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第107話 内乱の始まり

 王都の住民たちは声を出せずに居た。

 それはよくわからない魔王軍へ恭順を示すことへの躊躇いもあるが、それ以上に恐怖があるからだ。

 未だかつてない命の危機により、王都の住民たちは喉が恐怖によって絞められているのだ。

 従って、誰もが第一声を上げられずに居た。

 だが、誰もが声を上げずとも理解していた。

 この場、この状況で、『抵抗』を選ぶ者など居るわけがない、と。


「おいおい、魔王よ。それはいくらなんでも酷じゃあないか?」


 そんな時だ。

 大広場の沈黙を破るかのように、よく通る声が響いたのは。


「恭順と言っても、待遇がわからないと即答は難しいだろうよ。そこら辺、きっちりと説明した方が民衆も選びやすいってもんだぜ」

『ほう』


 こつ、こつ、と足音をわざとらしく鳴らしながら、その声の主は魔王の前に立つ。

 灰色髪のオールバックに、獅子の如き迫力のある顔立ち。

 一切の無駄なく鍛え上げられた、成人男性としての肉体。

 豪華絢爛の礼服に身を包み、護衛の一人も付けずに悠々と歩く有様。

 ――――覇王。

 その言葉が相応しい気配を纏って、その男は魔王へと声をかける。


「もしも、それが手間だって言うのなら、俺が省いてやってもいいぜ?」


 まるで、旧知の間柄のように。


『よかろう。語ってみせろ、カイン・パラディアム』


 カイン・パラディアム――第二王子は、魔王の言葉に不敵な笑みで応えた。


「おうとも。それじゃあ、語ろうか――――この場に集まった、我が民たちよ」


 カインは豪奢なマントを翻し、大広場に集まった民衆へと向き直る。


「まずは安心しろ。お前たちの安全は、この俺が保障する」


 強く、けれども親しみやすく、まるで父親が子供の頭を撫でるかのようなカインの声が、この大広場へと染み込むように響いていく。


「察しの良い者は勘づいているだろう。御覧の通り、この魔王と俺は協力関係にある。故に、知っているつもりだ。魔王は恭順を選んだ者を痛めつけるような度量の小さな人間ではないと。むしろ、軍門に下った者は責任を持って保護する人間であると」


 カインの演説は、死の恐怖に脅かされた民衆たちの心に寄り添う。

 たとえそれが、詐欺師の如き優しさであったとしても、今の民衆たちでは判別できない。


「魔王は少々覇気が過ぎるが故に、あのような言い方になったが、なぁに、恭順を選んだ民衆の生活は何も変わりはしない。良くある話だ。政変だよ、我が民たちよ。衝撃的な映像だったかもしれないが、長い歴史から見れば、『頭』がこれから挿げ替えられるというだけのことだ。お前たちの生活に、なんら影響が起こることは無い」


