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第102話 不動の頂点

「あれがS級同士の戦いかよ……」


 メアリーとシュウゾウの試合を見終えたヴォイドは、思わず感嘆の息を吐いた。


「尋常じゃねぇ。勝った方もそうだが、負けた方も尋常じゃねぇ腕前だ。使役している魔物の強さも、判断力も、テイマーとして今の僕よりも何段階も上に居る……だってのに、あんな風に一方的に……」


 震える声に混じるのは、尊敬と畏怖の感情だ。

 人は届かぬ高みに対してはただ見上げるだけだが、届き得るかもしれないと思っていた高みが思っていた以上に高い場合、軽く絶望してしまう。

 今、ヴォイドの精神を襲っているのは、そんな自分自身の予想を上回る現実のギャップだった。


「勝因は恐らく最初の一撃だ。あれで、流れが決まった」


 苦悩しているヴォイドとは異なり、ジークは冷静な視点で先ほどの試合を分析する。


「不利なフィールドを『上書き』する一撃。あれで想定が狂ったんだろう」


 ジークの声に揺らぎは無い。

 何故ならば、ジークは最初からこの場所を見据えていたからだ。

 この場所、この領域に到達するために、ジークの今までがあったと言っていい。

 従って、現在のS級トーナメントのレベルを測るのには、先ほどの戦いは絶好の機会と言っても過言ではなかった。

 何せ、S級ベテランと、新進気鋭の天才の戦いだ。

 どちらが勝ったとしても、ジークには参考になるものになっただろう。


「凄い……凄いなぁ! あれで私たちと同じ年齢なんて!」


 そして、ナナはメアリーの勝利に感激していた。

 史上最年少のS級テイマー。

 天才少女。

 その肩書以上の力を発揮し、初戦の相手を圧倒したメアリーの強さに、心を動かされていたのだ。


「私も、いつかはあの領域に!」


 ぎゅっと手を握り、誓いを胸に抱くナナ。

 その姿は、憧れに手を伸ばす少年のように純粋なものだ。

 現在の自分との力量差や、S級への高い壁など知ったことではないとばかりに、ただ、真剣に至るべき未来を見据えている。


「ふふん」


 一方、トーマはというと、さりげなく胸を張っていた。

 何やら上機嫌で得意げな様子だ。


「まぁ、ね。メアリーは昔から、ああいう場で最適解をもぎ取ることが上手い奴だったから。やっぱり、才能っていうのかな? テイマーの申し子ってのはああいうのを言うんだよなぁ」


