第115話 王子、二人
アルス・パラディアムは第三王子だ。
諜報機関を部下としており、いくつもの『影』を従えている。
その他、護衛の騎士なども普段は周囲に侍らせている。
だが、今この時、アルスは周囲に部下を置かない。
何が起こるかわからないような騒乱の中、それでも部下を手元に置かない理由はただ一つ。
「シータ」
『み、みみみみ、みつけた! みつけた!』
「ムーコ」
「きゃはっ! わかってるよ! 真体はまだお預け! この体で戦う!」
「スカサハ」
『…………任務、了解』
邪魔だからだ。
S級に匹敵するテイマーであるアルスにとって、この状況での人間の部下は必要ない。
むしろ、戦う上で邪魔になるから遠ざけているのだ。
本来、王族が直接戦うというのは愚行極まりないことだとしても。
それでも、必要としている戦力が自分自身であるが故に、アルスは単独――否、仲間たちと共に第二王子であるカインを追う。
反逆者を、殺すために追っている。
「まったく、S級を三体も御するとは。案外、お前が我ら兄弟の中で一番才能があったのかもしれないな」
「――――っ!」
探しているカインは、思いもよらぬ場所から姿を現した。
即ち、アルスの頭上。
入り組んだ王都の建物――その屋上から飛び降り、アルスの仲間たちが察知するよりも先に、アルスの命に白銀の刀身を届かせようとしている。
「温いです、兄上」
しかし、アルスはその程度の奇襲に動じない。
素早くシータを動かし、カインの剣を防ぐための肉盾にする。
「ちぃっ! 増殖系は斬っても死なないから困る!」
「スカサハ」
カインの剣を防いだその後は、スカサハへと指示。
アルスは明確にカインの命を奪う殺意を持って、スカサハに攻撃させる。
無色透明の騎士からの攻撃。
しかも、歴戦の英雄にも匹敵するほどの力を持ったスカサハの攻撃。
仮に、王国騎士団の精鋭であっても為す術無く死ぬしかない、S級魔物からの攻撃。
――――ギィンッ!
それを、アルスは平然と弾いて見せた。
「はっはぁ! 気配で読めるんだよぉ、気配でぇ!」
白銀の装飾剣を振るうカインは、スカサハの攻撃を幾度も防ぐ。
「おらぁ!」
『――っ!?』
加えて、それだけではなくスカサハへと反撃さえして見せた。
英雄個体ですら死ぬしかないS級との戦闘を、平然とこなしているのだ。
「兄上、一体何を為されたのですか?」
その結果に、アルスは眉を顰める。
カインは確かに、武術と魔術に秀でた才能を持つ王子だった。
だがしかし、S級の魔物と直接やり合えるだけの力は無かったはずだった。
強くはあってもあくまでも人間の範疇。
スカサハと対峙すれば、抗うことは出来ても戦いになるほどの力は無い。
だからこそ、多くの仲間を増やし、強いテイマーやウィザードで回りを固める。
そういう戦い方をする人間だったと、アルスは記憶している。
「何を、だって? そりゃあ、決まっている。悪魔に魂を売ったのさ!」
しかし、今のカインは一人だ。
護衛と合流するために逃げたのかと思いきや、戦いに出てきたのはカイン一人だけ。
しかも、かなり強い。
S級の魔物と同等以上の強さだ。
「そのおかげで、今は実に良い気分だぞ、アルスっ!」
幾度の剣戟の後、カインが振るう刃はスカサハを押し飛ばした。
そして、今度こそアルスを仕留めるため、シータの肉盾ごと両断しようと構えて。
「かぶっ!」
真横から、空間を噛み砕く一撃を受けた。
「ぐぎっ!?」
影絵を作るかのように、両手を挟み込み、空間を『噛み砕く』ムーコの一撃。
その殺意をカインはギリギリで察知していたのか、体が空間ごと粉砕される前に、辛うじて回避することに成功した。
「…………ヨルムンガンド。未開拓地深部に生息する創世神話の怪物。ああ、まったく。我が弟はとんでもない力を手に入れたものだ」
左腕を犠牲にすることによって。
「力じゃないですよ、兄上。大切な仲間です」
「仲間も力だろう? しかし、嫉妬するな。俺は力を得るため、色々と犠牲にしたというのに。ほら、この通り」
だが、噛み砕かれたはずの左腕は再生する。
ぞぞぞぞ、という音を立てて、カインの体内からわき出たワインレッドの血液――否、血液に擬態した魔物の力によって。
「魔物をその身に埋め込んだのですか?」
