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第131話 勇者たち

 アルスは理解している。

 この戦いは『王』を獲った方が勝ちなのだと。

 無論、これは極論である。

 いくら『王』が残っていたとはいえ、アルスの場合、魔王軍に対抗できる戦力が根こそぎ潰されたのならば、それは敗北に等しい。

 一方、魔王軍は魔王が残っているのならば勝率は残る。

 どれだけ不利な状況下でも、逆転の一手を打つ可能性がある。

 それが、魔王やトーマ、ヨハンなどが該当する超越者たちなのだ。

 ただし、そんな超越者たちも無敵であるわけではない。どれだけ規格外の戦力でも、戦えば疲弊し、心身は削られ、戦闘能力も落ちる。

 仮に、魔王だけが残ってしまった状況になったとしても、それは即ち魔王にとっての絶体絶命を現す状況に他ならず、敗北とまでは言えないが圧倒的に劣勢だ。


 故に、『王』を獲らなければならない。

 アルスを討てば、王国の命令系統は失われる。秩序は崩壊し、地方と中央の分裂が発生し、群雄割拠が発生するだろう。

 魔王を討てば、魔王軍は崩壊する。魔王軍は、魔王一人のカリスマによって組織として成り立っているようなものだ。魔王が死ねば、後は勝手に散って行くことだろう。

 だからこそ、アルスと魔王は奇しくも似たような手を打った。


 ――――防衛と暗殺。


 要所だけ防衛し、『王』を討つための暗殺の戦力を向ける。

 戦力の配分や、防衛と暗殺に分ける戦力の比重は分けつつも、二人の王は同じ思考に至っていたのである。

 従って、これから起こる決戦の舞台は二つ。

 王国中央部――王都と、王国西部――魔王城。

 ここが戦場となる。

 ただ、それは少し先の出来事。

 今はまだ、決戦前の猶予がある時間帯だった。



●●●



「…………ちっ」


 ジークは不機嫌に舌打ちをした。

 その理由は、王都を守護する防衛戦力として、強制的に招集されたからではない。

 むしろ、それは望むところだった。このまま東部の学園にもどって、大局に関わらずに過ごすよりも、戦火で己を鍛えた方がマシだった。

 従って、機嫌が悪い理由は別にある。


「…………」


 ジークの視線の先には、防衛戦力として招集されたS級テイマーの集団があった。

 S級テイマーたちは情報を交換し合い、来るべき決戦の時に備えて、英気を養っていた。まだ無事な王都の一角、かつて飲食店だった場所を臨時の拠点として利用しながら。

 かくいうジークも含めたA級テイマーもまた、S級と同じ場所を拠点としていたわけだが、別に待遇に差があるわけでもない。仮にあったとしても、その程度のことではジークは不機嫌にならない。

 従って、機嫌が悪い理由は別にある。

 ジークの視線の先、S級テイマーの集団の中の一人。

 かつてはS級トーナメントにも出場し、強敵たちと鎬を削っていた古豪のS級テイマー。

 ――――どことなくジークと似た面影のある中年男性。

 そう、ジークの父親がこの場に居ることが、ジークの不機嫌の原因だった。


「…………落ち着け」


 ジークは燃え滾るような憎悪を吐き出し、何度も己自身に自制を言い聞かせる。

 今、この場で父親に食って掛かるのは論外。

 何せ、非常事態だ。決戦前の準備時間だ。そんな時間に個人的な感情で揉め事を起こす者が居たのならば、周囲のテイマーたちはそいつを袋叩きにするだろう。ジークだってそうする。

