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第140話 悪竜が来りて、災厄が芽吹く

 フェイスの魔王に対する忠誠心に、嘘偽りなどは存在しない。

 フェイスの四天王たちに対する親交は、決して打算などではない。

 だが、銀の悪竜の手駒であったことは紛れも無い事実だ。

 もっとも、本人にその意識すらない、適当にばら撒いた端末の一つなのだが。


 銀の悪竜はたまにこういうことをやる。

 端末の一つを記憶がまっさらな状態で異世界に潜り込ませ、普通に生活させる。

 その後、銀の悪竜が面白いと思った時点で、端末の自由意思を奪い、それまでの端末が築き上げたものを全て台無しにする。

 そのような邪悪を好んでいるのだ。

 今回の場合は、幸か不幸か、銀の悪竜が乗っ取る前にフェイスは死んだが、その死体すらも利用される結果となった。


 ヨハンは主力のニュクスが全力で戦えない。

 魔王はトーマの手によって討たれた。

 トーマは満身創痍。

 つまり、この世界に存在する三体の超越者が弱り切ったタイミングを見計らい、銀の悪竜は姿を現したのである。


『これは挨拶代わり。つまらないものだけれど、受け取って』


 目的はもちろん、邪悪を為すため。

 あらゆる尊厳を踏みにじり、戦いの結果を嘲笑い、君臨するため。

 トーマ・アオギリという唯一無二の敵対者を、思う存分痛めつけるため。

 銀の悪竜は今、蹂躙を開始した。



●●●



「こりゃあ、不味いね」


 魔王城の内部に居る者の中で、真っ先に異変に気付いたのはアラディアだった。


「ローガン」


 いつもは飄然としているアラディアは、固い声でローガンへと短く命じる。

 すると、銀狼のローガンは魔王城の天井を破壊し、一時的に空が見える吹き抜けを作った。


「……ああ、悪い予感だけは良く当たるねぇ」


 アラディアはその吹き抜けから、空を睨んで冷や汗を一つ流す。


「……は?」

「おい、なんだ、あれ?」

「待て。一旦、休戦だ! あれ、あれを見ろ!」

「だ、誰だ!? 誰があんな真似を……いや、あんな真似、誰が出来るんだ?」


 魔王城内で戦っていた魔王軍と王国の精鋭たちも、異変に気付き空を見上げる。

 誰もが皆、空の異変を見上げる。

 空に浮かぶ――――太陽の如き極光のエネルギー体を。


「ありゃあ、落ちたら大陸……いいや、この惑星が滅びるねぇ」


 異変を見上げる誰もが感じていた恐怖、畏怖の正体を、アラディアが言語化する。

 世界が滅びるほどの広範囲攻撃。

 超越者クラスでしか実現できない、絶望の具現化。

 それを正しく認識できる者は、この場にはアラディアともう一人しか居なかったのだ。


『…………あー』


 精霊超人と化しているカグラは、その脅威を正しく認識していた。

 超越者の領域に指をかけたが故に、現実的にその威力を理解したのである。

 あれは、駄目だと。

 あれは虐殺なんて領域からかけ離れた、『絶滅』をもたらす破滅の光なのだと。

 ――――あれを止められるのは今、自分だけなのだと。


