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第125話 トップテイマーの理由

 天才は必ずしも特別な環境で生まれるとは限らない。

 鳶が鷹を生むこともある。

 ごく普通の環境から、稀に見ぬ天才が生まれることもある。

 ヨハン・コリンズもまた、特別ならざる環境で生まれた一人の天才だった。


 故郷は辺境。

 西部の未開拓地近くの開拓村。

 両親は凡庸。

 開拓者相手の飲食店を経営する、ごく普通の夫婦だ。

 テイマーとしての才能は無いどころか、そもそもテイマーですらない。

 ただ、辺境にしては美味しい料理を出すことが出来るだけの人間だった。

 師は居ない。

 ヨハンは誰かに師事をした覚えはない。

 魔物のスカウト。

 魔物への指示。

 魔物同士の連携。

 魔物との意思疎通。

 魔物の昇格。

 その他、テイマーがモンスターバトルに必要なことは全部、独学によって会得していたのである。

 まるで、生まれながらにテイマーとなることを宿命つけられていたかのように。


 ヨハンが初めて仲間にしたのは、弱体化に弱体化を重ねて、村の近くをうろついていた一体の吸血鬼。今の姿からでは想像もできないほど、弱くて情けない姿のニュクスだった。


「ふふん。人間よ、余の力を取り戻す協力をさせてやろう! 光栄に思え――あうっ!?」


 ヨハンのデコピン一つで涙目になるような、雑魚極まりない魔物だった。

 当時のニュクスの脅威度を等級で示すのならば、Ⅾ級最下位程度。

 どうやって強い魔物が跋扈する未開拓地からやってきたのか、不思議に思えるほどの弱さだった。

 けれども、ヨハンは妙にこの雑魚吸血鬼を気に入り、最初の仲間とした。

 共に困難を乗り越える相棒としたのだ。


「んぎょわぁああああ!? 死ぬ、死ぬわっ! 力を取り戻す前に死ぬわぁ!?」


 それからヨハンとニュクスは、多くの冒険を乗り越えた。

 死にかけることなど日常茶飯事。

 新種の魔物に出会うことはもはや定番。

 必死にS級魔物の視界に入らないよう、息を潜めて未開拓地から逃げ帰ったこともあった。


「はっはっは、またやらかしたのか、ヨハンは」

「ついこの間、B級になったばかりだってのに、落ち着きがないねぇ」

「でも、こんな田舎の出身としては快挙だよな?」

「このまま行けるところまで行って欲しい気持ちはあるぜ」


 ヨハンの冒険と躍進は、故郷の者たちに温かく受け入れられた。

 何せ、ヨハンの故郷は開拓村だ。辺境の田舎なれども、誰しもが開拓に夢や希望を見てやってきた者たちだ。

 無謀な冒険や、夢を追うための躍進を歓迎するのは当然のことである。

 もちろん、妬みもあるにはあったのだが、ヨハンの才能はそんな妬みすらも吹き飛ばすほど異常なものだった。


「ふふふっ。ついに余は取り戻したぞ! 真祖としての力を!」


 特に、ニュクスが本来の力を取り戻してからの躍進は凄まじい。

 B級、A級のトーナメントを易々と突破。

 そのままの勢いで、初めて参加したS級トーナメントで優勝し、見事にトップテイマーの称号を得たのである。


「ううむ。まさかあの坊主がここまでとはなぁ」

「嬉しいやら寂しいやら」

「とにかく、お祝いだ、お祝い! 酒を持て!」

「いえーい、ヨハン万歳!」


 故郷の人々は、ヨハンの栄光を素直に喜んだ。

 田舎の開拓村の範疇で盛大に祝ったし、感動で涙を流す者も居た。

 ただ、それでも開拓村の日常は変わらない。


「さぁて、俺達も頑張るか」

「おうさ。今日は西の大岩あたりまで行きたいねぇ」

「あそこは厄介な奴の縄張りでなぁ」


 トップテイマーという栄光の象徴が居るというのに、誰もヨハンに縋ろうとしない。

