第100話 S級トーナメント
S級トーナメントは、王国最大のイベントだ。
当然、舞台には相応のものが用意される。
場所は王国中央部の更に中心、王都。
その中に存在する、巨大なスタジアム。
モンスターバトルのみに使用される、テイマーのためだけのスタジアム。
さながら、コロッセウムの如き構造の巨大な『ハコ』である。
大人数を収容可能な観客席。
観客席とグラウンドを分けるための結界は強固極まりない。
S級テイマー同士で戦わせるため、構築される戦闘空間もかつてないほど最大規模の最大強度。S級魔物同士が本気でやり合っても壊れることは無い。
そして、そんな大迫力の戦いを、観客席へと届けるため、スタジアムに設置されている大画面の魔導モニターと、宙に映像を浮かばせるホログラム的な映像技術。それらにより、観客はありとあらゆるカメラアングルから、壮絶なる戦いを見ることが可能となるのだ。
しかも、今回はS級トーナメント。
トップテイマーを決める最大の戦いである。
他のトーナメントとは異なり、複数同時に戦わせるなんてもったいない真似はしない。
S級テイマーの中から、更に活躍の目覚ましい者を十五名まで選び、トーナメント形式で一つ一つの戦いをじっくりと観客席へと見せる。
そう、このS級トーナメントは今までの戦いとは異なり、興行の面も大きく考慮されたイベントなのだ。
王国内に存在する多くのテイマーの中の一握りの更に上澄み。
S級テイマー同士が頂点を目指して、激闘を繰り広げる大会なのだ。
普段、テイマーに興味が無い者であったとしても、機会があれば是非とも観戦したいものなのだ。
故に、S級トーナメントの観客席のチケットは、壮絶なる争いになる。
少なくとも、何のコネも無い一般枠の者ならば、かなりの低確率を引き当てなければ、そのチケットを手に入れることは出来ないだろう。
また、このチケットの権利を高額で転売しようとした者も居たが、即座に騎士団によってとらえられ、厳しい罰を与えられるぐらいには、厳重な不正対策をしている。
正規の手段で、運を天に任せるしか入手の方法は無い。
だが、それはあくまでも何のコネも無い一般枠の話。
S級トーナメントはテイマーの頂点を決める戦い。
当然、テイマーならば是が非でも観戦したい大会だ。
このS級トーナメントの観客席に座ることで、得られる経験もあることだろう。
従って、王国上層部は考えた。
新しく優秀なテイマーを輩出するため、このS級トーナメントの観客席の一部には、上級のテイマーに対して優先的にチケットを購入できるようにしようと。
つまりは、そういう理由である。
「お、ここだ。おーい、こっち、こっち!」
「わぁい! 良い席じゃーん! やっぱりトーマのコネは最高だね!」
「身も蓋も無いことを言うんじゃねーよ、ナナ……俺達もA級じゃなければ、人数分のチケットは手に入らなかっただろうな」
「…………まさか、この俺がここに座れるようになるとは」
ミッドガルド魔法学園の中でも特に優秀な成績を収める、一年生四人。
A級に昇格した四人のテイマーが、S級トーナメントの観客席に座ることが出来たのは、そういう理由があったからである。
「いやぁ、ワクワクが止まらねぇぜ!」
トーマは戦いが始まる前から、目を輝かせてソワソワと身を動かしている。
どうやら、久しぶりに観戦するS級トーナメントに興味が止まらないらしい。
「早速、食べ物と飲み物、見に行こうよ! S級トーナメントのフードショップだから、きっと物凄い奴が出ているよ!」
ナナも目を輝かせているが、それはトーマのように逸った好奇心ではない。
国の一大イベントの観客席という場所自体に興味を示し、色々と探っているのだ。
「S級トーナメント……観客席だが、ついにテイマーとして僕がこの場所に……」
ヴォイドは観客席だというのに、緊張した面持ちでぶつぶつ何か呟いていた。
この中で最も気負っているのは、間違いなくこのヴォイドだろう。
「あいつは、居ないか。ふん、張り合いが無い」
ジークは四人の中で、唯一つまらなそうな顔でトーナメント表を眺めていた。
見たかった、あるいは見たくなかった者の名前が、そのトーナメント表に乗っていなかったが故に。
