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第120話 日常の終わり、戦争の始まり

「何か動きはあると思っていたが、最悪の事態だ」


 アルスは魔王軍からの通告を聞き終えた後、真っ青な顔で言葉を吐き捨てた。


「王都で撃退したものの、四天王は一人も捕まえられなかった。魔王もトーマほどの戦力をもってしても、ようやく痛み分けだったと聞く。流石に、昨日の今日で全ての負傷が消えたわけでは無いだろうが、それでも、油断ならない戦力があるのは事実……そして、恐らく、奴らはこの事態に備えていた。この時に備えて計画していた。ならば、あちらも予備戦力――いや、王国を侵略するための『本命の戦力』を用意していたのかもしれない」


 家臣たちがあまりの事態に絶句している中、それでもアルスは考察を口にする。


「こちらの予備戦力をぶつけたとしても、魔王軍の進軍を止められるかわからない。だが、それでも魔王軍の進軍に対して何の対処もしなければ、確実に各地方の管理者は王国を見捨てる。いや、既に魔王軍から民を守るための術として、新たなる国家を名乗る準備を始めている場所もあるだろう…………だが、我らはそれを咎めるだけの資格は無い」


 考察を口にすればするほど、事態がどれだけ絶望的なのかが思い知らされるようだった。

 反乱組織と合わせるように動き出した、魔王軍の進軍。

 これにより、王国が引き裂かれ、分裂することは確定したようなものだ。

 無論、各地方にも戦力はある。それぞれ、王都の内乱と呼応するように起こった反乱を叩き潰すだけの戦力は確かに、各地方にも存在していた。抵抗しようと思えば、抵抗も可能だろう。

