第110話 魔王と超越者
赤黒い刀身の剣が振るわれ、黒の剣閃が迸る。
魔力が凝縮した拳が振るわれ、白色の衝撃波が空間を打つ。
黒と白。
二つの魔力がぶつかり合い、王都の建物が揺れるほどの衝撃が発生していた。
しかも、一度ではない。
数十、数百という数の激突が起こり、王都に居た民衆たちはその凄まじさにほとんどが意識を失っているほど。
『さて』
「ふむ」
『「小手調べはここまで」』
だが、その壮絶なる魔力の激突さえも、魔王とトーマの間では小手調べに過ぎない。
王都という制限された戦場の中で、自身の力と相手の力を見極め、どれほどまで力を出していいのか探り合っていたのだ。
『行くぞ』
「来い」
そして、探り合った両者が導き出した答えは通じ合うかのように一致した。
即ち、近接戦闘。
派手な威力のぶつけ合いでは、王都が滅び、味方にも損害が出てしまう可能性があるが故に、両者は近接戦闘で勝負を付けようとしたのだ。
『――ふっ!』
雄々しい吐息と共に、赤黒い剣を振るう魔王のスタイルは剛剣。
空間が焼け焦げるほどの魔力を刀身に込め、人間の領域を超越した身体強化で振るう。
音はおろか、雷すらも切り裂き、大地を割るほどの威力を秘めた剣技だ。
「しぃあ!」
鋭い呼気と共に、白色に発光した拳を振るうトーマのスタイルは魔拳。
拳に己の魔術を乗せて、人間の領域を超越した身体強化で打ち込む。
音はおろか、雷すらも殴り飛ばし、大地を叩き潰す威力を秘めた拳技だ。
――――互いに、一撃必殺に成り得る一撃が、通常攻撃なのだ。
『ぬぅ!』
「ちぃっ!」
剣と拳の交差。
技と技の比べ合い。
力と力の激突。
常人から見れば、高速での体捌きと魔力の奔流で嵐の如き余波しか見えない状態であるが、魔王とトーマは互いに彼我の実力を把握してきていた。
技では魔王がトーマの上を行く。
剛剣でありながら美しささえ感じる剣技は、紛れもなく長い年月によって鍛え上げられた武術の賜物だ。
肉体の性能では、トーマが魔王の上を行く。
かつて世界を滅ぼす悪竜と戦った経験から、トーマの肉体は世界崩壊級の一撃すらも受け止めるほどの強度まで成長していたのだ。
『……ふぅー』
「……むぅ」
強い。
魔王とトーマは互いに相手の強さを認め、そして厄介だと感じていた。
易々とは殺せない。どうあってもギリギリの死闘になる。
S級魔物すら容易く殺せる二人の意見は、まるで通じ合っているかのように一致していた。
『「…………」』
そして、相対している者が手強いと感じたからこそ、この場に於ける『不確定要素』に目が言った。
「…………」
即ち、この状況でなお、沈黙を保って傍観しているヨハンへと。
「おい、魔王」
『なんだ、トーマ?』
戦いを止めずに、トーマは魔王に語り掛ける。
「なんで、お前があいつを警戒している? 仲間じゃないのか?」
『…………いいや。奴はあくまでも協力者であり、中立的な存在に過ぎないとも』
「なるほど。お前が弱れば殺しに来るかもしれない、程度の中立か」
『ああ、そうだとも。だが、それは決してお前の味方であるというわけでもない』
視線を交わし合ったトーマと魔王は、ぴたりと戦いを止めた。
これは別に、戦意が消えたわけでもない。
互いに決着をつけるつもりは満々だ。
だが、両者とも超越者の如き力を持つ領域の強者であり、互いの動きを先読みし続ける戦いをしたからこそ、この状況下で意見が一致したのだ。
「一時休戦」
『受け入れよう』
「共同戦線」
『受け入れよう』
「期限は互いにとっての邪魔者を殺すまで」
『受け入れよう――最高の条件だ』
従って、先ほどまで殺し合いをしていた強者二人は一時的に協力し合うことになった。
理由としては、ヨハンという戦力が互いにとって邪魔過ぎるから。
そして何より、魔王とトーマという強者二人ならば、いかにトップテイマーといえども、さほど時間をかけずに排除が可能だと判断したからだ。
その判断は間違ってはいない。
「ニュクス、想定内の最悪だ」
『しょうがないのう』
だが、それはあくまでもヨハンが戦いの選択肢を選べば、の話だ。
『来たれ、夜よ』
ヨハンの傍らに現れたニュクスによる、広範囲に及ぶ自身の魔力を展開。
