第142話 戦士の休息
トーマの回復力は高い。
たとえ瀕死の重傷を負おうとも、常人ならば致命傷となるダメージを受けても、魔力があるのならば即座に全快の状態まで戻すことは可能だ。
だが、逆に言えば魔力が無い場合だと、その回復力は低下することになる。
そして、トーマは魔王との連戦で銀の悪竜を撃退するために無茶を重ね過ぎた。
そのため、普段よりも遥かに魔力の回復が遅く、肉体の怪我が完治した後も、しばらくの間、魂の損傷を修復するために入院することとなったのだ。
「師匠。私、わかりました――――時代は不意打ちです」
そうなれば、トーマに用事のある者が見舞いという名目でやってくるのも自明の理。
既にトーマの肉体が回復したこともあり、見舞客は何の遠慮も無く訪れ始めたのだ。
セラはその栄えある第一号である。
「私と剣鬼の間には、未だ大きな隔たりがあります。ですが、私はあの時、剣鬼を殺す一歩手前まで追い詰めることが出来ました。それは何故か? 仲間と共に囲んで叩いて、不意打ちで良い感じにダメージを与えたからです」
「ふぅん。それで?」
「師匠、今後の修行は不意打ちや奇襲を重点的に――」
「この馬鹿」
「あいたーっ!?」
真剣な表情で語るセラの額を、トーマは軽くデコピンで弾いた。
もっとも、トーマの軽くは常人の頭が砕ける威力であり、セラでなければ病室に鮮血の花が咲いたことだろう。
「何をするのですか、師匠!?」
「成功体験に囚われ過ぎだ、この馬鹿」
「あいたたぁ!?」
すぱぱぱん、とトーマは軽くセラの頭を叩いて脳を揺らす。
攻撃にもならない軽いスキンシップだというのに、セラはそれだけの攻撃で足元が覚束なくなってしまった。
「確かに、奇襲や不意打ち。相手を罠に嵌めたりする左道は強い。だけどな? そればっかりを鍛えると、剣士じゃなくて暗殺者になるぞ?」
「うぐっ」
「別に、暗殺者を馬鹿にしているわけじゃないが、それでもお前の強さは特化型になる。不意打ちや奇襲に特化すれば、その状況以外の戦いでは著しく戦闘力が落ちる。というか、そもそも今回の作戦は上手く行くかは運の部分が多くて、再現性とかもあんまり無いし。奇襲を成功させる奴は強い奴というよりは、ずる賢い奴ってことになるわけだが、お前にはその手のクレバーな戦い方は向いてないというか、そんなに賢くないし」
「うぐぬぅうううう……」
トーマの怒涛の説教に、セラの頭は段々と下がって行き、最終的には病室の床に膝と両手をついて項垂れていた。
「わ、私が間違えていました……駄目な成功体験で目が曇っていました……」
「よろしい。次の修行は、そんな君の目が覚めるぐらいのものを用意しよう」
「じ、地獄の予約券を買った気分です…………いえ、復讐のためにはとても助かるんですが! それはそれとして、辛いものは辛いのです!」
セラは項垂れつつも、直ぐに立ち直って強く握りこぶしを作る。
次こそは剣鬼を殺し、己が復讐を果たすために。
「やっほー、見舞いに来たよ、大英雄!」
「お前の評判で、東部が良くも悪くも凄いことになっているからな」
「まぁ、遅かれ早かれ、トーマの力は広く知られるようになるとは思っていたが」
セラに続いて、ナナ、ヴォイド、ジークの三人が見舞いにやって来た。
それぞれ、手には菓子折りやらフルーツの盛り合わせなどがある。
「おーう、三人とも生きていて何よりだ。王都の防衛ではご苦労様」
トーマはそんな見舞客――友達三人を迎え入れて、遠慮なく見舞いの品を受け取る。
実のところ、今回の出来事で各方面から見舞い品という名前の『私たちは貴方と敵対するつもりはありません』という気持ちが送られてきて、既に病室の棚はひっ迫状態だ。
ただ、それはそれとして、友達からの純粋な見舞い品は貰うと格段に嬉しいものである。
故に、トーマの表情は入院中にも関わらずに、満天の笑顔だった。
「あはは! ご苦労様とか、この戦争の一番の功労者に言われてもね?」
「そうだぞ。僕たちは精々、メアリー・スークリムの負担を少しでも減らすように動いていただけに過ぎない」
「S級最上位の魔物とかは、ほとんどS級テイマーが処理していたからな」
対して、三人の表情はどこか固い。
トーマとは間違いなく友達同士であるものの、それはそれとして、現在の自分の力量では、戦争の趨勢を左右できないことを思い知っていたのだ。
故に、三人は己の未熟を恥じ入るように、表情が固くなっている。
「いや、それでも君たちが戦争に参加して、王都を――誰かの居場所を守ろうと戦ったことには変わりない。それは力の強弱に関係なく称賛されるべきことだ……結局のところ、俺の日常も、そういう頑張ってくれる人たちが居てくれるからこそ成り立っているわけだし」
だから、トーマから向けられた言葉に、三人は思わず胸を打たれた。
