第129話 魔王の望み
王国が戦争の準備を進める中、魔王軍もまたトーマによってかき乱された戦力の回復に努めていた。
「……よし、蘇生成功です!」
「でかした! 早速、リハビリルームにぶち込むぞ!」
トーマに殺された戦力の内、半数近くは蘇生に成功した。
魔王軍に参加した者たちの中には、優れた医療魔術を持つ者も存在しており、トーマの奇襲の時からずっと稼働し続け、失われた戦力を回復していたのである。
ただ、それでも蘇生できない者も存在する。
混戦の最中、トーマが蘇生できないようにと死体に処置を加えたのだ。
これにより、いくら遺体を綺麗に整えたとしても、魂は体に戻ることは出来ない。そのまま、輪廻に還ってしまう。
「しかし、あれだけの精鋭たちがここまで手酷くやられるなんて」
「あの精鋭集団相手に、ただ殺すだけじゃなく、蘇生防止の処置もできるとか。怪物過ぎるにもほどがあるだろうが」
あれだけの混戦の中だというのに、トーマはきっちりととどめを刺せるところには止めを刺していた。その事実が、魔王軍の中で恐ろしい噂として形を成していた。
「魔王様の魔物が蘇生阻害のダメージを負わなかったのは、不幸中の幸いだ」
「ああ。流石の奴と言えども、魔王様との戦いの中で、そんな真似は出来なかったのだろう」
「……」
「……」
「S級最上位の魔物を五体も操る魔王様が、正面から痛み分けになるとか。正直、怪物過ぎるような、トーマ・アオギリ」
「魔王様も大概だが、そんな魔王様と互角以上の奴は何なのだろうな?」
魔王軍の医療魔術師たちは、トーマの被害者の蘇生処理を行いながら語り合う。
それを無駄口と周囲が指摘するには、その二人の技術はあまりにも卓越していた。
「なんにせよ、決戦の行く末を決めるのは、魔王様とトーマ・アオギリだろう」
「同感だ。あの二人は居るだけで、その他を圧倒する」
「即ち、二人が戦って勝った方の戦力が自動的に勝者となる」
「…………まぁ、我らが魔王様を負けさせないために、今こうして、可能な限りの悪あがきをしているんだがな」
「ああ、そうだな。一番、どうしようもなかった時の俺たちを拾ってくれた御恩。今、ここで返さないと」
「まぁ、死んだら死んだで、その時は……先に逝ったお仲間がたくさん居ると思うか」
「馬鹿。死後は普通に輪廻転生だよ」
「ははっ。わかってはいるさ。それでも、『そういうの』があれば怖くはない、なんて思っただけだ」
医療魔術師たちは、互いに苦笑を交わし合って死の覚悟を決める。
今、魔王軍の中では、このような会話が珍しくなかった。
そして、死の可能性がある戦いの直前だというのに、誰一人も離反者や離脱者が発生しなかった。
何故ならば、魔王軍に所属する者たちはほとんど、魔王に対して恩義がある者ばかり。
今更、土壇場で逃げ出すような中途半端な奴など、もうこの場には残っていないのだ。
そう。テロリスト集団ながらも、魔王軍は魔王の名の下に、非常に団結力が強い組織だった。
そして、それは当然、幹部たる四天王も例外ではない。
四天王が一人、虐殺者カグラは魔王城の自室で精神統一していた。
「すぅ、はぁ。すぅ、はぁ」
呼吸を意識的に繰り返し、体中に魔力を巡らせる。
己の意識を希薄にして、世界そのものと同化するように感覚を広げていく。
「すぅ――――よし」
そして、カグラは静かに目を開いた。
何かを会得できたのか、その顔には達成感が刻まれている。
『終わったー?』
『じゃあ、あそぼ?』
『一緒にあそぼ?』
カグラが目を開くと、三体の精霊たちが『かまえ、かまえ』と、猫のようにくっ付いてくる。
「ん、わかった。でも、もうちょっと待って」
『『『えー』』』
精霊たちの頭を撫でて宥めると、カグラは自室の本棚に並べられた本――その内の一つを抜き取り、栞代わりにとして隠していた写真を一つ取り出す。
既に滅ぼした故郷で、カグラともう一人。
幼馴染のコトネが移っている姿の写真を。
「この戦いが終わったら、私が迎えに行くね、コトネ」
カグラは静かに目を閉じ、写真を元の場所に戻した。
「よし、殺そう。たくさん殺そう」
そして、再び目を開いた時には、その瞳には決意と覚悟が宿っていた。
「魔王様と私たちが、過ごしやすい世界を作るために。力ある者の傲慢を振り回してやろう」
虐殺者は殺戮を躊躇わない。
決戦の時も、その力をどこまでも傲慢に振るい、災害の如く敵を滅ぼすだろう。
四天王が一人、剣鬼マサムネは魔王城の裏で一人、刀を振るっていた。
「ふっ、ふっ!」
服装はいつものよれたスーツではない。
極東の辺境に存在するとされている『着物』を纏い、刀を振るっているのだ。
