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第124話 かつてアークと呼ばれた国

 パラディアム王国が大陸を統一するよりも前。

 アークと呼ばれた小国が存在していた。

 元々は神人の技術者が集まり、自分たちの小規模なコミュニティを作って好き勝手研究をしようという場所だったのだが、住みよくなるように周囲の環境を整えていると、いつの間にか人が増えていたというのが、国家の始まりだ。


 王政ではなく、共和政という政治の形を取っていたのも深い理由は無い。

 神人の技術者たちは可能であれば、ずっと研究だけをして過ごしたかった。

 だが、それでは立ち行かぬほどに人が増えてしまったのである。

 従って、その増えてしまった人の世話を任せるために、選挙という形で適当な人間に政治の主権を渡そうと考えたわけだ。

 そこには権力欲など欠片も無く、自分の研究の自由が保障されるのであれば、誰が大統領になって国を運営しようが構わなかった。

 ただ、その無欲さが良い方向に転がったのだろう。

 初代大統領は、その丸投げを『信頼』という形で受け取った。

 神人たちの技術の恩恵を受けつつも、より良く国家を回すために尽力した。

 この初代大統領が傑物であり、元々はただの寄り合いに過ぎなかった場所は、いつの間にか、小国ではあるものの、立派な国として機能していた。


 神人の技術者たちは、魔物に対抗するガーディアンの開発に長けた人材だった。

 そのため、魔物が跳梁跋扈する当時の環境でも、防衛能力は大陸でも随一。

 危険で強大な魔物にも対抗できるガーディアンを配置することにより、アークは大陸の中でも平和な国として周囲に認識されていった。

 他の国を侵略するでもなく。

 魔物たちの領域を切り拓き、領土を拡大するでもなく。

 今ある平和を守り抜き、一人でも多くの国民を幸福にするために尽力する。

 アークという国は、そんな小さいながらも一種の理想郷だった。


 そんな平和が崩れたのは、とある国家――パラディアム王国の前身となった国家による工作と侵略によるものだ。

 王国はアークが持つ高度なガーディアンの知識を奪うため、様々な手を打ってきたのである。

 政治家の篭絡。

 国民の煽動。

 神人である技術者の誘拐未遂。

 その他、何の非も無いアークの全てを奪い取るため、王国は可能なことは何でもやった。

 結果、神人たちは王国が仕掛けた破壊工作に巻き込まれて死亡。

 アークの政治の中心を担っていた大統領も、王国の工作員によって暗殺。

 アークの市民たちは、隙を狙って侵略して来た王都の軍隊によって制圧されて。

 理想郷だったアークは、王国によって滅ぼされ、何もかも奪われてしまったのである。


 だが、小さくとも国は国。

 本気で隠そうと思えば、王国の侵略から大事なものを――神人たちの血脈を、脅威の届かぬ場所へと隠すことも可能なのである。


「いつか必ず、忌々しいあの国家へ復讐してみせる……たとえ、何代経ようとも」


 かくして、復讐の炎は人知れず受け継がれることになり――――数百年経った今、王国へと牙を剥くことになった。



●●●



「これは駄目ですね」


 かつてアークと呼ばれた国の末裔、アビゲイル・アークは己の執務室で敗北を悟った。


「こちらの戦力が的確に分断されています。優秀ですね、王国の工作員――いえ、暗殺者は。いずれ、この私の下にもやってくるでしょう」


 鈍色の髪をかき上げて、未だ幼さの残る顔で溜息を吐く。

 身に付けた黒のスーツは、アーク共和国に協力する魔法技たちの傑作ではあるものの、敵地に乗り込んでここまで暗殺を繰り返せる相手に意味があると思えない。

 ドラゴンのブレスも防ぐ防具だろうとも、首筋に直接ナイフを添えられてしまえばどうしようもないのだ。

 おまけに、アビゲイルの護衛だった者たちは先ほど『様子を見に行ってきます』と言って外に出たきり戻ってこない。恐らくはもう死んでいると考えた方がいいだろう。


「それに比べてうちの戦力は…………まぁ、所詮は魔王軍にとっての囮。烏合の衆に過ぎませんでしたか」


 アビゲイルは再度ため息を吐き、執務室の椅子の背もたれに体重を預ける。


「そもそも、私のような小娘を頭に据えようとした時点で駄目だとは思っていましたが」


 どうしてこうなったのだろうか?