他の誰かから言われたのならば、単なるおためごかしだと思ったかもしれない。
だが、戦争を経て大英雄になったトーマが、友達が言ってくれるのならば、それは何よりもの報酬となる。
「そう言ってもらえると嬉しいよ、トーマ! だから、次は私たちも戦えるように鍛えておくね!」
「ああ、僕もまだまだテイマーとしてお前に追い付きたい」
「俺は目的を果たすために力を求める……だが、それでも、その力で誰かのためになれたのなら、それは悪くない」
三人とトーマは、互いの立場など関係なく、同じ学年の仲間として友情を深めたのだった。
トーマの下には数多くの見舞客が訪れた。
知人はもちろん、時には面識のない各地方の有力者なども。
トーマという大英雄の器を図るため、直接訪れる者が多かった。
ただし、その場合は大抵、トーマという規格外の怪物を目のあたりにして、圧倒されてしまい、ろくな会話もできないというのが大半だったが。
何はともあれ、トーマの入院中は騒々しく通り過ぎて行った。
個室の病室でなければ、あまりにも騒々しくて強制的に退院させられそうなほどに。
『…………体の方はどうだ?』
そして、本来は見舞客が来るはずの無い時間帯。
周囲が静まり返った深夜。
トーマの下に、包帯で顔を隠した黒い外套の人物――アルスが訊ね来ていた。
「俺の方は問題ない。もうそろそろ魂の損傷も修復されるだろうし、直ぐに退院だ」
『そうか。それを聞いて安心した』
「というか、そっちの方は大丈夫か? 今が一番忙しい時期だろ? 抜け出してきても大丈夫なのか?」
『大丈夫ではないかもしれない』
「おい」
トーマの見舞客に姿を見られない時間帯。
なおかつ、ギリギリ時間を捻出できる時間帯が、この深夜だけだったのだろう。
アルスは非常識と非礼を承知の上で、トーマの下を訪れたのだ。
『だが、今回の戦争の功労者に何の説明もしないのは論外だ。それに、魔王城で起こったことをお前自身の口から聞いておきたい』
「あー、なるほどな。んじゃあ、仕方がないか」
『わかってくれたのならば説明を始める』
アルスは包帯姿のまま、トーマの前で今回の戦争のリザルトを始めた。
『まず、魔王軍の幹部は尋問の後、処刑の予定だ。処刑の情報を大体的に宣伝し、魔王軍の残党を釣り出してまとめて処理する』
「妥当だな。俺としては特に問題ない」
『次に、各地方へのけん制として、トーマの存在を大々的に扱う。トーマには悪いが、しばらくは王都でのパフォーマンスにも付き合ってくれ』
「了解。学校が始まるまで、という条件でいいのなら付き合おう」
『最後に、ヨハンについてなのだが……これに関してはテイマー業界からの追放。その後、未開拓地での任務に就かせることになった。その間、ヨハンの故郷を守り切れなかったら、王である僕の命で対価を支払うことになる』
「いいのか? そんなに簡単に命を担保にして」
『いいんだ。むしろ、王の仕事は命を張ることぐらいだから、これが本来の使い方とも言える』
アルスの言葉に迷いは無い。
戦争前とは異なり、既に王としての威厳をその身に纏い始めていた。
『僕は命を賭けて、この王国を守り抜こう。それこそが、僕の役割だ』
「…………そうか。なら、俺も友情のある限りは手伝ってやるか」
『ありがとう。精々、見限られないように、良い王様をやるよ』
「ははっ、安心しろ。見限る前に、きっちり俺が殺してあるから」
『ふっ。なら、友達に嫌な思いをさせないように最善を尽くさせてもらおう』
王と大英雄。
若く未熟な二人はけれども、確かに国家を担うに相応しい言葉を交わし合う。
多くの人の命を責任として、その肩に乗せて。
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肩を回す。
腕を動かす。
手を握る。
大きく息を吸う。
前を向いて。
一歩踏み出して、先へと進む。
「うん、問題無し」
体調は万全。
気力は充実。
魂は修復済み。
トーマ・アオギリは完全復活と共に、今、病院の玄関から外に踏み出した。
「待たせたな」
そして、トーマを迎えに来ていた三体の魔物に向かって、笑みを浮かべて見せる。
「待ったぞ、マスター。さぁ、あの忌々しい銀色へのリベンジだ」
黒衣の少女――アゼルは吠えるように気炎を吐いて。
「あーあー。マスターの入院記録、取っておきたかったよぉ」
白衣の少女――シラサワは残念そうに呟いて。
「お待ちしていました、マイマスター」
メイド服の少女――イオリは恭しく頭を下げて。
「うし、じゃあ、行くか」
トーマは三体の仲間と共に、再び歩き始める。
問題は山積みなれども、目指す先は何も変わらず。
トップテイマーにならんと、再びトーマは一人のテイマーとして活動を再開した。




