第121話 僅かな猶予
トーマが早期に回復した鍵はシラサワにある。
シラサワは元々、戦闘者ではなく研究者だ。従って、その本領は戦闘とは別の領域にある。
『最低限の回復』だけを受けて意識さえ戻れば、研究者としてのシラサワはその能力を十全に発揮できるのだ。
現在はリッチーであっても、元々は神人の研究者。
しかも、人類の強化プロジェクトを担当していた研究者である。
思わぬ裏切りによって、その計画は途中で頓挫していたものの、途中で殺されることがなければ、パラディアム王国の歴史が変わったかもしれないほどの人材だ。
いかに対象が超越者と言えども――――人間一人、早期に復帰させることぐらい、朝飯前なのだ。
無論、治療して戦闘可能状態まで回復させたとしても、全快からはまだ遠い。
精々が全開時の六割から七割程度の実力しか発揮できない現状だ。
さて、そんな現状で魔王城に突っ込み、トーマは果たして戦果を挙げることが出来るのか?
「はっはぁ! 次はどいつだぁ!?」
――――出来る、出来るのだ。
これがもしも、一騎当千の猛者たちが軍隊のように連携しているのならば、流石のトーマも手が出せなかったかもしれない。
だが、どれだけ強くとも所詮は烏合の衆。
連携など考えることなく、ただ、王国を蹂躙するために集めただけの強者たちである。
懐に潜り込んできたトーマに対して、『協力して戦う』なんて選択肢は取れない。
「ぐぎゃ!?」
「くそっ、手持ちを――おい、邪魔だ!」
「お前が邪魔ぼべぇ」
「くそ、またやられた! テイマーは下がれ! ウィザードと武人だけ前に出て戦え!」
「貴様に指図される覚えはない!」
「ははははっ! 強者! とっておきの強者との殺し合いだぁ!」
悲鳴。怒声。歓声。断末魔。
様々な声が交じり合う魔王城はまさしく、阿鼻叫喚の地獄のような有様だった。
「四十一、四十二…………これで、四十三と四十四!」
その地獄を作り上げたトーマは、速度優先で強者たちの命を奪って回っていた。
一度でも足を止めれば、強者たちの攻撃に捕まる。
少しでも速度を緩めれば、強者たちが対応し始める。
故に、優先は急所を破壊しての殺害。
蘇生防止のための死体の消滅は後回し。
とにかく数を稼いで、いち早くこの場の全滅を狙う。
「六十二、六十三、六十四――――ちっ、ここまでか」
だが、トーマは殺戮の最中、急に魔王城内から離脱しようと動きを変える。
「まさか、アンタが来てくれるとは思っていませんでしたぜ、恩人殿――いや、トーマ・アオギリィ!!」
魔王城の壁を切り裂いて現れたのは、四天王の一人、マサムネ。
四天王の中で唯一、全力で戦えるほどコンディションに余裕がある者。
そして、四天王の中で唯一、トーマと正面から戦えるほどの戦力である。
「いやいや、悪いけど今日はもう帰るから」
「そう言わずに! 是非とも長居を!」
超越者であるトーマでさえ、マサムネとは全力を出せない状態では戦いたくない。
従って、打つのは逃げの一手。
既に十分すぎるほど、魔王軍の戦力は削ったが故に。
「吹き飛ばせ、フレスベルグ」
しかし、そんなことは許さないとばかりにマサムネは剣を――魔剣を振るう。
形状は刀であっても、それは紛れもない魔剣。
持ち主の斬撃を拡張し、山一つすら切り裂けるほどの斬撃へと攻撃範囲を広げるもの。
「剣の相手は、つい最近慣れたばかりだ」
しかし、トーマはその斬撃をいとも容易く弾く。
まるでドアにノックするような軽い打撃で斬撃の方向を逸らし、あっさりとその場から離脱する。
「はははっ! アンタ、最高だ!」
その技に、マサムネは更なる歓喜と共に追撃を行おうとして。
『滅びよ』
「悪竜殺しの一撃を召し上がれ」
嵐を圧縮したかのようなドラゴンブレスと、惑星を滅ぼす悪竜の眷属にすら傷を付ける魔力の圧縮砲撃により、魔王城の一部は吹き飛んだ。
アゼルとイオリ。
共にシラサワの治療を受けて戦闘可能状態まで回復した二体が、魔王城の外からトーマの離脱を支援したのだ。
「はいはい、帰還、帰還。やるべきことは終わったから、さっさと帰るぞ」
『だが、マスターよ? もう少し暴れることは出来たんじゃないか?』