「「「――――っ!」」」


 異変を見上げていた者たちは、総じて『ぞわり』という脳髄を冷たい手で撫でられるような悪寒を得た。

 気づいたのだ。

 見上げたその異変が、段々と落ちてきていることに。

 その速度が加速していっていることに。

 世界の破滅が、着実に近づいて来ていることに。


「逃げ――守る――くそっ! 駄目だ、何も出来る気がしねぇ!」

「おい、緊急事態だ! 力を合わせてどうにかするぞ!」

「馬鹿言え、どうにかできると思うのか!?」

「知るか! どうにかしないと何もかもが終わりだ!」


 突如として降り注ぐ理不尽に、魔王軍も王国の精鋭たちも対応できない。

 もっとも、前もって知っていたとしても、この理不尽には対抗できないだろうが。

 何せ、あれは一つの惑星を焼き尽くすほどの熱量を持った攻撃。

 何をどう足掻こうとも、純粋にエネルギーが足りていないのだ。


「…………この場に居る者だけでも、どうにかするべきかねぇ?」


 既に、アラディアもあの極光をどうにかすることは諦めている。

 可能なことと言えば精々、異世界への転移によって、この世界の絶滅から逃げ出すことぐらいだ。


『仕方がない、か』


 故に、カグラは覚悟を決めた。

 正義感など皆無。

 使命感など最初から無い。

 魔王軍の部下たちへの情は多少ある。

 けれども、それよりも遥かに大切なもののために、カグラは覚悟を決めたのだ。


「……あ、うぁああ」


 カグラはコトネを見る。

 常人程度の戦闘能力しかないコトネは、空から迫り来る絶望に耐えきれない。

 あまりの恐怖に、精神が崩壊する寸前だ。


『大丈夫だよ、コトネ』


 しかし、そんなコトネへと優しくカグラは語り掛ける。


『私が何とかするから、コトネは絶対大丈夫』

「……え、あ? カグラ?」


 恐怖と戸惑いが混じった表情を浮かべるコトネは気づかない。

 この時、この瞬間が、友達と言葉を交わせる最後の猶予だと。


『コトネ。出来れば長生きして。後は、まぁ、うん。楽しく笑って生きて』

「ま、待って、カグラ。なんで、なんでそんなこと――」

『ばいばい』


 コトネはとっさに手を伸ばすが、届かない。

 既にカグラは空へと飛び立った。

 惑星を滅ぼす極光の前へと近づいた。


『ごめんね、皆。私の馬鹿に付き合わせて――――うん、そっか。ありがとう、皆』


 カグラは己の内側に問いかけ、思った以上に軽い返事が返ってきて微笑む。

 生きるも死ぬも一緒。

 そう言ってくれた仲間の魔物たちと、融合している精霊たちと今、カグラは迫り来る絶望に挑む。


『じゃあ、やろうか。虐殺者には似合わない、世界救済って奴を』


 魔力を漲らせる。

 命を燃やす。

 魂を薪にする。

 何もかも、存在の一片まで燃やし尽くして、地上から空へと落ちる流星の如く飛ぶ。


『あぁあああああああああああああああああああっ!!!』


 肉体はすぐに弾けた。

 精神はほとんど瓦解。

 魂だってもう残り僅か。

 それでも、唯一の目的だけは、友達を守ることだけは忘れずに。


 ――――ドッ!!!!