「くくっ。『その程度』で、これほどの力を手に入れられるわけがないだろう? もっと色々だ。そう、例えば――――狂え、『ダインスレイヴ』」
白銀の装飾剣が、一気に赤く染まる。
さながら、血液でも被ったかのように。
「はははぁっ!」
同時に、カインの身体能力が急激に上昇した。
剣を横薙ぎに振るっただけで、周囲の建物は切り刻まれ、吹き飛んでいく。
『ままま、まもる!』
「助かった、シータ」
シータが割って入って守らなければ、その刃はアルスにも届いていただろう。
「魔剣による強化ですか! 寿命が縮みますよ!?」
「くくっ! 殺し合いの場で今更何を!」
ムーコが正面から相対し、スカサハはあらゆる死角から奇襲を繰り返す。
アルスがジョンというテイマーとして行う、強みを押し付ける定番のコンビネーション攻撃。
「今更、今更だぁ!」
しかし、それでも今のカインを削り切るには足りていない。
「俺の肉体は既に、魔王軍の『英雄化』手術によって改造されているんだよ! ただの人間からは程遠い! 寿命だと!? そんな問題、とっくに克服したわ! この心臓に、不死鳥の血液をぶち込んでな!」
ムーコの空間破壊の一撃、スカサハによる奇襲。
それらをギリギリの見切りで回避し、アルスは魔剣を振るう。
人間を超える魔力によって、たっぷりと魔剣を強化した上で、斬撃の範囲を拡張する一撃を振るう。
『うぎゃっ!?』
「くっ!」
その拡張された斬撃は、シータの肉盾を貫通した。
アルスが身を伏せねば、胴体を両断していたほどの威力を発揮した。
「力だ……力だ、我が弟よ。力が無ければ、何も為せぬのだ! だからこそ、お前もその魔物たちを従えたのだろう!?」
「僕は――」
「俺は! 力を手にしたお前が羨ましかったぞ!」
振るう。
鍛え上げた武術の腕で、カインは魔剣を振るう。
強化する。
鍛え上げた魔術の腕で、カインは魔剣を強化する。
「俺の積み上げてきたものを凌駕する力を得たお前が、憎らしく思えたぞ!」
「――っ!」
「理不尽なものだ、テイマーとは! 人間が積み上げたものを易々と蹴り飛ばす! 魔物を従え、人間の強さを超えていく!」
「兄上、僕たちは――」
「挙句の果てに」
カインの顔から表情が消えた。
先ほどまでは、怒りと笑みが混じった表情だったというのに、今では能面のように何の感情も浮かんでいない。
「俺は、魔物や人間なんて区分など超越した怪物に出会った。出会ってしまった。あの力の化身に。魔王に」
振るう剣筋が研ぎ澄まされていく。
語りながらも、カインの集中は高まり、段々とその間合いをアルスへと近づけていく。
「勝てるわけがない。あの魔王に、我らが王国は勝てるわけがない。だから、我は服従した。屈服した。父上が死んだ後の算段も立てた。だというのに」
だん、と力強いカインの踏み込みと共に、魔剣が振るわれる。
それはアルスの命を奪う軌跡を描こうとしたが、怒りの表情を浮かべたムーコによって止められる。がぢん、と思い切り魔剣に噛みついて。
「お前には、あの魔王にすら匹敵するほどの力もあったとは、な。ああ、あの時は正直、負けた気分だったぞ、アルス」
「…………兄上」
カインとムーコは互いの力で押し合う。
その隙を狙ったスカサハの一撃が、カインの背中に突き刺さるが、致命傷にはならない。
カインの体内に潜む液状魔物によって止められたのだ。
「訂正してください」
そんな魔物たちとの拮抗の中、カインは見た。
「二度目です、兄上。僕の仲間と友達を、『僕の力』なんて安易な価値観で定義しないでください」
死が迫りくる中、怯えではなく、その瞳に怒りを宿したアルスの姿を。
「僕らの絆を、馬鹿にしないでください、この野郎ォ!」
アルスは怒りを携えたまま、さほど鋭くない拳でカインの横っ面を殴り抜いた。
「――――は?」
それは紛れもない愚行で、意味の無い行動のはずだった。
魔物からの攻撃でもない、大したことのない、今のカインには何の痛痒にもならない一撃。
「あ、アルス……お前……っ!」
しかし、カインの表情は歪んだ。
魔物たちの攻撃を受けた時よりも遥かに歪み、わけのわからない怒りに満たされていた。
「兄を殴るとは何事だ!?」
「うるせぇ! 殴られるようなことを言うからだろうが、馬鹿兄上ェ!!」
かくして、王子は二人。
殺し合いの果てに、生まれて初めての兄弟喧嘩をすることになった。




