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第116話 王族の宿命

 心の中にはいつも、一匹の獣が棲んでいた。

 その獣は飢えていた。

 最高の食事、最高の教育を受けようとも、その獣は飢えていた。

 故に、幼い頃はその飢えを満たすためになんだってやった。

 武術、魔術、スポーツ、遊戯、なんにでも手を出した。

 それでも収まらない。

 愛に飢えているのかと思い、年相応の少年らしく恋などに現を抜かす真似をしたこともある。

 だが、それでも収まらない。

 獣は飢えて、渇くばかり。

 ならば、倫理から外れることを望んでいるのかと言えば、そうでもない。

 試そうとした時点で吐き気が湧いてくるのだから、明らかに違う。

 ならば、なんだ?

 獣が求めるものは何だ?

 その答えは、生まれた時から示されていた。


 ――――王冠。


 パラディアム王国の頂点である証明。

 獣はあれが欲しくて仕方がなかったのだ。

 己が一番であるという証明がしたかったのだ。

 たとえそれが、茨の道だったとしても。

 王位継承権第二位。

 第二王子。

 カイン・パラディアムは己の渇望に従い、王位を目指していた。


 研鑽を怠ったことは無い。

 朝早くから夜遅くまでの間、カインはあらゆる鍛錬に費やした。

 武術、魔術、帝王学から社交界に必要なあらゆる技術。更には、一見不要な盤上遊戯すらも、何でもカインは鍛え上げた。

 才能はあった。

 特化したものではなかったが、万能者としての才能はあった。

 何かの分野で頂点は取れずとも、二番手や三番手になる程度の才能はあった。

 だからこそ、カインは広く様々な分野を学び、鍛え上げ、己の武器とした。

 将来、王になった時、役立てるために。


 社交は得意中の得意だった。

 カインは生来、他者を従わせるカリスマに秀でていた。

 存在感だけで他を圧倒するだけではなく、相手が本当に望むものを察する観察眼があったのである。

 これにより、カインは多くの味方を作った。

 父親にして王であるカール・パラディアムの政敵を味方に付けて。

 才能の卵を支援し、有能な人材を自らの陣営に引き込んで。

 多くの仲間を作った。

 全ては、来るべき時へと備えるために。


 第一王子。

 カインの兄は優秀だった。

 王になる者として、優秀過ぎるほどに優秀だった。

 乱世ならばともかく、善政を敷くカールの後を継ぐ者としては第一王子が最適だった。

 普通の流れならば、王位継承権第一位の第一王子の立場は揺らがない。

 次の王は、カインの兄だ。

 だが、それを阻止する方法があるとカインは考えていた。

 いくらカールが善政を敷こうが、王国全土には歴代王家が積み重ねた『罪』がある。

 火種が積もりに積もっている。

 それに少しばかりを火を着けて、王国を乱せばいい。

 平時ならば、兄には絶対に勝てない。

 暗殺者を送ろうにも、兄の周囲は王の手によって盤石に固められている。

 カインが持つ人材だけでは確実に排除できない。

 故に、一度乱世にすることによって、その混乱に乗じて王位を簒奪しようとするのが大まかなカインの計画だった。


 計画が狂ったのは、漆黒の偉丈夫――魔王に出会ってしまったからだ。

 反乱分子を纏めるため、未開拓地近くの有力者へと挨拶へと向かう時、カインは先んじでその有力者と会っていた魔王と顔を合わせてしまったのだ。


『ほう、王家の人間か』


 カインと顔を合わせた魔王は、平然とした声で殺意を向けて来た。

 まるで、『害虫がそこにいるなら排除しなければ』という不快感による殺意だった。


「いやいや、我が王。まだ動く時じゃないですって」


 カインが生き延びたのは偏に、魔王の傍に控える無貌の仮面の青年――フェイスが口を挟んだが故のことだった。


「わかります。我が王の気持ちはわかります。ぶち殺したいでしょう、王家の人間を。しかし、我慢。我慢ですよ? まだ事を露見させてはいけないです」

『むぅ……わかった。我、我慢するぞ』

「流石、我が王! 話がわかる素晴らしいお方……さて、と。それはそれとして、こんなところで偶然会った幸運を無為にする必要はないよねぇ」


 だが、生き延びたことは即ち、何事も無く逃げ果せたという意味ではない。

 魔王と大魔導士フェイス。

 二人の暴威を前に、カインが今まで集めた『力』は何の意味も無かった。

 王国精鋭にも勝る、護衛の騎士たちも。

