第106話 叛逆
当然ではあるが、王の警備は無能ではない。
王城ではなく、人々の前に立つ場面なのだ。
S級ウィザード数人がかりの防御魔術を重ね掛けされていたし、何かあればすぐに、近衛騎士団の者たちが飛んでくるはずだったのだ。
だが、それよりも振るわれる刃の方が強く、速かったのである。
「貴様ぁ!」
「下手人を捕らえろ!」
「王の死体を早く確保しろ! 今ならまだ間に合う!」
表彰台に立つ魔王の姿に、王の護衛たちは一瞬の戸惑いの後、すぐさま行動を開始した。
王を殺した魔王の確保。
王の死体を確保しての蘇生。
今現在で既に、取り返しのつかないほどの惨事だが、これ以上最悪なことにならないようにとすぐさま状況を解決しようとして。
『――――軟弱』
魔王が振るう赤黒い刀身の剣により、微塵に切り裂かれた。
どのように動いたかも関係なく、ただ王の護衛たちはあっさりと塵と化した。
かつて存在していた最強の騎士には負けるが、それでも王国内で最高峰の力を持った英雄個体の護衛たちが、何一つ抵抗することも出来ずに死んだ。
『王を守る者が弱いこと。それは紛れもない罪だろう』
魔王はどこか落胆したように呟くと、更に剣を振るう。
その無数の斬撃は、落ちた王の頭部も、別たれた胴体もまとめて微塵に消し飛ばした。
この状態ではもう、蘇生の見込みは皆無だ。
つまりは、ここにカール・パラディアムという王の死が確定した。
「…………」
魔王による叛逆と暴威を、ヨハンは特に何も思うことのない顔で眺めていた。
自らの国の王が死んだというのに、その顔には毛ほどの動揺も罪悪感も無い。
ただ、『当然の如くそうなった』ことを確認しているだけの顔だった。
『さて』
魔王はそんなヨハンに対して一瞥もせず、困惑と動揺、そして恐怖が広がる王都の民衆を見下ろす。
『王都の民よ、悪いが後少しだけ待っていてくれ。なぁに、三分もかからない』
兜で顔は見えぬものの、先ほど切り殺した者たちに向けるような低い声ではなく、むしろどこか優しげすら感じさせる声色で、見下ろした者たちへ語り掛ける。
『我が自慢の配下が、この王都を掌握するまで、少し待っていてくれ』
これからが絶望の始まりであると。
何事にも判断の早い者はいる。
「まずい、まずい、あれはまずいって!」
王が殺された瞬間、即座に判断を下して逃走した者――上級のウィザードが居た。
漆黒の全身鎧が王の首を切り裂いた瞬間、あれがどういう者なのか理解してしまったのだ。
故に、刺激しないようにと静かにその場から立ち去り、十分離れた位置から転移によって王都から離脱しようとしていたのである。
「――――は? なん、で?」
けれども、出来ない。
転移が出来ない。
正確に言えば、王都の外周ギリギリまでは転移は出来たが、そこから先には行けない。
「そんな、馬鹿な!」
慌てて徒歩で王都の門を抜けようとしても、見えない壁にぶつかったように、強固に王の内側と外側が隔てられてしまっている。
「くそ、くそ、くそっ!」
必死に破壊力の高い魔術を撃ち込んでも、見えない壁はびくともしない。
「は? なにやってんだ?」
「いや、待て、これは一体?」
「おい、出してくれ! おい!!」
「くそっ、なんでそっちに行けねぇんだよ!」
その様子を見ていた他の者たちも、やがて異変に気付いて。
「これで最低限の仕事は出来たかな? 後は頑張ってね、皆」
この異変を為した王都内に潜む小さな人影は、密かに笑みを浮かべていた。
王の死から三十秒後。
王都を未曽有の災害が襲っていた。
「ふ、くくく」
切り裂くような暴風。
全てを飲み込むような洪水。
建物を押しつぶす土石流。
それらが突如、何の前触れもなく王都の中で発生したのだ。
「ふくく、はははっ」
被害の規模はおおよそ、王都の半分。
そう、王都の半分が突如起こった災害によって、壊滅的な被害を受けたのだ。
被害を受けた部分に住んでいた者たちの生存は、極めて絶望的。
とっさに対応した者も居たかもしれないが、それは一部の強者のみ。
対応できぬ弱者は、容赦ない災害の暴威によって死んでしまっただろう。
「はははっ、あははははっ――――あぁ、すっきりした」
それを為した災害の発生源、虐殺の主は爽やかに笑っていた。
まるで、纏わりつく鬱陶しい羽虫を全て焼き払った後のような、そんな爽快感溢れる笑顔だった。
