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第109話 覇王の素質

 アルスが記憶している限り、第二王子であるカイン・パラディアムは常に自信と覇気に溢れた人物だった。

 剣術と魔術に長け、近衛騎士団の指南役ですらその才能には舌を巻くほど。

 社交界にもよく出ており、政界に長く棲みつく大貴族の老人や、清廉潔白を旨とする各地方の管理人などの大物にも一歩とも引かず、言葉を交わす姿は王族としての威に溢れていた。

 だが、その気性は第一王子とは異なり、平和な王国には毒となる荒々しさを持っていた。


「俺は王となる。どのような手段を使っても、な」


 猛々しい野心を隠さず、家臣や自らの勢力に付く貴族たちの前はおろか、第一王子や王の前ですら何一つ憚ることなく宣言していた。

 王になるのだと。

 この国を統べる覇者になるのだと、本気の声色で周囲に宣言していたのだ。

 そして、その宣言が冗談ではないことは、カインの動きを見ていればわかることだ。

 王にして父親であるカールには未だ敵が多い。

 先代の王を強引な形で代替わりさせてしまったが故に、未だに多くの勢力と軋轢を持っている。当然、不満をため込んでいる者たちも多い。

 カインはそのような勢力の下に赴き、自身の味方の勢力へと取り込むのが上手かった。

 どうにも、野心を持つ者を『その気』にさせるのが上手いカリスマを持っているらしい。

 世が世ならば、カールはその素質を見抜き、第一王子よりもカインに王位継承を優先させたかもしれない。

 だが、今は平時だ。

 カインの行動は明らかに世の平和を乱さんとするものであり、厳重に警戒されていた。

 事実、魔王軍と繋がってこのような真似をしたのだから、警戒は正しかったのだろう。

 そして、ことが起こってしまった今、アルスにはもはや、王族の責務としてカインを討たないわけにはいかなかった。

 ただ、そんな修羅場でありながらも、アルスの思考によぎるのは過去の一幕。


「なんだ、弟よ。あれが食べたいのか? よし、待っていろ」


 アルスがまだ幼かった頃、半ば観葉植物として育てられていた、王城の庭に生えていた一本の木。高々と伸びたその木の枝に生えた、真っ赤な果実。

 それをカインが覚えたばかりの飛行魔術を使って、おぼつかない有様ながらも、なんとかもぎ取って見せた時のこと。


「いいか? 父上には内緒だぞ?」


 二人でこっそりと食べた、甘い果実の味。

 アルスはこのようになってしまった現在でも、その味を忘れられずにいた。



●●●



「アルスよ、よく考えろ」


 カインは言う。

 この緊迫した状況の中、何一つ気負うことのない口調で言う。


「もう既に事は為した。この状況を収められるだろう兄上も廃した。わかるだろう? 手遅れだ、何もかもが」


 まるで、聞き分けの無い弟を言い聞かせる兄のように。


「王は死んだ。魔王が殺した。護衛たちは何もできなかった。王国最高峰の護衛が何もできずに王を殺され、その後に自分たちも排除されたのだ。この意味がわかるはずだ、お前ならば」

「……テロリスト――魔王軍の戦力は、王国を滅ぼしうるものだったと?」

「少なくとも、こうして易々と王を殺せる程度には強大であると考えるがいい」


 アルスはカインの言葉に、苦々しく顔を歪めた。

 何故ならば、薄々とその懸念はあったからだ。

 トーマ・アオギリ。

 S級ウィザード最強の超越者。

 彼ほどの力を持った存在が仮に反乱を起こしたとして、今の王国の勢力でそれを止めることが出来るのか? という懸念は確かにあったのだ。

 だからこそ、わざわざB級トーナメントに偽名を使って入り込み、トーマに接触を試みた。

 叛意が無いことを確認するために。


「そして、俺が魔王軍と接触するよりも前に、我らが最強戦力であるトップテイマーは魔王軍の一員――とはいかないが、この通り、暗殺に協力する程度には友好的な関係だったのだ」