「そうです、マスター。むしろ、あの魔王が弱っている間に――あ、魔王城の奥から、魔王の気配が動いていますね、帰りましょう」
「そうそう。俺達も全快とは程遠いし、何より、手負いの強敵ほど恐ろしいものは無い」
トーマたちは魔王城から超音速で離脱していく。
追おうにも、すぐさま十分な距離を取ったら空間転移によってこの場からすっかりと消え去ったのだから、もう追撃する意味はなくなってしまった。
「く、ひひひっ! それでこそですぜ、トーマ・アオギリィ……」
マサムネはその逃げっぷりに、ふるふると顔が震えるほどの喜びを得て。
『あ、あの、とんでも野郎め! 本当に厄介極まりないよ!』
魔王城へのアナウンスを切るのも忘れたフェイスが、忌々しげに叫んだ。
これにより、魔王軍は否が応でも侵略の予定を先延ばしにせざるを得なくなったのである。
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「君って奴は本当に……」
魔王城襲撃後、アルスの下に戻ったトーマは呆れと称賛が交じり合った言葉で迎えられた。
「助かる、助かるよ? 君が作ってくれた猶予のおかげで、やれることが増えた。それは本当に助かる。でもね? せめて一言相談してくれないかな???」
「ごめんて」
「我が友よ、君を失ったらマジで王国はやばいんだから自重を……いや、それは僕の事情か。うん、我が友よ、勝手に王国の戦力に勘定してすまない」
「構わないさ。その代わり、この騒動が終わったら、またモンスターバトルをしようぜ?」
「ふっ。国王となった僕に、そんなことを言ってくれるのは君ぐらいだろうな」
アルスは苦笑し、トーマは気さくな笑みを浮かべる。
交流する時間はさほどなくとも、二人の間にはモンスターバトルを通じて培った、確かな友情があった。
「トーマ、君に頼るようで申し訳ないが、実のところ、どこまで動けるのか知りたい」
「今の状態なら、万全の時に比べて八割ぐらいってところだな」
「具体的には?」
「万全の魔王やトップテイマーには負ける」
「だけど、その二者も今は万全ではない、と?」
「ああ。魔王軍にどれだけの腕を持った術者が居るかにもよるが、魔王とは相当な痛み分けになった。俺と同じ環境で治療を受けても、全快はあり得ないだろう。んでもって、トップテイマーのヨハンの方は、主力の真祖の方を俺と魔王で痛めつけた。その上で、俺たちを無理やり転移させたんだから、最低でも数日はまともに戦闘できないだろ」
「ふむ。つまり、動くなら今ってことか」
アルスは顎に手を当てて考え込む。
その横顔には既に、為政者としての背負うべき責務と共に風格が刻まれていた。
「トーマ、我が友よ」
「なんだ?」
「悪いが、我が国の英雄になってくれないか?」
「んー、大々的に宣伝して祭り上げる系?」
「そうなる。今、必要なのは魔王軍の武力に対抗できるだけの武力だ。かつては最強の騎士も居たんだけどね。魔王軍の手によって既に殺された。だから恐らく――いや、確実に。この王国で最強なのは君なんだ、トーマ」
「なるほどね」
語るアルスの表情は真剣そのものだが、その裏側には悲痛を隠している。
ぎゅっと痛々しいほど握りしめた拳がその証拠だ。
理解しているのだろう。
人が英雄になるとは、どういうことなのかを。
「やれやれ、有名になるのはテイマーとしてで在りたかったんだけどな」
トーマは冗談めかした口調で肩を竦める。
「いいぜ、英雄になる」
しかし、次に紡がれた言葉には覚悟と決意が込められていた。
「元々、S級ウィザードになったときから、権利に見合った責任は負うと決めていた」
「…………だがね、我が友。今回の件は――」
「言わなくていいぜ、お友達。わかるさ、勝っても負けても大変なことになるってことぐらいは。でも、それでも、だ。アルス」
アルスの言葉を制し、トーマは笑みと共に告げる。
「仲間や友達、大切な人たちの日常を守るためには、必要なことなんだってわかるさ」
「…………感謝する」
超越者と王は、握手と共に契約を交わした。
救国の英雄を生み出し、平和を取り戻さんとするための契約を。