 普段ならば、民衆たちも疑問に思ったことだろう。

 王を殺した魔王と旧知の間柄のような第二王子。

 その姿に違和感を覚え、演説の内容へと厳しく追及する者も居ただろう。

 だが、今は瀬戸際だ。

 生きるか死ぬかの瀬戸際だ。

 王は死に、王都の半分は謎の災害によって潰された。その瞬間を見せつけられているのだ。

 この状況で冷静に慣れる者は少ない。

 地獄に続く一本道へと誘導されていようとも、それを良しとしてしまう者は多い。

 そして、そもそもの話、民衆に選択肢などあってないようなものなのだ。

 何故ならば、抵抗を選んだ者が居たとしても、その者は魔王の手によって殺されるのだから。

 そう、これは押し付けられた選択肢に過ぎない。

 カインがやっているのは、その選択肢を納得させるためのお膳立てなのだ。


「さぁ、我が民よ。何も迷う必要はない――――恭順を選ぶ者は挙手を。色々あったかもしれないが、この一日を早く終わらせようではないか」


 故に、だからこそ、民衆たちはカインの言葉に抗えず、手を挙げようとして。



「裏切り者のテロリストの分際で、随分な言いぐさですね、兄上」



 カインの言葉を蹴飛ばすように、この場の絶望を踏み砕くように。

 大広場へ、三人の人影が降り立った。


「……死んでいなかったか、アルス。我が弟よ」

「生憎、あれしきで死ぬほど軟弱ではありません」


 王であるカールや第二王子であるカインと同色の、灰色の髪。

 燃えるような緋色の瞳。

 質実剛健を地で行くような、紋章の一つも付けない戦闘用としての軍服。

 そして、かつてジョン・ドゥと名乗った第三王子、アルス・パラディアムは、カインと相対するようにこの場に立つ。


「私の恋路を阻む愚か者共は悉く死ねばいいと思うわ」

「はいはい、今はシリアスな場面だから落ち着こうな?」


 その後ろに、メアリーとトーマ――天才テイマーと超越者を控えさせて。



●●●



 話は少し前まで遡る。


「ちぃっ! 王都にここまでのテロを行える組織など――まさか、魔王軍か!」


 アルスは王城内に忍び込んだ暗殺者――A級テイマー相当の手練れが五人――を返り討ちにすると、王都で起こった災害を目にした。

 王都半分が潰れるような大災害。

 王族としては、この大災害が起こってしまった時点で取り返しがつかないようなものが、それでもこれ以上被害を広げるわけにはいかない。


「災いの主を、ここで断つ!」

「いいや、落ち着きなって、マイマスター」


 今すぐ王城の窓から外へと飛び出そうとするアルスを、緑色の髪の少女――人間形態のムーコが呼び止める。


「王都を全部覆うぐらいの強固な結界が発動している。その上、最低でもS級上位ぐらいの実力者が何人も動いている感じ。後は、大広場。あそこはちょーやばい。私でも勝てないぐらいのやばい奴の気配がする」

「……っ! 父上、王は!?」

「…………残念だけど、駄目っぽい」


 ムーコの言葉に、アルスは苦渋の表情を浮かべ、けれどもすぐさま切り替えた。


「そう、か。ならば、余計に王族である僕が動かなければ」

「だとしても、戦力の強化は必要って話」

「ムーコ。戦力強化の当ては?」

「んんー、トップテイマーは……あー、グルか中立って感じ? 後は、結構強いのは居るけれども、でも、あれに対抗するとなると…………あっ」

「あっ?」


 アルスとムーコの会話の途中、突如として空間が割れた。

 ぱきん、とアルスの私室の風景が崩れ、そこからぬるりと腕が伸びている。


「新手――」

「いや、違うっぽいよ」


 即座に警戒態勢を取るアルスだが、それをムーコは制した。


「見知った気配だね、これは」


 王族の私室という幾重にも魔術的な防壁がある場所へと、直接空間転移したためか、その腕の主の登場はやや派手なものとなった。

 ぱきききんっ! と散らばるガラス細工のように空間がひび割れ、その中から顔に傷のある少年――トーマが姿を現したのだ。


「知った気配が広範囲を探知していたから来てみれば…………なるほど」


 トーマは私室に降り立つと、ぐるりと周囲を見回した。


「ジョン」

「うぐっ」


 そして、アルスの方へと視線を定める。


「いや、ジョンと呼ばない方がいいのか、この場合? わざわざ偽名に包帯なんて姿で参加していたから、そこら辺はぼやかした方がいいのか?」

「…………君ほどの人間に何を言っても気配とか、魂のあれこれで察せられるから誤魔化さずに言うけど、僕の正体は内緒でお願い」

「わかった……緊急時だから王族への敬語は無しでオッケー?」

「オッケー」

「ふっ、流石だ。話が早い」


 トーマとアルスは互いに視線を見合わせて、少しだけ笑った。

 王都は紛れもない緊急事態。

 だが、見知った強者同士が顔を合わせたことで、少しばかり余裕が生まれたのだ。


「トーマ、僕のことはこれからアルスと呼んでくれ」

「了解。わかったぜ、アルス。それで、王都は控えめに言っても地獄だがどうする?」

「……力を、貸してもらえるか?」

「まぁ、そこは当然。S級ウィザードとしての義務があるからな。後は友情」

「今、この時ほど友情が素晴らしいと思ったことは無いよ……さて」


 アルスは一息吐くと、トーマへ向き直って語り出す。


「王都に災害を起こした者。大広場で王を殺した者。王都に結界を敷いた者。色々敵は多いけれども、僕たちはまず、大広間の奴を対応しよう。恐らく、そこにいるやばい奴はトーマでしか対応ができない……だよね、ムーコ?」

「ん、その認識で間違いないね。トーマとそいつ、どっちが強いかは、もう私の力量以上の話になるからわからないけどさ」


 アルスとムーコの言葉に、トーマはあっさりと頷いた。


「ああ、わかった。じゃあ、そのやばい奴の対処は俺がやろう。後は……知り合いにも連絡して、無理なく動いてもらうが、良いか?」

「助かるよ。情けない話だが正直、王が殺されるほどの相手となると、王城の戦力でも心もとなかった」


 会話は短く、判断は素早く。

 アルス、ムーコ、トーマの三人はこの危機的状況下にある王都で最善最速の行動が出来たと言えるだろう。

 ただ、問題があるとすれば一つ。


「…………さて、久々の強敵だ。今回は限界を超えることになりそうだぜ」


 大広間に居るやばい気配の主――魔王に対して、トーマでさえも確実な勝利を約束できないこと。

 この事実が何よりも、王都で起こった内乱の厄介さを証明していた。

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