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第105話 新年祭

「んみゅう」

「えーと、メアリー?」

「みゅうみゅう」

「動きづらいんだけど?」

「みゅぅううう」

「せめて人語で喋ってくれる?」

「甘やかして」

「もう甘やかしているだろ?」

「もっと、たっぷり。蜂蜜をかけたパンケーキみたいに」

「はいはい」


 S級トーナメントの翌日。

 トーマは王都内のホテルで、メアリーにしがみつかれていた。

 それはもう、駄々っ子でもこうはならないだろう、という全身全霊のしがみつきだった。


「トーマ」

「なに?」

「ごはん、食べたい」

「ん、何がいい?」

「本格チャーハン。パラパラした奴」

「また難易度が高い物を……王都の店に詳しくないんだよなぁ、俺」

「トーマ。食材は近くの市場で全部揃う。このホテルはキッチンの貸出もしているから大丈夫」

「なるほど……作れと?」

「愛を込めて」

「はぁ、もう。仕方がないな……ほら、離れろ。買い出しに行くから」

「私も行く」


 決勝戦でヨハンに敗北してから、メアリーは一時的に甘えん坊と化してしまったのである。

 何せ、全身全霊を賭けた一戦だったのだ。

 その上、ヨハンの手持ち二体までを落として、良いところまで戦局を進めたのだ。

 だが、それでもトップテイマーの壁は異様に高く、最後の一体――ニュクスの圧倒的な力に敗北してしまったのだ。

 それはもう、メンタルががっくりと落ち込んでも仕方がないことだろう。

 メアリーはS級テイマーであるものの、同時に十五歳――今年の誕生日を迎えた――の子供に過ぎないのだ。

 自分の乾坤一擲が駄目だった場合、一番親しい者に甘えたくなるのも仕方がない。


「んっ」

「はいはい」


 だからトーマも、外出時に差し出されたメアリーの手を苦笑交じりに取ったのだ。


「トーマ」

「なに?」

「本格チャーハンだから、スープも本格チキンスープにしたい」

「骨からスープを出すのは結構面倒なんだけど?」

「大丈夫、こういう時のイグニス」

「そういう時なんだ。怒らない? うちの奴だと絶対に怒るんだけど?」

「絆の力」

「好感度が高い奴には甘いんだな、あいつ」


 賑わう王都の大通りを歩くメアリーとトーマ。

 その姿はどこからどう見ても恋人同士だ。

 何せ、手を繋いでいる。

 しかも恋人繋ぎだ。

 肩が触れ合うほどの距離で、あからさまに『甘えたいオーラ』を出しながら、トーマの隣を歩くメアリーが居るのだ。

 それはもう、これで恋人でなければ、どれが恋人なのかわからないほど。


「大通り、凄い混んでいるな」

「新年祭だから。この後、よ、よよよ、ヨハンが王様に表彰される流れだから……王都の中央にある大広場で、そんな授賞式が…………ギリィ!」

「はいはい、悔しかったなー」

「づぎはがつもん!!」

「そうだな、次は勝つもんなー」


 涙目になったメアリーの頭を、優しく撫でるトーマ。

 普段はこれほど甘やかさない上に、絶対に手を繋いで歩いたりしないのだが、今回は特別である。

 何せ、メアリーはとても頑張った末に敗北したのだ。

 圧倒的な壁に阻まれて、トップテイマーになれなかったのだ。

 その悔しさは想像よりも遥かに上を行くものだろう。

 従って、そこら辺を察せるトーマは今日だけは特別にメアリーを甘やかすつもりだった。

 流石に明日も甘やかすことはしないが、今日だけ。今日だけは、メアリーが望むことをしてあげるのも悪くないと思っていた。


「一応訊くが、大広場に言って見に行くか? 授賞式」

「ぬぐ、むむぐぐぐぐ…………見ないっ! ホテルでトーマが作ったチャーハン食べる!」

「了解。じゃあ、腕によりをかけて作らないとな」

「究極……もう今日は究極のチャーハンを作って……イグニスを火力担当で貸し出すから」

「なぁ、本当に怒らない?」

「大丈夫、絆の力」

「魔物に甘やかされているなぁ、もう」


 その後、トーマとメアリーは共に市場でショッピングを楽しみ、ホテルに帰って遅めの昼食を取ることになった。


「うーん、美味い! 百万点! 私への愛が込められている!」

「できれば技術の方にも触れた採点をしてくれ」

「なんかぱらっとして美味しい」