 流星は極光を貫き、吹き飛ばした。

 余波だけで地上を削り取り、魔王城が崩壊しそうになるほど。

 けれども、それだけで済んだということはつまり、世界を滅ぼすほどの絶望は、空へと昇る流星によって消し去られたという何よりもの証拠で。


「――――カグラ。待ってよ、ねぇ、カグラ」


 極光と流星が消え去った後、誰もが言葉を無くしている最中、最初に響いたのは、友を失った歌姫の声だった。

 かくして、虐殺者は死んだ。

 散々自分勝手に虐殺を続けた精霊の巫女は、最後の最後、たった一人の友達を守るために死んだ。

 その結末が因果応報なのか、それとも彼女なりの本懐だったのか、それを知る者は誰も居ない。



●●●



 銀の悪竜は上機嫌だった。

 何せ、久しぶりの逢瀬だ。

 仕掛けた種が偶然芽吹き、これ以上無く素敵なタイミングでの逢瀬だ。

 上機嫌にならないわけがない。


『ふんふふーん♪』


 鼻歌交じりに銀の悪竜は行く。

 己を止めようと思った、三体の魔物をあっさりと蹴散らして。

 愛しくも憎々しい相手が居るであろう、玉座の前と歩いて行く。

 わざわざ歩かずとも、銀の悪竜は呼吸するように転移の魔術が扱えるというのに。

 あえて、その時間を楽しむために、銀の悪竜は歩く。

 周囲に、己の存在を隠さず、ただ圧倒するように気配をばらまきながら。


『久しぶりね、トーマ』

「…………銀の、悪竜!」


 そして、二者は再会した。

 銀の悪竜とトーマ。

 かつて、世界の命運を賭けて――否、たった一人の少女を賭けて殺し合った者同士が、再び相まみえたのだ。


『状況は最悪。貴方は満身創痍。味方は塵芥。私の挨拶程度で絶滅を覚悟するような者しか居ない。対して、私は万全。この時のために前よりも強くなったわ』

「…………」

『さて、絶望する?』


 銀の悪竜は、竜の顔で人間らしく微笑みかける。

 悪意に満ちた笑顔で、トーマに問いかける。


「はっ、久しぶりに会っても、冗談のセンスは直ってないようだな」


 だが、トーマはこの程度の悪意に屈しない。

 絶望など知ったことかと言わんばかりに、力強い敵意で銀の悪竜を睨む。


『ふふふっ、それでこそ』


 銀の悪竜はその敵意に満足げに笑みを深めて。


『ん?』


 ふと、気付く。

 ――――魔王の死体が無い、と。



「油断が過ぎるぞ、悪意を持つ者よ」



 どっ、という鈍い音と共に、銀の悪竜の胸を赤黒い刀身が貫く。


『あら、かくれんぼがお上手』


 銀の悪竜が背後を見ると、そこには顔半分を赤く染めた包帯で覆った魔王の姿が。


「今だ、トーマ! 我ごとこの悪意を滅ぼせ!」

「おうよ!」


 呉越同舟。

 つい先ほどまで、全身全霊の殺し合いをしていた二人の超越者は、銀の悪竜という災厄の前に、言葉も必要なく協力を決めたのだ。


『でも、この下郎の方はほとんど死んでいるわ――残念、私を止めるには足りていない』

「ぐっ!?」


 されど、それでも二人の超越者が満身創痍であることは変わらない。

 魔王はほぼ死にかけ――否、まだ死んでいないだけ。死期を気合で伸ばしているだけで、後数分も経てば何もせずとも死に絶えるだろう。

 トーマは既に全ての魔力を使い果たし、今は魂を絞り上げるような無茶を重ねて無理やり銀の悪竜に対抗しているのみ。

 ――――倒せない。

 紛れも無い事実として、今の二人の超越者では銀の悪竜は倒せない。


「魔王様、自分の不手際は自分で取り返させてもらうよ」

『あら?』


 大魔導士フェイスが遺した保険、もう一つの予備の肉体が起動していなければ。


「頼むぞ、フェイス。黄泉路を行く前に、我は無粋な乱入者を滅ぼしたい」

「あははっ、滅ぼすのは難しいですね! でも、まぁ、邪魔してやる程度は!」


 魔王とフェイス。

 共に死が決定した者同士の足掻きは、銀の悪竜に三秒間の拘束を与えた。

 三秒。

 そう、死に体ながらも超越者と魔王軍の幹部が命を賭けても、その程度の時間しか稼げない。

 それこそが、銀の悪竜が持つ絶対的な力の証明。

 超越者すらも凌駕する、世界の破壊者としてのポテンシャルだ。

 たとえ、僅かな時間を稼いだとしても、それは無為に還ることだろう。


「来て早々だが――――終われ、銀の悪竜」


 この場に居るのが、かつて銀の悪竜を撃退したトーマでなければ。


『ふ、ふふふっ!』


 銀の悪竜は微笑む。

 目の前に迫り来るトーマの魂が込められた一撃を前にして、微笑む。

 たった三秒。

 けれども、その間に己の命に迫りうる一撃を放つトーマに賞賛の笑みを向けて。


『そうね、楽しいことは長く続いた方がいいもの』


 トーマの一撃を受けた。

 銀の悪竜の魂を砕く一撃を、あまりにもあっさりと受けた。

 ――――直後、銀の悪竜が爆散する。


「んなっ!?」


 肉体、精神、魂、それらがばらばらに世界各地に飛び散って行く。

 倒したが故の結果ではない。

 銀の悪竜は己の魂を砕くほどの一撃すら利用して、この世界に何らかの災厄をばら撒くという選択肢を選んだのだ。


「…………くそっ」


 トーマは倒した実感を得られなかったことに、悪態を吐きつつ倒れこむ。

 いかに超越者と言えども、何度も限界を超えた反動は凄まじい。

 全身を虚脱感が襲い、やがて意識も強制的に闇へと落ちる。


「んじゃあ、幕引きということで。僕らはお先に」

「我が好敵手よ。後は頼んだ」


 落ちる寸前、自らが倒した敵対者から、別れの言葉を告げられて。

 それが、王国を波乱の渦に叩き込んだ戦争の終わりとなった。

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