第134話 虐殺者と歌姫
カグラは己の血肉を代償として、魔物を強化することが可能な巫女だ。
テイマーであるよりも、大いなる者に仕える巫女としての能力が高い。
従って、仮に自身の能力を強化するのならば、それは巫女としての能力を高めることに繋がる。より巫女としての属性を高めるため、カグラは様々な修行を己に課し、それを遂げることによって更なる力を得ていたのである。
「さぁ、皆。暴れて」
具体的に言うのならば、それは使役する精霊たちの昇格だった。
『きゃはははっ!』
『きたきたきたぁ!』
『……悪くない』
シルフィード。
ウィンディーネ。
ノーム。
風。
水。
大地。
それぞれの属性を司る精霊は今、神と呼ばれるのに相応しい格へと昇る。
即ち、S級最上位の魔物へと成り上がったのだ。
『切り刻むよっ!』
シルフィードが生み出す風は、どのような名剣にも勝る切れ味を誇る。
城内の壁すらゼリーのように切り裂く風の刃は、まさしく必殺に相応しい。
『飲み込んじゃえ!』
ウィンディーネが生み出す水の塊は、ただの水ではない。普通の水よりも遥かに重さを持った『束縛』の性質を付与された水だ。一度、この水の中に飲み込まれてしまえば、ろくに足掻くことも出来ずに溺れ死ぬだろう。
『潰れ、ろ!』
ノームが生み出した岩石の拳は、まさしく金剛力。
一つの山すら打ち砕くほどの衝撃は、城内に破壊の嵐を生み出した。
「駄目だねぇ」
しかし、その三つの暴威を持ってしても、アラディアには傷一つ付いていない。
「全然なってないよ、クソガキ」
皺の刻まれた顔をにぃと歪めて笑うアラディア。
その体はまるで、煙の如く揺らめいて、どのような必殺も通っていない。
「――っ! 固有魔法!」
その様子に、カグラは気づく。
アラディアが固有魔法というペテンを使って、己の必殺を透かしているのだと。
「だけど、完全無欠な防御なんて存在しない!」
されども、カグラは伊達に四天王の一人ではない。
即座にアラディアへの対策を実行する。
精霊たちの属性を混ぜ合わせ、異なる属性による攻撃をすることで、相手がどのような防御を行っているのか試行錯誤を始めようとする。
「その通り。だけど、いずれ攻略されるとわかっていて、大人しく防御に徹する馬鹿もいやしないよ」
だが、それよりも前にカグラの下に、煙と化した銀狼の牙が迫る。
固有魔法によって気体と化した魔物による不意打ちは、アラディアが得意とする戦法の一つだ。大抵の相手は、この奇襲を受けて『卑怯だ!』などと負け惜しみを言いながら敗北する。
「風を!」
けれども、この奇襲に対してカグラは落ち着いて対応した。
暴風を生み出すことにより、煙と化した魔物の体を吹き飛ばしたのだ。
「私はトーマと戦った。あの馬鹿みたいな強さの超越者と戦った。だから、既に思い知っている。魔物を扱う者自身の脆さを――――思い知ったから、対策している。当然に」
今のカグラに隙は無い。
依然ならば、思うがままに精霊を暴れさせるだけだったが、今は違う。
攻撃を担当する精霊。
防御を担当する精霊。
攪乱を担当する精霊。
精霊にそれぞれ役割を割り当てることにより、自分自身という脆い弱点を克服したのだ。
今のカグラは、精霊に願うだけの巫女ではない。
精霊と共に戦う巫女なのだ。
「奇襲一つで、易々とやられると思わないで」
カグラの攻撃が再開される。
精霊たちの暴威を持って、アラディアの固有魔法を剥がし、その命を終わらせんとする。
「成長ってのは素晴らしいねぇ。たとえ、それが敵対する相手であっても」
精霊たちの暴威の中に、アラディアは笑いながら不死の鶏――ゲイリーを飛び込ませる。
『ギュエェエエエエ!』
『ゴゲッ!』
『グゲギョッ!』
ゲイリーは汚い断末魔を響かせながら、死にながら、次々と分裂していく。
その死体一つ一つを、アラディアの魔術触媒としながら。
「【惑え、惑え。道に惑って、未知を恐れよ】」
S級テイマーでありながら、S級ウィザードであるアラディアは当然の如く、高レベルの幻術も扱える。
相手の五感すらも騙す幻術も。
「ああもう、面倒」
カグラの前に幻術として現れたのは、無数の魔物だ。
ローガンにチャーリー、銀狼に猫精霊の王、二体の魔物が無数に出現し、絶対不可避の攻撃を仕掛けてくる幻術が展開されていた。
「まとめて吹き飛ばす――けど、皆、ほどほどに!」
『『『りょーかい!』』』
幻術の対処は強引極まりないが有効。
幻術も本物も関係ない範囲攻撃により、周囲の空間ごと薙ぎ払うのは安定の対処だ。