 在野の天才たちを集めた、S級に匹敵するウィザードたちも。

 圧倒的な力の前には、まるで意味を為さなかった。


「さて、と。これで話しやすくなったよね? うん。それじゃあ、ここからはお話をしよう。僕と君が、これからお互いに上手くやるための話し合いを」


 そして、カインは魔王軍に屈服した。

 生きながらえるために、魔王軍との協力関係を結ぶことになった。

 幸か不幸か、カインが今まで培ったコネクションは、魔王軍が喉から手が出るほど欲しかったものであり、協力者として無下に扱われることは無かった。

 むしろ、魔王軍へとある程度の影響を与えられるほど重用されることになった。


「強く……強くならなければ」


 だからこそ、カインは魔王軍の手を借りて、更なる力を求めた。

 魔王という絶対的な力を知った今、弱いままで居ることには耐えられなかった。

 そのために、『超人化手術』なんて怪しい改造を受けることもした。

 魔物と同化することも。

 魔剣を手にすることも。

 全ては、力を手に入れるため。

 魔王軍が王国を打ち倒した後、新たなる王として君臨するために。

 カインはありとあらゆる手段を尽くしたのだ。


「終わりです、兄上」

「…………ぐっ」


 そして今、カインの積み上げた全てが、力が、かつて見下していた弟によって失われようとしていた。



●●●



 兄弟喧嘩という名の殺し合いを制したのは、アルスだった。

 理由は単純にして明白。

 ――――魔物は人間よりも強いからだ。


「がはっ……」


 カインは全身から血を流し、再生が追い付かないほどの致命傷を受けている。

 どうにか立ち上がろうと魔剣を杖に力を込めているが、それも数秒の間だけ。

 どしゃり、と力を失って倒れこむ。


「兄上、油断しましたね。ムーコは一時的ならば、真体であったとしても体の大きさをある程度変えられるのです。そして、ムーコの『世界食らい』は、世界そのものへと改変の力。同等以上の魔力を込められぬ者では、これを受けて致命傷にならない者は居ません」


 カインの肉体は今、全身の四割ほどを失っていた。

 ムーコの巨大な顎によって喰らわれ、嚙みちぎられたのだ。


「…………は、はははっ。まさか、この俺を殺すのが、よりにもよってお前だとはな」


 カインはしばらく藻掻いていたが、やがて諦めたかのように力を抜く。

 その目からは、段々と生気が失われていた。


「兄上、今更ですが一つ訊いても?」

「ああ、どうせ死ぬんだ。なんでも答えてやるさ」

「……何故、配下の者を使わなかったのですか? 貴方ならば、強い護衛もたくさんいたはずでしょうに」

「それはお前もそうだろう?」

「…………僕の場合は、単純に邪魔だからです。ムーコが全力で戦う時、下手な味方は邪魔になります」

「く、くくくっ。容赦ないな。だが、それが良い」


 カインはしばらく喉を鳴らして笑うと、ごふっ、と吐血をする。

 ごふ、ごふ、と何度も口から血を流した後、それでも不敵な笑みで応えた。


「俺の場合は、無駄だからだ。この場はあまりにも簡単に死に過ぎる。強い護衛と言うが、結局は今の俺よりも強い護衛は手に入らなかった……ならば、無駄にこの場で命を散らすことは無いだろうよ」

「兄上……」

「アルス、我が弟よ。こんなことを俺が言えた義理では無いが、仲間を失わぬようにしろよ。あれは、あれは酷く虚しいからな……」

「…………」

「たとえ、それが……他者を失わせることが、王族の宿命だとしても……それでも、俺は、失わぬ、強さが……王冠が…………」


 何かを言い残そうとして、けれども言葉の途中にカインは息絶えた。

 覇王の素質を持ち、魔王と内通していた反逆者は、第三王子であるアルスが討ち取った。


「兄上」


 だが、アルスの表情は晴れることなく、何かを堪えるかのように唇が震えている。


「僕は、兄上が嫌いではありませんでしたよ……たとえ、見下されていたとしても」


 胸の内にわだかまる言葉を、アルスは震える言葉でようやく吐き出した。

 そして、次の瞬間、王都の空を覆っていた結界は音を立てて砕け散って。


「遺された王族として、責務を果たして見せます。どうか、安らかに」


 失われていった全ての者に対して言葉を向けると、アルスは動き出した。

 多くの者を失わせた、この反乱を終わらせるために。

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