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第113話 復讐するは我にあり

 それは偶発的な接触だった。

 マサムネが己の仕事を終えて、『さて、今日の目玉イベントでも見学しようかな』と王都の中を闊歩している時の出来事だった。


「おっと」


 路地の影から、殺意を抑えられて放たれた剣閃。

 マサムネはそれを刀で切り飛ばし、にぃと愉快そうに頬を歪める。


「いやはや、困っちまいましたねぇ。小生はこれから是非とも見学したいイベントがあるってのに。ここまで情熱的なお誘いがあるとは」

「…………相変わらず、その歪な欲望は変わっていない」


 路地の影から、一人の姿が浮かび上がる。

 白銀の鎧に身に纏い、聖剣を持つ騎士見習い――否、復讐者の姿が。


「貴様を殺しに来たぞ、マサムネ・ソーキ」

「ちょっとは腕をあげましたかい? お嬢ちゃん」


 セラ・クロスロード。

 マサムネに父親である最強の騎士を殺され、その復讐のため、トーマの弟子となった少女が今、復讐相手と邂逅したのだった。


「師匠の誘いには乗ってみるものだ。新年祭を楽しみに来て、まさか貴様に遭うとは思っていなかったが」

「そうですかい。ですが、まぁ、合縁奇縁と言いますので、そういうこともあるでしょうぜ」


 じりじりと二人の剣士は互いの間合いを測り合いながら、場の緊張を高めていく。


「それで、やりますかい?」

「やるに決まっているだろうが」


 そして、マサムネの軽い挑発に、セラは食い気味に乗った。


「貴様を殺すために、私は地獄を乗り越えたのだから!」


 踏み込み、振るわれるは聖剣。

 セラの身の丈ほどの刀身のある、大剣型の聖剣。

 その勢いたるや、いつぞやで立ち会った時のセラを軽く凌駕している。

 以前は暴風の如き勢いて、相手を圧倒するための剣技だった。

 しかし、今は振るう剣の迫力は増しつつも、剣技は研ぎ澄まされている。

 無駄な力は削られ、書道の達人の一筆にも似た流麗な動きとなっている。


「ほう、鍛え上げたもんだ!」


 マサムネは感心の言葉を共に受け止めた。

 決して太くない腕、巨大ではない刀で、易々とセラが振るう剛力を受け止めたのだ。


「当たり前だ!」


 荒々しさの中に流麗なる動きが込められた剣技。

 セラはトーマの修行を受けながら、自身で己の剣技を磨き上げていたのである。

 常識外のあらゆる出来事で、強制的に肉体の性能を引き上げられたからこそ、改めて冷静に己の剣技と向き合い、新たなる境地に辿り着くことが出来たのだ。


「いいねぇ、素晴らしい」


 その成長、その練磨された技に、マサムネは愉悦の笑みを浮かべた。

 強き者と戦うことこそ、生の意味だと言わんばかりに。


「ならば、小生も礼儀として、『遊び』ではなく『殺し合い』をしやしょう」


 とん、と軽い足音が聞こえるマサムネの踏み込み。

 それを感知した瞬間、セラは考えるよりも先に後ろに跳んだ。

 そして、それは紛れもない正解だった。

 ――――ひゅんっ。

 一つの軽快な風切り音と共に、先ほどまでセラの首のあった位置に刃が通る。

 恐らくは、後、コンマ二秒でも動かなかったのならば、あっさりとセラは死んでしまっていただろう。


「さぁ、ここからが本番ですぜ、お嬢ちゃん」

「その舐め腐った態度が、気に入らない!」


 剣技と剣技がぶつかり合う。

 復讐者の剣技は、怒りはありつつも研ぎ澄まされた殺意によって繰り出されたものだ。

 剣鬼の剣技は、飄然としながらも冷たい殺意によって練り上げられたものだ。

 空気が裂ける。

 大地が揺れる。

 薄皮が切り裂かれ、血液が飛び散る。

 セラとマサムネは今、互いの空間を制圧し合うように剣を振り続けて。


「――っ!」

「ああ、残念」


 ほんの一呼吸。

 僅かにセラが揺らいだ――否、限界がやってきた瞬間を逃さず、マサムネが刀を振るった。

 セラの肉体を横に半分に断ち切る、そのような威力を持った一撃だった。

 そして、セラの剣技では今更、その致命的な一撃を避けることは出来ない。


「【虚心】」


 故に、だからこそ、その一撃が何の手ごたえも無く『すり抜けた』ことに、マサムネはほんの僅かに体重移動を狂わせた。


「隙、あり」


 荒々しくも流麗なる剣技がマサムネを襲う。


「ちぃ!」


 マサムネはとっさに剣で受け流そうとするが、それでも一瞬の虚脱が余計だった。

 紛れもない隙を狙い放たれた剣技は、マサムネの技量を持ってしても完全に防ぎきることは出来ない。

 ぱぁっ、とマサムネの血が散る。

 左腕の肩から、肘にかけての浅い一撃。

 されども、確かにセラは怨敵に対して一矢報いることが出来たのだ。


「なるほど、固有魔法ですかい」


 しかし、マサムネの表情に焦りも苦痛も無い。


「あの手ごたえの無さ。恐らくは空間の影に己の実態を隠し、虚影を現実に映し出す類の無敵化の類。ただ、この手の無敵化には時間制限か、あるいは攻撃の際には実体化していなければならないという制約があるか――――惜しい」