「残念だねぇ、クソガキ。アンタにとっては場所が悪い」
ただ、その薙ぎ払う範囲攻撃の威力が抑えられていることに、アラディアは目ざとく気づいていた。
「どうやら、いくら虐殺者のアンタでも、仲間もまとめて殺すわけにはいかないらしい」
「ちぃっ! 戦い方が陰湿!」
「そこは老獪と言いな、クソガキ」
虐殺者の本領は防衛ではない。
単独で戦地に放り込んでの殲滅だ。
故に当然、この場で全力を出すことは難しい。仮に、カグラが全力を出せば、その虐殺は魔王軍にも及んでしまうのだから。
「…………仕方がない」
だからこそ、カグラは覚悟を決めた。
このまま、全力を制限された状態での戦いではアラディアに勝てないと判断したからだ。
「無理を、する」
カグラは呼吸を整え、震える手を握りしめ、それでも確かに始まりの言葉を紡いだ。
「皆――――【我が身に集え、精霊の御力】」
それはカグラ自身が宣言した通りの『無理』だった。
実体のない精霊たち、その三体を自身の肉体に宿し、疑似的な『融合』を果たす。
魔物と人間が混ざり合い、新たなる存在として変貌する。
『融合成功。精霊超人、降臨』
カグラの姿形こそ変わっていないものの、その存在感は異常なほどに増していた。
それこそ、アラディアが体感した限り――――ヨハンのそれに近しいほどに。
「ああ、まさかここまでとはねぇ!」
アラディアは冷や汗が滲む苦笑で対抗。
固有魔法を施した魔物たちで、カグラの息の根を止めんと攻撃する。
『滅びの風よ、在れ』
だが、そんなアラディアの攻撃は、カグラの吐息一つで霧散した。
魔物たちは一瞬で戦闘不能。
自身も固有魔法で防御していても、『黒の暴風』によって吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまった。
『これが真なる虐殺者。人よ、絶望しなさい』
アラディアを一蹴し、見下ろすカグラ。
だがもちろん、これほどの力に何の代償も無いのはあり得ない。
『……っ!』
ぶつっ、とカグラの肉体の一部が弾ける。
トーマや魔王ほど強靭な肉体を持たないというのに、無理に精霊三体をその身に収めた弊害として、カグラは気を抜けば弾けて死ぬ状態となっていた。
従って、圧倒しているように見えてもギリギリ。
限界が来る前に、アラディアを倒して元に戻らなければならない。
だからこそ、カグラは一切容赦の無いとどめの一撃を放とうとして。
「く、くくく……これだから若者の成長は怖いねぇ」
ぴたり、とその手を止めてしまった。
「ああ、『保険』を用意しておいて本当に良かったよ」
何故ならば、殺してしまうからだ。
そのままだと殺してしまうからだ。
アラディアを、ではない
「久しぶり、カグラ」
『…………ぁ』
カグラの前に経った、巫女服姿の黒髪ショートカットの少女。
見覚えのある姿の幼馴染。
「お前を説得しに来たぜ」
こんな状況下でも、呑気な笑顔でサムズアップをかます馬鹿。
『……コトネ、どうして?』
王国南部の歌姫、神がかりのコトネが、この戦場に姿を現していた。
コトネはずっと悩んでいた。
自分に一体、何が出来るのかと。
歌を歌うことは出来る。
人を感動させることが出来る。
けれども、それには限界があることをコトネは音楽祭の時で思い知っていた。
歌が届かない相手も居る。
感動させたところでどうにもならない現実がある。
――――カグラが虐殺者である現実は変わらない。
王国の法に照らし合わせては、極刑どころの話ではない。
道徳的な話でも、カグラは罪に塗れている。
その罪を雪ぐようなことは不可能だ。
誰にでも不可能だ。
ならばいっそのこと、コトネ自身が魔王軍に入ってカグラと共に在るか?
――――不可能だ。コトネの倫理観では、それを受け入れることは出来ない。
コトネはカグラがこれ以上、誰かを虐殺するところは見たくない。
たとえそれが、カグラの意志に反していたとしても。
けれども、だからといってカグラが死ぬところも見たくない。
そんな我儘な想いを抱いた結果、コトネは一つの暴挙に出た。
魔王城に殴り込む精鋭たちの一人――アラディアと交渉して、カグラと直接話せる機会をもぎ取ったのだ。
「カグラ、アタシと一緒に逃げよう。どこまでも、二人で。全部、何もかも放り投げて」
『…………っ!』
そして今、コトネは死が飛び交う戦場に立っている。
幻術でも偽物でもない、流れ弾一つで死に至るか弱い歌姫が、虐殺者の前に立っている。
「今度は、置いて行かないから」
カグラの覚悟も責任も、全てを駄目にしてしまう凶悪な誘いとして。




