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第111話 潰えぬ希望

「まったく、規格外にもほどがある」


 混乱が渦巻く王都の中、無貌の仮面を被った幼い少年――フェイスは嘆息した。


「流石はトップテイマーと言うことかな? まさか、あのトーマ・アオギリごと魔王様も別の場所へ転移させるなんて……この僕の結界をぶち破ってそんな真似ができるなんて。とことん、規格外ばかりで困るよ、本当に」


 フェイスは指先を空へと走らせて、即座に結界の修復を行う。

 まずは何よりも転移不可の機能の回復。

 その次に、王都を遮断する機能の回復を行わなければならない。

 今回の反乱はあくまでも、魔王軍に従うか、それとも死ぬのか、という不利な二択を押し付けるもの。そこに『逃げる』という選択肢が発生するような事態になってはいけない。

 王と第一王子を殺した時点で、既に『作戦』は成功したようなものだが、それはそれとして、可能ならば最善を目指すのがフェイスだ。

 ここで王都を制圧し、魔王軍の御旗を上げる。


 ――――魔王の正統なる権利を取り戻す。


 そのためならば、フェイスを含めた四天王は、あらゆる困難を厭わない。


「フェイス様、逃げてください! この場所がバレて――ぐっ!」


 だが、そうは問屋が卸さないのが、この世の中だ。

 悪が栄えるにはまだまだ、潰れていない希望が多すぎるのだ。

 故に、この三人は現れる。

 フェイスの配下として暗躍していたイメイを一蹴し、姿を現す。


「肉体は違うけど、その魔力の気配……特徴的な仮面……間違いないね! こいつ、例の四天王だよ!」

「こいつが、僕らの優雅な休日を邪魔したクソどもか」

「怒りに身を任せすぎるなよ、ヴォイド。こいつは強いぞ、かなり」


 ナナ。

 ヴォイド。

 ジーク。

 三人のA級テイマーにして、トーマの友達がフェイスの前に立つ。

 その背後には、戦闘状態の彼らの魔物を控えさせて。


「うーん、これはちょっと困ったな」


 フェイスは仮面の下で苦笑を浮べながらも、素早く状況を把握する。

 探知に秀でた力を持った者が居る。

 少なくとも一人は居る。

 そうでなければ、隠形の魔術を施していたフェイスが見つかるはずが無い。

 そして、安全にこの場から脱するためには最低でも、ナナを排除しなければならない。ナナとは一戦交えた過去があるからか、フェイスの魔力の性質を覚えられてしまっている。

 結界を維持しながら、王都の内部という限定された場所では、逃げ回ったところでいつかは見つかってしまうだろう。


「さぁて」


 フェイスは指を振り、まずは部下であるイメイの回収。

 王都内の安全な場所へと転移させた後、三人のテイマーたちと相対する。


「正念場だ。気張って行こうか」


 無数の魔術を展開し、大魔導士らしい悪あがきを始めた。



●●●



 ヴォイドは手持ちの魔物を変えるタイプのテイマーだ。

 B級からA級へと昇格可能だったオーガのイバラはともかく、小鬼たち二体はかなり早い段階で異なる魔物へと入れ替えていた。

 無論、一度スカウトした魔物に対して責任を持つことも忘れていない。

 ゴロー、トナー、と名付けたかつての仲間たちには、今ではヴォイドの実家が経営している喫茶店で悠々自適な店員生活を満喫してもらっている。

 このように、何のトラブルも無く手持ちを入れ替えられるテイマーは少ない。

 昇級を目指す上では、魔物との関係性もきっちり考慮に入れなければならないのだ。


 その点、ヴォイドはその辺が上手かった。

 スカウトする前に、本人の魔物との面談を交えて。

 あらかじめ、手持ちを交換する可能性があることは伝えて。

 手持ちを交換した後でも、その後の生活はきちんと保障。

 ナナやトーマとは違うタイプではあるが、ヴォイドはかなり善良で優秀なタイプのテイマーだった。

 そう、あくまでも『優秀』の範囲に留まるテイマーだった。


「ノーク! キーク!」


 手の長い鬼の魔物。

 足の長い鬼の魔物。

 共に、ヴォイドが仲間にしたA級相当の強力な魔物。


「――逃げろっ!」


 それが今、フェイスの手によって殺されようとしている。


「【いざ、退魔の炎を】」


 フェイスが生み出した『魔力殺しの炎』は、あらゆる魔物へと特攻の魔術。

 魔力そのものを滅ぼす禁忌の代物だ。

 その身に受ければ、いかに強靭な魔物であっても瞬く間に焼け死ぬ。

