第130話 魔王の過去
それは未だ、この惑星で人類が黎明の時代。
到来した神人たちが、人類の生存範囲を広げるため、様々な計画を進めていた段階。
神人はまず、人口を増やそうと考えた。
卓越した科学技術を持つ神人とはいえ、魔物が跋扈する原初の世界を開拓するためには、マンパワー必要不可欠。
故に、神人は可能な限り優秀な人間を作り出した。
身体能力に優れた人間。
知性に優れた人間。
特異な能力を持つ人間。
万能の性能を持つ人間。
この際、作り上げられた最初の量産型の人間たちが、現代の人間の原型である。
作り上げた人間たちの元になる情報は、神人たちから収集されたものなので、正確に言えば神人が始祖という形になるかもしれないが、血脈の話をするのならば、この被造物である量産型の人間が現代の人間の祖先に当たる存在だ。
神人は量産型の人間たちを使って、開拓を進めた。
量産型とはいえ、神人がデザインした優秀な人間たち。その上、装備には神人が手ずから作り上げた代物を用意しているのだ。
これで流石に失敗は無いだろう、と神人たちは考えていた。
――――竜が現れた。
現代のランクで表すのならば、S級最上位。
災害に等しい力を持った魔物と開拓団は遭遇した。
結果、第一陣となった開拓団はほぼ全滅。
開拓団の中に居た神人たちも、竜の力に抗えずに死亡。
この時、神人たちは己の科学技術が遠く及ばぬ生物が居ることを知ったのである。
ならば、諦めるのか?
遠い宙から、長い放浪を経てようやくたどり着いた新天地。
それを放棄して、再び冷たくて暗い宙で行く当てのない旅を続けるのか?
「あり得ない。それだけはあり得ない」
神人たちのリーダーは決断した。
ありとあらゆる手段を用いた、魔物に対する抗戦を選択した。
これにより、神人たちは倫理のタガを外して、進行中の計画を推し進めた。
そして、その中の内の一つには、このような計画があった。
――――王権神授計画。
量産型の人間たちに、あえて神人たちの知識を刷り込ませない。
一部の指導者以外は、可能な限り『現地民』という形で、いくつかのコミュニティを運営させること。
つまりは、国家運営シミュレーションを現実でやろうとしたのである。
神人たちの先入観を削ぎ、人間の適応力によって、魔物に対する新しいアプローチを得るために。
当然ながら、コミュニティはいくつも滅んだ。
指導者が居たとしても、神人の知識を持たぬ『現地民』たちは数多の行動を誤り、その度に絶滅を繰り返したのである。
しかし、それでも成果は出た。
神人の資源が尽きるよりも前に、成果は出たのだ。
――――パラディアムの字名を持つ指導者が、国家を作り上げる成果を為したのだ。
●●●
ゼノン・パラディアムは戦闘特化型のクローン人間だ。
コミュニティ:パラディアムに於ける二人の指導者の内の片割れであり、『兄』という関係性を与えられていた。
「兄さん、内政は僕に任せて欲しい。兄さんは何の憂いもなく、開拓団を連れて領土を拡大して行ってくれ」
ゼノンの弟、モツギ・パラディアムは知能特化のクローン人間だ。
主に兄の行動を補佐し、コミュニティの繁栄を目指すことを主目的としている。
無論、この兄弟はあくまでも設定に過ぎない。
二人ともクローン人間であり、母親の胎を介さずに生まれた存在だ。
強いて言うのならば、製造の際に参考にされた神人のデータが似通っていたから、兄弟などという設定を与えられたのかもしれない。
何にせよ、神人という創造主からそのような関係値を与えられたのならば、そのように振舞うだけだ。
少なくとも、製造されて間もない内は、そのような機械的な判断で兄弟を演じていた。
「兄さん。確かに巨大な魔物からは多くのたんぱく質が取れますが、処理する手間というものがあるので……え? まだ二体ほど獲った獲物がある?」
しかし、これが意外と上手く嚙み合った。
「ええい、塩! 岩塩! とにかく、岩塩の確保を優先させてください! あの馬鹿兄が干し肉に使うために、在庫の塩を使い切りました!」
ゼノンは強く、周囲をまとめ上げるカリスマがあった。
指導者自ら先陣を切り、魔物を倒して行く様は『現地民』たちに畏れと敬意を抱かせただろう。
モツギは賢く、ゼノンの不足を補うだけの統率力があった。
ゼノンがどれだけ馬鹿な戦果を挙げようとも、どうにかこうにかまとめ上げて。
一人ではどうにもならないからと、『現地民』たちに教育を施す姿は、さながら賢者のように見えただろう。
戦闘力とカリスマのゼノン。
知能と教育力のモツギ。
この二人の兄弟の性能は意外と噛み合い、コミュニティを発展させて行ったのである。
村から街。
街から都市。
都市から国家へ。
