第11話 一回戦
「そういえば、メアリー。お前は中央の魔法学園に入学したはずなのに、どうしてここに居るんだ?」
会話のドッジボールを一通り終えた二人は、ようやく会話のキャッチボールに移行しようとしていた。
「ちょっとした引率。うちの学園の新入生が、この学園のD級トーナメントに出る予定だから」
「うん? でも、お前の入学した学園はあれだろ? こっちとは違って、テイマー専門の魔法学園だろ? だったら、わざわざこっちに来なくても、地元の大会に出ればいいのに」
「逆よ、トーマ。テイマーの専門学校があるからこそ、地元は既に参加者で一杯なの。人数制限がかかってエントリーが出来ない大会が大半。エントリーしたとしても、対戦相手はみんな手ごわい相手ばっかりだから、比較的トーナメントの参加者が少ない場所まで遠征してきたのよ」
「あー、強者が集まる場所じゃなくて、比較的ちょろそうなトーナメントに出て、活躍しようという作戦?」
「多分ね」
「でも、そういう引率とかは普通、教師がやるべきもんじゃないのか?」
「私の場合は特例。S級テイマーは一時的に、下級テイマーに対する教導資格を持っているから。それに、教師たちは今の時期、地元のトーナメントの審判に駆り出されることが多くて、遠征に付き合っていられないもの」
「ふぅん……それで天才テイマーを引率の代役にするんだから、贅沢なもんだな?」
「ふふっ、天才なんて言われていても、実際はこんなものよ」
肩を竦めて、お道化て見せるメアリー。
なお、実際はトーマが入学したと思しき魔法学園に行くための理由付けであり、教師の代役なんて真似をする必要は皆無だったりするのだが、それは乙女の秘密である。
「しかし、中央のテイマーたちがこのD級トーナメントに遠征してきているとなると、ちょっと話が違ってくるな。D級の大会に参加してくるのは精々、俺と同じ新入生ばかりだと思っていたんだが」
トーマは、そんな乙女の秘密など知る由もなく、D級トーナメントの参加者たちについて考えを巡らせていた。
交流戦をやった時の面子が相手ならば、ほぼ確実に優勝できる。
交流戦を通じて、相手の魔物も全てトーマは記憶しているので、その対策は万全だったのだ。というか、そもそもS級魔物であるアゼルが居るので、対策が必要ないレベルなのだが。
「あら、怖気付いた?」
「まさか」
ただ、考えを巡らせるトーマの表情は苦悶ではなく、笑顔である。
これから強いテイマーと戦える。未知の相手と戦える。それだけで、心が躍り出すような気分になっているらしい。
「どんな奴が相手でも、俺とアゼルの絆の力で迎え撃ってやるぜ! なぁ、アゼル!?」
「慢心せずに全力を出すことはやぶさかではないが、絆の力と言われると無意味に反抗したくなるから、そこら辺を配慮してくれ、マスター」
「おう、わかった!」
「元気の良い相互理解で感謝する、マスター」
笑顔で互いに、適切な距離感を保つトーマとアゼル。
「……うん。これなら心配ないわね、本当に」
その様子を見て、メアリーはほっと胸を撫で下ろした。
恋する乙女の直感が、アゼルは敵にはならないと告げていたが故に。
トーマとアゼル、メアリーが会話している場所から、少し離れた物陰に、一人の少女が身を潜めていた。
「あれがお姉さまの『思い人』ですのね」
ひょこひょこと黒髪のツインテールを揺らす少女は、熱い視線を三人の下へ――正確に言うならば、メアリーとトーマに向けている。
「お姉さま……」
メアリーには、甘ったるい恋情と焦がれるような尊敬を。
「ギリィ!」
トーマには、思わず歯ぎしりをしてしまうほどの憎悪を。
「認めない、認めないですわ! あんな馬鹿そうな面の男なんて、お姉さまの相手に相応しくありませんわ!」
そして、般若の如く表情を歪ませると、少女は自分勝手に宣言した。
「この機会を利用して、絶対にお姉さまの目を覚まさせなくては!」
当事者の思いなんて知ったことではない、視野狭窄の――けれども、間違いなく熱い思いが込められた、自分自身への宣言を。
●●●
メアリー・スークリムはテイマー界期待の新星だ。
若干十歳で、【原初の赤】という伝説のS級魔物と契約。
その後、特例によってテイマーの資格を得て、次々とモンスターバトルの大会を総なめ。驚くほどの速度で等級を駆けあがり、僅か二年の内にS級まで到達した天才少女である。
手持ちの魔物は全て、S級相当。
ビジュアルは最高。
更には、独自に魔術の研究を行っており、神代の時代に失われたとされている魔術をいくつか復活させることに成功させた。
まさしく、メアリーは何かの物語の主役の如く、とんとん拍子に成り上がって行った少女だ。
しかし、そんなメアリーだからこそ、本人の意思の及ばぬところで『余計なこと』をやらかそうとするファンも存在するのだ。
たとえば、メアリーが引率してきた学生たちの中にも。
キョーコ・フジナリという少女もまた、その内の一人だった。
「ふ、ふふふっ、なんたる幸運。これはもう、運命の女神が『やれ、やっちまえ!』と後押ししてくれていますわ!」
キョーコは電光掲示板に移る対戦相手の名前――トーマ・アオギリという表示を見つけて、思わず笑みを浮かべてしまった。
