第1話 植物士、祝福の儀を受ける
「お前をラグスター家より追放する!以後、二度とラグスターの家名を名乗ることは許さぬっ!!」
その日、俺はオリバー・ドゥ・ラグスターからただのオリバーとなり、家族を失った。
激しく降りしきる雨の中、傘どころか碌な荷物も与えられず、着の身着のまま投げ捨てるように屋敷を放り出された俺はしばらく門の前で茫然自失状態であったが、これまで良くしてくれた門番にゴミを見るような目で追い払われ、トボトボと歩き始めた。
なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。
俺はまさに人生を変えることとなったここ数日のことを思い出す。
▽ ▽ ▽ ▽
俺の住むリーフアッシュ王国は人類で栄えるセントレア大陸の南方に位置する大国である。
その歴史は古く、世界を支配せんと人族、獣人種、エルフ種、ドワーフ種などの国家を次々と侵略していた時の魔王ヴォルデウスを討った5英傑の一人、ソドム・ヴァル・リーフアッシュによって建国されたこの国は、建国から500年以上経った今、大陸でも5本の指に入る程の大国となり、現在に至っている。
俺が産まれたラグスター家は建国以来王家を支えてきた武の名家であり、代々の当主は剣聖、槍王や拳王など得意とする武器こそ違えど例に漏れず武の頂を極めたような人物が務めてきた。
そしてその力で、数々の他国からの侵略や領地を騒がせる魔物討伐で名声を得てきたのだ。
その結果現在では王国の中でも一番の防衛拠点でもある、北方の辺境伯を任されており、現国王からの信頼も厚い。
そんな家に産まれた俺は幼少の頃よりありとあらゆる武術を叩きこまれた。
俺が何のジョブを授かるか分からなかったため、何にでも対応できるように英才教育を施されたのだ。
この世界では、人は15歳になると女神からの祝福としてジョブが授けられる。
授かったジョブによる恩恵は強力で、違う道に進むも本人の自由ではあるが、努力では覆せない差が生じるためほとんどの人は与えられたジョブ通りに生きる。
それでも少しでも早く始めていれば何でも有利にことが運ぶことは自明であり、そのためジョブ発現前からいろいろ仕込まれたのだ。
結果、どれもそれなりに上達したとは思うが思い返してみるにまさに地獄の日々だった。
でもその甲斐もあり、ジョブ【槍士】を授かった門番に槍で互角の勝負ができるほどにまで至ったのだ。ちなみにその門番こそ、先ほど俺を追い払った男その人である。俺より少し年上であったが、他の使用人たちと比べて俺と年が比較的近かったこともあり、手合わせ以外にもいろいろ相手してくれる兄のような存在であったが、そう思っていたのは俺だけだったようだ。結局、俺個人を見てくれるような人間は一人もおらず、ラグスターの家名こそが重要だった、ということであろう。
「はぁ、緊張するね。」
太陽の月の十日、新年を祝うムードも一段落したころ、前年に15歳を迎えた少年少女が集められる。
集まる場所は王都の大聖堂。
女神様よりジョブを賜る【祝福の儀】を執り行うためである。
そんな場所に俺と共に向かったのは俺の幼馴染でもあり、親同士が大親友であったことから物心がつく前から婚約者と決められていたアイリス、それと俺と同い年ではあるものの腹違いの弟であるゼファーであった。
「アイリス嬢も兄上も、心配せずともきっと良いジョブが得られますよ。」
アイリスの不安声に対し安心させるような言葉を述べたのがゼファー。
普段は俺とはあまり仲が良くないが、アイリスの前では親密さをアピールする嫌な奴である。
今もアイリスだけに言えばいいのにわざわざ俺の事も付け加えて言っているが、内心では俺がジョブに恵まれないことを望んでいる奴だ。
もっとも、お互いの境遇を思えば仕方がないところはあるのだろう。
正妻の子で長男でもあり、父からの期待も高く、地獄の特訓もあって武芸に秀でた俺に対し、俺の母さんが俺を身籠ったことで男女の行為が出来なくなったことがきっかけで、父が使用人の女に手を出した結果生まれたのがゼファーである。父も最低限の教育は施していたようだが、身体も弱く、武芸の資質も俺と比べれば劣っていたことで何かと比べられてきた奴はかなり卑屈に育ってしまった。
幼い頃は仲良くしていた記憶もあるが、気が付けば俺を何かにつけて意識し、目の敵にするようになったのだ。
側妻として迎えられた奴の母の教育の結果でもあるのだろうが、現在となってはもう修復不可能なほどに拗れているのが俺たちの関係であろう。
「ジョブのことなんか気にしても自分で決められないんだから仕方ないだろ。」
まともに相手をするのも馬鹿らしかったので俺はそっけなく返した。
父からはとにかく戦闘職を望まれている。
戦闘職にも【戦士】、【槍士】、【拳士】、【弓士】、【魔法士】などの基本職と呼ばれる職に、【魔法剣士】、【魔獣士】、【召喚士】などの上級職と呼ばれるもの、【勇者】や【剣聖】、【賢者】といった特別職まで多岐に亘る。
できれば上位のジョブが欲しいところではあるが、父からは基本職でも良いと言われている。