「メアリーはあれだよな、味覚が意外と雑だよな?」

「そういうトーマは割と繊細な味覚」


 トーマはテイマーとしての才能以外は、大体何でもできる人間である。

 故に、当然の如く、作ったチャーハンは本格を通り越して究極に迫る味だった。

 それはもう、凹むメアリーのためを思って、トーマは普段やらない全力を使っての調理だったのである。

 ただ、メアリーとしては『トーマが自分のために作ってくれた』という事実の方が大事らしく、割と味覚は雑に美味いことを感じ取るのみ。

 このように、色々と噛み合わないところもある二人であるが、その仲は拗れたりしない。


「まぁ、食べた人間が笑顔になるのが一番か」

「笑顔? 私の笑顔なら、いつでもいくらでもトーマにあげる。ほら」

「頬がピクリとしか動いていない。さっきまでの笑顔はどこへ行った?」

「私、作り笑顔が苦手。トーマがぎゅっとしてくれたら、多分、満面の笑みになれる」

「それ、俺が笑顔見れない奴じゃん」


 互いに寛容というか、噛み合わないところも好き合える人間性を持っているため、さほど問題にならないのだ。

 なお、これだけの関係値でありながら恋人出ないのだから、それはそれで問題といえば問題なのだろうが。


「私と結婚したら、多分、毎日見られるわよ?」

「そうか。じゃあ、先の楽しみにしておこう」

「…………ねぇ」

「…………なに?」

「キスしたい」

「駄目」

「ケチ」

「モラル、とても大切」


 メアリーとトーマは、王都が新年祭で騒ぐ中、ホテルの中で甘ったるい時間を過ごす。


 ――――王都を揺るがす、『その時』が来るまで。



●●●



 新年祭は、文字通り新年を祝う祭りだ。

 とはいえ、そこまで派手に何かをやるわけでは無い。

 国内最大のイベントであるS級トーナメントを終えたばかりなのだ。その直後に、派手なイベントを続けようとしても、国民たちは息切れしてしまう。

 従って、新年祭は他の祭りと比べても慎ましく進められることが多い。

 無論、慎ましくと言っても祭りは祭りなので、普段よりも人が多く、屋台や出店なども色々と大通りに立ち並ぶことになるのだが、メインはそこではない。

 新年祭のメインイベント。

 それは、王からの新年の挨拶である。


 このイベントはラジオを通して、多くの地方に報道されるものだ。

 さほど長くない時間ではあるものの、王の声を聞ける機会は多くはなく、地方の国民たちはこの時ばかりはラジオに耳を澄ませるものが多い。

 そして、王都に居る国民たちは、こぞって大広場へと集まる。

 何故ならば、そこが新年祭に於ける儀礼の場だからだ。

 新年の挨拶から始まり、その他諸々の儀礼を王が執り行い、最後に先日のS級トーナメントで決まったトップテイマーへと表彰を行う。

 新しい年のトップテイマーを正式に決めて、祝うのだ。

 王都に棲む国民ならば、その場面は是非とも見たいものだ。

 テイマーとは、パラディアム王国の生活の根底にあるもの。

 その頂点を拝み、王の表彰を見たいと感じるのは国民性故のものだろう。

 しかし、だからこそ『その時』を多くの者は見ていた。




 カール・パラディアムは表彰台に立った時――正確に言うのならば、ヨハンと対峙した時、己の運命を悟った。


「そうか」


 カールは表彰台の上から、大広場に集まった国民たちを見渡す。

 誰もがこの後に起こることなど予想もせず、純粋に新たな年のトップテイマーとなる者へと憧れの視線を向けている。

 まさに平和の象徴ともいえる光景に、カールは苦笑した。


「私はここで死ぬのか」


 最後に見る風景が、国民の平穏で良かったと。


「そうだ、我らが王」


 カールの呟きを正面に立つヨハンが広い、儀礼用に来ている豪奢なマントを翻した。

 マントの内側に刻まれた、一つの魔法陣が輝いた。

 そして、次の瞬間。


「悪いが、犠牲になってもらう」


 カールの首は斬り飛ばされ、ごろごろと表彰台から転げ落ちた。

 まるで、質の悪い冗談のようにあっけなく。


『ふむ、こんなものか』


 転移の魔法陣より現れた、漆黒の全身鎧――魔王によって、殺されたのだ。

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