第101話 メアリー・スークリムという天才
シュウゾウ・ダンマはS級テイマーとして十年以上活動するベテランだ。
年齢は三十五歳。
赤色の短髪に、鷹のように鋭い瞳を持つ、細身ながらも筋肉質な体型の男性である。
いつもは危険指定された魔物を狩る仕事に就いているため、服装は狩人らしい丈夫で動きやすい物。
だが、今日はS級トーナメント。S級テイマーであっても、何度も参加できるような代物ではない。上澄みの中の上澄みが集まり、鎬を削り合う戦いの舞台だ。
シュウゾウは気合を入れて、いつもよりも上等な服装に選んだ。
もっとも、それはあくまでもシュウゾウ基準なので、他のS級テイマーの豪華絢爛な姿からすれば、浮いてしまうほど地味な物だったが。
ただ、ファッションセンスがいまいちで、空気が読めてなくとも関係ない。
S級トーナメントを勝ち進む条件はただ一つ。
強いこと。
怪物揃いのS級テイマーの中でも、更に上澄みの強者と戦って勝利すること。
それさえできるのならば、どれだけ奇抜な姿であっても称賛されるだろう。
「一回戦の相手は、よりにもよって『三強』のメアリー・スークリムか」
しかし、シュウゾウの相手は手強い。
メアリー・スークリム。
若干十四歳でありながらも、既にS級テイマーの中でも頂点を争う位置に居る強者。
史上最年少のS級テイマーにして、規格外の天才。
ベテランであるシュウゾウよりも既に、S級トーナメントへの出場回数が多いという、異様な実績を持つ相手だ。
「格上だと思って挑むべきだ」
シュウゾウは用意された選手控室の中、一人で闘志を研ぎ澄ませる。
「相手はこちらをいつでも潰せる。一瞬、気を抜けばどんな状況からでも、こちらの全滅を狙える。そういう心持ちで相対しなければなるまい」
頭の中にメアリーの姿を思い描き、何度も、何度も、勝利のためのシミュレーションを行う。
たとえ、そのシミュレーションの中で、勝利は困難だという結論が出たとしても。
「つまりは――――いつも通りだ」
敗色濃厚な戦いなど、シュウゾウにとってはいつものことである。
シュウゾウは危険指定された魔物を討伐する、S級テイマーにしてハンターだ。
危険すぎる、と騎士団ですら手を出すことを躊躇う魔物を狩り殺し、幾度も勝利を重ねて現在まで生存している。
「いつも通り、狙い撃とう」
故に、シュウゾウの心に諦めなどは無い。
平常心を胸に、格上の相手をどうやって仕留めるのか? と思考を巡らせている。
これがS級テイマー、魔物を従える者たちのトップ層だ。
絶望、窮地、格上、そんなものは踏み越えるのが日常茶飯事。
その中でも、危険指定の魔物たちと日夜命のやり取りをしているシュウゾウは、メアリーにとってかなり手強い敵となるだろう。
この時は、会場に居る誰もがそう考えていた。
●●●
S級トーナメントの戦闘空間は、ランダムに設定される。
B級トーナメントの時のように、ただ広いだけの空間が展開されるだけではない。
山。
海辺。
廃都市。
その他、様々なバトルフィールドが用意されているのだ。
そして、当然ながら魔物にも戦いやすい地形と戦いにくい地形という物が存在する。
それはたとえ、S級テイマーに使役されている魔物たちでも変わりない。
故に、このS級トーナメントはバトルフィールドが決定する時点で既に、有利不利が決まってしまうのだ。
「どうやら、今日の俺は運が良いようだ」
その点から言えば、己の得意とする『山』のバトルフィールドが展開されたのは、シュウゾウにとっては少なくないアドバンテージとなっただろう。
「山は良い。心が落ち着く……精神が研ぎ澄まされる」
シュウゾウは自身も山の木々の中に潜み、手持ちの魔物たちを周囲に配置する。
S級トーナメントでは、テイマーの立ち回りも勝敗を決める重要なファクターだ。
バトルフィールドの自由度が高い分、単に棒立ちで魔物に指示をすればいいというわけでもない。
魔物たちの足を引っ張らないように、時には野山を駆けて、時には相手の察知から逃げるために隠れ潜み、少しでも不利な点を少なくし、有利な点を重ねなければならない。
シュウゾウはこのハイドアンドシークが得意だった。
特に、山の中はシュウゾウが危険な魔物を仕留める時に、良く踏み入る領域だ。
「メアリー・スークリムは天才だ。それは間違いない。だが、天才であるが故に、まだまだ経験値が足りていない」
シュウゾウは考える。
いかにメアリーが天才とはいえ、それはあくまでもテイマーとしての話。
山歩きや、山で潜み、相手を探るやり方で自分以上に長けているわけがない、と。
油断や慢心ではなく、冷静な分析としてそう考える。
互いに対面し合ってからのモンスターバトルならば、自分が不利。
だが、山の中での隠密行動ならば、自分が有利。
「奇襲で一体は獲る。それが勝利のための最低限の条件だ」
その有利を考慮しても、せめて奇襲の際に三体の内一体の魔物は倒したい。
それでようやく、モンスターバトルを対等に進められる。
シュウゾウはそのように自他の戦力を分析していた。
「大丈夫だ、やれる」
シュウゾウは呼吸を整え、自身に言い聞かせる。
「やれるぞ、俺たちは」
自身も含めた魔物たちに言い聞かせる。
これは勝てる戦いなのだと、格上を食らうための精神状態へと移行しようとして。
「俺たちは――――っ!」
ぞくりと、敗北の気配を伴った悪寒を感じた。
「ガイア!」
『【おおおっ!!】』
即座にシュウゾウは仲間の名前を呼ぶ。
すると、即座に地面から盛り上がった巨人――エンシェントタイタンのガイアが、シュウゾウと仲間を包み込むようにして防御態勢を取った。
その一瞬後。
――――キュゴッ!!!