 だからこそ、この場は我慢するのが最善。

 折角、テイマーとして昇級を続けてきたのだ。

 今までの功績をむざむざ捨てるような真似をするなど、愚かの極みだ。


「落ち着け、落ち着け、落ち着け……っ!」


 しかし、誰もが合理的に動けるのならば苦労はしない。

 ジークの中で燃え滾る憎しみの炎は今、ジーク自身も制御できない衝動として、口の中から吐き出されようとして。


「なーに、緊張してるのー!」

「ごぶぁ!?」


 突如として、横から突撃を食らわせたナナによって、強制的に停止した。


「おごごご……」


 ついでにジークの意識が一瞬、停止しかけた。

 トーマの姿を参考にして、日々自身の肉体強化に努めてなければ、間違いなく気絶していたほどの威力だった。


「ナナ、お前、いきなり何を――」

「大丈夫」

「あ?」

「大丈夫だよ、ジーク」


 何を勘違いしたのか、ナナはジークの手を握って微笑んでいる。

 だが、その唇は震え、どこかナナの顔色も青白い。


「…………悪い、気を遣わせた」


 そんなナナの様子を見て、ジークは改めて今の状況を思い知った。

 魔王軍との決戦前。

 王国の最大戦力だった、トップテイマーのヨハンは離反。

 いつも理不尽を砕き、場に勝利をもたらしてきた超越者のトーマはこの場に居ない。魔王を討つため、魔王城の前まで移動済み。


 ――――既に、絶対安全なんて保障は消え去っている。


 魔王を殺すための戦力を差し引いて、残った分の戦力が王都には集まっている。

 けれども、相手はあの魔王軍だ。

 突出した戦力の持ち主が何人も所属しているテロリスト組織だ。

 勝てるかどうかわからない相手だ。

 その上、勝てたとしても『勝利の犠牲』として、死ぬ可能性は十分以上にあるのだ。


「ううん、そんなことないって。私も超不安。いやぁ、戦い始めればこう、ね? いっそのこと吹っ切れるんだけどね? こういう、中途半端な待ち時間って余計な事を考えちゃうの。ほんと、参っちゃうよ」


 あはは、とどこか気弱に笑うナナは十分な実力者だ。

 ジークもまた、テイマー全体の中では上位に入る実力の持ち主だろう。

 けれども、そうであったとしても、魔王軍と戦って死なないほどの自信を持つには、まだ何もかもが足りていないのだ。


「同感だ。俺も『余計なこと』を考えていた」


 ナナの姿を見て、強がりの言葉を聞いて、ジークはようやく冷静さを取り戻す。


「だが、お前のおかげで目が覚めた。感謝する」

「そう? ふふっ、だったら、後で人狼のルガー君をもふらせてね?」

「…………頑張って交渉してみよう」

「やったぁ」


 復讐心と憎悪を冷たい理性で沈めて、ジークは薄く笑う。

 恐怖心と焦燥を強がりの虚勢で誤魔化して、ナナは喜んで見せる。

 二人の新人テイマーは互いの不足を補い合い、来るべき決戦に向けて備えていた。


「はぁっ、はぁ! あ、憧れのあの人がすぐ近くに……くそっ! 勇気を出せ! 今こそ、成長した姿を見せるんだよぉ!」


 なお、いつもの面子の残り一人であるヴォイドは、かつて遭遇した憧れのテイマーを前に、憧れを拗らせて奇行を晒していた。

 どうやら、他の二人よりもヴォイドはかなり精神が図太いというか、少々馬鹿をやらかしていたらしい。



●●●



 魔王城は飛行を再開した。

 既に、復帰させられるだけの戦力は復帰済み。

 魔王城の護衛として飛行する魔物たちも、新しいものを未開拓地から確保済み。

 魔王城の周囲には、転移防止の結界を展開。それだけではなく、外部からの攻撃を防ぐための強固な結界も敷くという二重構造。

 更には、魔王城の外周には、以前に奇襲で痛手を負った精鋭部隊が配置されていた。

 今度こそ、奇襲による横槍を許さないために。


『時間はかかってしまったけれども――――さぁ、侵略を再開しよう』


 魔王城から、フェイスの声が響き渡る。

 魔王城の周囲の空域だけではなく、王国全土に拡散するように響き渡る。

 卓越した魔術の仕込みにより、王国全土へと宣戦布告する。

 これから奪い、殺し、滅ぼしに行くのだと。

 当然、未だアーク共和国の滅亡の影響を受けている地方では、魔王軍の侵略に対応しきれない。多くの村や街が、自らの滅びを拒否するため、魔王軍への恭順の準備を始めて。


 ――――キュガッ!!!


 遥か上空から、流星の如く振って来た一条の光が。

 魔王城の二重結界を貫き、その外壁を易々と破壊するその暴威が、侵略の中断を王国全土へと伝わらせてしまった。


『出やがったね!』


 フェイスは素早く王国全土への音声伝播魔術を解除。

 待ちに待ったとばかりに、魔王城へと落ちて来た物体――否、超越者へと敵意を向ける。


『総員、トーマ・アオギリを殺せ!!』


 魔王城に存在する全ての者が、フェイスの声に従って超越者が落ちた場所へと殺到する。

 超越者であるトーマを殺すため、何度もシチュエーションを重ねた作戦を携え、可能な限り早く駆けて行く。

 そして。


「やぁ」

「よぉ」

「こんにちは」

「んじゃあ」

「やりますか」

「殺す」

「いえーい」

「ははははっ!」


 着弾地点に辿り着いた者たちは見た。

 無数に増え続けるトーマという、悪夢のような光景を。


『なんて高度な幻術!? くそ、怯むな! 本物は一人――』


 フェイスは即座に術理を看破したが、時は既に遅し。

 無数のトーマたちは、幻術によって一瞬でも怯んだ者を即座に殺して行き、魔王城の内部へと散って行った。

 魔王城の内部を荒らし回り、本物のトーマの行動を悟らせないために。

 魔王を殺す勇者を隠すために。


『ああもう! 直ぐにこの幻術は解除して見せる! だから、各自はビビらずに対応すること! マジで頑張って!』


 かくして、火ぶたは切られた。

 王国の魔王軍。

 二つに一つ。

 どちらかが滅ぶ決戦が始まったのである。

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