第141話 大きな戦いの後始末
魔王軍との戦いは終わった。
魔王は死亡。
大魔導士フェイスも死亡。
虐殺者カグラも死亡。
剣鬼マサムネは逃亡。
統率者ミーナは捕縛。
魔王軍の構成員たちはほとんど死亡か、捕縛。
銀の悪竜という想定外の介入はあったものの、王国と魔王軍の戦争は、王国側の勝利となった。そう、紛れも無い勝利だ。
ただし、この戦争で受けた傷は浅くない。
魔王軍が誘発した反乱による、各地方の被害。
共和国が壊滅したことによる、王国側への不信。
戦争で失われた多くの人的被害。
トップテイマーという、王国最強戦力だった者の離脱。
当然ながら、これらの問題は戦争が終わっても有効だ。
あるいは、戦争が終わったからこそ、これらの問題に対処せざるを得なくなったと言ってもいい。戦争中ならばまだ、誰しも魔王軍という共通の敵に対して、共同戦線を張って、様々な問題を先送りに出来ていたのだから。
「魔王軍の残党は、今は捨て置け! それよりも、精鋭たちへの報酬と各地方へ魔王軍に勝利したことを大々的に知らせろ! 英雄筆頭であるトーマの活躍を知らせることを第一に!」
そして、戦争が終わってからがアルスの戦いの本番だった。
王都への襲撃をテイマーやウィザードたちが守り抜いて。
魔王城へ襲撃を仕掛けた英雄たちが、見事に魔王軍を壊滅させたのだ。
ならば、王族であるアルスはその活躍を正しく評価し、報酬を与える義務がある。
この戦争に力を尽くした者たちが、不当な扱いを受けぬようにと手を回す必要がある。
「魔王を倒したトーマが健在であることを知らせろ! 地方からの追及はそれで黙る!」
戦争をやっている最中は良くとも、戦争が終われば人間、様々な責任を押し付けるものだ。
特に地方からすれば、今回の戦争は魔王によってカール王が討たれたことを筆頭とした反乱がきっかけである。
中央部が、王族が、王国を統治する者が強ければ、こんなことにはならなかった。
そもそも、トップテイマーの手綱を上手く扱えないことに問題がある。
――――とまぁ、このように批判する者も当然ながら現れるのだ。
故に、アルスはトーマを英雄に――魔王を倒した勇者へと祀り上げた。
「力はある。それを知らせれば、地方は黙る。良くも悪くも、今までと同じだ」
トップテイマーであるヨハンに代わる抑止力足るのは、トーマしかありえない。
だからこそ、アルスは恥を忍んで、友情に縋って、トーマの強さを利用する。
戦争後の不安定な状況を利用し、群雄割拠を狙う各地の有力者たちをけん制するために。
「…………すまない、トーマ」
王座に座ったまま、誰にも聞こえぬほど小さくアルスは呟く。
部下の前で、王族の威厳を崩すことは出来ない。
けれども、己の心の中にある罪悪感は決して消えることなく疼き続ける。
――――この罪悪感を忘れた時が、自分の首が飛ぶ時だ。
アルスは未熟を恥じながらも、王として心の中に刃を添えた。
いつか、己が醜悪なる王と成り果てた時、自らの首を飛ばす刃を。
●●●
アルスが王都で激務に追われている頃、トーマは西部の病院に入院していた。
何せ、魔王との死闘の後、満身創痍の中で己の魂を削る様な真似までして、銀の悪竜を撃退したのだ。それだけの無茶が重なれば、いかに超越者と言えども普通に死んでいてもおかしくない状態にもなる。
従って、トーマは魔王城での戦闘が終わった後、即座に西部の大病院へと緊急搬送された。
アラディアの転移によって、ノータイムで大病院に叩き込まれたのである。
「馬鹿な、何故生きている?」
そのあまりの満身創痍っぷりに、トーマの治療に立ち会った医者、治療魔術師たちは口を揃えてそのようなことを言った。
生きていることがおかしい。
死んでいた方が納得できるような状態だと。
けれども、治療を始めて数分もすると、次のように言い始めた。
「回復速度が以上だ」
「おかしい。細胞分裂では説明できないぞ、この修復現象は」
「魂の損傷さえも直って行く……このトーマ・アオギリという患者は、本当に真っ当な生命体なのか?」
いざ治療が始まれば、トーマの心身は即座に回復へと向かった。
破けた血管は繋ぎ合わされて。
砕けた骨は強固に再構成されて。
潰れた肉は悍ましい速度で復活して。
