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第126話 妥協と交渉

 アビゲイル・アークの戦闘能力は皆無だ。

 Ⅾ級の魔物どころか、街中を飛んでいる普通の烏にも負けるだろう。

 だが、それでも今まで何もしていなかったわけでは無い。

 血筋だけでお飾りの大統領になったわけだが、僅かな期間ではあるものの、この混沌とした急増の国家をどうにか運営できる程度の能力はあるのだ。

 そう、アビゲイルは戦闘能力がない代わりに、周囲の問題を解決したり、それぞれのコミュニティの諍いを折衝するだけの内政特化の能力があったのだ。


「このままでは、この場の全員が不幸になる道しかありません。そうなれば、得をするのはあの魔王軍だけかと」


 故に、アビゲイルは声を出す。

 トップテイマーに最強のウィザード。

 二人の超越者を前にして、無力な少女はそれでも言葉を紡ぐ。


「今から最善を目指すのは難しいかもしれません。ですが、このままお二人が戦うよりはマシな未来を目指すことは出来るのではないでしょうか?」

「「…………」」


 アビゲイルの言葉に、二人の超越者は沈黙した。

 だが、それは無視をしたわけでは無い。

 アビゲイルの言葉に反応しているが故の、思案のための沈黙だった。


「俺……というか王国側の要求としては、共和国側が魔王軍と呼応して動かれると困る。それ以外にも独立を成功させると、今後も色々と面倒な事案が出てくるから、可能な限り解体はしたいが、とりあえずの最低限の要求としては『共和国側が魔王軍と連携して行動を取らない』ことを約束して欲しい。もちろん、口約束ではなく、国家に影響を及ぼせる契約を結んで」


 そして、最初に口を開いたのはトーマだった。

 大体何でも可能な万能人のトーマではあるものの、政務はその万能の対象外。

 出来ることと言えば、王であるアルスの意図を読み取り、最低限の条件を伝えることぐらいだ。


「僕の要求は、僕の故郷に不利益を生じさせないことだ。そのためには、共和国に滅んでもらわれると困る。滅ぶにしても、流民や賊が出ないように対処して欲しい。逆に言えば、僕の故郷に不利益さえ生じさせなければ、後は好きにすればいい」


 次いで、ヨハンが己の最重要目的を伝える。

 要求としてはただ一つ、ヨハンの故郷への配慮と言ったところだろう。

 これに関しては何も難しくはない。元々ヨハンの故郷は単なる辺境の開拓村であり、国の要所というわけでもない。放置して不利益生じることは何もない。

 ただ、万が一にでもヨハンの故郷が何らかの被害を受けた場合、ヨハンという超越者は共和国さえ滅ぼしてしまうかもしれない。

 今のところ、虐殺や必要以上の殺人を忌避する態度は見せているものの、それが故郷への被害が発生した後も続くかどうかは別である。


「私、共和国側の要求としては、こちらの国家が解体されないことを望みます。こう、既に瓦解寸前みたいな状態ですけど、辛うじてこの状況からでも私が頑張れば、国の形は保つことが出来ますので」


 だからこそ、アビゲイル側の要求は嘘偽りのない最低限のものだ。

 何せ、アビゲイルには戦闘力が無い。

 国家同士の交渉の背景に必要な、要求を通すための力が圧倒的に足りていない。

 また、烏合の衆である共和国にも、この二人に及ぶだけの戦力は無い。

 だからこそ、交渉を通すタイミングは今しか存在しないのである。

 二人の超越者が対立しながらも、交渉の可能性を見せている今しか。


「共和国の大統領」

「アビゲイルとお呼びください、王国の暗殺者様」

「じゃあ、こっちもトーマでいい」


 戦意は収めた状態で、けれどもトーマは厳しい眼差しでアビゲイルを見る。


「あくまでも、これは俺の私見に過ぎないが、王国側が共和国を見逃す理由が無い。魔王軍と戦っている間、対処を保留する可能性はあるが、その後に王国は軍を派遣して共和国の解体を望むだろう。だから、アビゲイル。俺の持ちうる権限では、その要求は通せない。最大限でも『軍を派遣しない、穏当な形での解体』と言うことになるだろう」

「…………なるほど。その場合、共和国の国民はどうなりますか?」

「犯罪者、地方への被害を与えた反乱者、その他、死に値する罪状の持ち主は見過ごせないだろうな。それ以外は大目に見るんじゃないか? ただ、その場合もやはり、大統領のお前も処刑の対象になるだろうが」

