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第139話 戦争の終わり

 ミーナは、全身を鎖で雁字搦めにされた状態で地に付していた。


「ぐ、ぬぬぬ……」


 既に、魔力は欠片も残っていない。

 王都周辺の大地を埋めるほどの魔物の大群は、今では一匹残らずに駆逐済み。


「終わりよ、統率者ミーナ」


 対して、ミーナを見下ろすメアリーの姿は五体無事。

 魔力も体の隅々まで漲っている。

 従える魔物は、誰もが覇気を放つS級最上級のものばかり。

 つまりは、ミーナはメアリーに完全敗北していた。


「こ、こんな馬鹿なことが……私は魔王様から盟友である魔物を託されたというのに……」


 ミーナの作戦に問題は無かった。

 王都の襲撃計画。

 多少の策で覆りようがないほどに、圧倒的な魔物の数で押し潰すというもの。

 そして、統率者であるミーナを狙う者には、魔王から預かったS級最上位の魔物たちで対抗。魔王のように的確な指示は出来ずとも、どうにか王都を滅ぼすまでは誤魔化せる――そのはずだったのだ。


「ミーナ、貴方は強い。間違いなく強かった。だけど、私はいつか、あのトーマの隣に並び立つ存在なの」


 けれども、メアリーが居た。

 メアリーが従えた強力な魔物たちが、魔物の大群を一掃。

 魔王が従えていたS級最上位の魔物たちも、手持ちの仲間たちと共に討伐。

 激闘を経て多少の消耗はあれども、メアリーは完膚なきまでにミーナを叩きのめしていた。


「私もいつか、トップテイマーのように超越者となるわ。そのためには、貴方程度に躓いてはいられない」

「ぬ、う、う……これがメアリー・スークリム。テイマーの申し子でありますか」


 ミーナはしばらく身動きが取れない状態でメアリーを睨んでいたが、やがてふっと苦笑と共に力を抜いた。


「――――見事であります」


 素直に称賛の言葉を口にして、観念したように語り出す。


「ただ、あるがままの性質のまま戦った私よりも、あるがままの性質すら超越する勢いで成長していた貴方の方が強かった。敗因はきっと、それだけであります」

「へぇ、殊勝な態度ね? それで、何を企んでいるの?」

「企むだなんて、そんな」


 メアリーの問いかけに、ミーナはにやりと不敵に笑みを浮かべた。


「今更、私が何をしたとこで封殺されるだけ。無駄な足掻きであります。故に、私がこれからやるのは単なる後始末――――魔王様、万歳!!」


 そして、次の瞬間、ミーナが叫んだキーワードに従い、胸元に仕掛けられた小型爆弾が、後始末としてミーナ自身の肉体を吹き飛ばそうとして。


「……あれ?」


 しぃん、と何も起こらなかった。

 正確に言えば、胸元に仕掛けていたペンダント型の爆弾は確かに起爆した。


「ふぅ、つまらない小細工ね」


 だが、それはメアリーの転移魔術により、王都よりも遥かに離れた場所に飛ばされていたのである。


「統率者ミーナ。今更、勝手に死ぬことは許されないわ。敗軍の将としての責任を取りなさい」

「……さらし首か、爆散の違いに何か意味でも?」

「意味はあるわ。だって、卑怯じゃない? 今まで散々好き勝手した癖に、死に際も責任から逃げて勝手に自爆するなんて」


 メアリーはミーナをどこまでも冷たい視線で見下ろして、とどめのように言う。


「もっと苦しんで死になさい。それが貴方の責任よ」

「…………まったく、辛辣極まりない人でありますね」


 鎖で雁字搦めのミーナは、深々とため息を吐いて、今度こそ抵抗を止めた。

 抵抗を止めて、ただ、最後に一言だけメアリーに言い返す。


「ちなみに、私程度に手こずっているようでは、超越者には程遠いであります」

「……わかっているわ、それぐらい」


 ミーナとメアリー。

 どちらも超越者の想い人を持つ少女二人の戦いは、こうして決着が付いた。



●●●



 剣鬼マサムネは、卓越した達人である。

 その技量は格上である超越者にすら通じるほど。

 しかし、それはあくまでも技術の極致で怪物に挑む――人間の範疇ということに過ぎない。

 血を流し過ぎれば死ぬ。

 致命傷を受ければ、動きが鈍る。

 常人を遥かに超える強い意志力を持っていたとしても、物理的な欠損を補えるだけの膨大な魔力も持ち合わせない。


「追い詰めたぞ、剣鬼!」


 そう、つまりはセラから痛恨の奇襲を受けた時点で、マサムネの敗北は約束されているようなものだった。


「く、かかか……どうにも、多勢に無勢とはこのことですかい」


 マサムネは今、セラを筆頭とした騎士団に囲まれていた。

 先ほどの死闘により、既に四人の脱落者は出ているが、それでもマサムネを休ませることなく、連携で断続的に戦い続けることにより、確実に体力を削り、技の冴えを奪ったのだ。


