第10話 D級トーナメント
「基本的なことですが、テイマーには等級が存在します」
教卓の前に立つ担任教師は、毅然とした態度で授業を進める。
「一番下が、D級。そこから、C級、B級、A級と上って行って、最高の等級はS級です。皆さんは、このテイマー科に所属した時点で、一定の条件をクリアしていますので、一番下のD級相当の資格を持っていることになります」
かつかつ、と黒板にチョークを打ち付け、語った内容を記述していく。
「D級のテイマーが持つ権限はほぼ皆無です。精々、街中で魔物を連れ歩く権利を行使することが出来る程度でしょう。これ以上の権限――たとえば、高難易度ダンジョンへの入場権限や、協会からの補助を得たい場合は、各自で等級を上げてください」
SからDの等級をピラミッド状に記述し、その内の最下層。D級の場所に、『今のあなたたち』という注釈を書き加えて、担任教師は学生たちを見渡した。
「等級を上げるためにはどうすればいいのか? これに関しては、協会が発行しているパンフレットを読んだ方がわかりやすいでしょうが、この場で簡単に説明するのならば、それは協会が主催しているモンスターバトルの大会に参加することです」
担任教師が見渡す学生たちの態度は、それぞれだ。
あくびを噛み殺し、退屈そうに話を聞き流す者。
目を輝かせながら、期待を隠せずにいる者。
静かに背筋を伸ばし、自身の今後を考える者。
そんな学生たち――テイマーの卵たちへ、担任教師は仏頂面のまま説明を続ける。
「協会に登録しているテイマーは、等級に見合った大会の出場が認められます。稀に、無差別等級での大会もありますが、あれはほとんど特殊ルールによるものなので、順当に評価されるのは難しいでしょう。いち早く、確実に等級を上げたいのならば、協会が公式に開催している大会へと参加し、そのトーナメントを勝ち抜くことで評価されることです」
テイマー科に所属している学生たち、その全員が全て大成することはあり得ない。
教師側としては等しく教育を与えているのだが、それでも、どうしても『落ちて零れる者』が現れるのは避けられない。
だが、それでも担任教師――フェイ・スメラギは思うのだ。
「確実に等級を上げたいのであれば、そのトーナメントで優勝をすれば、協会から等級を上げるための打診が来るでしょう。また、優勝者ではなくとも、上位三位以内に入り込んだ者ならば、大体がその打診を受けます。例外的ではありますが、一回戦で敗退した者であったとしても、その戦いぶりが素晴らしかった場合は、条件付きでの昇格もあり得ますので、皆さん、大会に参加する時は是非、一つ一つの戦いが運命を決めるものだと意識して挑んでください」
この学生たちの誰もが、弱冠、十四歳の少年少女たちが、全員納得のできる未来を歩めればいい、と。
●●●
交流戦を終えた数日後。
「トーナメントのエントリーを受け付けました。第一試合開始三十分前には、電光掲示板の方にトーナメント表が表示されますので、対戦相手、会場の確認をしてください」
「わかりました!」
トーマは当然と言わんばかりの顔で、D級トーナメントへのエントリーを終えていた。
選んだ大会は、学園内で月一の感覚で開催されている大会である。
学園内の大会ではあるものの、正式に協会から審判や審査員が派遣されているので、この大会での優勝および活躍は即ち、昇級を意味するのだ。
故に、トーマは交流戦後に迷わず、トーナメントへのエントリーを決めたのだ。
「アゼル……いよいよ、俺たちが公式に実力を発揮する機会がやってきたぜ」
「うむ、そうだな」
「三位以内でも昇級の見込みはあるらしいが、目指すは優勝! それ以外ない! ここで優勝できないようじゃあ、S級トーナメントを勝ち抜くなんて夢のまた夢だ!」
「うむ、そうだな」
「…………試合前にコンディションを整えられない場合、その原因によっては契約違反としてこちらとしても対処を――」
「やめい! 吾輩をいきなり冷たい目で詰めてくるのはやめい!」
「だったら、もうちょっと気合入れてくれない!?」
ただ、トーマとアゼルのコンビは試合開始前から、早速揉めているようだった。
「なにあの、気の抜けた返事? やる気ある!?」
「…………まぁ、あるぞ?」