 どうやら、幼馴染が勝利したのと、周りから称賛されているのが嬉しいらしい。

 なんだかんだ言いつつも、トーマとメアリーは仲良しの幼馴染だ。

 そんな相手が大舞台に立ち、誰から褒められているのが誇らしいようだ。


「……っと、いけない、いけない。次の試合、次の試合」


 ただ、この場はS級トーナメントの観客席。

 一般人からすれば、単なる最高のエンターテインメントに過ぎないが、S級テイマーを目指す者たちからすれば、絶好の勉強の場だ。

 感想もそこそこに、次の試合に集中する。


 卓越した技術を持つ剣士型の魔物を中心とした、一点突破型。

 魔物全てが大魔術をポンポン扱える、大火力主義。

 変幻自在の魔物たちを巧みに操る、奇術師の如きトリッキーな戦略。

 S級テイマー同士の戦いは、刺激的で見ていて飽きないものだ。

 誰もが個性的。

 誰もが圧倒的。

 息もつかせぬ激闘を繰り広げ、瞬きした一瞬後に戦況が変わっている。

 王国最大のイベントは過言ではない。

 観客席の熱狂は、戦いを経るごとに次第にヒートアップしていく。


「おい、いよいよだぜ、皆!」

「おー、いよいよ!?」

「くそっ、心臓がうるさい……」

「見定めるか。トップがどれほどのものか」


 そして、ついにその時がやってきた。

 前年度のチャンピオンにして、トップテイマー。

 ヨハン・コリンズの試合が。



●●●



 ヨハン・コリンズの対戦相手には秘策があった。


「くくくっ。いよいよだ……いよいよこの私が、頂点を獲る時がやってきた」


 ヨハン・コリンズがモンスターバトルに出す魔物は三体。

 他にも使役している魔物は多いけれども、戦いの場に出すのは最も信頼しているとされている三体だ。


 猿神。圧倒的な武力を振るう、黄金の毛並みの巨大な猿。

 黒羊。異常なほどの展開力を持つ、不吉で真っ黒な羊。

 真祖。公式でも戦う姿をほとんど見せない、吸血鬼の少女。


 ヨハン・コリンズの対戦相手は、年単位の時間をかけて、それぞれの魔物に対する特攻の秘策を練り上げていた。

 秘策を練り上げるのと、S級トーナメントに出場するための実績作り。

 それを両立させるのは控えめに言っても地獄だったが、その甲斐がついに報われる時が来たのだ。


「大丈夫だ、私はついている」


 対戦の場としてランダムに設定されたバトルフィールドは、『廃墟』となった。

 神人時代の遺跡をモデルとした戦場だ。

 妙に頑丈な建物が多く、S級魔物の力でも易々と破壊されない場。

 しかも、人が潜り込む程度の大きさを基準としている廃墟だ。

 巨大な魔物は入り込めない。

 即ち、この時点で猿神が最初から動き回るという展開は消えた。

 この廃墟に潜り込める大きさなのは、黒羊と真祖の二体のみ。

 その内、黒羊は『特殊型』であるため、黒羊自体の戦闘力はほぼ皆無。

 故に、正面から戦う可能性があるとすれば、真祖の一体のみ。


「速攻だ。速攻で決める」


 ヨハン・コリンズの対戦相手には、真祖に対する秘策がある。

 正確に言うのならば、吸血鬼という魔物に対する絶対的な優位がある。

 自身が使役する魔物に覚えさせた、とっておきの魔術。

 吸血鬼が苦手とする太陽の力の一部を、地上に顕現させる大火力の魔術。

 これを持って、真祖の攻略としようとしていたのだ。


「真祖には慢心の悪癖がある。自身の不死性に絶対の自信を持っている……その隙を突く」


 真祖に対する考察も正しい。

 ヨハン・コリンズの手持ちである真祖は、ほとんど戦う姿を見せない。

 何故ならば、大抵の戦いを『自分が戦うまでが無い』とボイコットしているからだ。

 それでもなお、ヨハン・コリンズは頂点に君臨するほどの力を持っているということなのだが、謎めいた真祖に対戦相手が脅威を感じるのもことだろう。

 故に、対戦相手はその脅威にこそ活路を見出した。

 絶対的な力を持ち、余裕を持つ真祖へと、出会い頭に必殺の秘策をぶち込む。

 後は、真祖という絶対的な力の持ち主が敗れたことで動揺するヨハン・コリンズの隙を突き、残りの二体もそれぞれの秘策を持って打倒する。

 完璧だ。

 完璧な計画だ。


「さぁ、行くぞ、お前たち! 今日、トップになるのは私たち――」

『ヤハ!』


 実現不可能、という最大の問題点を除けば。


『ヤハハハッ!』

『ハッハー!』

『ハレルヤ!』

『ホッホーウ!』


 対戦相手は悟った。

 黄金の毛並みを持った、人型程度の大きさの『小さな猿神』の群れを見た瞬間、悟った。

 己の考察の浅はかさを。

 現時点で出ている情報のみで構築された、秘策の脆さを。


「大きさが可変可能な分身――っ!? だとすると、不味い!」


 ヨハン・コリンズの対戦相手は当然、S級テイマーだ。

 想定とは異なる展開程度で、思考を止めたりはしない。

 即座に、打開策を生み出し、現状の打開を図ろうとする。

 だが、それでも、戦う相手はヨハン・コリンズなのだ。

 トップテイマーなのだ。


『『『ヤハハ!!!』』』


 群れる黄金の猿神たちは、一糸乱れぬ連携により動き出す。

 自分たちの前に一瞬でも隙を見せた、愚か者たちの勝機を刈り取るために。


「怯むな! 分身は情報通りだった! 多少大きさが違う程度、で……え?」


 そして、対戦相手が魔物たちに指示を出そうとした時点で、勝負は決まっていた。

 分身の中でも更に極小。

 指先の豆粒サイズまで小さくなった猿神たちが、けれどもそれぞれが尋常ではない怪力によって密かに魔物たちの急所を穿つという形で。

 そう、隙を見せた時点で、この敗北は決まっていたのだ。

 S級テイマーの観察力を出し抜き、必殺の一撃を繰り出した時点で、ヨハンの勝利は決まっていたのだ。


「え、あ? ま、待ってくれ、私は、私には秘策が……まだ、何も……」


 ヨハン・コリンズの対戦相手は、敗者へと変わる。

 どれだけ準備を重ねようとも、たった一瞬、王者を前に隙を見せた弱さ故に。




「…………」


 ヨハンは戦いの中、ほとんど言葉を発しない。

 指示など必要なく、既に魔物たちとは以心伝心と言わんばかりに。


「…………」


 無言。

 無表情。

 纏う服装は上下黒一色。

 鋭い目つきに貶められない美貌の持ち主。


「…………」


 あまりにも静かで、あまりにも不吉さを感じさせるその姿は、ヨハンに絶対王者以外の異名を与えた。

 即ち、相手の勝機を刈り取る『死神』だと。


「…………朝飯、食べるの忘れてた」


 もっとも、その強さと異様な姿とは裏腹に、ヨハン本人はごく普通のどうでもいいことを考えたりもしているわけだが。

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