第122話 最短の戦争を目指して
戦争というのはとにかく、色々なものが消費される行動である。
まず、当然ながら人を動かして殺し合いをするので、人が消費される。
次に、人を動かすのだから、そのための食料も消費される。
戦争のための食料を集めるので、国家の備蓄が消費される。
戦争という非常事態のため、国民たちの備蓄も接収という形で消費される。
消費、消費、消費。
うんざりするほど、人、物、金がかかるのが戦争というものである。
では、何故、人は飽きもせずに戦争を繰り返すのか?
それは偏に、戦争によってもたらされる利益を得るためだ。
肥沃な土地を奪いたい。
忌々しい仇敵を排除したい。
自国を養うためのあらゆるものが欲しい。
このような欲望を抱き、侵略をする者が現れるからこそ、戦争は起こる。
あるいは、もっと『どうしようもない理由』というのも世の中にはあるのかもしれないが、それは置いておこう。
肝心なのは、戦争を行うのにも相応の理由があるということだけだ。
そして、今のパラディアム王国には戦争する理由がある。
一つは、アーク共和国の独立を防ぐため。
もう一つは、魔王軍の侵略から国家を守るため。
どちらもパラディアム王国が主導した戦争では無いが、それでもやらなければならない戦争である。
何故ならば、戦争を拒否したところでやってくるのは、地獄の未来だけ。
王国が解体されるだけならまだしも、最悪、多くの村や町が滅びる可能性があるのだ。
アルスとしては、そのような事態は可能な限り防ぎたい。
だが、今の王国にアーク共和国と魔王軍、この二つと正面から戦えるだけの戦力があるかといえば、それは難しい。
正確に言うのならば、アーク共和国だけだったのならばまだ、正面からの戦いで抑え込むことは可能だった。だが、そこに魔王軍の戦力が加わると話は変わってくる。
魔王軍は一騎当千の猛者や、街を平然と潰せる怪物のような者たちの少数精鋭。
並大抵の兵士や騎士では、相手に消耗を与えることも無く無意味に殺されるだけになってしまうのだ。
故に、最低でも魔王軍と正面から戦うには、王国側も一定以上の強者を集めて万全の態勢を取らなければならない。
そうなってしまえば、もはやアーク共和国の制圧などやっている余裕など無い。
従って、魔王軍がアーク共和国の独立宣言と共に侵略してくるというのは、まさしく最悪中の最悪の事態だったわけである。
しかし、幸いにも魔王軍は侵略第一歩目からこけることになった。
それはもう、こけてから山肌から滑落するような有様となった。
トーマが出鼻をくじいたことにより、魔王軍と共和国のタイミングがずれてしまったのである。そう、共和国の独立宣言と合わせた侵略宣言だったのだが、魔王軍は現在、戦力の立て直しのため、若干の猶予が生まれることになったのだ。
時間としては、一日も無いだろう。
タイミングをずらせばずらすほど不利になることを知っている魔王軍は、可能な限り、トーマにやられた戦力を早々に復帰させようとするだろう。
故にその前に、アルスは早々に手を打つことにした。
「魔王軍が復帰する前に、アーク共和国を名乗る反乱組織を潰そう」
自分がやられたら嫌だったことを、相手にもやり返すことにしたのだ。
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「あまり無理をしないで……と言っても、駄目なんでしょうね、この場合は」
「ああ、悪いな、メアリー」
王城の一室。
トーマのために割り当てられた客室に、無表情をしかめっ面に変えたメアリーが居た。
「戦争なんてものに関わらず、自分たちだけ守ろうと思えば、いくらでもやりようがあるのに」
「だけど、それは臆病者の思想だ。俺のやり方じゃない」
「…………まだ、あの魔王との戦いの傷が治り切っていない癖に」
「シラサワの計算だと、後一時間もしない内に完治するから問題ない」
「肉体的な傷は治っても、精神的な疲労は取れないでしょう?」
「生憎、この手のギリギリの戦いは慣れている。むしろ、まだまだ余裕の部類」
トーマはメアリーから心配と文句を言われながらも、淡々と装備を身に付けていた。
認識阻害を付与する、黒いターバンを頭に巻いて。
持ち主の気配を殺す、漆黒の手甲を装着して。
