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第136話 大魔導士の終わり

 フェイスは卓越した魔術の腕を持つウィザードだ。

 大魔導士を名乗っているのは伊達ではなく、王国内に現存する全ての魔術を習得している。

 その中でも特に得意とするのが、空間魔術。

 空間を操り、転移し、歪め、軋ませる。

 フェイスの前では、千里を越える距離も一跨ぎに過ぎない。

 堅牢を誇る城塞だろうとも、果実を切り裂くように割って見せるだろう。

 その実力は優に、S級を越えている。

 超越者には手を届かないにせよ、一騎当千に相応しい規格外である。


「はぁ、はぁ、はぁっ……まったく、最悪の相手だ」

「魔術師どもにはよくそう言われる」


 それほどの力を持ったフェイスが今、膝を着いていた。

 眼前に立つアゼルに屈するかのように。


「落ち込むなよ、大魔導士。これはいわゆる相性という奴だ。貴様ら四天王には、吾輩も一杯食わされたことがある。真体でありながら、体の自由を奪われたこともある。格上であるはずの吾輩が、何もできずに屈したのだ――ああ、見事だと言うしかない『特性』だったぞ、あの統率者のフェロモンは」


 アゼルは未だ、真体を解放していない。

 否、出来ない。

 魔王城内という限られた戦闘空間では、アゼルは実力を出し切ることは出来ない。

 けれども、それが、アゼルがフェイスに負けることには繋がらない。


「だから、今回はそれが逆になったというだけの話だ。貴様にとって――否、ありとあらゆる魔術師にとって、吾輩は天敵なのだからな」

「――っ!」


 息を飲み、奮起と共にフェイスは無詠唱で魔術を発動。

 アゼルの周囲の空間を裂き、魔王城外へと追放しようと目論む。


「無駄だ」


 しかし、それらの空間の裂け目は、アゼルが手を振るった次の瞬間、黒く塗り潰された。

 まるで一枚の絵を黒の絵の具で上塗りしたような光景だが、それはすぐに消え去る。

 何故ならば、空間魔術そのものが、アゼルが塗り付けた黒によって消し去られてしまったのだから。


「如何なる魔術であろうとも、それが魔力に由来するものであるのならば、吾輩の固有魔法はそれを消し去る」


 アゼルの固有魔法である【黒】は、あらゆる魔術を塗り潰す。

 どれだけフェイスが卓越した魔術を使おうとも、その【黒】を塗られてしまえば、驚くほど簡単に効果を失ってしまうのだ。


「だよね――知っているさ!」


 だが、フェイスはそんなことは承知とばかりに次なる魔術を発動させる。

 最速の発動にして、最速で効果を発揮する魔術を次々と放つ。


「だけど、魔術によって動かした結果まで消え去るわけじゃない!」


 フェイスの手元から、次々と空間が弾ける衝撃が放たれる。


「ふむ」


 アゼルはそれに対して迷うことなく【黒】を使うが――止まらない。

 空間が弾けた衝撃は、勢いが削られることも無くアゼルを襲い続ける。


「なるほど。空間を弾く時だけ魔術を扱い、後は魔術で制御された攻撃ではなく、単なる余波、結果に過ぎない、と」


 空間の衝撃波を、暴風を纏うことによって相殺。

 アゼルはにぃ、と好戦的な笑みを浮かべた。


「面白い。そのような工夫は大歓迎だ。少なくとも、単純なる力の差でねじ伏せられるよりはよほど面白い」


 かつて一人の人間――もとい、超越者に敗北したことのあるアゼルは油断しない。

 フェイスが自分を殺しうる可能性のある強者として警戒し、固有魔法と暴風を操る権能を同時に扱い、常に一定の距離を保って攻撃を続けている。


「そして、これは忠告だが――――吾輩だけに対処し過ぎるのも良くない」


 だが、この場に居るフェイスの敵対者はアゼル一体だけではない。


「撃ち殺します」


 無音の銃声と共に放たれるは、魔力を圧縮して弾丸を象った魔力弾。

 撃ち込んだのは、こんな決戦の時でもメイド服を手放さないプロ意識を持った生物兵器。

 竜殺しを目的に作られた生物兵器であるイオリは、奇しくも竜と共同戦線を敷きながらフェイスを追い詰めようとしていた。


「ああもう、黒竜が正面に居なければ、空間魔術で回避できるのに――防ぐしかないなんてね。しかも、なんかあのメイドさんの攻撃、やたらと僕と相性が悪いんだけど?」


 イオリが放った魔力弾は、着実にフェイスのリソースを削っていた。

 空間魔術による回避は、不可能。

 何故ならば、フェイスの眼前にはアゼルが居る。あらゆる魔術を塗り潰す【黒】を扱うアゼルが居る。下手に空間魔術で開被しようとして、その途中で【黒】を受ければ、魔術の失敗で魔力弾をその身に受ける以上のダメージになってしまうだろう。

 故に、フェイスはイオリの攻撃を受けるために、何重にも重ねた魔力障壁を一瞬だけ生成し、その役割を終えたのならば、アゼルによって塗り潰される前に消し去ると言った離れ技で対応していた。

