合うのはしんどいんだよ? それに、勝ったとしても王国の戦力が上がるわけでもあるまいし」


 トーマはひらひらと手を振った後、ため息を一つ。


「利用できるのなら、利用した方が良いのさ、ああいうのは。まぁ、憧れの対象が業界追放された結果、相応の罰を受けることになる末路は色々考えるものがあるが…………多分、モンスターバトルはやろうと思えばやりに行けるだろうし。俺がテイマーとして強くなってから、裏ボス感覚で攻略に挑むとするぜ」


 自分を納得させるように呟くと、トーマは席を立った。

 いつの間にか、トーマの前にあった皿は全て空になっている。


「じゃあ、先に行っているから」


 そして、トーマは学食を後にして、手持ちの魔物たちの下へと向かう。

 二年生になったとしても、英雄になったとしても、トーマの目標は変わらない。

 目指すはトップテイマー。

 たとえ、その頂点が居なくなったとしても、掲げた目標を撤回するつもりは無かった。

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