 アビゲイルは元々、王国の辺境に住む町娘に過ぎなかった。

 多少実家は裕福で、大きな家に住んでいて、『面倒な歴史の勉強』はあったものの、概ね満足した人生を送っていたのだ。

 だというのに、魔王軍を名乗る輩がやって来てから、アビゲイルの周囲は変わってしまった。


「今こそ、先祖代々の恨みを晴らすチャンスでは?」


 無貌の仮面を被る青年は、いともたやすくアビゲイルの周囲を煽動した。

 安寧に沈むのではなく、過去の――遠い過去の恨みを思い出せ、と。

 恨みを晴らすことこそが、先祖に報いることなのだ、と。

 正直、アビゲイルにはそのような感覚は無かった。

 一昔前だったのならばともかく、今のパラディアム王国に対しての不満などは無かったのだ。

 従って、アビゲイルは自分の周囲が煽動され、いともたやすく踊らされていく姿を冷たい目で眺めていた。

 故に、このような時が来るものだと、暫定トップの椅子に座らされた時から覚悟していたのである。


「過去に囚われ、今を踏みにじる行いをした報い……受ける時が来たようです」


 アビゲイルには選択肢など無かった。

 生まれた時から共に居た家族、使用人、近所の人々、全てが復讐とアークと言う国家の復活を望んでいたのだ。

 たった一人、血統だけは保障されているだけの小娘に何が出来ただろうか?

 この反乱が敗北に終わると予感していたとしても、誰がお飾りのトップに耳を傾けるだろうか?

 何せ、この反乱をおぜん立てしたのは魔王軍だ。

 仮にアビゲイルが逃げ出そうとしても、何かしらの手段で捕まっていたか、あるいはさっさと処理して別のお飾りを据えていただろう。

 ただ、それでもアビゲイルは思っていた。

 どうしようも無かったとしても、他者を踏みにじるような行いをした報いは受けるべきだと。


「そうでしょう? 暗殺者さん」


 だからこそ、アビゲイルは虚空へと疑問を投げかける。

 何もないはずの虚空へと。


「…………気づいていたのか」


 しかし、その虚空からは人影が現れた。

 全身黒ずくめであり、先ほどまで感じなかった殺気を向けて来る暗殺者だ。

 正直、アビゲイルはこの殺気だけで死ねそうだが、そこは気合で見栄を張る。


「勘ですよ、勘」

「そうか。どうやら、最後の一人は一筋縄では行かないらしい」


 殺気を耐えて、努めて明るく話すアビゲイルに、暗殺者――トーマは意識を引き締め直した。

 ごきり、と指を鳴らした後、油断なくじりじりと距離を詰めて来る。


「お生憎。警戒してくださっているところ申し訳ないですけど、私はただの非戦闘員ですよ。貴方ほどの実力者に抗える何かは持っていません。一筋縄ではいかないどころか、一ひねりですよ、一ひねり」

「そういうことを言う人間ほど、何を隠しているかわからないものだ」


 トーマに油断は無い。

 アビゲイルの一挙手一投足を観察し、何かやろうとしてもその前に封殺し、最終的には命を奪うだろう。一切合切容赦なしに。

 護衛は居ない。恐らく、既に排除された。

 希望は無い。奥の手なんて持ち合わせていない。


「あーあ。ままならない人生でしたよ」


 だからこそ、アビゲイルは何もかも終わりという境地に立ち、その奇妙な清々しさに晴れ晴れとした笑みを浮かべた。

 これでもう、勝手に罪を重ねていく周囲を思って気を重くする必要は無いのだと。


「…………安心しろ、痛みは無い」


 アビゲイルの態度に何を感じたのか、それを語る口などトーマには存在しない。

 ただ、己の役割を果たすため、アビゲイルのような少女の命を散らすには十分な威力の手刀を放つ。



「あれ?」



 だが、アビゲイルが身構えていた痛みは、いつまで経ってもやってこなかった。

 何故ならば。


「悪いけど、彼女は殺させない」


 金色の毛並みを持つ猿が、棒きれ一つでトーマの手刀を受け止めていたのだから。


「ここでアーク共和国が滅びると、僕の都合がよろしくない」


 いつからそこに居たのか。

 長身痩躯で黒髪黒目の黒ずくめ。

 暗殺者でもないのに、普段から真っ黒な姿の青年――ヨハンが、トーマの前に立ち塞がっていた。

 猿神と黒羊。

 二体の魔物を背後に控えさせて。


「だから、君の邪魔をさせもらう、トーマ・アオギリ」


 トップテイマー、ヨハン・コリンズが姿を現した。

 暗殺者の魔の手から、アビゲイルを守り抜くために。

 ――――自分勝手な理由のために。

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