第108話 野望を持つ者たち
王都の反乱と時を同じくして、各地方でも反乱を起こす者たちが現れた。
計画的な犯行だったのだろう。
魔王軍は王都での襲撃に合わせたタイミングで、各地方で行動を起こした。
パラディアム王国という、大陸一つを牛耳る統一国家をバラバラに引き裂くために。
王国北部。
年中、雪に覆われた極寒にして不毛の地帯。
その中の唯一のオアシスである、巨大なるドームに覆われた『温暖都市』は今、人々を温める役割を果たせずに居た。
『眠れ、眠れ、眠れ。良い子も悪い子も皆眠れ』
温暖都市の内部に、外の極寒と変わらぬ寒さが吹き荒れる。
その原因は都市の機能が異常を起こしたわけでは無い。
温かな都市の内部を凍えさせるほどの力を持った魔物が現れたからだ。
『眠れ、眠れ。眠りの砂を被って眠れ』
真っ白で豪奢なドレスを纏った少女型の魔物。
近づくだけで、ありとあらゆる生命が眠りにつく冷気を纏う怪物。
S級魔物、冬の女王。
半年以上前にテイマーと共に失われたはずの存在が今、脅威となって王国北部の中心都市を滅ぼそうとしていた。
抵抗する者はほぼ皆無。
何故ならば、都市の人間はほとんど『冷たい眠り』に落とされてしまったからだ。
冬の女王が歌う子守歌は、精神を凍えさせて、安らぎと共に生命を眠りにつかせる。
上級のテイマーやウィザードならばともかく、耐性の無い者は抵抗できずに大勢が眠りについてしまった。その中には、都市の警備を担当する兵士たちの姿もあった。
まさしく絶体絶命。
温暖都市は今、冷たい揺り篭として人々を死の眠りに誘おうとしていた。
「さて、どうしたものか」
しかし、希望は潰えていない。
何故ならば、冬の女王の子守歌に対抗可能な力を持ったテイマーの集団が生き残っているからだ。
「あの女王単体ならば、まだやり様はあるのだが」
そして、テイマーの集団の中に一人、茶髪でサングラス姿の偉丈夫――フォルテ・ストレンジャーの姿があった。
かつて、B級トーナメントで優勝候補となるほどの腕前の持ち主が居た。
「問題は、あの冬の女王のテイマーとその支持者だ」
「ああ、その通り。奴ら、結託してこの街を落とそうとしてやがる」
「多分、統一以前の豪族の末裔だな、ありゃあ。数百年ぶりの復権ってか?」
「身勝手な反乱に巻き込まれた市民はいい迷惑だ」
また、この場に居る強者はフォルテだけではない。
A級からS級のテイマーが合計で十人ほど集まり、冬の女王を筆頭とした反乱集団への反撃を狙っているのである。
だが、易々とは動けない。
何故ならば、相手はこの都市全ての人間を人質にしているようなもの。
更には、この集団と比類ないほどの力を持ったテイマーたちが冬の女王の影に潜んでいるのだ。決して油断できる相手ではない。
「たとえ、この地で反乱を起こしてもすぐに、S級上位による奪還が行われるってのに。何を無駄なことを」
「だよな。ここで俺たちに勝っても、あのトップテイマーには絶対に敵わん」
「…………いや、もしかするとあるいは?」
テイマーたちは敵の思惑を考えつつ、慎重に行動を開始する。
何はともあれ、反乱組織を倒さない限りは自身の生存も見込めないが故に。
「王都でも、何か起こっているのか?」
そんな中、フォルテは足元から虫が這い上がってくるような嫌な予感を得ていた。
この反乱は、ただ一か所だけで完結するものではないのかもしれない、と。
王国西部。
広大な荒野と、その果てにある途方もないほどに広がる未開拓地。
荒くれ者の開拓者たちが、夢と浪漫を追い求める場所。
そんな王国西部、開拓の最前線は今、混乱の真っただ中にあった。
「逆襲を! 逆襲を!」
「俺たちの先祖を未開拓地に追いやった、王国の野郎どもに逆襲を!」
「なぁにが、開拓者筆頭だ! 体のいい厄介払いじゃねぇか!」
「アタシたちの故郷を奪って、開拓地に押し込んだ奴らは絶対に許さない!」
未開拓地から、数万人に及ぶ暴徒が最前線へと逆進行している。
その中にはかつて、開拓者の中でも優秀な功績を出し続けた『筆頭』とも呼ばれたクラン、『銀の弾丸』のメンバーも混ざっている。
「思い知れ! 俺たちの苦しみを!」
「噛みしめろ、俺たちの怒りを!」
「後悔しろ、お前たちの愚かさを!」
憤怒と共に逆進行する暴徒たちは、かつて王国によって虐げられた歴史を持つ者たち。
カール・パラディアムではなく、それ以前の歴代の王たちによって未開拓地へと追いやられた歴史を持つ『かつての政争の敗北者』たちだ。