嵐の如き紅蓮の暴風が、炎の渦が、山を全て焼き払った。
「っづ!? 不利なフィールドを力づくで焼き払った!? そんな馬鹿な!? 【原初の赤】と言えども、ここまでの力があるというのか!?」
有利な地形を一瞬の内で失ったシュウゾウは、冷や汗を流しながら相手の戦力予想を更新する。風評や噂などで知ったメアリーの実力想定を、更に一段階引き上げる。
『【ま、も、る!!】』
ガイアは突然の全体攻撃から、無事に仲間たちを守り抜いた。
その代償として、全長四十メートルの巨体に軽くない火傷を負ってしまったが、まだ挽回は可能だ。戦闘を左右するほどのダメージではない。
「ビル、ヌー、構えろ! 迎撃だ!!」
シュウゾウは無傷で全体攻撃を生き延びた二体の魔物へ、即座に指示を出す。
オーバーコートにカウボーイハットを被った、黒い靄の集合体――ファントムガンナーのビル。等級はA級なれども、その手に携えた二丁の拳銃から放たれる魔弾は、S級を屠るに十分な威力を持つ。
ビルの肩に留まる、混沌とした黒の羽根を持つ烏――混沌精霊のヌー。等級はA級であり、戦闘力はさほど強くは無いものの、望んだ属性の魔力を自在に生み出すことが可能。
ヌーが魔力を装填。
ビルが装填された魔力で、魔弾を撃ち込む。
これがシュウゾウの常套手段であり、必殺技でもあった。
このコンビネーションにより、シュウゾウはS級上位の竜を屠った経験すらある。
いかに【原初の赤】が相手と言えども、このコンビネーションならば十分に倒す目がある、そう考えていた。
「マレ、大氾濫」
地面の下から、美しい青の粘液が這い出て来なければ。
「吹き飛ばせ、ガイア!」
シュウゾウの判断は一瞬。
指示も的確。
地面の下から湧き上がる青の粘液を、地面ごと吹き飛ばそうとするのは正解だ。
だが、それでも遅い。遅すぎる。
何故ならば、既に山の木々を消し飛ばすような紅蓮の渦が起こった瞬間から、相手はこの事態を想定していたのだから。
――――ごぽり。
水音と共に、青の粘液は噴水の如く湧き上がる。
どれだけ巨人がその剛腕を振ろうとも、粘液となって纏わりつく。
「物理無効の上に、災害級の増殖が可能なスライム……既に、俺たちの足元に忍ばせていたのか。くそっ」
シュウゾウは判断を下す。
青の粘液――スライムの排除が不可能だと判断し、ビルとヌーに指示を飛ばす。
「ヌー、ビルを掴んで、飛び上がれ!」
大鷲よりも更に巨大な鳥へと変化し、ヌーはビルの両肩を掴んで飛び上がる。
その一瞬後。
「デンスケ、雷撃」
溢れ続けるスライムを媒体とした攻撃が行われた。
『【ぐぅぉおおおおおお!!?】』
ガイアは全身を蝕む電撃に苦悩し、暴れ回るがスライムは剥がれない。
何度も、何度も、執拗に電撃を与えられて、その体力を削られていく。
「形勢を立て直す。ビルとヌーはそのまま、相手の射程から離れて――」
当然、相手――メアリーの攻撃はこの程度では止まらない。
一瞬でも隙を晒した敵対者を、わざわざ見逃すような真似なんてしない。
「イグニス、炎弾」
遠距離から砲撃のように放たれた紅蓮の炎が、空を飛ぶビルとヌーに襲い掛かる。
『――氷結弾っ!』
ビルはその炎の砲撃に対応しようと氷の魔弾を放つ――が、足りない。
【原初の赤】にして、生命の炎を操る固有魔法を持つイグニスの炎は、その程度の氷では止められない。
『がぁっ!?』
『キィッ!?』
炎の砲弾は氷の魔弾を飲み込み、ビルとヌーへと直撃。
二体の魔物を戦闘不能へと追いやった。
「…………全て、手のひらの上か」
シュウゾウは目の前で起こった事態を全て飲み込む。
S級テイマーは希望的観測など持たない。
いつ何時でも正しく、物事を理解し、冷静に判断を下す。
「俺の負けだ」
勝ち目が無くなったことを理解したシュウゾウは、迷うことなく降参の宣言をした。
「見事だ、天才」
姿を見せぬまま、自身を下した強者へ、賞賛の言葉を添えて。