 だからこそ、その炎を差し向けられた仲間を守らんと、ヴォイドは退魔の炎を防ぐため、魔道具で一瞬の防壁を張る。


「へぇ」


 退魔の炎は防壁にぶつかり、防壁を燃え上がらせるが、そこで一度勢いが止まった。

 そのタイムロスにより、辛うじて二体の鬼は退魔の炎の手から逃れられたのである。


「中々どうして――」

「ソル、干渉しろ」


 そして、その退魔の炎は他の獲物を探そうとするが、すぐさま散らされた。

 炎の精霊であるソルにより、退魔の炎へと干渉を受けたのだ。


「ルガー、首を狩れ」


 ジークの指示に容赦は無い。

 殺人を前提とした命令を下し、人狼のルガーは殺意を込めた爪を振るう。


「うん、悪くない」


 だが、その爪は易々と弾かれる。

 単なる筋力による弾きではない。

 魔力による身体強化と、魔力の物質化による盾を組み合わせた高等技術だ。

 大魔導士を名乗るフェイスには、この程度は朝飯前である。

 たとえ、今が弱体化に弱体化を重ねた状態であろうとも。


「問題ない、続けろ。他はルガーの支援」


 ルガーの攻撃が凌がれたジークだが、その顔に焦りはない。


「いっくぞぉ、皆ぁ! リベンジだぁ!」


 何故ならば、この戦いに於ける本命はナナなのだから。


「ヒラヒラ、惑わしの芳香! ガウ、ハウリングボイス! ホータローは、隙が出来たら即座に喉を狙って!」


 ナナは以前、万全のフェイスと戦っている。

 生憎、その戦いではかなりの劣勢であり、トーマの呪詛が割り込んでフェイスを害さなければ敗北していただろうが、経験を積んでいるのは紛れもない事実である。

 加えて、ナナは敗北の可能性を感じた戦いを反省せず、そのままにするほど愚かではない。

 既に、再戦に向けての脳内シミュレーションは終えているのだ。


「っつ! ああ、もう。僕の感覚器官を狙ってくるとは、悪辣になったねぇ!」


 そして、ナナが練り上げた戦法はフェイスに有効だった。

 フェイスは卓越した魔術師だ。

 自ら大魔導士を名乗っても違和感がないほどに。

 だが、それでも人間である。魔術の発動が一瞬であっても、魔術の使用には神経を使う。どれだけ習熟していようが、それは変わらない。

 故に、ナナはそこを突いたのだ。

 フェイスの集中を乱し、少しでも魔術の発動を阻害していく作戦を取ったのだ。


「敵からの圧力が弱まった。行くぞ、ヴォイド」

「言われなくても!」


 少しでも魔術によるけん制が弱まれば、ジークとヴォイドが厳しく付け入る。

 強力な魔物との一糸乱れぬ連携により、フェイスの精神を更に削ってくる。

 何せ、今は本来の肉体とは違い、間に合わせ。一度でもまともに魔物の攻撃を受けたら、そこで終わりなのだ。

 いくらフェイスが卓越した魔術師だからと言って、A級相当のテイマーの指揮下にある九体の魔物の相手をするのは厳しい。


「仕方がない、か」


 故に、フェイスが取った手段は一つ。


「認めよう。今は君たちの方が強い――だけど、まぁ、ね?」


 煙幕。

 転移。

 即座に二つの魔術を組み合わせて、フェイスはその場から離脱した。


「今の僕にとっての優先事項は、結界の維持だからね!」


 感知の妨害の魔術をばらまきながら、敗北を認めて逃げ出す。

 安全でなくとも、いつか見つかる前提でも、少しでも結界を張る時間を引き延ばすために。


「……あっ」


 その潔いまでの逃走に、ナナは一瞬呆気に取られていたが、すぐさま正気を取り戻した。


「逃げた!? 逃げたよ、あいつ!」

「くそ、奴の性格を測り違えた! ナナ、ヴォイド、追うぞ!」

「待て、ジーク! その前に転移の痕跡を辿って感知しなければ!」


 三人のテイマーは慌ててフェイスを追うための方策を立て始める。

 しかし、相手は弱体化していようが、それでも大魔導士を名乗るほどの魔術師だ。

 魔術に長けていない三人のテイマーでは、妨害により転移で追いつくことは出来ない。


「ああもう! 足だよ、皆! 足で探そう! こっちにはガウが居るから、いつかは絶対に見つかる!」


 最終的には、王都を駆けまわってフェイトを追撃し続けることになったのだった。


 三人のテイマーは知らない。

 このなんとも釈然としない戦いの終わりが、魔王軍に対する反撃のきっかけになることを。

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