「お姉さまの幼馴染だか何だか知りませんが、態度が馴れ馴れしいですの! 私たち、ファングラブの会員でさえ、半径五メートル以内に近寄れる機会は稀ですのに!」
ぷんすか、と自分勝手な理由で怒りを露わにするキョーコ。
この場が大会の控室で、キョーコと手持ちの魔物以外誰も居ない状況でなければ、思わず誰もが顔を顰めてしまう醜態だろう。
『ピチュピチュ』
『カァカァ』
『ピュロロロ……こういうところが無ければねぇ』
手持ちの魔物たちは、そんなマスターの醜態を慣れた態度で呆れているのだが、肝心のキョーコはそれに気づきもしない。
「見てなさい、トーマ・アオギリ」
ふつふつと己の怒りにストレスという薪をくべて、対戦相手への闘志と変えている。
「私の『幻惑コンボ』で、貴方に悪夢を見せてあげますわ!」
魔物たちのため息が背後で吐かれる中、キョーコは気炎を吐いた。
憧れの星、メアリーの目を覚まさせるために。
忌まわしき怨敵、トーマをぼこぼこに叩きのめしてやるために。
感情に振り回されがちなキョーコであるが、手持ちの魔物は優秀だった。
脅威度C級。『惑わし鳥』のピチュは、幻術を得意とする小鳥型の魔物。
脅威度C級。『軍隊烏』のカールは、自己増殖による圧殺を得意とする烏型の魔物。
脅威度B級。『ハーピィ』のララは、歌声によって対象の意識を奪う、亜人型の魔物。
この三体の手持ちが揃えば、キョーコはどんな相手――少なくとも同ランクの相手ならば、コンボを決めて勝てる自身があった。
ピチュの幻術を、カールの増殖した個体に被せて、多種多様の魔物による軍勢を生み出す。実際に中身は同じだとしても、視覚を奪ってしまえば、大抵の魔物はその光景に驚愕し、困惑するのだ。
そして、とどめはララによる眠りの歌。
ハーピィの美声は、魔力を込めた特別な声である。
対象の精神へダイレクトに作用し、効果を及ぼすのだ。
無論、精神的な攻撃であるが故に、精神的な状態によってはレジストも可能なのだが、その余裕を幻術と軍勢によって削いでおく。
この戦法により、キョーコは中央の魔法学園に入学して以来――一週間にも満たない間ではあるものの、負け無しだった。
「さぁ、行きますわ、私の仲間たち。相手の馬鹿面を情けない吠え面に変えるため、いつも通りに勝利するのですわ!」
故に、キョーコは威風堂々と対戦会場へと足を踏み入れた。
そして、対戦相手であるトーマの手持ちよりも先に、トーマ本人の顔を睨みつける。
この場で色々言いたい気持ちを抑えて、全ては対戦を終えてボコボコにした後、気持ちよく上から目線で語ってやるために、睨みつけだけに留める。
「では、これよりキョーコ・フジナリとトーマ・アオギリの試合を始めます」
怒りに振り回されつつも油断はしない。
「ピチュ! カール! いつもの――」
キョーコは審判から試合開始の合図を受けた後、即座に手持ちの仲間たちへ指示を飛ばす。
いつもの必勝戦法を仕掛ける。
――――だが、キョーコは知らない。
「アゼル」
トーマ・アオギリという男子が、どれだけ理不尽な存在なのかを。
「新技を試すぜ」
●●●
トーマは反省するが、めげない人間である。
投石戦術がナーフを受けた点を考慮しつつ、それを改善するための新戦術を生み出していた。
「――――がぁっ!!!」
それが『威圧戦術』である。
魔物たちに対してではない。
対戦結界を挟んで、向こう側に居る対戦相手への威圧だ。
無論、モンスターバトルでは『テイマーへの直接攻撃』は禁止されている。威圧に魔力を込めて、相手の精神を阻害したり、相手を吹き飛ばしたりするような真似はしない。
魔力は込めず、あくまでも込めるのは純粋なる殺意のみ。
これならば、モンスターバトルのルールにも抵触しない。何故ならば、トーマがやっているのはあくまでも、吠え猛る声と共に相手を睨むだけ。思いっきり殺意を込めて睨むだけ。誰しも、戦意溢れる人間ならばやっている程度のことに過ぎない。審判は注意することも出来ないだろう。
だが、トーマは知っている。
己の殺意は、魔物ですら動きを止めるほどの効果を持つのだと。
故に、人間であるテイマーに殺意を向ければ、それなりには相手の行動が鈍ったり、指示を言い淀ませる効果があるのではないか? と考えたのだ。
新戦術として、相手テイマーと魔物の連携を途絶えさせるための手段として、使おうと考えていたのだ。
そして今、トーマの研ぎ澄まされた殺意が、対戦相手――キョーコを射抜いて。
「ごぴゅっ」
「えっ?」
キョーコは踏みつぶされた小動物の断末魔みたいな声を上げた後、泡を吹いて失神した。
「えっ???」
その上、失禁していた。
キョーコの制服のスカートが大変なことになってしまっていた。
キョーコは知らなかったのだ。
そして、トーマ自身も知らなかったのだ。
魔力を込めていない威圧だろうが、そこに殺意を込めてしまえば、常人ならば即座に気を失うレベルの精神攻撃になってしまうことに。
「吾輩のマスターが強すぎて困るんだが??? いや、マジで」
あまりの出来事に沈黙が下りてしまっている空間の中、アゼルの呆れたような声だけが、この惨状を説明するかのように響いていた。