夜という己のフィールドに他者を引きずり込むため、一瞬にして周囲の空間が暗く変わる。
「しぃっ!」
『切り裂け、グラム』
されど、トーマと魔王の二者相手では時間稼ぎ程度にしかならない。
トーマの拳が、魔王の剣が夜を切り裂き、ニュクスへと迫りくる。
『――――沈め』
ニュクスの半身を拳が吹き飛ばし、心臓を剣が貫いたが、その不死性はまだ有効だ。
ほぼ死に体になりながらも、ニュクスは全身全霊を賭けて自分たちごとトーマと魔王を夜の空間に沈める。
『吹っ飛ぶがよい!』
一週間は回復に集中しなければならないほどのダメージと魔力の枯渇を受けながらも、ニュクスはどうにか二つの仕事を果たした。
一つはトーマと魔王を王都の外へと転移させること。
もう一つは、自身とヨハンを王都の外にある自身の拠点に転移させること。
どちらも、王都に張られた結界をぶち抜いての転移であり、これにより、一時的にこの結界の機能が失われることになった。
『ああもう、しんどいのう』
つまりは、マスターであるヨハンの絶体絶命の窮地は、ニュクスの献身によって凌がれたのである。
ヨハンの最大戦力である自身の長期戦闘不能、という代償を支払って。
●●●
王都から遠く離れた森林地帯。
『ふむ』
「なるほど」
その場に転移させられた魔王とトーマは、すぐさま現状を理解した。
即ち、ヨハンの排除に失敗したのだと。
けれども、主戦力であるニュクスには多大なダメージを与えたため、概ね目的は果たせたのだと。
『呉越同舟はここまでだ』
「ああ、そのようだな」
故に、再び魔王とトーマは死闘を繰り広げる。
『流石、我が四天王を退けた猛者よ』
卓越した剣技と豊富な戦闘経験により、魔王は何度もその刃をトーマに届かせる。
赤黒い刀剣――グラムの効果は『癒えぬ傷』を相手に与えること。
従って、治癒魔術や魔法薬程度を使おうが、その傷はトーマの命を奪うに足るものになるはずだった。
『ここまで理不尽の権化だったとは』
しかし、トーマの肉体は魔剣グラムの効果を凌駕する。
魔剣に込められた魔術効果を、極大の魔力が弾き飛ばし、受け付けないのだ。
そう、トーマの戦闘スタイルは実直なほどシンプルである。
極大の魔力による自己強化及び、あらゆるデバフの無効。
その上で、異常な戦闘センスにより戦いの流れを掴み、拳を叩き込む。
――――ただ、強い。
シンプルであるが故に、隙の無い強さの持ち主だった。
その上、戦いの中で成長するほどの天才性も持ち合わせているのだ。
このまま拮抗した戦いを続ければ、やがて魔王の戦闘経験すらもトーマは糧として、更に強くなっていくだろう。
『ならば、こちらも戦い方を変えよう』
単純なる一対一の戦いでは、魔王は己が不利だと認めた。
だからこそ、戦い方を切り替える。
剣士ではなく、『魔王』としての戦い方へ。
『来い、我が盟友たちよ』
魔王の呼び声に従い、五体の魔物がこの場に召喚される。
緑色の鱗を持つ、背中に一つの島を背負った竜――【原初の緑】。
既に失われた宗教の僧服を纏う幽霊――『裏切られし聖者』。
神人による魔導機械技術により創造されたゴーレム――『神擬ガーディアン』。
赤銅色の肌と一本の角を持つ、筋骨隆々の男――『鬼神』。
延々と燃え続けるオレンジ色の球体――『イフリート』。
全て、S級最上位に位置する魔物たちだ。
「なるほど」
トーマでなければ絶望に等しい光景。
けれども、召喚された五体の怪物を目にしながら、トーマは笑みを浮かべていた。
「ここからはテイマー同士の戦いでもあるってわけか」
そして、応じるように手持ち全ての魔物をこの場に召喚する。
「ほほう、中々にそそる状況ではないか」
アゼルは意気揚々と。
「うっわぁ。だから私は研究者だっていうのにぃ」
シラサワはあからさまに嫌々と。
「最終兵器の実力を示す機会が訪れました!」
イオリは待ちに待ったと喜色に彩られた顔で。
三体のS級魔物はトーマの背後に揃い踏み、魔王の魔物たちと相対する。
『さぁ、第二ラウンドだ。我が盟友の強さ、思い知るがいい』
王国を滅ぼしうるだけの戦力を持つ者同士の戦いは、次なる局面へと移っていた。
魔物を使役する者同士の局面へと。