それも上半身をはだけさせ、一心不乱に。
「しぃっ!」
鋭い呼気を吐きながら振るうマサムネの刀は流麗。
音を裂き、空間を断ち、その刃は超越者たちの命にすら届くかもしれない。
「…………駄目だ、これじゃあ」
それでも、マサムネの顔に満足の色は無い。
「こんな形だけの剣技じゃあ、あっさりと避けられて反撃を喰らって死ぬ。トーマ殿、魔王様、どちらであっても同じだ」
マサムネは何度も刀を振るう。
何度も、何度も、何度も、何度も。
想像の中で超越者たちの姿を思い描き、刀を振るう。
「殺せない。この程度じゃあ、殺せない――――なら、小生も壁を超えるしかないでしょうよ」
マサムネの望みである超越者との戦いは、魔王軍と王国との決戦が最大の好機だ。
確実にどちらの陣営も少なくない犠牲が出るような激戦の中でしか、マサムネは己の望みを果たすことが出来ない。
最初にトーマ。
次に魔王。
不遜にも、二人の超越者を殺す夢を現実にするには、この機を逃すわけにはいかない。
「ゆこう。小生も『あちら側』へ」
剣鬼は決戦が始まるギリギリまで、鍛錬に身を費やすだろう。
最低限の義理を果たした後、己が欲望のままに剣を振るうために。
四天王が一人、統率者ミーナは魔王城には居ない。
それどころか、魔王城の付近にも居ない。
居るのは未開拓地の深部。
ベテランの開拓者ですら足を踏み入れない、死の領域だ。
「…………魔王様の馬鹿ぁ」
そんな死の領域に踏み入れているというのに、ミーナの口から出るのはまるで、幼子のような罵倒だ。
「何故、何故、私をお傍に置かずに……いえ、理由はわかるのであります。むしろ、とても期待されているとわかっているのであります。それでも……」
頭を抱えて、ぐだぐだと口から文句を垂れ流す姿は、とてもではないが魔王軍の部下や同僚には見せられない姿だろう。
だが、逆を言えばそれは、そんな情けない姿を見せるだけの余裕があるということだ。
「私はそれでも、魔王様のお傍に居たかったのであります」
ミーナの背後には魔物が居た。
未開拓地の魔物たちが、小柄な女性など一飲みするほどの魔物たちが蠢いていた。
しかし、そんな魔物たちの牙も爪も、ミーナを傷つけない。
何故ならば、既にその魔物たちはミーナの術中にあるからだ。
「…………『準備』を終えるまでに、こんな泣き言は全部吐き出しておかないといけないでありますな」
統率者は乙女のように悩みながらも、ただそこに在るだけで魔物の軍勢を築いていく。
来るべき決戦の際、王国を滅ぼす一手とならんがために。
四天王が一人、大魔導士フェイスは魔王と共に在った。
場所は魔王城の王座。
漆黒の全身鎧のまま、魔王は王座に不遜を形にしたような姿で座っている。
そんな魔王の傍に、フェイスは控えていた。
「魔王様、どうにかこうにか、準備は間に合いそうだよ」
『そうか』
「勝算の方は九割九分を超えるだろうね。まぁ、あのトーマ・アオギリを除いて考えれば、の話だけれども」
『つまりは、全て我の戦いの結果にかかっていると?』
「あの剣鬼が上手くやって、トーマ・アオギリを殺せたのなら…………いや、難しいだろうね。僕の経験上、あの手の英雄は多分、厄介な戦いをショートカットするぐらいの芸当はして見せるだろうから」
『まぁ、仮にマサムネが勝利した場合は、そのまま我との決闘になるだろうが』
「その場合なら、魔王様は絶対にマサムネに勝ちますよ」
『ほう、信頼か?』
「単なる事実なので」
フェイスと魔王は気安く言葉を交わす。
部下も、他の同僚も居ない。
二人だけの空間だからこそ、フェイスと魔王は旧知の間柄を窺わせる気安いやり取りをしていた。
『ふっ、そうだな。ここまであらゆる者を巻き込んだのだ。流石に、その結果が仲間割れからの下剋上では笑えぬ死に様だ』
「そうだよ、魔王様。貴方には果たさなければならない宿願――いや、『復讐』があるだろ?」
『復讐、か。生憎、我の復讐は正当ではない。単なる八つ当たりのようなものだ……だが、そうだな。今更、取り繕うような真似はせん』
くくく、と喉を鳴らして魔王は愉快そうに言う。
『我は王国が、あのパラディアム王国の存在が許せんのだ。我を裏切ったあの男が築き上げた全てを、滅ぼしてやりたいほどに』
「うん、わかっている。だって、出会った時も貴方はそう言っていたから」
魔王の言葉に、フェイスは仮面の下で目を細めた。
「思えば、遠くに来たものだね、魔王様――――いや、今はあえてこう言おうか」
そして、魔王軍の中でも、フェイスと魔王本人以外は誰も知らぬ秘密を口にする。
「かつての英雄、ゼノン・パラディアムと」
漆黒の鎧の下に隠された、魔王の名前を。