「…………っ!」


 アルスは息を飲む。

 未だ、表彰台の上で佇むトップテイマー、ヨハン・コリンズを警戒する。

 かつては王国最強の戦力だったトップテイマー。

 だが、今となってはもはや絶望の象徴に近い。

 その上、あちらには魔王が居るのだ。王をあっさりと殺した、尋常ではない力量の持ち主が居るのだ。

 仮に、暗殺ではなかったとしても、王国に王の殺害を止めることは出来なかっただろう。


「理解し、納得しろ、アルス。もはや王国の歴史は終わったのだ」

「そんな、ことは……」

「我が軍門に下れ。なぁに、お前は大切な弟だ。決して悪い扱いはしない」

「…………『生きていたのか?』とか言った癖に?」

「死んでいた方が都合良かったが、生きているのならばそれはそれで扱うだけだが?」


 しれっと人でなしの台詞を吐くカイン。

 その癖、その台詞に悪意は欠片も無い。

 ただ、己の利益を考えて最善を尽くしただけであり、たまたまそれが家族の情よりも低かっただけの話なのだ。

 故に、暗殺に失敗しようが、生きているのならば平気で取り込もうとする。

 それがカインという男の気質だった。


「いいか? アルス。お前の抵抗が無意味とは言わん。だが、ここで俺を討ってどうする? 魔王を排除した後、どうする? 何か考えはあるのか? 王は死に、正統後継者の兄上も死んだ。そして、貴族共の支援を受けているのは俺だ。俺ならば、この状況からでも我が民が一人でも多く生き延びる方法を模索できる。だが、お前が生き残った場合、何が出来る? それだけの聡明さはあるのか? 今後の戦乱を収めるための計画は? さぁ、お前には何がある?」

「…………」


 反乱を起こした側でありながら、カインの言葉には説得力があった。

 アルスはあくまでも第三王子。

 王位継承権は三番目。

 第一王子のように正統なる継承者として育てられたわけでもなく。

 カインのように王位簒奪のための計画を立てていたわけでもなく。

 パラディアム王国を背負うだけの能力があるとは言い切れない。

 その上、現在は未曽有の内乱の真っ最中。

 この事態を片づけられたとしても、その後の後始末がどれだけ困難になるのか、考えすら及ばない。


「僕は……」


 アルスは言い淀む。

 カインの覇気の込められた言葉に、戦意が押しつぶされそうになってしまう。

 だが、そんな時だった。



「アルス、俺が居る」



 背後から短く、けれども頼りがいのある友達の声が聞こえたのは。


「……ふっ。ああ、そうだった」


 アルスは小さく苦笑し、肩の力を抜いた。

 たった一度、戦っただけの相手だ。

 特に何かを語り合ったわけでもない。

 ただ、一度だけ――全力でぶつかり合っただけの相手だ。

 けれども、そんな相手からの励ましの言葉は、アルスに圧し掛かっていた重荷をあっさりと吹き飛ばしてしまった。


「兄上、貴方の言葉は正しいかもしれない。僕ではパラディアム王国の後継としては不足かもしれない。だが、それでも――――他者を平然と踏み躙る貴方や、魔王軍へと易々と下るのは間違っている」


 呼吸は深く。

 背筋は伸ばして。

 胸に情は保ったまま。

 視線は真っすぐカインを見据えて。


「たとえ、この行いが愚かだったとしても、僕は僕の正義を貫く」


 もはや、迷いのなくなった言葉をぶつけた。


「そうか。ならばもう、殺し合うしかないようだ」


 そして、アルスの言葉を受けたカインは、応じるように己の殺意を滾らせて。


『もう十分、茶番には付き合っただろう?』


 魔王による黒い剣閃が幾つも迸った。

 それは空間を刻みながらも、アルスを含めた邪魔者たちを排除するために進む。

 王を殺した時よりも遥かに強く、素早い速度で殺意を込めた剣閃が三人へと襲い掛かる。


「そう言うな。俺の友達の大舞台だぞ?」


 しかし、それは当然のように弾かれる。

 トーマが振るった拳から発生した白色の魔力の衝撃波により、ぱぁん! と軽快な音を立てて消え去った。


『生憎、主役を張るには力が足りんよ』

「だったら、その力は俺が補ってみせるさ」


 魔王とトーマ。

 共に規格外の力を持つ者同士、余人が気を失うレベルの威圧を挨拶代わりにぶつけ合って、互いに構えを取った。


『我は魔王。この王国を滅ぼす者なり』

「俺はトーマ・アオギリ。この王子の意地を手助けする友達だ」


 向かい合った二人の魔力は互いに高まり合い、やがて、小さく空間が軋む音と共に弾ける。


『トーマ・アオギリ。我が配下が世話になった礼をしてやろう』

「魔王。魔王軍がやらかした分の責任は取ってもらうぞ」


 超絶した二者の戦いが今、始まった。

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