第117話 内乱の幕引き
王都から遠く離れた森林地帯――否、『森林地帯だった場所』に、八体の魔物が転がっている。
【原初の緑】は、全身の骨を折られた上に、心臓を抉られて。
聖者の幽霊は、霊体を微塵に引き裂かれて。
神人が作り上げたゴーレムは、ばらばらのスクラップになって。
鬼神は頭部を潰されて。
炎の精霊はマッチの火程度の残り火だけで。
【原初の黒】は、胴体と頭部を切り別たれて。
白衣のリッチーは袈裟に胴体を切り裂かれて。
異邦の最終兵器は心臓を貫かれて。
――――それでもまだ、完全に死んでいない。
この場に居る二人の超越者により、その魂が輪廻に還らぬように保全を受けているからだ。
『…………』
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇっ……」
二体の超越者――魔王とトーマは互いに向かい合い、静かに睨み合っていた。
その周囲の有様は壮絶の一言。
大地は抉れ、木々は焼き払われ、空間は捻じれている。
常人ならば、一歩足を踏み入れただけで即死するような空間だ。
そんな空間の中で、魔王とトーマは当然のように互いに敵意をぶつけ合っている。
「ぐ、げほっ、ごほっ」
だが、流石にトーマの傷が深い。
右手は所々、肉が抉れて骨が見えている。
左手は切断されたのを無理やりくっつけたため、まだまともに動かない。
両足は度重なる超速度での移動のため、既に肉が割れ、骨が軋んでいる。
胴体には致命傷にならない程度の、いくつもの切り傷。
顔にはいくつもの打撃の痕と、頬から舌が見えるほどの切断痕。
全て、トーマが万全だったのならば、一瞬で治すことが可能な傷ではあるが、今のトーマはそれに割くリソースすら惜しむ有様だった。
けれども、それは当然のことだ。
魔王とトーマは同格の実力者であるというのに、魔王が使役した魔物はS級最上位が五体。
しかも、単に従えただけならば付け入る隙はあったというのに、魔王はテイマーとしての素質もあるのが、使役する魔物との連携も完璧だった。
故に、トーマは無理をした。
テイマーとしての戦力不足に加えて、純粋なる技量不足。
それを補うために自身を過剰に動かして、結果、この有様となっているのである。
『トーマ・アオギリ。かつてないほどの強敵だったぞ、お前は』
対して、剣を構える魔王の姿に目立った傷は無い。
当然だ。
その漆黒の全身鎧が砕けぬ限り、魔王が傷つくことは無い。
全身全霊のトーマと一対一の戦いならば、あるいはそのようなことも起こりえたかもしれないが、今回は従える魔物の戦力差によって魔王は傷つかずに済んだ。
その事実に、魔王は油断しない。
出来るわけがない。
傷一つないことは即ち、余裕の勝利ではない。
仲間を全て戦闘不能にまでされているのだ。
仮に、魔物の数が同数だった場合、今、ここで血反吐を吐いているのは魔王だったかもしれない。
『お前のことは忘れぬ』
故に、魔王は一切の油断なく赤黒い剣を振るう。
全力の一撃で、確実にトーマの命を奪うために。
「――――くはっ」
だが、魔王は知らない。
トーマが一番恐ろしい状態は、体調万全の全身全霊の状態などではなく、疲労困憊の敗色濃厚の時なのだと。
『ぬぅ!?』
魔剣が振るった剣の軌跡は、トーマの首を斬り飛ばすものだった。
全力の一撃であり、回避も防御も不可能であるというのが、魔王の見解だった。
しかし、赤黒い剣は、魔剣グラムの刃はトーマの命に届かない。
首の皮一枚も切ることなく、余りにも軽々と振るわれた拳によって弾かれたのだ。
「は、ははははっ! あはははははっ! 『こう』か! ああ、ようやくわかった! こうすればよかったのか! なんだ、わかれば簡単だ!」
哄笑を響かせながら、トーマが拳を振るう。
あまりにも軽々とした、万全の体調の時からは程遠いはずの一撃。
けれども、それは何故か雷を超えた速度となって、魔王の鎧を砕いた。
『ぐぬぅ!?』
右肩を守っていた鎧が、ひび割れ、砕ける。
今まで、トーマの打撃を受けきっていた、神人の技術で作られた最高峰の鎧が、先ほどの一撃は受けきれぬと破砕されていた。
「はははっ!」
トーマの攻撃は終わらない。
何かの境地に達した拳を振るい、次々と魔王の鎧を砕き、その中身にダメージを負わせる。
その様子は、先ほどまで満身創痍だった者とは思えない。
一体、何故、この窮地からトーマは息を吹き返したのか?