 しかし、抵抗が可能なのと実際に抵抗するのでは天と地ほどの差がある。

 何故ならば、魔王軍と戦えば、勝とうが負けようが被害が出るからだ。

 恐らくは、数百数千では効かない、甚大なる被害が。

 更には最悪、地方そのものが消滅する可能性すらもある相手なのだ。

 戦いを避ける手段があるのならば、それを選びたくなるのが為政者としての性だろう。


「兄上は、ここまで見越していたのだろうか……」


 絶望の結論が出てしまったところで、アルスはふと兄であるカインの姿を思い出す。

 魔王軍に与して、魔王に屈服してしまっていたカイン。

 その判断はある意味、一つの正解だったのかもしれない。

 魔王軍という強大過ぎる相手に、勝てない勝負を挑むぐらいならば、大人しく服従を選んだ方が多くの民が傷つかないのかもしれない。

 最悪の場合、最後の王族であるアルス自身が命を捧げれば、魔王軍の進軍は止まってくれるのだろうか? などとさえ、考えてしまう始末。


「…………っ!」


 だが、それは出来ない、とアルスは己の弱気を叩き直した。

 アルスは既に、パラディアム王国の国王なのだ。

 テロリスト組織の善意に縋るような、全面降伏のような真似は出来ない。

 先ほどの事前通告も、所詮は言葉だけ。なんの保証も持たない宣言だ。仮に、全てが真実だったとしても、やはり取引の相手として信用することは出来ない。

 散々、王国の民を殺してきた相手の戯言など、信じるに値しない。

 そして何よりも、自分を信じて戦ってくれた共に、そんな情けない弱音など聞かせたくはないのだ。


「アーク共和国を名乗る反乱組織への対処は後回し。今は、魔王軍の対処に全力を注ぐ」


 力強く、抗うことを決めたアルスは家臣たちへと宣言する。

 今ある絶望を打ち砕き、王国の未来を得るために。

 強大な相手と戦うのだと。


「王都には最低限の戦力だけを残して、予備戦力も含めた残り全てを王国西部へ向かわせる」


 ただ、狙うのは魔王軍の撃破ではない。

 あくまでも時間稼ぎだ。


「王城のポーション在庫を空にしてもいい。S級テイマーたちの回復を急がせろ」


 本命はS級テイマー。

 トップテイマーはなくとも、未だ、王国に所属するS級テイマーは精強揃い。

 きちんと回復さえすれば、魔王軍の戦力にも対抗できるだろう。


「こちらの特記戦力であるトーマ・アオギリの様子は、僕が直接確認する。彼が動けるのと動けないのでは、何もかも前提が違うからね」


 そう、時間の猶予さえあれば、トーマも蘇るのだ。

 規格外の超越者ならば、このような絶望も鼻歌交じりに覆してしまえる。

 ただし、それは魔王を有する魔王軍も同じ。

 即ち、この勝負はある意味、どちらの超越者が先に復帰するかの勝負でもあるのだ。


「へ、陛下、その件についてなのですが……」

「む? 発言を許す。何かあるのか?」


 これから先の激闘を思い、表情を引き締めるアルスへ、部下が報告する。


「先ほどの事前通告の衝撃で報告するのが遅れてしまったのですが、その」

「ふむ、なんだ?」

「…………トーマ・アオギリが消えました」

「ん? …………んんん?」

「メアリー・スークリムに、伝言として『ちょっと魔王軍追撃してくる』と残して」

「…………えぇ?」


 常人など遥かに凌駕する、超越者の奔放とした行動を。



●●●



 魔王軍の空飛ぶ城の中には、精強なる者たちが集っている。

 S級に相当するテイマーたちが、五十四人。

 単独でS級魔物を屠るだけの武人が、七人。

 固有魔法の獲得に至ったウィザードが、二十四人。

 その全てが、魔王軍が密かに集めた一騎当千の強者たちばかり。

 たとえ、その数が百人に満たないだけの数だったとしても、十分に王国を蹂躙するだけの力を持った者ばかりだった。

 ただし、その意志は統一されていない。


「さて、王国の強者とどれだけ殺し合えるか。マサムネ殿に取られぬよう、遭遇運があることを祈ろう」


 一人の武人として、強者を求めるために戦いに乗った者。


「王国を潰す……我が一族の悲願が叶う時が来たとは!」


 受け継がれる復讐者として、一族の悲願を果たすために参加した者。


「ああ、ああっ! 早く、可愛らしい子供たちの悲鳴を聞きたいわ!」


 戦乱の中、邪悪なる欲望を満たそうとして潜り込んだ者。


 様々な欲望、信念が混ざり合い、空飛ぶ城――魔王城の中は混沌とした戦意に満ちていた。

 だが、それでも自我の強い者同士で争いになることは少ない。

 王国の戦いの前に、互いの戦力を削るような愚行は起こらない。

 何故か?

 それは、この組織が魔王軍だからである。

 魔王という規格外の力を持った個人の下、強力な力を持つ四人の幹部が力によって部下たちを統率しているからだ。

 集まった者たちの多くは強者であるが故に、更なる強者の言葉を良く聞くものが多い。

 そう、魔王軍は力のルールによって、一定の規律を保っているのだ。

 けれども、それも今日まで。


『王国西部の境界まで、後五分だよ。各員、準備は欠かさないように』


 魔王城内に響き渡るフェイスのアナウンスは、我慢のタガを外す合図だ。

 一度、王国への侵略が始まってしまえば、後はもう強者たちは止まらないだろう。

 フェイスが事前通告で『降伏するのならば魔王軍は手を出さない』と言ったものの、この強者たちは己が欲望のためならば、魔王軍から離脱することも躊躇わない。

 そして、魔王軍は離脱した者を咎めない。

 流石に、一度保護した人々への虐殺を認めないだろうが、逆に言えば、魔王軍の保護が開始される前ならば、何をしても魔王軍は感知しないつもりなのだ。


 そう、アルスの懸念の通り、魔王軍は『信頼に値しないテロリスト集団』であるが故に。

 これからの戦いは、何がどう転がろうとも、凄惨なる戦争は避けられないだろう。

 既に、火蓋は切って落とされたのだ。

 もはや、この侵略を止めることなどは出来ない。



「いよぉ、昨日ぶり」



 ただ一人。

 蒼穹の中、飛行する魔王城の前に立ち塞がったトーマ以外は。


「リベンジに来たぜ、魔王軍」


 宣言するトーマの右拳は、曙光の如く輝いていた。

 圧縮に圧縮を重ねた、膨大なる魔力によって輝いていた。


『各員、防御態勢――』


 フェイスが必死の声で魔王城内へと警告を発するが、既に遅い。


「とりあえず、落ちろ。城が飛ぶのは目障りだ」


 トーマの一撃は幾重にも重ねられた魔術防壁を易々と貫き、魔王城へと直撃した。

 魔王城の空域を守っていた、全ての魔物を余波で吹き飛ばして。


「さぁて、絶好調からは程遠いが――――何人、殺せるかな?」


 トーマはまるで、困難に挑む冒険者のように、輝いた目で魔王城の内部に飛び込んでいった。

 魔王軍が集めた一騎当千の強者たち、その全てを屠るために。

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