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第133話 屍を越えて行け

 死ぬ。

 人が死んでいく。


「舐めんなぁ! 俺たち魔王軍! 寡兵なったとて、全てが死兵!」

「そして、精鋭!」

「越えて行きたければ、貴様らも命を支払え!」


 魔王軍に所属する者たちが死んでいく。

 テイマーたちの魔物に殺されて。

 ウィザードたちの魔術に殺されて。

 殺されて、殺されて、死んでいく。


「進め! 足を止めるなぁ!」

「俺たちの国を守れ!」

「テロリスト集団なんかに、王国の未来を奪わせてたまるかよぉ!」


 王国の精鋭たちが死んでいく。

 テイマーたちが魔導兵器による銃撃によって殺されて。

 ウィザードたちが魔王軍による白兵戦によって殺されて。

 殺されて、殺されて、死んでいく。


「止めろ!」

「進め!」


 魔王軍に王国。

 どちらも譲れぬ信念を持つ者同士、仲間が次々死のうが心が折れることは無い。

 むしろ、倒れ行く仲間の分まで責任を背負い、士気が上がって行く。

 この場で戦っている数は、戦争の範疇では決して多くない。むしろ少ない部類だろう。

 戦争とは呼べないほどに、この場の死者は多くない。

 だが、紛れもなく王国の命運を左右する一戦には変わりなく、互いに引けぬ状況で死者を生み出し続ける状況は、一種の戦場麻薬となって両者の脳を麻痺させた。

 恐怖も、苦痛も、戦いを止める理由にはならない。

 お互い、目標を達成しない限り、最後の一兵になろうとも戦い続けるだろう。


「いやだねぇ、まったく」


 そんな信念と殺意がぶつかり合う戦場を、悠々と魔女は行く。

 S級テイマー三強の一人、アラディアは花を手折るかのように魔王軍の兵士たちの命を刈り取り、魔王城の先へと進んでいく。


「敵でも味方でも、若い者が命を散らすのは馬鹿らしくて仕方がない」


 ため息と共にアラディアは紫煙を吐き出す。

 吐き出された紫煙は、何らかの魔術効果により、魔王軍の視界を塞ぎ、その隙を突いた精鋭たちが次々と敵を殺して行く。


「けれども、仕事だからねぇ」


 野を行くが如く、アラディアは魔王軍の防衛などを意にもかけずに進んで行って。


「ローガン」


 次の瞬間、城内に吹き荒れる暴風の刃を、銀狼のローガンが噛み砕いた。


「やっぱり出てきたかい、クソガキ」

「また会ったわね、アラディア・ヤーガルト」


 血生臭い戦場の空気が、一瞬にして入れ替わった。

 何故ならば、風を支配する精霊の主が、この場に現れたからだ。

 水により、清浄を行える精霊の主が、この場に君臨したからだ。

 大地を揺らす精霊の主が、この場に参上したからだ。


「安心して、今度はきちんと殺してあげる」


 魔王軍四天王が一人、虐殺者カグラ。

 纏う空気はどこまでも清浄でありながら、瞳に宿る殺意はどこまでも深い。

 常人ならば、相対するだけでもその雰囲気に飲まれて、思考を止めてしまうだろう。


「生憎、まだ棺桶に入るにゃあ早いさ」


 けれども、アラディアは「かかか」と愉快そうに笑う。

 虐殺者の殺意すら、微風のようにしか感じていないかのように。

 むしろ、若い者の無謀を受け入れて賞賛するかのように。


「さて、クソガキをしばき倒して泣かせるとするかねぇ」

「老人虐待は気が進まないから、一瞬で殺してあげる」


 精霊の主に、幻想の魔女。

 二つの特記戦力の激突に、先ほどまで殺し合いを繰り広げていた者たちは慌てて退避していく。

 どうやら、戦場の麻薬も、上がった士気も、圧倒的強者たちの激突の前では無意味だったらしい。



●●●



 固有魔法は一種の理不尽だ。

 世界に新しく自分だけの『法則』を作り出す。

 物理法則ほど強固なルールではないが、一般的な魔術では解除不可能。

 一方的に自分ルールを押し付け、圧倒的な優位を得る。

 または、相手の優位を奪い去る。

 それこそが、S級ウィザードたちが習得している固有魔法である。


「はぁ、はぁ、はぁ――ああもう、しんどいなぁ」


 故に、この状況はフェイスが大魔導士を名乗るに相応しいものだった。


「S級複数の相手はいくらなんでも頑張り過ぎだよ、僕」


 フェイスの前に倒れ伏すは、三人のS級ウィザード。

 そのどれもが固有魔法に至り、魔術の極致に位置する者たち。

 されど、フェイスはその理不尽を退けた。

 己が持つ叡智と技術により、三つの理不尽を押しのけたのだ。


「……くそっ。ようやく元の体に戻ったのに、またダメージが」


 しかし、その代償は決して安くない。