「私が処刑されるのは構いません。そこは仕方がないと割り切っていますので……ふむ」


 トーマの意見に対して、吟味するようにアビゲイルは口元に手を当てて思案した。

 国家の解体を行わないという契約は不可能。

 だが、王国側の要求を飲めば、ある程度の延命は可能。

 少なくとも、今すぐ滅ぶよりは大分マシな選択であると考えた。

 故に、一歩アビゲイルは踏み込む。


「トーマ様。解体するのではなく、共和国をそちらの属国とする場合はどうでしょう? 魔王軍との戦いが終わった後、共和国側は降伏。トップである私、そして犯罪者たちの処刑は認めます。ですが、解体するのも手間暇がかかるのでは? いっそのこと、トップを王国側から派遣してもらって、共和国をそのまま統治する形ではどうでしょうか?」

「それを判断するのは俺じゃない。だが、一応訊いておいてやるが、良いのか? 王政とは異なる政治体系をやろうとしていたんだろ?」

「まぁ、それはあくまでも王国に反旗を翻すための名目でしかありません」


 自分よりも遥かに強いトーマに対して、アビゲイルは視線を揺らさずに相対する。


「肝心なのは『居場所』があるということです。王国に戻れぬ者、王国に裏切られた者、王国から追放された者、未開拓地を渡って歩く放浪者たち、そういう者たちの居場所が残るのであれば、名前も政治体系も重要なことではありません」

「へぇ、言うじゃないか。魔王軍から囮にされている限界国家の癖に」

「今、ここでプライドさえ失ってしまえば、私は何者でもなくなってしまうので」


 毅然と言い切るアビゲイルに、トーマは初めて笑みを見せた。

 脅迫でも威圧でもない、相手を認めたことを意味する笑みだった。


「俺には判断する権限はない……だが、話だけはこっちの王様に通しておく」

「ありがとうございます、トーマ様」

「おいおい、お前を殺しに来た暗殺者に礼なんて言うもんじゃねーぜ」


 トーマは肩を竦めて、完全に敵意を消した。

 己のやるべき役割は果たしたとばかりに。


「こちらは王国が魔王軍と戦争している間、共和国が解体されないのならばそれでいい。その後も穏当に解体された場合でも、国が残った場合でも、こちらに被害が及ばないのならば止める理由はない」

「ありがとうございます……ええと」

「ヨハンでいい」

「ありがとうございます、ヨハン様」

「僕はこちらの要求を通しただけだ。礼を言われるようなことは何もしていない」


 状況が穏便に進む流れになったためか、ヨハンもまた戦意を消した。

 控えさせている魔物たちも戦闘態勢を解かせる。

 もう既に、この場で戦う理由が無くなったが故に。


「では、交渉の結果を纏めさせていただきます」


 戦意を消した二人の超越者へ、アビゲイルは薄い笑みを浮かべて語り始めた。


「まず、王国側からの要求。『魔王軍と連携して動かないこと』、これを共和国は飲みます。元々、この状況では国家を維持するので精一杯ですから。王国への侵攻は無いことも含めて魔術契約を結びます」

「わかった」

「次に、こちら側からの要求、『この国の形を残すこと』、もしくは『穏当なる国家の解体』に関しては、トーマ様がパラディアム国王へと伝えてもらえるということでよろしいでしょうか?」

「構わない。お前が為すべきことをしているように、俺もまた為すべきことをやる」

「ありがとうございます。そして、最後ですが。ヨハン様は王国と魔王軍が戦争をしている間、共和国が滅びないようにすること。その後、最低でも穏当な解体をして、ヨハン様の故郷へと流民や賊が出ないように配慮すること……これで構いませんか?」

「ああ、それでいい」


 二人からの確認を終えて、アビゲイルは心の中で少し安堵した。

 ようやく、己の役割を果たすことが出来たと。

 お飾りの大統領ではなく、自分の責務に見合った仕事が出来たと。


「では、早速契約を始めましょう」


 たとえ、この先自分が処刑されることになったとしても。

 この時、超越者二人に対して交渉を取りまとめて見せた達成感は消えることは無い。

 アビゲイルはその事実に、誇らしい気持ちを抱いた。



『残念だが、その契約が結ばれることは無い』



 そして、その誇らしい気持ちを抱いたまま、アビゲイルの首は胴体から落ちた。


『何故ならば、アーク共和国はこの時をもって滅びるからだ』


 どこからともなく現れた、魔王が振るう魔剣によって。

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