「本当はこのまま皆殺しにしたいところだけれども、そこは我慢。私はもう、選べる虐殺者だから。感情のままに、とりあえず皆殺しなんてしない」
虐殺の主は、王都の上空からその惨状を見下ろし、嘲るように呟く。
「さぁ、絶望を楽しむといい」
誰に言うでもない、ただ思うがままの言葉を。
王都を半分ほど押しつぶす災害が起こった後、当然ながら王都はパニックに陥った。
「一体、何が起こったの!?」
「魔物の襲撃か!?」
「離してくれ! あそこには俺の子供が!」
「なんなんだ、なんなんだよ、これ!?」
王都は王国内でも最も安全性の高い都市だ。
王の膝元であることは伊達ではない。
並大抵の魔物はもちろん、S級魔物が襲撃してきても今まで何とかなってきた。
だからこそ、いざ、災害が起こった時に冷静に動ける住民は少ない。
今まで安全に過ごしていた分のツケが、ここで回ってきたのだ。
「いかん。すぐに退避するぞ。どうにも嫌な予感がする」
「はい、侯爵様」
しかし、だ。
王都の中にも危機管理に長けている者は存在する。
それは上級のウィザードやテイマーだったり、あるいは他の都市から訪れた管理者や貴族だった。
その者たちは王都の異様な空気を素早く感じ取り、パニックに陥る集団からひと際早く抜け出していたのである。
「説得の時間であります」
その賢明さが、仇となるとも知らずに。
「なん、だ、これ、は……」
「意識が……」
「まず、い……ガス攻撃……」
逃げ出した者たちは残らず、一つの芳香――フェロモンの餌食となった。
S級上位の魔物ですら、身動きが取れなくなるほどの洗脳攻撃に囚われたのだ。
「さぁさぁ、これからは一緒に魔王軍のために働くのであります」
芳香を纏う少女は、蠱惑的な笑みで倒れ伏した者たちの頭を撫でていく。
まるで、幼子をあやすかのように。
人の知性や理性を、足蹴にするかのように。
パラディアム王家の第一王子は優秀だ。
文武両道はもちろん、政治にも長けている。
性格はやや傲慢な部分もあるが、それすらも王族としての義務を果たすことへの使命感でしかない。
王に次ぐカリスマもあり、第一王子と数分でも語り合った者は、その雰囲気に飲み込まれ、思わず尊敬の念を抱いてしまうほど。
王位継承権第一位の正統後継者ということもあり、第一王子は次代の王としての大きな期待を抱かれていた。
故に、王が死んだ今、この混乱をなんとかできるのは第一王子しかいないのだと、惨劇を目撃した者たちの誰もが思っていた。
第一王子。
強く、聡明であり、『どんな難事もなんとかしてくれる』という安心感を人に抱かせる、優秀極まりない人物。
当然、そんな人物がこんな混乱の中、何もしていないはずが無い。
事実、第一王子は即座に部下たちをまとめ上げ、混乱する王都の状況を解決せんと大広場に向かおうとしていたのだ。
「あぁ、残念ですぜ、王子様」
だが、第一王子は今、胴体を袈裟方に切り裂かれて絶命している。
第一王子を守るはずの部下たちも、その全てが同様に死んでいる。
「有能極まりない人間の部下は、どれだけ強いのかと期待してたってのに」
そして、その蛮行を為した者は、死体を見下ろしながらつまらなさげにため息を吐いていた。
「これじゃあ、ただの巻き藁と変わらない」
心底落胆した口ぶりで吐かれた言葉は、誰の耳に届くことなく消え去った。
こうして、王都の希望は誰とも知れぬ場所で息絶えたのである。
『ふむ、頃合いか』
大広場に集まっている住民たちは、あまりの恐怖に息を殺していた。
それもそのはず。
王都を守るはずの騎士団がまるで動き出さず、代わりに王都の半分がいきなりの災害で潰れたのだ。
それを為したのが、目の前に君臨する魔王だと考えてもおかしくない。
『王都の民よ。理解しただろう、己の立場を』
魔王の声色は優しいままだ。
まるで職場に居る気の良い上司のような声だ。
『故に、一度だけ選択を許す』
だが、語る言葉に容赦は無い。
『恭順か、抵抗か。二つに一つ、選ぶがいい』
有無を言わせぬ言葉は、この場に居る住民たちの胸に圧し掛かった。
『お前たちの選択により、我ら魔王軍は相応に動こう』
そう、否が応でも理解させたのだ。
今、この場が己の命を選ぶためのものであり――――抵抗を選べば、王のように死ぬのだと。
『さぁ、王都の民よ。自らの運命を選ぶのだ』
王都の住民たちは今、長らく感じてなかった死の恐怖と向き合っていた。




