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第143話 精霊祭

 パラディアム王国の冬は長い。

 何故ならば、冬の精霊が調子に乗るからだ。

 気候が段々と春に向かおうともお構いなし。己の領域を広げて、出来るだけ長く冬を伸ばそうとする。雪で世界を覆い、静謐なる冬を続けようとする。

 本来、季節の精霊というのは気候の移ろいと共に弱体化し、次の季節の精霊に打倒される者なのだが、生憎、パラディアム王国の春担当の精霊たちは温和な性格の持ち主が多かった。

 そのため、冬の精霊がどれだけ調子に乗っても、渋々それを見逃してしまうのである。

 結果、パラディアム王国の冬は長引く。

 過去の記録では、一年の半分が冬であったこともあったぐらいだ。

 そして、冬が長引こうとする時、王国は、人はどうするのか?

 自然には敵わない、などと大人しく冬の精霊の暴挙を受け入れるのか?

 ――――否である。


「冬は殺せ!」

「「「冬は殺せ!!!」」」

「雪は溶かせ!」

「「「雪は溶かせ!!!」」」

「春を取り戻せ!」

「「「春を取り戻せ!!!」」」

「っしゃあ! 行くぞお前らぁ! 六根清浄ォ!」

「「「六根清浄ォ!!!」」」


 覚悟を決めた高位のテイマー、高位のウィザードたちによって、冬の精霊討伐作戦が実施される。

 それは、パラディアム王国に於いて、冬の終わりの風物詩となっていた。

 精霊と戯れ、精霊を討伐し、次なる精霊を迎える祭り。

 精霊祭として。



●●●



 下級の精霊は、よほどの特異個体でなければ自我は薄い。

 ほとんど意識を持った現象のようなものだ。

 小動物や光の集合体として己の縄張りに漂い、縄張りに足を踏み入れた者へと自動的に攻撃を開始する。

 自我は薄くとも、下級であっても、精霊は自然のシステムの一部。

 魔物でありながら、世界そのものと言っても良い存在だ。

 故に、たとえ下級でも容易く人を凍らせる力を持つ。

 油断は禁物だ。


「ソル――――ランクアップ」


 油断は禁物なので、精霊祭に集められたテイマーの一人、ソルは最初から全力で戦うことを選んだ。

 ソル、サラマンダーの精霊の格を引き上げて、蜥蜴の形から煌々と燃える一体のドラゴンへと変貌させる。


「こいつらの縄張りごと焼き尽くせ」


 ソルはジークの命令に従い、冬の精霊たちを焼き尽くさんと紅蓮の炎を吐き出す。


『ぎぃいやああぁああ!!?』

『あつぅううういい!!?』

『もうやだぁ!!』


 精霊たちはピーチクパーチク叫びながら、己の縄張りを捨てて撤退。

 縄張りにしていた山の一角は、紅蓮の炎に包まれ――けれども、木々は燃えない。

 冬の精霊と雪だけを対象としているため、まるで一足早く春が来たように、雪化粧が消え去っただけの状態となる。


「ガウ、ホータロー」

「暴れろ、ノーク、キーク」


 そして、逃げ出した精霊たちは、予め退路に張っていた二人のテイマーが仕留めた。

 ナナとヴォイド。

 共に、ジークと同じくA級のテイマーだ。


「逃げた奴らは全員倒したよ!」

「周囲には他に精霊の気配は無い」


 冬の精霊の駆逐を終えた二人は、素早くジークへ連絡する。


「そうか、わかった……大体下級の精霊は駆逐したし、次はもっと上級の精霊を倒しに行くぞ」

「うん!」

「おう」


 ジークは頷き、二人に指示を出して、二人は即座に了承した。


「いやぁ、昔から見ていた精霊祭の討伐役になれるなんて。なんだか不思議な気分だよ」

「一応、僕たちはA級だからな。相応の責務も背負わされるわけだ」

「ああ。雑魚の片づけばかりはしていられない……もっとも、楽をするためにこの依頼を受注したわけじゃないからな。雑魚を片づけたら、次は格上殺しを目指す」


 三人のA級テイマーは現在、精霊祭の討伐役として、東部の山の一つに踏み入っている。

 当然、装備は冬の登山をする者と変わらぬ重装備。

 精霊祭――祭りに関わる行事であったとしても、命の危機がある仕事だ。

 だが、今の三人はその程度のことでは怯んだりはしない。


「強くなる、そう決めた」


 ジークの言葉に、二人は頷いて冬山の奥地へと進んで行く。

 各々が抱く想いは違えども、強くなることを目標としていることに変わりはない。

 だからこそ、三人の少年少女は困難な道へと進む。




 冬の精霊の中にも、S級に相当する者が存在する。

 そして、それらは決まって人型を取る。

 人間の形を模倣する。

 人間の思考を会得する。

 単なる現象から独立し、一つの生命たちとして強い自我を得る。

 その極致が、北部の街を襲った冬の女王という個体なのだが、寒気がさほど強くない東部の土地では、流石にそのクラスの魔物は存在しない。

 S級の中でも、上位に位置する精霊は発生しない。


『祭りか?』

『おうよ、祭りだ』

『いいな、素晴らしい』

『ああ、戯れよう』

『我が命を賭けて戯れよう』


 代わりに、東部に出現するS級の精霊たちは何故か、戦闘狂が多い。

 象る人型も、魔術師や女王、吟遊詩人などといった非戦闘型の者ではなく、バリバリの鎧武者。王国の極東に存在する一部の民族が身に着ける、一風変わった具足を身に着けていることが多い。