コミュニティ:パラディアムはその勢力を増していき、やがて一つの成功例として神人たちに認められるまでになった。
「兄さん、また神人どもから報告書の提出を求められていますよ。まったく、魔物の倒し方なんて、兄さんが合理的に説明できるはずが無いというのに」
国家まで到達したコミュニティは、神人たちから全面的に支援を受けることとなった。
パラディアムの『現地民』が培ったノウハウと、神人たちの科学技術が混ざり合えば、竜にも対抗できると考えたのかもしれない。
だが、神人たちの予想とは異なり、対魔物に対する画期的なノウハウが生まれたが故の発展ではない。
「兄さんだけが、異常に強い。ただ、それだけなのに」
ゼノンという指導者が強すぎただけの話だったのだ。
今まで、発展を阻んでいたような強い魔物を、ゼノンが排除することによって、このコミュニティは発展してきたに過ぎない。
もちろん、ゼノン率いる開拓団は並大抵の『現地民』よりも強くなったし、モツギによる内政はかなり優秀なものだ。
けれども、やはり発展の核となっているのはゼノンの強さなのだ。
――――英雄個体。
最初から性能をデザインされたクローン人間にあるまじき、強さの振れ幅。
魔力の扱いに天性の才能を持つ個体。
それこそが、ゼノンという原初の英雄だった。
「…………兄さん。最悪の知らせです」
しかし、一人の突出した英雄だけで国家が存続できるほど、当時の大陸は甘くない。
「竜が、かつて開拓団を滅ぼした『雷竜』が現れました」
災害は再び、生存域を広げようとする人類を襲おうとしていた。
「いくら兄さんでも、あいつの相手は無理です…………それでも、戦う? ええ、そうですね。兄さんならそう言うと思いました。ならば、提案です。神人が進めていた『超人計画』による強化を受けてください。生殖機能の喪失。寿命の低下。その他、多くのデメリットがありますが、確実に強くなれ…………ああ、そうですね、兄さん、貴方なら迷わないと思いました」
災害の化身である雷竜に対抗するため、ゼノンは多くの代償を飲んだ。
加えて、志願した『現地民』たちも、ゼノンと同じく超人計画による強化を受けることにより、戦力を大幅に増強。
ゼノンを筆頭とした決死隊は、雷竜との戦いに挑むことになったのである。
過酷な戦いだった。
多くの仲間が死んだ。
絶望に次ぐ絶望があった。
だが、それでも。
「…………兄さんならば、成し遂げると思っていましたよ、ええ」
ゼノンは雷竜を討った。
災害に等しい存在を殺して、紛れもない英雄となったのだ。
「兄さんは、そうだ、兄さんはいつも……」
『現地民』だけではなく、神人ですらもゼノンの功績を称えた。
人類初の快挙。
竜殺しの英雄。
その偉業はこれから先に続く人類の歴史に刻まれる――――そのはずだった。
「兄さんはきっと、僕の行動の意味を理解していないのでしょうね」
毒だった。
毒殺が狙いだった。
モツギは偉業を成し遂げたゼノンを労う振りをして、毒杯をあおらせた。
ゼノンだけではなく、ゼノンに付き従う『現地民』――否、仲間すらもまとめて毒殺した。
あらゆる国の内政を掌握していたモツギだからこそ可能な所業だった。
「これは『事故』です。悲しい事故。ええ、あの雷竜の死骸が起こした『転移事故』ということで片づけましょう」
そして、毒に苦しむゼノンと仲間たちを、転移によって未開拓地の奥深くへと飛ばしたのである。
そう、深部も深部。
もう二度と帰ってこないように、と怨嗟が聞こえるほどの長い距離を転移させられたのだ。
当然、仲間は死んだ。
未開拓地の魔物に食い殺されるよりも前に、毒によって殺された。
だというのに、ゼノンは死ななかった。
致死量の毒を受けて、未開拓地の魔物たちに襲われて、それでもなお、ゼノンは生き延びた。
『憐れなる英雄よ。その傷が癒える時まで、静かに眠りなさい』
そして、出会った。
後の仲間となる、【原初の緑】と。
ゼノンが討ち滅ぼしたのと同等の力を持ったエンシェントドラゴンと。
これにより、ゼノンは九死に一生を得ることになった。
ただし、その代償は安くない。
モツギが仕掛けた毒は深くゼノンを蝕み、【原初の緑】の力を持ってしても完治は難しい。
故に、【原初の緑】はゼノンを仮死状態で眠らせた。
長い時間をかけてゆっくり治すため、眠りにつかせたのである。
これにより、ゼノンは弟に対する灼熱の怒りを抱いたまま、長い間、とてもとても長い間、何百年もの時を寝過ごして。
「やぁ、初めまして、古代の英雄。お加減はどうかな?」
大魔導士フェイスによって目覚めさせられたのだった。
これが、英雄が魔王となった始まり。
裏切りの果てに、怒りと共に王国を滅ぼすと誓った男のオリジンである。




