第112話 統率者と月の愛し子
状況は変わった。
トーマと魔王、そしてヨハンという王都に於ける三つの極大戦力が消え去ったのだ。
王都の結界をぶち破り、外側へと転移してしまったのだ。
そして、誰もが口をつぐむ緊迫の三十秒が経過して。
「アルス王子、今の内に決めるわ」
「うん、それが最善だ」
メアリーとアルスが動いた。
S級テイマー三強の一人と、S級相当の能力を持ったテイマーが、仲間を同時に召喚した。
三体二組、合計六体の魔物でカインを蹂躙するために。
「ああくそっ! それは流石に無理だ!」
カインの判断は迅速だった。
この場に立ったからには何かしらの対策はしていたのだろう。アルスと相対していた時、一歩も引くことが無かったのは、何かしらの作戦やとっておきの戦力があったのだろう。
だが、戦う相手がアルスの他にメアリーも加わるとなれば話は別だ。
魔王は居ない。
ヨハンも居ない。
この場の動きを制する極大戦力は居ない。
だからこそカインは迷わず逃げた。
確実に、この場で息の根を止められると察知したが故に。
「逃がしません、兄上」
それでも、アルスの追撃はカインの逃走よりも速い。
影なる騎士、スカサハに先行させ、カインの息の根を止めるように命じている。
当然、ただの人間ではスカサハの攻撃を防ぐことは叶わない。
――――『花の香り』がこの場を満たさなければ。
『っつ!?』
スカサハの動きが鈍る。
途端に力を失う。
否、力を失っただけではなく、意識そのものが奪われそうになって。
「【緑風よ、在れ】」
緑の匂いが含んだ一陣の風が、『花の香り』を吹き飛ばした。
直後、スカサハの動きは戻る。
微睡んでいた意識も明瞭となる。
「トーマが開発した対抗魔術よ、四天王。この緑風が吹く限り、貴方の支配は及ばない」
風を纏うメアリーは、すっと王都の上空へと視線を向けた。
「ふくくく。やはり、私の対策はしていたようでありますなぁ」
そこには飛竜の背中に乗った、軍服姿の少女――ミーナの姿があった。
「とはいえ、対策がされていることを事前に考慮していれば、このようにやりようはいくらでもあるのであります――――そんなわけで、さっさと逃げろ、同盟者カイン」
「感謝するぞ、同盟者ミーナ」
ミーナの妨害により、カインの背中が王都の入り組んだ建物の奥に消えていく。
「アルス王子、ここは私に任せて」
「ああ、わかった! 頼むぞ、トーマの彼女さん!」
「ん、その認識とても良い。やる気が百倍になったわ」
アルスはそんなカインの後を追い、自らもまた建物の奥へと消えていく。
その行動をミーナは妨害しない。
正確に言えばできない。
一瞬でもメアリーから目を離してしまえば、その時点で敗北してしまうと理解しているのだ。
「ふぅむ、メアリー・スークリム。貴方は何度かトーマ・アオギリと共に我ら魔王軍の作戦行動を妨害していたようでありますが……なるほど、恋人同士だったと。ならば、奇妙なほど同じタイミングにS級のテイマーとウィザードが居るのが納得であります」
「……ええ、そういうことよ!」
真剣な表情で間違えた考察をするミーナに、メアリーは自信満々で頷いた。
たとえトーマの友達だろうが、敵対者だろうが、どんどんと誤解を広めて行って、その内に外堀を埋めきりたいと考えているのがメアリーである。
「ならば、貴方をここで捕らえることがトーマ・アオギリに対する絶好の攻撃に…………ならないのが困るでありますなぁ。奴の固有魔法、厄介すぎるであります」
「ん? トーマのあの魔法を食らったの? だったら、貴方に容赦は要らないわね。あれは卑劣な手段を取る奴を問答無用でぶち殺すためのものだから」
「策略と呼んで欲しいでありますが…………まぁ、仕方がない」
ミーナはため息を吐くと、すっとその身に殺意を滾らせた。
「ここで貴方を殺すことによって、トーマ・アオギリへの精神攻撃とするであります」
そして、パチンと指を鳴らす。
召喚魔術を行使する。
「来たれ、我が下僕」
応じるように、ミーナの背後に現れたのは五体の魔物だ。
自らを灯火のように燃え上がらせる巨人。
自らを凍土のように凍らせる巨人。
巨大な蜘蛛と牛に体が混ざったような怪物。
風と炎、雷を纏う山猫。
巨人にも負けぬほどの大きさの骸骨。
その全てがS級の魔物が五体、ミーナの背後に君臨していた。
「たっぷり私のフェロモンで洗脳した魔物であります。いくらその緑風だろうとも、簡単には解除できないでありますよ?」
ミーナはにやりと嗜虐が込められた笑みを浮かべると、すっと手を振り下ろした。
「さぁ、蹂躙の始まりであります」
かくして、蹂躙劇が始まったのである。
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モンスターバトルのデフォルトルールは何故、三対三の戦いなのか?