『ならば、作戦だ』

『おうよ。単に突っ込んで死ぬのは下級まで』

『我らは軍略を持って人間と戯れよう』

『殺し、殺されるために、知略の限りを尽くすのは礼儀だ』


 その上、東部の精霊たちは何故か、真面目に軍略を仕掛けてくる。

 きっちりと軍師や将となる者を決めて、命令系統を整備。

 更には、雪を重ねて防壁を作ったり、籠城のための城をこしらえたりもする。

 つまりは、ちょっとした戦争のような有様になるのだ。


『冬を続けよう』

『我らの祭りを続けよう』

『我が光に焼かれ、溶けるその時まで』


 己の命に頓着せず、けれども戦いを楽しむS級の魔物の集団。

 これを駆逐するのはかなりの難行だ。

 同等の戦力で挑めば、何人もの死者が出ることは確実。

 倍数の戦力で挑んだとしても、死者が出る可能性は否定できない。

 実際、王国の古い歴史では、精霊祭は命がけの行事だった。

 春を手に入れるため、強き精霊たちと命がけで戦うのは、神聖なる行事だった。

 けれども、今は違う。

 王国は試行錯誤の積み重ねにより、高位精霊たちの安定した討伐方法を生み出したのだ。


『む?』

『なんだ?』

『暑い……いや、熱い!?』


 それが、『限定的な夏』の顕現である。


「一番から三番! 夏の精霊へ魔力の最大供給!」

「「「了解!!!」」」


 S級の精霊たちが陣取る縄張りから少し離れた場所。

 精霊祭の討伐隊が拠点としている山の一部から、異様な光景が始まっていた。


『きゃはっ!』

『冬なんて溶かしちゃえ!』

『冬にガンガンの暖房を使う贅沢を味わうのだ!』


 テイマーたちと契約を結んだ夏の高位精霊たちが、己の権能によって冬山の一部を夏へと塗り替えていたのだ。

 雪は解け、深緑の草木が芽生え、うだるような熱気が冬山を浸食していく。

 それは冬の高位精霊たちが陣取っている縄張りまで影響を及ぼして。


「冬の精霊の弱体化を確認!」

「進めぇ! 進めぇ!」

「夏を展開できる時間は少ない! 手早く行くぞ!」


 冬の高位精霊たちが夏の影響を受けて弱体化した瞬間、討伐隊は一気に突入していく。


『ぐっ!?』

『卑怯な!? いや、これが人間の戦略!?』

『季節ですら、既に掌中に収めたと!?』


 夏は冬の対極。

 そして、精霊は場の影響をかなり受けるタイプの魔物である。

 従って、冬の高位精霊たちは著しく戦闘力を落とし、次々と討ち取られていく。

 これこそが、王国が長い歴史の中で編みだした冬の高位精霊たちの攻略法だ。

 あらかじめ夏の高位精霊と契約しておき、冬にその対極の力をぶつけて弱体化させる。

 当然、夏の高位精霊も冬ではその実力を発揮しづらいのだが、そこはテイマーによる魔力供給でごり押し。

 ずっと相手の領域を塗り替えるのではなく、戦っている間のみならば、一時的な環境の逆転も可能となったのだ。

 これにより、精霊祭の討伐隊の死亡率は格段に抑えられるようになった。

 しっかりと準備を重ねれば、滅多なことでは死者が出ることはなくなった。


 ――――ただ、それはあくまでも『イレギュラー』なければ、の話である。


『冬に夏を顕現させるとは不敬な』


 冬山に展開されていた夏は、一瞬にして雪に押しつぶされた。

 否、それだけではない。

 冬山全てに、極寒の吹雪が吹き荒れたのである。


『思い知るがいい。冬とは全ての命が死に絶える季節であることを』


 極寒の吹雪の中、どこまでも白い巨人が君臨していた。

 それは冬山そのものと見間違うほどの異様な巨体。

 巨体を構成するもの全てが、高密度の雪。

 冬の精霊の中でも冬の女王に次ぐ最上位の存在――冬の巨人王。

 本来、発生するはずの無い東部で、その魔物は君臨していた。


『さぁ、我が腕に抱かれて凍えろ』


 巨大なる腕が、冬そのものが討伐隊に迫る。

 それは自然の暴威そのもの。

 抗えぬ死の象徴。

 安全策を創り上げたはずの人間たちは今、再び冬の恐ろしさを思い出して。



「アゼル、イオリ――黒を弾丸に乗せて撃て」



 次の瞬間、その暴威はあっけなく散らされた。

 黒色の弾丸が、巨人王の肉体を嵐のように弾いて、消し飛ばしたのだ。


「冬が嫌いなわけじゃないが、そろそろ俺としては春が欲しいところでね」


 そして、未だ状況を飲み込めていない討伐隊の下へ、一人の少年――トーマが降り立った。

 背後に、三体のS級の魔物を従えて。


「何せ、そろそろ俺は二年生になるんだ」


 明らかに学生以上の力を持つトーマはけれども、春を待ち望んでいるかのように綻ぶ笑顔を作った。


 かくして、冬は討たれ、季節は回る。

 木々が芽吹き、再び出会いの季節がやってくる。

 ミッドガルド魔法学園の新年度が始まるのだ。

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