「やっぱりいいよなぁ、負けそうな時っていうのは! 命を感じる! 全てが冴え渡る! ああ、今なら何でもできそうな気分だ!」
それは、トーマという超越者は『逆境ほど加速するように成長する怪物』だからに他ならない。
かつて、B級トーナメントの際、逆境勇者のクサナギの気質を見抜いたのも、つまりは『同類』だからこそ。
逆境に陥った時、圧倒的な理不尽に抗う時、そんな時にこそ真価を発揮する勇者。
トーマもまた、そうなのだ。
過去に幾度も理不尽なほどに強い相手と戦い、窮地に陥り、時には無様に逃げ延びながら、それでも最終的には勝利を収めてきたのだ。
そう、超越者の如き強さを持っている癖に、トーマが一番強い時は、死と敗北を感じるこの窮地に他ならない。
「魔王、感謝するぜ! お前のおかげで、俺はもっと強くなれる!」
『っつ! ぬかったわ! まさか、あれほどの力を持ってなお、本質は逆襲者だとはな!』
強くなる、強くなる。
魔王の戦いを見て学び、その経験を吸い取って強くなる。
それはもはや、付け焼刃なんて言葉では表現できない現象だった。
――――逆襲と覚醒。
強者への逆襲を成し遂げるため、新たなる自分への覚醒。
それこそが今、魔王を圧倒しているものの正体だった。
『ならば、我も応じよう! その成長に食らいつこう!』
だが、魔王もまた逆境に抗う者だ。
鎧を砕かれ、肉を潰され、内臓にも甚大なダメージを受けながらも、魔王は剣を振るう。
強くなっていくトーマの成長を観察し、更にそれを自分の糧とするように強くなる。
『「うぉおおおおおおおおおおおっ!!」』
鏡合わせのように、二人の超越者は互いに加速しながら強さの次元を駆け上って行く。
――――ガシャン!!
そして、遠く離れた王都の結界が破壊された瞬間、互いの拳と剣が止まった。
「ここまで、か」
『互いに、そのようだな』
二人は睨み合ったまま、まるで合わせたようなタイミングで互いに手を振るう。
次いで、互いの魔物たちが、互いが隠し持つ隔絶空間へとしまい込まれた。
「次は殺す」
『次は勝利する』
魔王は魔剣から染み出た赤黒い闇に沈むかのように姿を消す。
トーマは外面のみを一瞬で治療した後、王都に向けて音速を超えて駆け出す。
自分以外が成し遂げた戦果を確かめるために。
●●●
王都の結界の消失により、魔王軍は撤退した。
「やれやれ、早々上手くはいかないか。でも、これで目的は果たせたかな?」
フェイスは追手から逃げ回りながらも、配下や四天王を回収。
誰一人として残さず、囚われさせずに、王都から撤退して見せた。
「医者じゃなくてもいい! とにかく回復魔術を使えるものを集めろ!」
アルスは魔王軍に対して追手を出すよりも先に、王都の混乱を収めることを選んだ。
負傷者を集めて、トリアージに基づいた処置を行い、少しでも零れ行く命を救いとるために。
不幸中の幸いとして、王都が半壊した範囲に病院は無い。
そのため、負傷者を癒すための人材は辛うじて足りていた。
もっとも、それは即ち、治療する負傷者がさほど多くないことを意味しており――もはや、治療する意味の無い者も多くいることを示していた。
「一体、なんなんだ!? 王都の警備はどうなっている!?」
「王が殺されただと!? そんな馬鹿な!」
「もう転移は使えるんだろ!? だったら、早く帰ろう! こんな場所、一秒でも居たくない! 家に帰ろう!」
「うあぁあああん! お父さん、お母さん、どこぉ!?」
魔王軍が撤退してもなお、王都の中は混乱の真っただ中だ。
そもそも、魔王軍が撤退したという情報を信じる者と信じない者も居る。
アルスが必死に混乱を収めようと尽力しているものの、王都の半分が潰れ、王が死んだという衝撃は易々と収まらない。
生き残った騎士団による避難誘導が行われ始めているが、それでも、この未曾有の内乱の後始末は一週間では終わらないだろう。
――――否、終わらせないだろう。
何故ならば。
「旗を立てろ! 我らが領土に旗を立てろ! 新しい国の旗を!!」
王都の内乱は終わったとしても、各地方の反乱はまだ終わっていないのだから。




