第103話 三強
メアリーは史上最年少の天才S級テイマーであるが、もちろん、苦手な相手は存在する。
戦術的な意味でも。
性格的な意味でも。
幸いなことに、メアリーはこのS級トーナメントでは、そのような相手に当たっていなかった。全ては万事順調。相手は百戦錬磨ばかりだったが、魔物を一体も落とすことなく、全てをストレートで圧勝していた。
「いよぉ、久しぶりだねぇ、ガキ」
準決勝で、アラディア・ヤーガルトという黒衣の老婆と戦うことになるまでは。
「うわぁ。予想はしていたけれども、やはり貴方が勝ち進んできたのね、アラディア御婆様」
「かかかか! 最近の若い者はババア一人も倒すことが出来ないと来たもんだ。まったく、情けないったらありゃしないよ」
戦闘空間が展開される前。
メアリーとアラディアは互いに言葉を交わしていた。
「アラディア御婆様は強いもの。仕方ないわ」
「仕方ない、仕方ない、ねぇ……アタシぁ、そういう諦観は嫌いだね。テイマーなんざ、年功序列を蹴飛ばす勢いで、新人が這い上がってくるぐらいでちょうどいいのさ。その点で言えば、アンタは中々だよ、ガキ」
「それはどうも」
「ヨハンの小僧ほどじゃあないけどね」
「……すぐに私が勝つから」
「かかかっ、そうそう! それぐらいの負けん気でいいのさぁ」
年齢の差を感じさせないほど、メアリーとアラディアの交わす言葉は気安い。
傍から見れば、老婆とその孫だと勘違いされもおかしくないほどに。
だが、それも試合が始まる前までの話だ。
「言っておくけれども、アラディア御婆様――――この戦いも、私が勝つから」
「おお、そうかい。んじゃあ、やってみな!」
戦闘空間の展開の時間が近づくにつれて、二人は次第に覇気を帯びていく。
S級テイマーの上澄みに位置する、強者特有の気配をぶつけ合っていく。
『《これより、準決勝。メアリー・スークリムとアラディア・ヤーガルトの試合を始めます》』
「今度は泣かないようにしなよぉ、ガキ」
「また倒してあげるわ、アラディア御婆様」
そして、大会運営から試合開始のアナウンスが入り、S級三強同士の戦いが始まった。
●●●
S級テイマーの間には、三強と呼ばれる異名が存在する。
文字通り、上から数えて三人の強者を示す異名だ。
第一位は、不動のトップであるヨハン。
第二位は、第三位との力量差が伯仲しているものの、年季の差でアラディア。
第三位は、新進気鋭の天才少女であるメアリー。
S級テイマーは誰しも百戦錬磨の強さを持つが、その中でも突出して強いのがこの三人なのだ。
そして、アラディアとメアリーの戦いとなると、それはもう激闘が予約されているようなものだろう。
何せ、三強の第二位と第三位の激突なのだ。
しかも、アラディアとメアリーの勝率は、ほぼ互角。
どちらが勝つのかわからない激闘になるのだ。
故に、この準決勝はある意味、トップテイマーを決める決勝戦以上に注目を集めるものになっていた。
「かかかっ! ほれほれ、どうしたぁ!?」
「神人曰く、老人の冷や水」
もっとも、戦闘空間で戦う二人にとっては、そんな注目などどうでもいい。
戦闘以外に思考を避けるほど、互いにとって互いは容易い相手ではなかった。
「チャーリー、切り刻みなぁ!」
「デンスケ、雷化で回避」
ランダムに選択された戦闘空間は、ごく普通の市街地――だった。
だが、今は違う。
老獪なる古強者により、この戦闘空間は『上書き』されているのだ。
深い、深い、森の中へと。
『貴殿の早さは相変わらずだな、デンスケ殿』
『ジュウ!』
ケットシーの中でも王たる資格を持つキングケットシーのチャーリー。
種族を超越した力を持つ、雷イタチのデンスケ。
二者は木々の間を縫うように動き回る。
チャーリーはその手に携えたレイピアで刺しぬかんとして。
デンスケは雷となって、その恐るべき突きを回避して。
一進一退の戦いが繰り広げられている。
だが、当然ながらモンスターバトルは三体と三体が戦う形式だ。
目にも留まらぬ激戦だろうが、この戦いだけに注視してはいけない。
「ローガン、飯の時間だよぉ!」
「イグニス、焼き尽くして」
銀色の毛並みを持つ大狼、フェンリルのローガン。
赤色の鱗を持つ古き竜、【原初の赤】のイグニス。
S級最上位の魔物二体が、森の木々を抉り、焼き払い、戦いの余波だけで戦闘空間を壊すような壮絶なる戦いを繰り広げている。
間違いなく、この二体は互いの主力たる魔物だろう。
故に、それぞれのテイマーは互いに少なくないリソースをこの戦いに割り振っていた。
「かかっ! んじゃ、そろそろ行こうかねぇ! ゲイリー!」
「むっ、マレ! 出来る限り、あの鶏を仕留めて!」
だが、正面衝突だけがS級テイマーだけではない。
ましてや、アラディアは三強に数えられるテイマーであり、S級テイマーとなってから五十年以上の時を過ごしている古強者だ。
そして。
「『素材』は揃ったねぇ」
S級ウィザードの一人だ。
「【御伽噺の始まりは、鶏の断末魔から】」
短縮詠唱により、アラディアはゲイリーを――不死の鶏であるゲイリーを生贄に捧げて、己が魔術を発動させる。
『コゲッ!!』
ゲイリーが首を絞められたような声で死んでいくが、問題は無い。
