第128話 騒乱の始まり
アーク共和国の滅亡――否、消滅は王国全土へと影響を及ぼした。
「は? 魔王? なんで、魔王が利用していた相手を消滅させるんだ?」
一番多い反応は、不可解。
王国側の発表としては、魔王がアーク共和国を消し飛ばしたというもの。
一応の経緯として、トーマの暗殺は省き、アーク共和国へと降伏勧告をしていたところの出来事だということは伝えてある。
だが、それでも、人間というのは事の詳細を吹き飛ばすような事実に衝撃を受けるものだ。
王都を襲い、カール王を暗殺して見せた魔王。
そんな魔王が一体、何の目的でそんな行動を起こしたのか?
もしかすれば、大量の死者を出すことが条件の魔術でも使って、王国側に害を及ぼそうとしているのかもしれない。などと、推測の域を出ない流言が出てしまうほど。
王国の住民たちのほとんどは、魔王の行動に戸惑いを感じていた。
「…………武威を見せつけるためのパフォーマンスということか?」
次に多い反応は、恐怖。
王国の発表の通り、魔王がアーク共和国の消滅を為したというのならば、魔王はそれだけの力を持った規格外の怪物ということになる。
いくらアーク共和国が急造の、国を名乗るのも烏滸がましいほどの規模しか存在しない反乱組織だったとしても、それを消滅させるということはつまり、禁忌級の魔導兵器にも匹敵するほどの火力を持つということ。
大量破壊兵器にも比肩するほどの破壊力を秘めた個人。
それはもはや、悪夢にも等しい存在だ。
そんな人物が率いる魔王軍と戦うことなど、無謀と言えるのではないか? などと、恐怖のあまり、魔王軍の侵略よりも前から戦意を無くす者たちが現れるのも仕方のないことだった。
「本当に魔王の仕業か? 王国が滅ぼしたのを誤魔化しているだけじゃないか?」
数は少ないものの、立場の高い者たちに多い反応が、疑念。
普通に考えれば、アーク共和国は魔王軍と同調していたのだから、あちらの味方。あるいは協力関係にあると推測が出来る。
果たして、そんな相手をわざわざ滅ぼすために、魔王が出張ってくるのだろうか?
魔王が滅ぼしたと考えるよりも、王国が邪魔者であるアーク共和国を滅ぼしたと考えるのが妥当ではないか?
しかし、そうなると王国は反乱組織とはいえ、虐殺を許容したことになる。
中には女子供も居ただろう。
それすらもまとめて全部殺して、非難を受けないために魔王へと全ての咎を押し付けたのではないか?
そして、王国は今後もそういう行動を――――中央の意志に反する者たちを滅ぼすことを躊躇わないのではないか?
透明な毒のように、アーク共和国が消滅したという事実は、王国全土へ浸透する。
不可解、恐怖、疑念。
その他、ありとあらゆる考察を王国の住民たちに押し付けて、騒乱を招く。
「無理だ! あんなことが出来る怪物に勝てるわけがない!」
魔王の力に恐怖し、最初から抵抗を諦める者。
「王国は真実を開示しろ!」
アーク共和国の消滅は王国の陰謀だと決めつけ、抗議行動を起こす者。
「……魔王軍へと密かに通じられないか?」
自分の管理する領民を守るため、魔王軍への内通を始めようとする者。
「今、王国が動かせる戦力はどれだけある!?」
発破をかけられたように、戦争の準備を急ぎ始める者。
――――とにかく、何かをしなければならない。
沈没する船から逃げ出すネズミたちのように。
あるいは、地震の前に飛び立つ鳥たちのように。
強大過ぎる力の行使に、王国の住民たちは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
●●●
「やられた、か」
王城の執務室で一人、アルスは重々しく言葉を吐き捨てた。
「アーク共和国とヨハンとの同盟。それが成れば、こちらの優位で魔王軍との戦争を進められるはずだった。独立した勢力を上手く制したという事実があれば、地方の動きも抑えられるはずだった。いや、上手く回れば地方から戦力を集めことも出来たはず……だが」
がりがりと灰色の髪をかき乱し、思考を回す。
「魔王の一手。アーク共和国の崩壊が、こちらの動きを鈍らせた。魔王は即座に余分を切り捨て、こちらに対する毒を撃ち込む一手とした。忌々しいが、苦し紛れの策略にしては、随分と良い手を打つじゃないか」
優勢だったはずだ。
トーマがアーク共和国に潜り込む、ヨハンと遭遇し、アーク共和国の大統領と同盟を結ばんとしたところまでは。
それを魔王は、一番嫌なタイミングでひっくり返して見せたのである。
やられた側であるアルスとしては、嫌悪や怒りを通り越して感服すらしてしまうほどだ。