ジョブの恩恵は強力とは言え、それぞれ特性はあり、必ずしも【勇者】が【戦士】に勝るとは言えないからである。
要は日々の鍛錬や戦闘時のスキルの取捨選択、立ち回り次第で逆転も不可能ではないからだ。
だが、これが戦闘職以外を与えられてしまうと話が違ってくる。
戦闘職以外では、基本職が【農民】、【商人】、【鍛冶士】や【裁縫士】、上級職では【学者】、【文官】などがある。特別職もあるらしいが、何の役に立つかも分からないようないわゆる【ハズレ職】が多いらしい。聞いた話では【屁こき士】とかいうジョブが出たことがあるらしく、好きな時に屁がこけるというどうでも良いスキルが得られたとか。まぁスカンクのように逃亡の際に屁をこくとか考えるとまったく役に立たないこともないのかもしれないが、かなり用途が限定されるし、ハズレも良いところだろう。
それからしばらく、緊張から静かに並んだ少年少女の列が少しずつ進んでいく。
俺たちの少し前で水晶が金色に光った。
「おおっ・・・」
その光で周囲がざわつく。
金色の光は上級職が出たときの色だからだ。
ちなみに基本職だと白い光、特別職は虹色に光るらしい。
なお、特別職はそう頻繁に出るわけではなく、出ても年に一人、ほとんどはまったく出ないらしい。
これはこの王国に限らず、他国でも同様である。
なお、この世界には女神を信仰していない国もあるが、この【祝福の儀】だけはどの国でも行っている。もっとも呼び方はそれぞれで、単に【ジョブ発現の日】と呼ぶだけの国もあるらしい。そういう国ではジョブは女神が与えているわけではなく、個々人が産まれながらに持っているものが単に発現するだけと考えられているとか。もっとも、ではその生まれながらのジョブは誰から貰ったのか、と考えると神々の存在も可能性としては排除しきれないはずだがそこには触れられていないのでそういった国がどう考えているかは不明である。
話を戻すと、特別職はそういった国々の全てを合わせても1年に一人いるかいないか、という割合なのだ。
それに比べると上級職は各年何名か現れる。
それでも珍しいことに変わりはない。
「これは珍しい!お主に与えられしジョブは【召喚士】じゃ!」
「いよっしゃーっ!!」
大司教に告げられた少年は飛び跳ねて全身で喜びを表している。
無理もないだろう。
見たところ平民のようであったが、上級職が出ると本当に文字通り人生が変わるのだ。
「坊ちゃんっ!ぜひうちのクランに入ってくれっ!」
「いやいや、俺の所の方が絶対に良いっ!うちに来てくれ!!」
「何を言うか!彼はワシら魔術研究所が貰い受ける!」
この【祝福の儀】には大手のクランや国家機関など、様々な組織の代表者が来ている。いわゆるヘッドハンティングのためだ。
ここでスカウトされるような人材は例外なく破格の待遇で迎えられる。
どの道を選んだとしても彼の将来は安泰といって間違いないだろう。
それからしばらく、列は進む。
その間にも先ほどの上級職による騒めきが続いていたが、やがて落ち着いたころ、アイリスの番となる。
「次、アイリス、ドゥ・レイヴンカール」
「はいっ!」
アイリスが緊張した面持ちで大司教の前まで歩く。
数段の階段を昇ると、水晶に手をかざす。
先ほど、結果なんて気にしても仕方ないとは言ったもののいざ自分たちの番になるとやはり緊張してくる。これは自分の番ではなく、アイリスの番だからであろうか。
程なくして、水晶から金色の光が発せられた。
「おおおっ!!」
再度、会場が騒めく。
先ほどの少年の時よりその声が大きいと感じるのは身内の事だからか、それとも彼女が貴族だからであろうか。
「これまた珍しいっ!お主のジョブは【精霊魔法士】じゃっ!!」
「っ!!」
アイリスは自身の口元を両手で押さえて固まる。
周囲の騒めきも気のせいではなく先ほどのものより大きい。
「次は兄上の番ですね。」
ゼファーからそんな声が掛かる。
「そうだな。」
「良い結果となるようにお祈りしていますよ。」
心の内はまったく逆であろうことは容易に想像がつくがここで何か言っても仕方ない。
「ありがとう。」
「次、オリバー・ドゥ・ラグスター!」
「はい・・・」
ゼファーに話しかけられた直後だからというわけではないが、呼ばれた名に対し若干無気力気味に返事をしてから俺は大司教の元へ歩き出す。
水晶に手を伸ばすと、瞬間、虹色の光が水晶から発せられた。
「「うおおおおおおおおーーーーーーっっ!!!」」
会場を埋め尽くすような光が収まると、会場中から怒号にも似た歓声が上がる。
しかし、その歓声も次の瞬間には静寂に変わる。
虹色の光に驚いていた大司教であったが、次の瞬間には心底残念そうな表情となり、俺にその事実を告げる。
「お主に与えられしジョブは・・・」
そう言って間を置く。
本当に信じられないものを見たというのが伝わってくる間だ。
嫌な予感がした。
「【植物士】じゃ・・・」
「・・・・、へ?」
あまりの衝撃に俺は固まり、辛うじて出た言葉はその一文字であった。