さながら、不死の怪物の如くトーマの肉体は健常な状態へと戻った。
「――――戦いの結果は?」
「「「患者が起きた!?」」」
そして、全身麻酔を受けて手術中だというのに、トーマの意識もあっさりと戻った。
腹が開かれて、内臓を修復している最中だというのに、平然とトーマは起き上がろうとして、それを周りの人間が必死で止めるなどという一幕もあったぐらいだ。
「そうか……勝ったか……問題も、今は起こっていない……なるほど……俺の仲間たちも負傷してはいても、死んではいないと……うん、じゃあ、しばらく俺は寝るから」
トーマは事情を知る人間から説明を受けると、再び眠りについた。
手術や回復魔術を受けた後、三日の間、ほとんど眠っていた。
食事やトイレの間以外はほとんど熟睡し、失った魔力、気力、その他諸々を回復させるため、トーマは眠り続けたのである。
その眠りを咎める者など、誰も居ない。
咎める権利を持つ者など、居るわけがない。
超越者たる魔王を討伐し、更には銀の悪竜まで退けたのだ。
王国内では、トーマ以外の誰にもできない偉業である。
そんなトーマの眠りを妨げることが出来る者など、一体、どこに居るだろうか? いや、居るわけがない。
「トーマ」
ただ、それでも、目覚めの時はやってくる。
それはトーマが想定していた完全回復の時よりも僅かに早く。
朝の木漏れ日の如く、トーマの下に声が降って来た。
この声を聞いてしまったのならば、トーマはもはや起きるしかない。
「…………おはよう、メアリー」
目を開いた先には、トーマを覗き込むメアリーの顔があった。
「――――ぁ」
メアリーは一瞬、目を見開くと、何度も瞬きをして……その後に、「はふぅ」と気の抜けたような声を出す。
「よかった、生きてる」
「いや、医者からちゃんと状態は聞いているはずだろ?」
「うん。でも、それでも……不安だったから」
「ん、そうか」
トーマは寝転がったまま、手を伸ばしてメアリーの頬に添える。
「悪い、心配をかけて」
「本当にそう」
「俺がもっと強ければなぁ」
「まだこれ以上強くなりたいの?」
「ああ、強くなりたい。どんな奴からも大切なものを全部守り切れるぐらいに」
「…………それって、世界最強以上にならないと無理だよ?」
「うん、だから世界最強以上になろうかって」
あっけからんとしたトーマの言葉に、メアリーは困ったように目を細めた。
「なんか、また置いて行かれそう」
「俺はメアリーを置いて行ったつもりは無いんだが?」
「私が勝手にそう思っているの…………私も、魔王を倒せるぐらいに強ければ、今回、トーマがこんなに傷つかずに済んだのに」
「いや、メアリーは今回、王都の守護を頑張ったらしいじゃん」
「私は所詮、四天王の一人を相手取った程度だから」
「それでも、誰かを守り切ったってのは凄いことだと思うぜ、俺は」
トーマは頬からメアリーの頭へ手を移動させて、そのまま優しく撫でる。
「倒したり、殺したりするよりも、守ることは立派で凄いことだと俺は思う」
「……私はそう思わない。倒したり、殺したりするのも、多分きっと、誰かを守ることに繋がっているから」
「そうか。そうだったらいいな」
「絶対にそう。だって、そうやって今まで守られて来た私が言うんだから」
メアリーは可憐に微笑み、トーマもまたその微笑みに釣られて、笑みを浮かべた。
「だから、今回もトーマはたくさんの誰かを守ったんだよ」
「…………ん」
メアリーから降って来た言葉に、トーマは少しだけこの状況を後悔した。
何故ならば、ここまで向かい合っていては、視線を逸らすことが出来ない。
赤らめた頬の色も、潤んだ瞳も誤魔化せないから。
「ねぇ、トーマ」
「おう」
「ご褒美にキスしてよ。その後、私が貴方にご褒美でキスしてあげる」
「ははっ、なんだそれ?」
「いいじゃん。どっちもご褒美、でしょ?」
「そうだけど……あ、でも、今は駄目だ」
「むぅ、何故に?」
「歯磨きしたい」
「…………確かにエチケットは大切だけど」
トーマはゆっくりと病室のベッドから起き上がると、体の節々を鳴らしながら背伸びする。
そして、ぽん、とメアリーの頭に手を置いた。
「キスはその後で」
「…………うん」
この後、トーマは高鳴る胸を抑えながら、妙に長い時間歯磨きをしたのだった。