 トレンチコートの内側から流れる血液は、何らかの呪いの影響か、未だ止血できていない。

 手足の何本かは、本物ではなく魔術で作り上げた仮初のもの。

 決戦に備えて蓄えておいた魔力も、既に半分を切っている。


「だけど、トーマ・アオギリを魔王様の下に素通しして良い訳が無い」


 だが、それでもフェイスは止まらない。

 部下への指示を更新し、探索特化の部下たちからトーマの居場所を聞き出そうとして。


『フェイス様、お逃げください!』

『来てはいけません、これは罠――があぁあああ!!?』

『くそっ! くそっ! 殺される! ゴミのように殺される!』


 通信魔術で聞こえる殺戮の悲鳴に、思わず顔を顰めた。

 探索特化の部下たちは、その身をもってこれ以上なくトーマの居場所を教えてくれた。

 このまま突っ込めば、フェイスも二の舞になるということも。


「魔王様。貴方の前に辿り着く前に、腕の一本――いや、指の一本でも奪っておくよ」


 それでも、フェイスは躊躇いなく転移魔術を発動させた。

 王座の間の前。

 魔王が居る場所の手前。

 そこでトーマを押し留めんがために。


「あ、来た来たー」

「ようこそ、いらっしゃいませ」

「くくく、盛大に歓迎してやろう」


 しかし、そこでフェイスを迎えたのはトーマではない。

 シラサワ。

 イオリ。

 アゼル。

 トーマの仲間である三体の魔物だ。


「……あー。そりゃどうも。一応訊くけど、君たちのマスターは?」

「「「そこ」」」


 フェイスの問いかけに、三体の魔物は揃って王座の間を指差す。

 どうやら、フェイスの覚悟も虚しく、既に魔王とトーマは相対してしまったらしい。

 指一つどころか、傷一つ負わせることも出来ずに。


「我が身のふがいなさを嘆くか。それとも、君たちというリソースを裂かせたことを誇るべきか。悩ましいね、これは」


 仮面の奥で苦笑を浮べ、フェイスは三体の魔物と向き合う。

 S級の魔物――しかも、トーマの下で鍛えられた魔物たちと相対する。

 戦えば、勝てるかどうか保障は無い。

 仮に勝てたとしても、魔王の支援に行けるほどの魔力は残っていないだろう。

 つまりは、どう足掻いてもフェイスは魔王の下は辿り着けない。

 なんて無様だと己を笑いながら、それでもフェイスは魔術を編み上げる。


「ちなみに、君たちはトーマ・アオギリにとっての人質になるかな?」

「その場合、貴様らは即座に全滅すると思うが?」

「…………あー、固有魔法! くっそ、理不尽だなぁ、あいつ!」


 そして、アゼルの塩対応を受けて、フェイスは改めて自分が置かれた状況を思い知った。

 四天王であろうとも、大魔導士であろうとも、既に戦況を左右できる立場ではないのだと。



●●●



 魔王城に於ける王座の間は、古めかしい造りになっていた。

 時代で表すのならば、数百年前。

 まだ神人が人類の管理者だった頃の意匠だ。

 王権神授説。

 権威に神秘性を付与するため、神聖かつ厳かな空間となっていた。


『来たか』


 そんな神聖さも、厳かさも、全て吹き飛ばす覇気が、玉座から発せられた。

 玉座に座するは、漆黒の全身鎧を身に纏った超越者――魔王。

 傲慢不遜に足を組み、覇者として勇者の登場を待ち構えていたのだ。


『来たか、トーマ!』

「来たぜ、魔王」


 されど、魔王に挑む勇者――トーマが纏う覇気も、まるで劣っていない。

 ただそこに在るだけで他を圧倒し、根源的な恐怖を思い出すような威圧。

 紛れもない超越者としての存在感を隠すことなく、トーマは魔王と相対した。


『不思議な気分だ。宿願のため、邪魔で仕方がないはずのお前を、我は待ち望んでいた』

「俺はさっさとお前を殺して、テイマー業に戻りたいよ」

『ふっ、つれないな』

「生憎、俺には待ってくれている幼馴染が居るんだ。お前の馬鹿に付き合っていられないのさ」

『そうか、それは残念だ』


 魔王とトーマは言葉を交わす。

 気安く、まるで旧友のように。


『若人の恋を一つ、引き裂いてしまうのは残念極まりない』

「はっ! 散々殺して回った奴がそれを言うかよ!?」

『言うとも。何故ならば、我は強い。強い故に、その権利がある』

「まったく、言論が原始的脳筋過ぎてどうしようもねぇぜ!」


 されど、言葉を交わしながらも敵意はぶつかり合っている。

 互いの威圧が空間を軋ませるほど、二人の超越者は敵意をぶつけ合って。


『さぁ――』

「――始めるか」


 火薬が弾けるように、敵意が殺意に変わり、殺し合いが始まった。

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