兄として、戦士として
「そうだ、次は剣を見てやろう」
「剣はまだほとんどやってないんだけど」
「それでもいいさ。練習用の木剣を持ってきてくれ」
⸻
その後、二人は草原で向かい合った。
乾いた木剣の音が、静かな風景に響く。
軽い打ち合いのはずなのに、カルマはすぐ息が上がった。
それでも楽しい。兄と並んで立てる時間が嬉しかった。
「そういえば兄さん、最近変な夢を見るんだ」
「夢?」
打ち合いを続けながら、カルマはあの夢の話をした。
知らない家、優しく笑う女の人、何かを言い返して家を飛び出す自分。
話を聞き終えたダグラスは、少し考えるように目を細めた。
「それは回憶夢だな」
「なにそれ?」
「迷信みたいなものだ。だがな……何か大切なことを忘れている時、人は同じ情景の夢を繰り返すと言われている」
「大切なこと……?」
カルマは首を傾げた。
「心当たり、ないんだけどなぁ」
「そうか」
ダグラスの声は穏やかだったが、その目はどこか遠くを見ていた。
「大切なことほど、人は無意識に目を背ける。思い出せる時が来たら……その時は逃げるな」
「うん、わかった!」
カルマが笑った瞬間。
「隙あり」
「わっ!」
木剣が弾かれ、カルマは尻餅をついた。
「やっぱり兄さんは強いなぁ」
「いや、カルマは剣の筋も悪くない。身体の使い方もいい。訓練すれば、必ず強くなる」
「本当!?」
「ああ。本当だ」
その言葉はまっすぐだった。
だが同時に――逃げ道のない“期待”でもあった。
⸻
二人は草原に座り込み、風に揺れる草を眺める。
「兄さんは戦士としてどんな仕事をしているの?」
「主に上級以上の任務だ。魔獣の討伐、魔人の掃討……危険な仕事ばかりだな」
「へー!やっぱりすごいなぁ」
無邪気な尊敬に、ダグラスは少しだけ目を伏せた。
「だが、俺の本当の目的は別にある」
「目的?」
「ああ」
ダグラスの拳が、ゆっくりと握られる。
「緋眼の魔人を倒すことだ」
その名に、カルマの胸が小さく痛んだ。
「緋眼の魔人はこれからも人を殺す。街を壊す。罪のない命を奪い続ける」
声は静かだった。
だが、その奥には燃えるような怒りがあった。
「神嶺様の封印が解け、奴が完全な力を取り戻せば……この世界は終わる。今しかないんだ」
カルマは俯いた。
自分の左目の奥が、じくりと疼く。
⸻
ダグラスは膝をつき、カルマと視線を合わせた。
「カルマ。よく聞いてくれ」
その声は、兄の声だった。
だが同時に、戦士の声でもあった。
「その目のことで、苦しんできただろう」
カルマは何も言えない。
「だがな……俺は確信した」
力強い手が、カルマの肩に置かれる。
「お前の魔術の才能。剣の筋。そしてその赤い目」
逃げ場のない言葉が、静かに積み重なる。
「剣士ダグラスの弟に生まれたお前は、きっとこの世界を救う運命を背負った子だ」
カルマの胸が熱くなる。
怖さも、不安も、その瞬間だけは消えた。
「強くなれ」
その言葉は、優しい願いの形をしていた。
「そして俺と共に、緋眼の魔人を討ち果たしてくれ」
その時、カルマの脳裏にローブの魔術師の姿がよぎる。
――強くなれ、運命の子よ。
同じ言葉。
だが今は、それが誇らしく感じた。
緋眼の魔人の憎しみも、強さも、まだよく分からない。
それでも、多くの人が苦しんでいることは知っている。
そして何より――
尊敬する兄が、それを止めようとしている。
なら、自分も。
「うん、兄さん」
カルマはまっすぐ頷いた。
「僕、強くなるよ」
その言葉が、どれほど重い意味を持つのかも知らずに。
ダグラスは微笑んだ。
その笑顔は優しくて、誇らしくて――
そしてほんのわずかに、痛みを隠していた。
〈頭の中の整理用 メモ〉
カルマの兄 ダグラスの目的は
緋眼の魔人と緋眼の魔人が率いる魔人軍を打ち倒すこと。