諸説色々あるが、その内の一つにもっともらしい説明がある。
曰く、平均的なテイマーの実力から鑑みて、三体までが魔物の使役の並行処理、その限界であるということだ。
無論、これには個人差もあり、S級テイマーの中には百体の魔物を操る、集団戦闘専門の者も居るのだが、その数は決して多くない。
場の状況を把握。
自分と相手の魔物の状況を把握。
その場に合わせた適切な指示を飛ばす。
モンスターバトルに於けるこの三つの行動というのは、意外に頭を使うものだ。
当然、扱う魔物の数が増えれば、この頭を使う処理の量も増えていく。
更に言うのならば、使役する魔物の格が高くなれば、その難易度も跳ね上がる。
何せ、S級魔物は正しく人外の遥か先に位置する存在だ。
そんな魔物の行動を正しく把握するだけでも、人間は魔術を用いて感覚器官を最大限まで強化しなければならない。
故に、モンスターバトルはただ、使役する魔物の格が高ければいいというわけでは無い。
魔物の格に見合ったテイマーとしての能力も必要となるのだ。
さて、この前提の上で、改めてS級を五体使役することの難易度を考えて欲しい。
ましてや、戦う相手がS級テイマー三強の一人なのだ。
それは蹂躙劇になるのが当然の流れだろう。
「な、なななななぁ!? 何故、こんなことになるのでありますか!?」
「…………馬鹿ね、貴方」
もっとも、それはメアリーが蹂躙する側の蹂躙劇なのだが。
「くっ! 巨人たち!」
ミーナは苦しい表情を隠さずに、二体の巨人に攻撃を命ずる。
「マレ、デンスケ」
だが、遅い。
あまりにも遅い。
ミーナが命令を下すよりも前に、巨人たちはマレの流動する肉体に囚われ、デンスケの電撃によって気絶していたのだから。
「牛鬼! 呪詛を全開に――」
「焼き払って、イグニス」
巨大な蜘蛛と牛の怪物――牛鬼は人間など容易く殺せる呪詛を放とうとするが、その前にイグニスのドラゴンブレスによって焼き尽くされた。
「精霊喰らいの山猫! 魔物ではなくテイマーを狙って!」
「その判断を下すのも遅すぎるわ」
精霊を喰らい、精霊の力を身に付けた山猫は、突風の如くメアリーの首を狩ろうとする。
だが、それも遅い。
既に巨人を屠ったマレがメアリーの前に立ち塞がり、どぷんと山猫を飲み込む。
その後、お決まりのデンスケによる電撃によるフィニッシュ。
メアリーによる戦術の中でもかなりの定番なもので、あっさりとS級の魔物は倒されていく。あまりにもあっけなく。
「がしゃどくろ!」
最後にはミーナが悲鳴を上げるように、巨大な骸骨――がしゃどくろを動かそうとするが、そもそも他の魔物がやられてから命令するというのが遅い。
「イグニス」
『ああ、憐れなる怨霊の塊を輪廻に還そう』
紅蓮の火柱ががしゃどくろを包むように立ち上がり、その骨を灰と化した。
「な、ななな……」
「恐らく、貴方の戦い方は『これ』じゃない。本来の戦い方は、魔物をとにかく多く集めた上での飽和攻撃。やらなかったのか、やれなかったのかはともかく、貴方はS級の魔物を五体も直接使役する方法を選んだ。でも、貴方はテイマーじゃない。テイマーとしての命令じゃなくて、洗脳者としての命令だった。だから、ろくに連携も出来ない。普段からコンマ一秒を争うテイマー同士のやり取りに慣れていない」
語るメアリーの言葉に容赦は無い。
S級テイマーの頂点を目指す者だからこそ、このように雑な戦いには厳しいのだ。
「貴方、一体誰の『物まね』をしたかったの?」
「――――っ!」
ミーナは怒りか、あるいは言い当てられた悔しさで絶句する。
何もかもがメアリーの言う通りだった。
ミーナの統率者としての戦い方は、これではない。
テイマーの戦い方を真似ようとも、慣れていないことは本職には劣る。
それでも、S級の力でごり押ししようとして失敗。
何もかもがメアリーの言う通りで――――けれども、まだ終わりではない。
「見事であります、メアリー・スークリム。私は慣れぬ真似をして、貴方に敗北した。それは認めるであります。だけど、魔王様の目的の邪魔はさせない。そのためならば!」
ミーナは腰に差していた短刀を引き抜き、自らの腕に刃を添える。
「【我が血肉を生贄に、降臨せよ――】」
「イグニス! あれを止めて!」
そして、嫌な予感がしたメアリーはミーナが何かしようとする前に仕留めようとして。
――――ばしゅん、とミーナの姿が消えた。
「へ?」
ミーナ自身の意思とは関係ない、強制的な転移だった。
まるで、『ここまで追い詰められた強制的に退場すべし』と誰かに設定されていたかのような、唐突な幕切れだった。
「…………とりあえず、アルス王子の応援に向かうしかないわね」
ミーナの行方が気になりつつも、メアリーはこの場での暫定的な勝者として次なる行動に移る。カインを制圧し、王都に於ける王族の権威をアルスに集中させるために。
「トーマがあそこまで気に入っている友達は珍しいのだし」
そして何より、幼馴染の友達を助けるために。