「…………だが、それでも苦し紛れだ」
ただ、それでもこれは、『魔王軍の戦力が増えたというわけではない』のだ。
依然、魔王軍はトーマの奇襲によって戦力を大幅に削られたまま。
魔王軍と呼応して動いていたアーク共和国は、魔王自身が消滅させた。
それに伴い、魔王も少なくないリソースを吐き出しているはず。
「今は、地方の動きに目を向けるべき時ではない――――決戦だ。魔王軍が動く前に、決戦を仕掛ける。アーク共和国への対処の手間が消えただけで、魔王軍との決戦は何も変わってなどいない」
魔王軍との戦いが終わった後、様々な問題が現れるだろう。
たとえ、決戦に勝ったとしても、アルスの前にあるのは困難の未来だ。
既に、王は討たれ、反乱は起こり、魔王軍に後れを取った事実は変わらない。
アルスの代からは、中央部と各地方との軋轢は多くなるだろう。
あるいは、アーク共和国のように独立を目指す勢力も現れるかもしれない。
だが、それは全て後に考えるべきことだ。
「英雄――否、魔王に挑むのだから、勇者たち、か。そう、勇者たちが必要だ。予備戦力と騎士団の全てで、魔王軍の雑兵どもを止める。その間に、少数精鋭の勇者たちにより、魔王軍幹部の突破。そして、魔王を討つ……現状、取りうる最善手はこれしかない」
肝心なのは、今、王国を滅ぼさせないこと。
王国全土を蹂躙せんとする魔王軍を止め、滅ぼすこと。
そのために、自分を友だと言ってくれた者を英雄へと祀り上げる準備を進めていたのだ。
今更、その動きを鈍らせるわけにはいかない。
「何故、王国を狙うのかはわからない。だが、魔王――――僕たち、パラディアムの血族は決して容易く終わらないぞ」
瞳に覇気を宿らせて、アルスは一人戦意を高ぶらせる。
憎悪でもなければ怒りでもなく、ただ使命感によって。
●●●
アーク共和国大統領、アビゲイル・アークは『癒えぬ致命傷』を受けた。
魔王が持つ魔剣、グラムの能力により、蘇生を受け付けない。
肉体にあらゆる回復と蘇生を拒絶する魔力が満ちている。
故に、魂は肉体が破損したと判断し、すぐさまに輪廻を巡る。
魂が無ければ、どのような手段をもってしても人は蘇生できない。
つまり、アビゲイルは死亡した。
そのはずだったのだ。
ヨハンがあの状況で素早く判断し、アビゲイルの魂を保護していなければ。
「うひひひぃ。ちょうど開発していた超人ボディがあるから、とりあえず、これに突っ込んでおくよー! 拒絶反応が起こったら、その都度調整だねぇ!」
そして、シラサワの研究が無ければ、アビゲイルの蘇生の見込みはなかっただろう。
元の肉体は失われたが、アビゲイルは代わりの肉体にぶち込まれた。
実験施設の大きな培養槽に浮かぶ、裸体の少女という如何にも倫理観が疑われる光景の一部となってしまっているが、幸か不幸か、今のアビゲイルの意識は無い。
きちんとアビゲイルが万全で蘇生可能な時まで、シラサワが意識を落としているのだ。
だからこそ、残酷な真実を知る時はまだ来ない。
その時が来るのは、魔王軍との決戦が終わった、その後になるだろう。
「……これで義理も果たした。僕は故郷に戻って防衛に専念する」
ヨハンはトーマと共にシラサワの実験施設へ魂を届けた後、すぐさま故郷へと帰還した。
一応、トーマもヨハンに対して駄目元で共闘を持ちかけたのだが。
「僕は、王の暗殺に加担した……今更だ。それに、後悔はしていない。君を除いて、今の王国に僕の故郷を守る力など無い。だから、僕は自分で自分の故郷を守るしかなかった」
やはり、誘いは断られることになった。
かつてヨハンが言った通り、誰しもトーマのように故郷を守るだけの力があるとは限らない。
そして、ヨハンは判断したのだ。王国に味方したとしても、自分の故郷は守られないのだと。
「……トップテイマーだからと言って、何でもできるわけじゃない、か」
ヨハンが去った後、トーマは一人呟く。
「わかっていたつもりだったけど、凹んでいるあたり、まだまだガキだなぁ、俺は」
憧れだった。
夢を叶えた先にある姿だった。
けれども、もうヨハンがトップテイマーとして君臨する機会は無いだろう。
実力はあれども、王国を裏切り、故郷を守るために力を尽くした反逆者であるが故に。
「大人に、ならないとな」
S級テイマーとなった自分が、トップテイマーであるヨハンとモンスターバトルをする。
そんな夢の光景を切り捨て、トーマは来るべき決戦を見据えることにした。
「生き残って、大人にならないとな」
大切な幼馴染と交わした約束を守り抜くために。