だが、それだけではない。
逆進行の中に居るのは、数多の事情により王国から未開拓地へと左遷させられたテイマーたちもだ。
そこには王国に対する怒りの正統性や、善悪なども混ざり合い、ただ『王国西部を制圧する』という目的のみ一致した大集団が居た。
「ったく、新年だってのにやってらんねぇぜ!」
そして当然、その大集団と相対する者たちも居る。
大陸西部は開拓者が多く住まう場所だ。
故に、この逆進行に対抗するのも開拓者――歴戦のテイマーたちだ。
彼らは憤怒と文句を叫びわめきながら進行してくる大集団に対して、大体似たような感想を抱いていた。
『『『祭りの時間だぁ!!!』』』
即ち、思う存分に暴れ回る機会が来た、と。
「…………ああもう、西部の新年祭で竜の丸焼きを食べに来たらこれだ!」
そんな中には、B級トーナメントでトーマと激闘を繰り広げた、ユウキ・クサナギの姿もある。どうやら、何かのイベントを目当てに来たら、この闘争に巻き込まれたらしい。
「一体誰だよ、こいつらを纏めてけしかけた奴は」
ユウキはこの騒動に何らかの作為を感じつつも、他の荒くれ者たちと共に、襲い掛かる暴徒たちの迎撃へと動き出した。
王国南部。
風光明媚な自然に溢れ、観光地帯として多くの人々を集める場所。
この場所にも本来、反乱の種はあった。
海という巨大な未開拓地。
そこに追いやれ、海賊となった者たちの末裔による逆襲と略奪が予定されていた。
しかし、だ。
必ずしも、魔王軍の計画が上手く行くとは限らない。
『いっくよぉー、みんなぁ!』
『最後までついてこぉい!』
王国南部の主要都市に響くのは、二人の歌声。
美少女アイドルテイマーのリリィに、神がかりのコトネ。
アイドルと歌手。
奇妙な縁によってデュエットを演じることになった二人は、新年祭で大活躍していた。
それはもう、互いに良い影響を及ぼし合い、一皮むけるどころではなく互いに覚醒を繰り返し、歌声を聞く者たちの心をがっつりと掴んだのである。
「リリィ……いいよな?」
「ああ、良い」
「コトネ……いいよな?」
「ああ、良い」
そして、その中には王国南部を襲うはずだった者たちも居た。
彼らは大陸西部を襲った反乱者たちと同等規模の集団だったが――いや、そんな規模の集団だったからこそ、二人の歌声が良く響いてしまったのである。
王国に対する恨みはある、それは消えることは無い。
だが、その恨みによって、この素晴らしいライブを台無しにしてもいいのだろうか?
そのような疑問を抱かせてしまえば、後は大勢の人間が感情のままに流れて、そのまま反乱の予定は無しになってしまったのだ。
歌は全てを救わない。
けれども、全てではなくとも救えるものはある。
人知れず、本人たちも知れず、二人の少女はそれを実現して見せたのだった。
王国東部。
魔導機械技術による経済発展が目覚ましい地帯。
そこにも当然、反乱の種はあり、魔王軍が密かにそれを集めて燃え上がらせようとしていたのだが、生憎、場所が悪かった。
王国東部はトーマの活動範囲なのである。
故に、魔王軍が何かの仕掛けを施そうとも、悉くトーマがそれを潰す。
何もしなくても、トーマは日常的にS級ウィザードの義務を果たすため、市民に害をなす集団や魔物などを駆逐している。
王国東部に住まう悪党たちの中では、『派手にやるな、怪物が来る』と噂されるほど。
そう、トーマはそこに存在しているだけであらゆる悪党たちの抑止力へとなるのだ。
加えて、その強さは人の心をへし折るのに役立つ。
他の地方では『もしかしたら成功するかもしれない』という気持ちが反乱者の中にあった。
しかし、この王国東部ではそんな気持ちが生まれるだけの土壌が無い。
トーマが居る限り、何をどうしても無駄だという諦めがあるのだ。
従って、王国東部だけは元々反乱者が出ることも無く、普通に新年祭が行われることになったのだった。
カール・パラディアムの善政を敷いたが、歴代で積み重なった王国の闇は浅くない。
魔王軍という起爆剤をきっかけに、各地の野望を持つ者たちが反乱を始める。
そして、その反乱が成功しようが失敗しようが、王国の今後の流れを決めるのは、中央部の王都に於ける一戦だった。
「アルスよ、我が軍門に下れ」
「兄上、お覚悟を」
第二王子と第三王子の決戦。
この戦いで勝利した方が、今後の王国の流れを掴む。