 ヨハンの力があれば、開拓を一気に広げて、村から街になることも可能だというのに。

 誰もヨハンを利用しようとしない。

 村興しの一つもやろうとはしない。

 ただ、ヨハンのことを祝福しつつも、自らのやるべきことを為す。

 変わらぬ自身の日常を繰り返す。

 良くも悪くも自他の関係性が割り切っている、そういう純朴な場所がヨハンの故郷なのである。

 そして、ヨハンはこの故郷が嫌いではなかった。



「やぁ、トップテイマー。ちょっとお話しないかな?」



 魔王軍の交渉に乗ってしまう程度には。



●●●



 ヨハンの出現に、トーマは静かに殺意を滾らせた。


「…………トップテイマー、ヨハン・コリンズ。テイマーとしてなら、俺はアンタの足元にも及ばないだろう。それだけの実力差があるのは理解している……だけどな?」


 ごきり、と指を鳴らした後、魔力を拳へと集中。

 この場を含めて、アーク共和国の陣地の半分が消し飛ぶほどの威力の攻撃を構えて、言葉を続ける。


「何でもありの殺し合いの場で、今のアンタが俺と戦いになると思われているのは心外だ」

「…………」

「俺と魔王の攻撃を受けたんだ。まだ、主戦力の真祖は回復してないだろ?」

「…………そうだ、その通り」


 しかし、それでもヨハンは動じない。

 猿神に黒羊。

 二体のS級を従えたトップテイマーに、戦力の不足を告げるトーマの言葉を受け入れる。

 それが正しい戦力分析だと。


「流石のニュクスでも、君たち二人の攻撃は辛かった。まだ回復しきっていない」


 その上で、ヨハンは揺らぐことのない視線をトーマに向けている。


「だけど、万全ではないのはお互い様」


 トップテイマーに相応しい観察眼で、鋭くトーマの急所を見抜く。


「肉体的な損傷を直しても、精神の疲労が消えていない。魂のコンディションも万全とは言い難い。魔力の練り方に少しの淀みがある」

「だから? 俺に勝てるとでも?」

「勝てない。だけど、今の僕たちでも、君を『魔王に勝てなくする』程度の消耗は与えられる」

「…………ちっ」


 舌打ちをして、トーマは攻撃の構えを解いた。

 図星だったからだ。

 いかにシラサワというバックアップが存在しても、回復できるのは肉体まで。

 精神と魂のコンディションがこれ以上削れれば、魔王との戦いに不都合が生じるのは自明の理。いくら逆境が得意とはいえ、進んで不利な状況に陥るのはただの馬鹿である。


「ヨハン・コリンズ。アンタの目的は? 何故、邪魔をする?」


 故に、トーマは戦闘から交渉へと切り替えた。

 少なくとも、今はリスクを負ってでも戦うべき時ではないと判断したのだ。


「僕の目的は一つ。『故郷の防衛』だ。そのために、アーク共和国にはまだ瓦解されては困る」


 トーマからの問いかけに、ヨハンは淡々とした口調で答える。


「僕の故郷は、魔王軍が侵略する最前線にある。そして、中央の手が届きづらい辺境だ。戦争が始まれば、魔王軍への恭順は避けられない」

「それは、アンタが居なければ、という前提だろうが」

「僕が戦って、魔王軍全部を滅ぼしたとしても、僕の故郷は無傷で終わらない」

「最強のテイマーだからと言って、防衛戦に向いているとは限らない、と?」

「そう。僕の力には限度がある。テイマーとして強くあっても、トップテイマーであっても、広い戦略としての視野は持っていない――――誰もが君のように、大切な者を守り切れる力があるとは限らない」

「…………なるほど」


 ヨハンの説明に、トーマは一つ納得した。

 何故、トップテイマーの栄光と実力を持ったヨハンが、魔王軍に手を貸したのか?

 魔王と戦ったあの時、魔王と協力してトーマを叩こうとしなかったのか?

 リスクを背負ってでも、トーマの魔王の共倒れを狙うような真似をしたのか?