何故ならば、ゲイリーは単体ではなく群体。
死を得る度に分裂する理不尽だ。
分裂する不死を内包する鶏であるが故に、瞬く間に辺り一面に数十体のゲイリーが発生し、また死んで増えていく。そして、たかが数十体程度の生贄ではまるで存在の死には足りないのだ。
「【猫には風。狼には雲。鶏には雨。総じて、嵐と成れ】」
「ああもう! 面倒くさくなったわ!」
発動したアラディアの魔術に、思わずメアリーは悪態を吐いた。
だが、それも仕方がないことだろう。
メアリーは知っているのだ。
アラディアが発動した魔術――固有魔法である【グリモア】の正体を。
『我が身は風。ならば、雷にも追い付こう』
チャーリーは一陣の風となり、突風と共にカマイタチの如くレイピアを振るう。
『ガルゥウウッ!!』
吠えるローガンの肉体は銀色の雲となり、どこまでも広がって行く。
だが、その雲の至る所には牙と爪があり、イグニスの鱗へと突き立てられる。
『コケッコッコー!』
ゲイリーは己の身を弾けさせて、赤い雨を降らせる。
赤い雨粒は、一つ一つが地面に付着した途端、新たなる鶏となって生えてくる。
風。雲。雨。
それぞれの属性を得た魔物たちは、さながら御伽噺の如く、荒唐無稽な姿で猛威を振るう。
これが、アラディアの固有魔法【グリモア】。
魔物に『御伽噺の如き属性』を付与する魔法である。
この状態になった魔物には、まともな攻撃は通じない。
御伽噺ように、『そうなっているからそうなる』と言わんばかりの理不尽な『攻撃無効』の概念防御が付くのだ。
だというのに、無敵となった魔物たちの攻撃は普通に相手に通る。
まさしく理不尽極まりない固有魔法だろう。
「…………ふぅー」
だが、メアリーは既にアラディアとは何度も戦った経験を持つ。
その中では、アラディアに勝利したこともある。
だからこそ、窮地に陥ってなお、焦ることなく精神を研ぎ澄ませて。
「皆、始めるわ」
その精神を、パスを通して、仲間である魔物たちと繋げた。
――――意識接続。
テイマーの中でも、更に一握りの才能を持った者にしかできない技能。
魂の共鳴の先を行く力。
以心伝心を強制する、本当に信頼し合った者同士でしか扱えぬ一つの極致だ。
「スイッチ」
意志接続による以心伝心から、メアリーは素早く転移魔術を行った。
メアリーはトーマやアラディアほど卓越した魔術は使えない。
だが、自分の仲間を『入れ替える』程度の魔術ならば、即座に淀みなく扱えるのだ。
「風には炎を。雲には雷を。雨粒には無限を」
イグニスとデンスケの位置を入れ替え。
マレはそのまま継続。
作戦は既に伝達済み。
「反撃を始めるわ」
そして、メアリーからの猛攻が【グリモア】によって無敵となったはずの魔物たちに突き刺さる。
風となったチャーリーは、イグニスのドラゴンブレスに吹き飛ばされて。
雲となったローガンは、デンスケの雷に飲み込まれる。
雨となったゲイリーは、無尽蔵に増えるマレに押しつぶされていく。
『攻撃無効』の概念を纏ったはずの魔物たちに、何故、攻撃が通じるのか?
その答えは簡単である。
弱点を突いたのだ。
何故ならば、この世界に完全無欠の防御など存在しないが故に。
『攻撃無効』などいう概念は強力であるが、必ず綻びが存在する。
【グリモア】の場合、その綻びは『属性弱点』となって現れる。
どれだけ無敵に見えても、弱点の魔術属性で攻撃されてしまったら、その攻撃は通ってしまうのだ。
「属性維持。切り替え。強化――攻撃」
そして、メアリーはその弱点属性を観察眼によって看破、魔物たちへと弱点となる属性を付与することにより、【グリモア】の無敵を取り張ったのだ。
「かかかっ! だよなぁ、ガキ! お前はそうくるよなぁ! んじゃあ、第二ラウンドだ!」
だが、三強の一人であるアラディアはこの程度で終わらない。
再度、【グリモア】を発動。弱点の属性を塗り替えて、魔物たちを動かす。
「観察。看破。切り替え。付与――攻撃」
その変化をメアリーが看破し、また対策を立てる。
さながらいたちごっこ。
互いに不毛を感じるような切りの無い、『切り替え』の連続。
しかし、これが最善策ならば、互いに精神が削られるような苦行でも真っすぐにやり通す性格の持ち主だ。
「かかっ!」
「むぅ!」
対策に対策を重ねる、精神の削り合い。
魔物へのダメージ。
自身の体力、集中力。
残存する魔力。
その他、数えきれないほどの不安要素を拾いながら、二人は精神を削り合う。
古強者の老婆と、新進気鋭の天才少女。
今まで何度も勝敗を傾けた両者であるが故に、どちらも『勝つのは自分だ』と言わんばかりに衰えぬ気迫で相手と向かい合って。
「ったく、年かねぇ」
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇっ――――貴方は強すぎるのよ、アラディア御婆様」
三十分に及ぶ激闘を終えて、戦闘空間内に残った魔物は一体のみ。
ボロボロの鱗に、所々深い傷を受けた赤竜――イグニスだった。
「またやろうや、ガキ」
「しばらくは御免だわ」
汗一つ流さぬアラディアは、呵々大笑したまま戦闘空間から退場していく。
その姿を見送った後、全身汗だくのメアリーは、ようやく大きな息を吐いたのだった。