 だが、そのような曲芸はいつまでも続かない。


「ああ、くそっ!」


 どんな理屈によるものか、イオリが放つ魔力弾は、イオリが込めた魔力分の威力以上の効果をフェイスに対して発揮していた。

 幾重にも魔力障壁を重ねようとも、イオリの魔力弾は容易くそれを砕く。

 砕いた後も、貪欲にフェイスの血肉を貫かんと進んで行く。


「何か、トリックでも? いや、違う。撃ち込んでいる奴自身も驚いているね。つまりは、僕と彼女で何かしら偶発的に噛み合う部分でもあったのかな? やれやれ」


 冷や汗を流しながら、フェイスは肩を竦めた。

 その最中も、アゼルをけん制し、イオリの弾丸を受ける――否、弾いて受け流すことも忘れない。

 何の因果か、天敵と相性の悪い魔物が二体揃っているというこの状況で、それでも何とか耐え凌ぐ様は、仮面越しながらも鬼気迫るものを感じざるを得ないものだった。


「さぁて、完成」


 しかし、それでも限界はある。

 終わりはやってくる。


「トーマの戦闘データを盛り込んで作った、英雄型のスケルトン。どうぞ、味わってー」


 攻撃を耐え凌ぐフェイスの眼前に、三体のスケルトンが召喚される。

 無論、ただのスケルトンではない。

 優れた研究者であり、恐るべきリッチーであるシラサワが、超越者であるトーマの協力の下、作り上げた最高傑作のスケルトンだ。


「――ぐっ!?」


 その動きたるや、スケルトンでありながら速度特化のA級魔物にも並ぶほど。

 接近戦だけならば、S級魔物に匹敵するほどの攻撃力を見せていた。


「あははははっ! いずれ、この英雄型のスケルトンも、量産できるようにしちゃおうぞー!」


 スケルトンは一息する間も与えず、フェイスの懐に飛び込んで攻撃している。

 拳は容易く魔力障壁を打ち砕いて。

 蹴りは魔術によって幾重にも強化されたフェイスの防御を貫いて。

 まるで達人のような動きで、フェイスを追い詰めていく。


「このままじゃジリ貧で死ぬ――――だったら!」


 アゼル、イオリ、シラサワ。

 三体の魔物の猛攻は、後一分もしない間にフェイスの息の根を止めるだろう。


「せめて、僕と一緒に死んでもらおうかぁ!」


 故に、フェイスは決断した。

 生き延びて勝利することを諦め、トーマの仲間三体を道ずれにすることを選んだのである。


「【滅びの鐘よ、鳴り響け!】」


 ごぉおおん、と重厚な鐘の音が鳴り響く。

 けれども、その音の正体はフェイスによる空間魔術による余波だ。

 鐘の音が鳴り響く度に、空間はひび割れる、空間は軋む、空間は歪む。

 まるで、空間そのものが破壊されるかのように。


「それは通さん!」


 空間ごと破壊されてしまえば、流石の【原初の黒】も一たまりも無い。

 だからこそ、即座にアゼルは【黒】で壊れゆく空間を塗り潰さんとする。

 ――――フェイスが想定した通りに。


「【無尽の泥よ、在れ】」


 自滅覚悟の大魔術と同時に、フェイスは異なる魔術も発動させた。

 それは本来、無尽に泥が溢れて対象を溺れさせるというものだが、今回の狙いは違う。


「ちぃっ! デコイか!」


 塗り潰すという過程を経なければ、【黒】はその効果を発揮できない。

 その弱点を看破していたフェイスは、無尽に湧き出る泥によって、アゼルが放つ【黒】を全て絡め取った。

 当然、【黒】によって無尽の泥は塗り潰される――だが。


「間に合った」


 僅かに生まれた猶予により、空間を破壊する大魔術の発動は為された。


「魔王様、絶対に勝ってください」


 空間の破壊に飲み込まれる中、フェイスはトーマの手札を削ることができたという確信と共に、小さく誰の下にも届かない遺言を呟いて。



「神器顕現」

「超過発動」

「空間作成」



 三体の魔物が生み出した理不尽が、定められた結末を覆した。


「――――は?」


 アゼルが生み出した大剣型の神器を中心に、膨大な魔力が吹き荒れる。

 イオリが放った超圧縮の魔力弾が、空間の破壊を貫いてフェイスの胸を貫く。

 シラサワが発動した空間作成の魔術が、アゼルの魔力を対価として空間を再構成する。


「あまり、吾輩たちを舐めるな」

「私たちもやられてばかりではないのです」

「正直、即興極まりない魔術だけど、発動して良かったと心底思うよー」


 三体の魔物たちが為した結果に、フェイスは何かを言おうとして――けれども、仮面の下から吐き出さる血液が、それを許さなかった。


「―――ま、お――――さ、ま」


 最後の最後、自分自身が何を言おうとしたのかわからぬまま、フェイスは倒れ伏した。

 これが、魔王を復活させた、最古参の魔王軍幹部、大魔導士の終わりだった。

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