「ヨハン・コリンズ。アンタは元々、魔王軍と何かしらの契約を結んでいるな? 恐らくは、故郷を人質に取られる形で」

「少し違うけれど、正解。僕の故郷は魔王軍に狙われた。僕たちの力を魔王軍が利用するために。だけど、余りにも舐めた口を効くから、僕は使者として遣わされた幹部を半殺しにした後、魔王と直接取引をしたんだ。『僕が積極的に王国の味方にならない代わりに、魔王軍は積極的に僕の故郷を攻撃しない』という取引を」

「……随分と緩い契約だな?」

「魔王と僕は互いに互いを殺せる切り札同士だ。だから、あまりガチガチに制限を付けて、それを利用されるのはお互いに悪手なんだ。『とりあえずは敵対しない』程度がちょうどいい」


 王都でのやり取りの真相は明かされた。

 つまりは、どこまでも魔王軍は王国の守りを上回っていたのである。

 国防の要であるトップテイマーを、盤外戦術で取り除かれてしまうほどに。


「その契約で戦争の間の安全は保障されないのか?」

「難しい。魔王軍の幹部はともかく、下部戦力はほとんど暴れたいだけの荒くれものだけだ。いざ、戦争が始まってしまえば、こちらに雪崩れ込まないとは限らない」

「魔王軍へ恭順すれば、一定の安全は得られるんじゃないか?」

「その場合、僕は完全に村を人質に取られることになる。結果、望まぬ虐殺に手を貸すことになるだろう。まぁ、王都の虐殺を見逃した時点で今更だけど」

「そうか。そうなると、こちらとしてもこの場で見逃す理由が無くなる。リスクを取ってでも俺はアンタと戦うだろうよ」

「そうだ。そうなった場合、王国と故郷は完全に敵対することになり、僕はお前に殺される」

「故郷を守れない、と?」

「ああ」


 ヨハンの理由は徹頭徹尾、故郷の危険を排除することだ。

 そのために魔王軍と契約を結び、王都でリスクを背負った行動を起こし、この場にも姿を現したのである。


「アーク共和国を滅ぼさせないのは、故郷と距離的に近いからか?」

「そう。君の首狩り戦術が成功して、アーク共和国が瓦解した時、僕の故郷まで流民や賊と化した者たちが流れ込むかもしれない」

「それをアンタが排除するという選択肢は?」

「僕の故郷の人たちは優しい。たとえ、元反乱者たちだったとしても、国を失った者たちを拒絶しきれない。全員が賊ならばまだしも、縋ってくる女子供は助けてしまうだろう」

「それすらも、『アンタが最初から全部排除するという選択肢』は?」

「論外。今、こうやって動いているのも賭けの一つなんだ。手持ちじゃない魔物に故郷を守らせているとはいえ、僕がその手の面倒な仕事をしている間に、魔王軍が何かを仕掛けるかもしれない。それに」


 ヨハンは何の感情も浮かばない真顔で、けれども熱のある言葉を紡ぐ。


「僕たちは虐殺者ではない、そうだろ?」

「…………国を瓦解させようとしている俺に言うことか?」

「それでも、君は選んで殺している。だから、交渉可能だと思って僕は会話をしているんだ」

「…………」


 トーマは沈黙した。

 既に、ことは戦争にまで突入してしまっている。

 どこの陣営だとしても、無辜の人々が一人も犠牲にならない段階は過ぎ去ってしまった。

 アーク共和国内の人間が全て、死ぬべき咎を負っているわけでもない。

 だが、それでも身内や仲間を守るために、トーマは英雄になる道を選んだのだ。

 既に決断は終えている。

 終えてはいるが、ヨハンの言葉の通り、だからといって虐殺を肯定できるわけでもないのだ。

 殺す数は少ない方がいい。

 犠牲になる無辜の人間の数も。

 だからこそ今、トーマは沈黙したのだ。



「あの、よろしいでしょうか?」



 そして、その沈黙を好機として動いた者が居る。

 先ほどまで、二人の視界に入っても意図的に無視されていた人間。

 けれども、この場に於いて少なくない責任を背負う存在。


「アーク共和国が潰れず、お二人の目的が果たされる道を模索できませんか?」


 アーク共和国大統領、アビゲイル・アークが。

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