 むしろ、その顔に刻まれた笑みはどんどんと深まって行く。

 斬り合い、殺し合いに対する、歓喜を現すかのように。


「お嬢ちゃんがもう少し腕の立つ剣豪ならば、先ほどの一撃で小生の首を断てたってのに」

「心配は要らない。次は、必ず仕留める」


 再度、剣技と剣技はぶつかり合う。

 だが、今回はセラが優勢だった。


「お、おぉおおおおおおおっ!!」


 気合の叫びと共に振るわれる剛剣。

 それに加えて、固有魔法による『透かし』。

 相手を圧倒することを旨とした剣技に、虚実が入り交じっている。

 加えて、マサムネが経験の差でセラの剣技を掻い潜り、致命傷となる一撃を与えようとしても、あっさりと固有魔法によって透かされる。

 反対に、マサムネの体には細かい傷が増えて行った。

 虚実の混ざったセラの剣技に、翻弄されて、攻撃を受けきれなくなってきたのだ。


「マサムネ! ここで、貴様を屠る!!」


 行ける、とセラは確信する。

 この『流れ』は殺せる『流れ』だと。

 本来、この固有魔法による戦法の他にも、使役している魔物による攻撃を織り込んだ戦法もあった。だが、ここまで優勢ならば、相手に一息を吐かせる間もなく今のまま圧殺した方がいいと判断。

 逸る心を必死に乗りこなしながら、セラは今、復讐を遂げるための一撃を放とうとして。



「――――ああ、残念」



 ぱぁっ、と目の前で血が舞い散った。

 セラ自身の血だった。

 いつの間にか、セラは右肩から左わき腹まで袈裟に斬られていた。


「そこで一旦、冷静になれる判断力があったのならば、もっと楽しめたってのに」


 心底残念そうに呟くマサムネ。

 体を苛む痛みよりも、期待外れだと言わんばかりのその態度に、重傷を負いながらもなお、剣技を振るおうとして――――ぞくり、と死の気配を感じ取って止めた。

 止めて、固有魔法による防御を発動する。


「空間の影に隠れるっていうなら、その空間ごと切り裂けばいいだけの話ですぜ?」


 だが、それでも足りなかった。

 マサムネが振るう剣が、空間を切り裂いて、固有魔法による防御を破って、セラの手足を傷つける。正確にその腱を切り裂いて、行動の自由を奪う。


「――っ! ダンテ!!」

「おせぇよ」


 更には、セラが発動しようとした召喚魔術すらも切り裂く。


「仲間を呼ぶなら、もっと早く。撤退するなら、もっと早く、だ。お嬢ちゃん、いくらかマシにはなったものの、戦況を『見る目』ってのはまだまだ未熟だねぇ」


 マサムネの言葉に、セラは歯噛みした。

 気づいたのだ。

 行けると、優勢だと思っていたのは、全てマサムネが手加減した上でのことなのだと。

 少しばかりその手加減を止めれば、この通り、一瞬にして倒される程度の力量差があったのだと。


「ぐ、ううう!」


 気づけたはずだ、とセラは己の愚かさを悔いる。

 あの一合の戦い。

 マサムネとトーマが交差した、一瞬のやり取り。

 あのやり取りができる相手が、セラよりも遥かに強いトーマに危険だと思わせるほどの実力者が、少しばかり強くなった程度で敵うわけがなかったのだと。

 復讐心が目を曇らせて、セラは実力を測り違えたのだ。


「とはいえ、ここまで成長したのは驚きましたぜ? いやぁ、若者の成長速度ってのは度肝を抜かれる。小生の気持ちとしては、このまま見逃して更なる強者になるのを待ちたいんですがねぇ」


 悔悟に苦しむセラの下へ、マサムネは刀を構えてゆっくりと歩み寄った。


「これは『遊び』ではなくて『殺し合い』なもんで。流石に、相対したお嬢さん――いや、セラさんに失礼な真似はできねぇ」


 そして、心底残念そうにしながら、その刃を首へと振り下ろそうと構える。

 せめて苦痛なく、一瞬の内に殺さんとしているかのように。


「放て、『七色魔弾』」


 だが、セラの悪運はまだ尽きない。


「居たぞ! 第一王子を殺したテロリストだ!」

「誰か一人、負傷しているぞ!」

「警戒しろ! 遠距離攻撃だけに集中! 近づかせるな!」


 王都に居たS級テイマーたちが集合し、マサムネへと攻撃を開始したのだ。


「流石に、この場で食い散らかすのははしたない。ってなわけで、また次を楽しみにしていますぜ、セラさん」


 マサムネは即座に撤退を判断。

 数多に降り注ぐ攻撃を切り裂き、受け流し、瞬く間にセラの視界から消え去った。


「……ちくしょう!」


 歯噛みし、涙を流すセラは悔しさで顔が歪んでいた。

 情けをかけられて、生き延びることができて、ほんの少しでも安堵してしまった自分自身の弱さを責めるかのように。

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