「油断するな、皆! 手負いの獣が一番怖い! 陣形を乱さずに囲み殺す!」

『『『了解』』』


 騎士の囲みに隙は無い。

 セラが振るう聖剣の守りは、今のマサムネでは崩し切れない。

 そして、既にマサムネの体から抜け出て言っている血液の量は限界に近い。

 このままでは、戦いに敗れるよりも前に、セラの奇襲で受けた傷により出血多量で死んでしまうだろう。


「ああ、こいつは仕方がありやせんねぇ」


 けれども、そんな窮地でありながらもまだ、マサムネは笑みを浮かべていた。

 笑みを浮かべて、腰に下げた魔剣――もう一つの物を使う。

 『殺し過ぎて』あまりにもつまらないが故に、自主的に使うのを封じていた魔剣を。


「万象毒せ、『ニーズヘッグ』」


 マサムネは抜刀する。

 毒々しい紫色の刀身を曝け出す。


「――っ! 総員、退避ぃー!」


 直後、セラは己の直感に従って即座に自分と共に騎士団を下がらせた。

 そして、その選択は正解だった。

 マサムネの魔剣、ニーズヘッグは一振りするだけで紫色の煙を周囲に充満させたのだから。


「ぐ、がっ!?」

「ぎっ!? 対毒装備に切り替えろ!」


 紫色の煙は猛毒である。

 いくら精鋭の騎士団とはいえ、ほんの僅かに吸っただけでも重篤な症状を起こすほど凶悪な性能だ。


「吹き飛べぇ!」


 セラは聖剣を振るい、暴風の如き剣圧で毒を吹き飛ばす――だが、その煙が晴れた後に、マサムネの姿は無い。


「…………くそっ!」


 逃げられた。

 あと一歩のところまで追い詰めたというのに逃げられた。

 その事実を知ったセラは、死者ゼロ人で剣鬼を撃退という偉業すら誇る気になれず、荒々しく己の聖剣を地面に突き立てたのだった。



●●●



 戦況は変わる。

 戦争は終わる。

 魔王軍の戦力は次々と討ち取られるか、撃退、あるいは無力化されていく。

 そして、トーマが魔王に勝利した時点で、既に大勢は決した。

 たとえ、満身創痍だったとしても、今のトーマを止められるだけの戦力を持った者は魔王軍に存在しない。

 従って、魔王軍の敗北は決定した。

 一人の英雄の怒りと憎悪が骨子となって組み上がったテロリスト組織は、ここに終焉の時を迎えたのである。


 ――――ぴしり。


 故に、ここから先は蛇足。


 ――――ばき、ぴしぴし。


 最悪の余分。

 魔王軍と王国の戦いを台無しにするような災厄。


「む、なんだ、これは…………まずい! フェイスの死体を消し飛ばすぞ、貴様ら!」


 それは大魔導士フェイスの死体がひび割れることから始まった。

 まるで、さなぎが蝶に羽化するかの如く死体が割れ、そこから空間の歪みが発生し始めたのである。


「異世界との接続を確認! まずいねぇ、それ! 何かを異世界から娼館しようとしている!」

「魔王軍の最後の足搔きでしょうか!?」

「いや、吾輩の勘がだが、違う気がする……くそっ。通じない! 吾輩の固有魔法が、空間の歪みに届かない! あれは『魔力ではない何か』のエネルギーを使った現象だ!」


 空間が歪み、死体からひび割れが拡張する。

 ここではないどこかと接続される。

 歪み、開いていく空間からは、S級魔物たちですら怖気を感じるほどの『何か』の気配が這い出てきているかのようだった。


「くそっ。なんだ、これは!?」


 アゼルは【原初の黒】として、長い時を生きていた。

 その間に、様々な強者、恐るべき怪物、邪悪な知性を見知っていた。

 だが、たった今、目の前の空間から出てくる『何か』は、アゼルの経験則を凌駕するだけの悍ましさを溢れさせていた。


 ――――ばきんっ。


 そして、三体の魔物の奮闘も虚しく、空間は『門』として完成し、一つの存在を招き入れる。


『久しぶりに会いに来たわ』


 【銀の破壊者】。

 【放浪する悪竜】。

 【終わる世界のマクガフィン】。


『さぁ、トーマ。あの時の続きをしましょう?』


 世界を滅ぼす災厄。

 銀の悪竜が今、再びこの世界に顕現した。

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