装着者の音を殺す、闇のように黒い外套を身に纏って。
上から下まで、全部黒づくめの装備を身に付けて、トーマは準備を行っていた。
アルスから託された作戦を実行するための準備を。
「でも、私は気に入らないわ。だって、結局はトーマ任せじゃない」
「仕方ないさ、それは。俺は強いからな」
「強いから何? 強かったら酷い仕事を押し付けられてもいいの?」
「まぁ、友達からの頼みだし。あいつも頑張っているから。ほら、この装備なんてあいつがかなり無理を言って、国内最高ランクの魔道具を――」
「それでも」
メアリーはぐっとトーマの瞳を覗き込む。
「私は気に入らない。トーマが強さの責任を背負い過ぎることを」
ぎゅっと手を握り、震える唇を嚙んだ後、更に言葉を続けた。
「いつもトーマに守られていた私だから、言うわ。貴方はいつも、強いからって理由で頑張りすぎなの。優しすぎるのよ」
「…………」
「そして、自分が傷ついて無理することを躊躇わない。守るべき者が傷つくよりは何倍もマシだって思っているからこそ、貴方は率先して自分が傷つく選択肢を選ぶ…………貴方が傷ついて苦しむ人の気持ちを知っている癖に」
「…………」
「私の気持ちを知っている癖に、貴方はいつだって――」
「メアリー」
段々と感情的になる声を遮り、トーマはそっとメアリーの頭を撫でる。
「ごめんな、いつも」
紡がれた言葉は、何の言い訳も混じっていない、素直な謝罪だった。
己の意思を揺らがせるつもりは無いという、意思の表明だった。
「なん、で、そんなこと……トーマはもっと、怒ってもいいのに……どうしようもない状況なのに、感情的に、駄々をこねるみたいに喚く私を怒ってもいいのに」
「怒るわけない。だって、メアリーがそうやって俺の代わりに感情的になってくれるおかげで、俺はまだ、自分が人間だって信じられるから」
「…………んみゅう」
頭を撫でられていたメアリーは、まるで猫のように体を摺り寄せて、トーマに抱き着く。
トーマは、いつもならば『男女の健全な距離を保とう』などと言って避けるのだが、今は静かに受け入れていた。
「トーマ」
「なに?」
「この戦争が終わったら結婚して」
「死亡フラグ極まりないから嫌」
「ひどい。乙女心を踏みにじった」
「いや、今回の戦いは割と余裕が無いから少しでも験を担ぎたいんだよ」
「じゃあ、私が祝福してあげるから目を瞑って」
「気が緩むから駄目」
「んもう!」
「それこそ、帰ってきたら頼む」
「…………へっ?」
会話の途中、メアリーは顔を上げる。
思いっきりトーマの胸に押し付けていた顔を上げて、ぱちくりと瞬きをする。
「死亡フラグになるんじゃないの?」
「結婚ほどじゃないから、逆に生存フラグになる気がする……後は」
「後は?」
「俺にもご褒美が欲しいんだよ。色々と大変なことになるからな、これから」
「……へぇええええ」
素っ気なく告げるトーマに、メアリーはにんまりと口の端を釣り上げた。
「キス、してほしいんだ?」
「そりゃあ、美少女幼馴染のキスだぜ?」
「普段は色々言って、断る癖に」
「普段は恥ずかしいんだよ。後、怖い」
「怖いって失礼じゃない?」
「怖いもんは怖い…………俺はもしかして、お前に好意を強制するような環境を作っていたんじゃないかって」
「ああ、クソ真面目なトーマが考えそうなことね。普通に好きなものは好きだってことで受け入れればいいのに……というか、今日はやけに素直ね?」
「あの悪竜の時に思い知ったんだよ。死ぬかもしれない戦いの前は、素直になっておいた方がいいって」
いつになく素直なトーマの言葉。
その言葉に、メアリーは一瞬目を見開いた後、ごすっと自分の頭でトーマの胸に頭突きする。
「死んだら殺すから」
「ん、わかってる」
「というか、生き返らせる。世界の禁忌を全部網羅した後、生き返らせてもう一度殺して、また生き返らせる」
「はいはい。幼馴染をそんな外道行為に染めさせるわけにはいかないってことで」
ごす、ごす、と何度も頭突きするメアリーに苦笑しつつ、トーマは言う。
「いつも通り、勝ったり負けたりしながら、生きて帰ってくるよ、メアリー」
今まで何度も死線を乗り越えてきた、魔法の言葉を。
己が魂に刻まれた決意を。