「俺は一応、ウィザードの方ではS級の資格を持っているから、一応踏破したダンジョンのレポートを書く義務があるわけだが、【試練の塔】の評価に関しては、倒した主が願いを叶えるとか言っていたのに、その姿勢がまるでやる気のない学生みたいなものだった、みたいなことを書いてもいい? 多分、後世に残る奴」
「やめい!」
「だったら、やる気出せよ、もう!」
ぷんすか、と怒るトーマに対して、アゼルは釈然としない顔で反論する。
「いや、だって、マスターよ…………D級トーナメントだぞ?」
「うん」
「吾輩、落ちてもS級だぞ?」
「うん」
「普通に考えて蹂躙しかないだろう、これは」
「はい、慢心んんんんんんんっ!!」
「ぎゃあ!? 角を掴んで揺らすなぁ!?」
「そういう慢心があるから! 足元を掬われるんだよぉ!」
トーマはその反論に、アゼルの角を掴みながら持論を展開した。
「神人のアーカイブにもあっただろ!? 『獅子は兎を狩るにも全力を尽くす』って! 戦う前から相手を倒した気になるのはナンセンス!!」
「いや、そうかもしれんが、限度があるだろう? 吾輩、S級ぞ?」
「アゼル! わからないのか!? そういう慢心があったから、【試練の塔】では俺に負けたんだぞ!? ただの人間に過ぎない、この俺に!」
「貴様と戦う時にはちゃんと死力を尽くしたわい! その上で負けたから、こうして従っているのだろうが! というか、貴様が人間を語るな! 人間に失礼だ!」
「なにおう!?」
ぎゃあぎゃあと言い争うトーマとアゼル。
その様子は、一見すると十四歳の少年と、同世代の少女がむきになって口喧嘩している微笑ましいものに見えるかもしれない。
問題は、その少年少女の中身が、どちらも怪物だということなのだが――幸いなことに、その口喧嘩は互いに頬を引っ張り合う程度のじゃれ合いで中断されることになった。
「――――トーマ」
トーマへ呼びかける声があったからだ。
「うん?」
静謐なる声だった。
発した瞬間、周囲の音が消え去ってしまうような、存在感のある声だった。
そして、トーマに聞き馴染みのある、少女の声だった。
「貴方は本当にテイマーになれたのね」
声の方を見ると、そこにはトーマの幼馴染が居た。
銀髪碧眼で、ミッドガルド魔法学園とは別の制服を着た少女が。
まるで、神様が手ずから作った人形のように美しい少女が。
「メアリー!」
メアリー・スークリム。
王国内で最年少のS級テイマーにして、史上最速でS級へと上り詰めた天才少女。
手持ち全てが、S級上位に君臨する規格外の魔物ばかりという、現在、トップテイマーに最も近いテイマーとされている少女が、そこには居た。
「久しぶりぃ! 見てくれ、俺ってばようやくテイマーに――」
「何故?」
「えっ?」
「テイムした魔物が少女型なのは何故?」
「えっ? いや、特に理由は無いというか、そもそも今のこいつは仮初の姿で、本体はでっかい龍なんだぜ!」
「仮初の姿が少女の姿なのは何故?」
まるで、年頃の――十四歳の少女のように、露骨に拗ねた表情を浮かべて。
「えっ? なんでだろう? アゼル、なんで?」
「理由などは無い。吾輩が人間へ変化した時、たまたまこういう形状がデフォルトであったというだけの話だ……月の愛し子よ、貴様が勘ぐるようなことは一切無い。皆無だ」
「だってさ、メアリー」
「…………むー」
アゼルとトーマの言葉を聞いたメアリーは、じろじろと二人の様子を観察した後、納得したように頷いた。
「わかった、浮気チェックはクリア。これで、素直な気持ちで貴方を祝ってあげられる。おめでとう、トーマ。念願のテイマーになれて」
「へへへっ! ありがとう、メアリー! これでようやく、お前のライバルとして一歩を踏み出せたぜ!」
「だけど、これから貴方が、手持ちの魔物とそういう関係になるかもしれない可能性があるから、今後もちょくよく顔を出していく所存」
「ふっ、ライバルの偵察か……これだよ、これ! アゼル! お前に足りないのは、S級に君臨してもなお、貪欲さを失わないメアリーの精神だ!」
「マスターよ、明らかにそいつの精神は恋する乙女なわけだが???」
なお、納得した上で、トーマとメアリーの意思疎通は若干すれ違っているのだが、これは二人にとっていつものことなので問題なかったりする。
たとえ、それが時折、会話のドッジボールになっていたとしても。