「あははは! トーマ、見て来れ! このジュース、一本で私の昼食代と同じぐらい!」
「もっといい物を食べろよ、ナナ。テイマーの資本は体だぞ?」
「ちゃんと家庭菜園で育てた美味しい野菜と、肉屋のオジサンから格安で良いお肉を買わせてもらっているもん!」
「いや、もっと強そうな魔物の肉とかさ」
「強そうな魔物の肉!!?」
「おい、うるさいぞ、お前ら! もっと大人しくできないのか? いいか? この戦いは、ただの興行ではなく、今後の国家の行方を左右するかもしれない――もぐっ!?」
「はい、ヴォイド。美味しいお肉だよ!」
「もぐぐぐー!?」
妙にダウナーなジークを除き、三人のテンションは最高潮に達しようとしていた。
何せ、テイマーとしては夢にまで見た舞台だ。
向上心を持ったテイマーの誰もが、この舞台に立つことを考えている。
単にS級テイマーの戦いを期待しているだけの一般市民とは異なり、誰もが実際にその舞台に自分が立つところを想像して高ぶっているのだ。
だが、その騒がしさもすぐさま鎮まる。
『《これより、S級トーナメントを開催します》』
大会運営によるアナウンスが、スタジアムに響き渡ったからだ。
●●●
S級トーナメントは、一年の締めくくりに行われる王国の一大イベントである。
従って、通常の大会とは異なり、ある程度の品格が求められる。
開会式には、国のお偉方からの挨拶。
スタジアムに並ぶS級テイマーたちには、仰々しい礼服を着せて。
おおよそ、三十分に渡って、品格を保つためのあれこれを行う。
正直、これは退屈極まりない時間であり、口の悪い者からは『トイレ休憩』だの『出場者の顔を堪能できる時間』などと、散々な言われ様だ。
だが、実際に出場するS級テイマーたちにとって、これは決して退屈な時間ではない。
『『『…………』』』
スタジアムに並び、沈黙している中、出場者の誰もが目線を向けずに周囲を探っていた。
S級テイマーとなれば、誰しもがその程度のことは可能となるのだ。
目線を向けず、話し合わず、気配だけで相手の力量を探る。
あるいは、あえて他を圧するように気配を放ち、本戦の前からアドバンテージを握っておく。
そう、この開会式の時点で、S級テイマー同士の前哨戦は始まっているのだ。
「…………ふん」
だが、出場者の一人であるメアリーは、そんな前哨戦には乗らない。
ただ、あるがままにその場に立ち、精神を研ぎ澄ませている。
良くも悪くも状況に左右されない、マイペースなコンディション。
それこそが、競技者としてのメアリーの利点だった。
戦闘意欲に溢れたS級テイマーの中では、このようなマイペースで静かな立ち上がりをする者は珍しい。
無論、その手のマイペースで戦意を滾らせないS級テイマーも存在するのだが、大抵の場合、そのS級テイマーはトーナメントに出場する資格を持たない程度の実績しか出さない。実力の問題の他にも、強さにそこまでこだわらないことが多いからだ。
そして、実のところ、メアリーもそこまで強さに拘っているわけではない。
ただ、必要だから強くなり、勝利を重ねているだけなのだ。
全ては、愛しい幼馴染のライバルとして君臨するために。
――――だが、そのためには最大の障害が存在する。
「……ふぁ」
バチバチと静かに戦意をぶつけ合う出場者の中、メアリーと同じくマイペースな男が一人。
黒の長髪に、長身痩躯の肉体。
彫像の如き彫りがはっきりとした美貌に、何もせずとも他を圧倒する鋭い目つき。
呑気に欠伸をする姿も、どこか肉食獣染みているその仕草。
ただ、あるだけで君臨者なのだと周囲をわからせる存在感。
ヨハン・コリンズ。
五年間、ずっとトップテイマーとして君臨する絶対王者。
現時点で、誰もが最強のテイマーだと口を揃える圧倒的強者。
「…………眠い」
グラウンドに並ぶ出場者たちを、まるで有象無象のように気にかけていない、その不遜極まりない有様を咎められる者など誰も居ない。
少なくとも、今、この時までは。
「今日、倒すわ」
メアリーは静かに、誰にも聞こえないように呟いた。
戦意は滾らせない、ぶつけない。
ただ、静かに精神を研ぎ澄ませて、その時へと備える。
雌雄を決するその時まで。




